第420話 中層区画


 車両の最後尾に連結されていたコンテナから、作業用ドロイドが下車するのを待っている間、私は白蜘蛛と一緒に高台にあるプラットホームから中層区画を眺めた。

 三十メートルほどの高さにある中層区画の天井は、上層区画と違って剥き出しの岩石では無く、天井材によって整えられていて数え切れないほどの照明器具が設置されていた。しかし照明は地上の時間に合わせてリアルタイムに明るさを変化させるようなことも無く、中層区画は常に一定の明るさの照明によって照らされているようだった。


 その明るい工場区画には、石棺にも見える灰色の構造物が、天井を支える巨大な構造体と共に整然と並んでいた。それらの構造物は、今も稼働し続けているベルトコンベアや複雑に張り巡らされた配管で繋がっていた。構造物の周囲に敷かれた道路には、まるで寂しげな墓守のように、今も何かしらの作業を続けている機械人形の姿が多く確認できた。


 作業用ドロイドの準備ができると我々は軌道車両のプラットホームを出て、ゴミひとつ落ちてない綺麗な道路を歩いて、工場区画全体を管理している建物に向かう。

 作業員が使用していた状態のいい車両や構造物にかかる梯子、それに道路の上方に設置された配管を通すための橋を遠目に眺めながら進む。その清潔な空間に人の気配は何処にもない。人擬きが潜んでいることも無ければ、昆虫の変異体に襲われることもない。不思議な感覚だ。ここでは空気すらも出来立てのように新鮮だった。


 念のために、自分自身に対する敵意を感じ取れる瞳の能力を使って周囲を観察する。が、敵の反応は感じ取れなかった。しかしこの施設の最下層に巣食っている『老人』のような変異体は、そもそも明確な敵意や悪意を持って襲ってくることはないので、この場では余り役に立つ能力では無かった。

「ハク、周囲に敵の気配は感じられるか?」

 私がそう訊ねると、キョロキョロと周囲の観察をしていた白蜘蛛は、モフモフの体毛で覆われた触肢を振る。

『ううん。それより、ここはとてもしずかだな』

「そうだな」

『レイは、どうしてここにきた?』

「機械人形を大量に製造できる工場を確保して、停滞していた各拠点の開発と整備を推し進めるためだよ。保育園にある拠点を出るときに、ちゃんと説明しただろ。忘れたのか?」

『ううん、おぼえてるよ』ハクはそう言うと、触肢をゴシゴシと擦り合わせる。『ていたいって、なに?』

「物事が順調に進まないことだよ」

『ふうん。レイはしずかなばしょがすき? ハクはすき。すこしこわいけど』

「騒がしいのは嫌いだから、静かな場所は好きだよ。さすがに怖いって感じることは少ないけど」

『レイもこわいの?』

「ああ、たまに静寂を恐ろしく感じることがある」

『やっぱり、たのしいばしょがいちばんだな』

「そうだな。ハクとは気が合うよ」


「レイ」と、先行していたペパーミントが手招きする。

 彼女は構造物の入り口に設置されていた金属製の大扉の前に立っていて、僅かに開いていた扉から建物内の様子を確認しようとして覗き込んでいた。

「何か見つけたのか?」

「そう。だから手を貸して」

 ペパーミントと一緒になってスライド式の大扉を開いていく。扉は重く厚みのある金属で出来ていたが、一旦動き出すとレールの上を滑るようにして開いていった。ガランとした建物は倉庫として利用されていたのか、薄暗い空間に人型兵器が規則正しく並んでいた。

「見たことのない機体だな……カグヤ、この機械人形のことを知っているか?」

『調べてみるよ』

 カグヤがそう言うと、彼女の操作する偵察ドローンが倉庫内に侵入していった。


「日米共同開発の自律型軍用兵器『オケウス』ね」と、ペパーミントが言う。「超攻撃型の大量破壊兵器よ」

「知っているのか?」

「実物を見たのは初めてだけど、兵器工場のデータベースで資料を読んだことがあるの」

 ハクと一緒に倉庫内に入っていくと、どこかに設置されていた動体センサーが我々の動きに反応して明かりをともす。すると真鍮色の鈍い輝きを放つ巨人の姿がハッキリと確認できるようになった。私はズラリと整列した人型機動兵器の側に向かい、三メートルほどの体高がある機体を見上げる。その機動兵器は楕円形の丸みをもった卵型の胴体を持っていて、どっしりとした二本の太い足は胴体よりも短かった。脚部に人工筋肉は使用されていないようだったが、厚い装甲板によって保護されていて、巨体を支えるには申し分のないものだった。


