第十一部 予感

第417話 会敵


 文明を崩壊させた混乱のさなかに残されたものなのだろうか、ゴシック様式を思わせる高層建築物の外壁に行方不明者たちの立体映像が投影されていた。立ち止まってぼんやりと無数のホログラムを眺めていると、雪煙の向こうに光の瞬きが見えた。次の瞬間、銃弾が高く澄んだ音を発しながら頭上をかすめて飛んでいった。

 私はすぐに雪の積もる道路を離れ、薄暗い廃墟の中に飛び込み敵からの攻撃に備えた。すると先程までしんと静まり返っていた街に、騒がしい銃声が響き渡るようになった。私は胸の中心に吊り下げていたライフルを手に取ると、素早くシステムチェックを行いながらストックを引っ張り出してライフルを構える。そして通りの向こうに照準を向けた。

『敵は『五十二区の鳥籠』を警備している部隊の兵士で間違いないよ』

 内耳に直接響く『カグヤ』の柔らかな声を聞きながら、私は廃墟の上空を飛んでいた鴉型偵察ドローンから受信している映像を確認する。眼球を覆うナノレイヤーの薄膜を通して、視線の先に拡張現実で再現されたディスプレイが表示されると、上空からの俯瞰映像が映し出される。


 道路を塞ぐようにして横倒しになっていた巨大な彫像の背後で、無数の人影が忙しなく動いているのが見えた。

「警備隊の奴らか……敵の数は?」

『正確な数は不明。先行している味方部隊も会敵して、戦闘に入ったみたい』

 カグヤはそう答えながら、真っ白な積雪に足跡を残しながら向かってくる兵士たちの輪郭を赤い線で縁取り、敵味方識別用のタグを貼り付けていく。

「味方の状況はどうなっている?」

『先行していたのは『ヤトの一族』で編成された部隊だから、そんなに心配する必要は無いと思う。異界からやってきた残忍な殺し屋が、略奪者の寄せ集めにしか見えない部隊にやられる訳が無い』


「個人の力量で優劣が決まるほど戦闘が単純だったら良かったんだけどな」

 私はそう言うと、敵から受けている制圧射撃の隙をついて、物陰から身を乗り出して射撃を行う。すぐそこまで迫っていた警備隊の兵士は、ライフルから撃ち出される無数の弾丸によって骨を砕かれ、内臓を破壊されると前かがみになって雪の上に倒れ込んだ。しかしすぐに再開された出鱈目な制圧射撃を受けて、私は建物の陰に隠れる。兵士たちが撃ち込む銃弾は、旧文明期の建物を貫通することはおろか、外壁に傷をつけることも出来なかった。


『少しマズいかも』と、突然カグヤが言う。『敵は本気みたい。八十を超える兵士がこっちに向かってきているのが確認できた』

「敵は何処から来ているんだ?」私はそう言うと、絶えず撃ち込まれている銃弾の音を聞きながら鴉の映像を確認する。

『五十二区の鳥籠を囲むように築かれた防壁の周囲に、複数の監視所が設置されているんだけど、そこから次々と部隊が出撃してるのが確認できる』

「複数の……? 俺たちが奴らの縄張りに侵入したことは、まだ気づかれていないんじゃなかったのか?」

『警備隊が監視のために通りのあちこちに設置していた動体センサーに、先行していた部隊が引っかかったのかも』

「雪の所為でセンサーを見つけられなかったのか?」

『それもあるけど、核防護施設の入り口近くに潜んでいる敵にばかり気を取られて、周囲の索敵を疎かにしたんだと思う』

 パラパラと外壁に着弾していた銃弾の雨が止んだかと思うと、急に重機関銃の特徴的な鈍い射撃音が聞こえて、外壁の破片が周囲に飛び散るようになった。どうやらカグヤの言ったことは正しかったみたいだ。この突発的な攻撃は威力偵察なんかじゃなくて、連中は本気で俺たちを殺しにきている。


 身を隠していた場所を変えようと立ち上がった瞬間、薄暗い建物の向こうで射撃の際に銃口付近で発生するマズルフラッシュが見えた。私は間髪を入れずに『ハガネ』を起動し、身体に纏っていた液体金属を操作すると、瞬時に形成した装甲で身体の前面を覆って銃弾から身を守る。そして銃弾を受けながら柱の陰に入ると、薄闇の向こうに潜んでいる敵に視線を向ける。すると頭部を覆うフルフェイスマスクが光量を補正し、白い戦闘服を身につけた複数の兵士の姿を鮮明に映し出した。

 私はライフルを構えると、壁の裏に隠れていた兵士に向かって射撃を行う。淡い光を帯びた銃弾は壁を貫通して兵士に命中する。そのまま銃身を僅かに動かすと、柱の陰から身を乗り出してこちらに射撃を行っていた男に向かってバースト射撃を行う。胸部に数発の銃弾を受けた男は、くぐもった声を漏らしながら倒れ込んだ。


 そこへ対戦車ミサイルが飛んできて私の背中に命中し轟音を立てる。私は無様に吹き飛んで先ほど射殺した男の側に倒れ込む。が、ハガネが衝撃を吸収してくれたので痛みは無い。すぐに起き上がって窓の外に立っていた男にライフルの銃口を向けた。男は目を見開いて唖然とした表情で私を見つめていた。