 異様だったのは、真直ぐに伸びた太い腕だった。それは地面に届きそうなほど長く、両腕の先には火器が取り付けられていた。そして腕の動きを補助するための収納式マニピュレーターアームが、両肩に設置されている四角い火器コンテナの側に取り付けられているのが確認できた。機体は洗練されたフレームを持ちながら、無骨な装甲に覆われていて立っているだけで周囲に威圧感を与えるデザインになっていた。


 私は真鍮の巨人にも見える『オケウス』のひんやりとした装甲に触れ、胴体のなかほどにある小さな頭部を見ながら言う。

「人間が装着して使うパワードスーツとかじゃなくて、完全な無人機なんだよな?」

「ええ」とペパーミントは頷く。「以前は、どうしてこんなに大きくて多種多様な兵装を多く搭載した機体が必要だったのか分からなかった。けど今なら防衛軍がこの機体を必要とした理由が分かる」

「……人間同士の戦争のためじゃなくて、異界からやってくる生物との戦いで必要とされたんだな」

「そう。多脚型戦車の『サスカッチ』も、オケウスと同様の目的で製造されていたのかもしれないわね」

「ここに保管されている機体は――」

「恐らく」と、ペパーミントが私の言葉を遮りながら言う。「最下層で発生している異常事態に備えて待機している機体だと思う」

「それなら、ここにある機体は全部、すぐに動ける状態で保管されているのか?」


『そうみたいだよ』とカグヤが答えた。『スキャンの結果、機体のジェネレーターは生きていて、いつでも起動できる状態になってる』

「そうか……」

『もしかして、オケウスを鹵獲しようと考えてた?』

「ああ。拠点の警備にはピッタリだろ?」

『確かにこんなに大きな機体が拠点を警備していたら、襲撃者は驚いて拠点に対する攻撃を諦めてくれるかもしれない。でもこの施設に残っている兵器には、絶対に手を付けないほうがいい』

「分かってるよ。ここにある兵器は異界の侵略を防ぐためのものだ」


「それに」と、ペパーミントがオケウスの真鍮色の機体を見上げながら言う。「どの道、私たちにはこの機体を地上に運ぶ術は無いわよ」

「空間転移を可能にする『門』を使ってもダメか?」

 私の言葉にペパーミントは頭を横に振った。

「ついこの間、一緒に『門』の検証をしたときのことを覚えてる?」

「ああ。機械人形なら俺と一緒に門を通過できるけど、門を維持するためのエネルギー消費量が大変なことになる」

「そう。比較的小型の作業用ドロイドでも、一度に転移できる数が限られている。これだけ大型の機体を転移させるとなると、どれだけのエネルギーが必要になるのか想像もできないし、それだけの電力を確保することは今の私たちには難しい」

「残念だな……」

「そうね。でも私たちがこの施設に来た理由は、製造工場を確保するためだけじゃない」

「拠点間を軌道車両で繋げられるのか、それを確かめるためでもあったな」

「ええ。地下区画はとても入り組んでいて複雑だけど、それが可能なら、ここで製造した多くの機体を一気に各拠点に輸送できるようになる」


『きしょう……こうぶつ』と、倉庫の奥に向かったハクの声が聞こえる。

 ハクのとなりに立つと、金属製の棚に大量のコンテナボックスが並んでいるのが見えた。それらのコンテナには黒い塗料で『希少鉱物』と雑に書かれていた。ハクは漢字を読めなかったが、ゴーグルの機能で文字をカタカナ表記に変換して読んだのだろう。正直、私よりも端末の機能を上手く使いこなしていると思う。

 箱の中を確認すると、金色の輝きを放つ鉱物がギッシリと詰まっているのが確認できた。

「なあ、カグヤ。この石に見覚えが無いか?」

『砂漠地帯にある基地で採掘してる鉱物だね』と、コンテナボックスをスキャンしていたカグヤが言う。

「砂漠地帯でほぼ無尽蔵に入手できる石が、当時は希少鉱物だったんだな」

『うん。オケウスの装甲に使用されている金属も、この鉱物を製錬したものだよ』

「それなら、俺たちにもあの機動兵器が製造できるかもしれないな」

「そうね」とペパーミントが言う。「工場を管理しているシステムに接続できて、工場の操作権限が得られたら、それも可能なのかもしれないわね」


 倉庫を出ると、道路で待機してくれていた作業用ドロイドたちと合流する。それから目的の場所に向かって歩き出す。

「でも、興味深いわね」とペパーミントが言う。

『なにが?』とカグヤが訊ねる。

「横浜に存在するあの異質な空間は、旧文明の人類が活動していた頃には、まだ存在していなかったことになる」

『そうだね。もしも砂漠地帯が存在していたら、あの鉱物は希少でも何でもなかったからね』

「砂漠には異界の生物も生息しているし、やっぱり空間の歪みが関係していることは間違い無さそうね」

『でも、分からないこともある』

「どうして異界の空間が広がらずに、現状を維持しているのか?」

『うん。兵器工場の地下で発生していた空間の歪みは、あっという間に異界の領域を四方に広げていた。それなのに砂漠地帯は何世紀もあの状態が保たれている』

「確かに不思議ね。なにか重要な秘密が隠されているのかもしれないわね」


 遊びに行きたくてウズウズしているハクの体毛を撫でながら、私は気になっていたことを訊ねることにした。

「ひとつ訊いてもいいか?」

「どうぞ」とペパーミントは言う。

「宇宙軍とは別に地球を守っていた軍が存在していたことは知っていたけど、それ以外にも軍のような組織は存在していたのか?」

「いいえ。私が知る限り、軍隊の多くは解体されて防衛軍に統合されていたと思うけど」

「でもたとえば、さっきの機体もそうだけど、俺たちが使用している歩兵用ライフルも日米共同開発の兵器なんだろ?」

「あぁ」と、ペパーミントは私が言いたいことを理解してくれる。「当時、人類は宇宙や異界からやってくる脅威に対して、統合した一個の政府機関でまとまっていた。でもだからといって国という概念が無くなった訳では無いの」

「でも日本軍やアメリカ軍は既に解体されていたんだろ?」

「形式的には解体された。でも軍はそのまま名前を変えて各地に残った。たとえば、日本軍は極東方面軍なんて呼ばれ方をされていた。そして横の繋がりが深かった日本とアメリカは、共同で兵器の開発を続けていた。ただそれだけのことよ」


『つまり』とカグヤが言う。『地球に存在する防衛軍を差し置いて、宇宙軍のために兵器開発していた『エボシ』って、すごい企業だったんだね』

「確かにすごいわね」とペパーミントは頷いた。「でも当時は、国家よりも財力や権力のある企業は幾つも存在していたし、それも不思議なことじゃないのかも」

『有力企業は、地球よりも利益が得られる宇宙を優先したんだね』

「ええ。だから企業を嫌う人間は多かったみたい」

『難しい時代だったんだね』

「そうね。当時のことをもっと深く知ることができれば、どうして文明が滅んでしまったのか、そのヒントが得られるかもしれない」


 資材置き場として利用されている区画までやってくると、ペパーミントはカグヤと相談しながら、空間転移のために使用する『門』の設置場所に関する相談を始めた。機械人形の製造工場を利用する予定だったが、この施設に備蓄されている物資に手を付ける訳にはいかなかった。それらの資材は最下層に潜む脅威のために残されているものだった。いざ機械人形が必要になったときに、それを製造する物資が無くなっていたら話にならない。

 だから我々は自分たちで資材を調達し、工場に運び込む必要があった。しかし現在、この核防護施設は敵対する『五十二区の鳥籠』に隣接しているため、資材を運び込むには、危険な空域の上空を輸送機で何度も往復することになる。


 そこで空間転移の『門』を地下に設置し、敵の襲撃を気にすることなく、いつでも資材を運び込むことができる計画を立てた。幸いなことに『門』の性能を検証した際、鉱物資源や物資の転移には、大きさや素材に関係なく、同一のエネルギー消費量で門を通過させることができると判明していた。もちろん私が触れている必要があったが、計画の支障になるような問題は何も無かった。

「それじゃ、あとはお願いね」ペパーミントがそう言うと、作業用ドロイドたちはビープ音を鳴らして答えた。

 我々は作業用ドロイドにゲートの組み立てを任せると管理室へと向かう。

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