 男を射殺すると、物陰から兵士が飛び出してきて私に向かってナイフを振り上げた。私は左腕の前腕でナイフを受け止めると、前腕の形態をドロリと変化させて刃を熔かすようにして液体金属に取り込み、そのまま兵士の顔面に拳を叩き込んだ。兵士の首は奇妙な角度に折れ曲がり、衝撃の勢いで身体を回転させながら後方に吹き飛んでいった。


 私は液体金属が固まりながら瞬く間に形成していく左腕の動きを確認すると、容赦なく撃ち込まれる銃弾を防ぐために金属の大盾を形成した。

「カグヤ、後方で輸送機の警備をしているアーキ・ガライの指揮する狙撃部隊を、先行していた部隊の支援に向かわせてくれ」

『レイはどうするの?』

「ここは俺ひとりで対処できる。問題は警備隊の大部隊が集まってきている前線だ。このままだと味方部隊が包囲されて身動きが取れなくなる」

『了解』

 ヤトの一族が使う古い言葉で『大樹』を意味する名で呼ばれているアーキなら、先行部隊の支援を満足に行えるだろう。彼女は狙撃のスペシャリストなのだから。


 建物内に無数のグレネードが転がり込んでくると、私はガラスの無い窓に向かって駆け、一気に外に飛び出した。後方でグレネードが炸裂するのと同時に、私に向かって一斉射撃が行われる。私は腰を落とし頭部を守るように腕を交差すると、撃ち込まれる弾丸の衝撃にじっと耐えながら、そのときがくるのを待つ。重機関銃の発する騒がしい射撃音に掻き消されるように、ハガネに蓄積されたエネルギーが放出可能であることを知らせる短い通知音が聞こえる。私はすぐにエネルギーを開放し、扇状に広がる衝撃波を敵に向けて放った。


 金属が割れるような甲高い音と共に発生した衝撃波は、周囲の瓦礫を吹き飛ばし、その裏に隠れていた兵士たちの身体をズタズタに引き裂いていった。引き千切れた無数の手足とグロテスクなぬめりを持った内臓が周囲に飛び散り、真っ白な雪を赤黒く染めていった。

 けれど敵の攻勢は止まらない。騒がしい通知音と共に視界の先に警告が表示されると、横手から凄まじい衝撃を受けて私は吹き飛ばされる。雪の上を転がり受け身をとって立ち上がると、視線の先に軍用パワードスーツを身につけた数人の兵士が確認できた。


 光沢の無い黒いフレームに錆びの浮いた灰色の装甲、そして装着すると三メートルを優に超える体高になる旧式のパワードスーツが、肩に担いでいたミサイルランチャーを私に向けるのが見えた。

『レイ!』とカグヤの声が頭に響く。

「分かってる!」

 私はそう答えると、スキンスーツのように纏っていた柔らかな液体金属で全身を覆い、装甲強度を高めることで、まるで重い金属の塊で出来た彫像のような姿となってミサイル弾の直撃を次々と防いでみせた。そして素早い動きができるように装甲を解くと、立ち昇る雪煙に姿を隠しながら敵に接近し、拳を覆うように形成した金属の塊でパワードスーツを思いっきり殴り飛ばした。


 金属の装甲がひしゃげ、砕けていく音と共にパワードスーツの巨体が倒れるのを確認すると、私はすぐ側に立っていたもう一体のパワードスーツに向かって駆けた。兵士たちは私の接近に驚いたが、私を叩き潰そうとスレッジハンマーを振り下ろした。パワードスーツと大型ハンマーが生み出す強力な一撃は、ハガネで瞬時に形成した盾で受け止めることができたが、衝撃で膝をついてしまう。すると兵士たちは私を囲み、何度もハンマーを叩きつけてきた。


 攻撃に耐えながら次の出方を考えていると、目の前のパワードスーツのバッテリーから火花が飛び散り、フレームの間から機械油と人間の血液が勢いよく噴き出した。

 私はその隙に生まれた空白を利用して後方に飛び退くと、パワードスーツの装甲を刺し貫いて飛び出してきた白蜘蛛の脚に注目した。それは周囲にいた兵士たちも同じだった。彼らは突然現れた『深淵の娘』に驚き、そして身体を強張らせた。


 廃墟の街で『恐怖』の代名詞ともされている大型の蜘蛛に遭遇することは、逃れられない死を意味している。だから緊張や恐怖によって彼らが身体を強張らせたのは仕方ないことだった。しかしその蜘蛛は白い体毛を纏っていた。彼らの知る『深淵の娘』は黒い体毛を持つ。それが彼らに生きる希望を与えた。しかしそれは残酷な勘違いだった。

 白蜘蛛は脚を振って重たいパワードスーツを通りの向こうに投げ捨てると、近くにいたもう一体のパワードスーツに跳びかかった。そして白蜘蛛は押し倒したパワードスーツに無数の脚を振り下ろし、鋭い鉤爪でスーツの装甲を何度も刺し貫いた。倒れたパワードスーツの下からは、オイルと人間の血液が混ざった血溜まりが勢いよく広がっていった。


 するとミサイルランチャーを構える兵士の姿が目の端にちらりと見えた。私はすぐにライフルを構えると、パワードスーツの装甲の隙間に向かって銃弾を撃ち込んだ。兵士を射殺することはできたが、発射されたミサイル弾は通りの向こうの建物の外壁に着弾し、そしてその衝撃によって、遥か上方の高い位置に垂れ下がっていた氷柱を次々と落下させた。そのうちの幾つかは建物の側に潜んでいた生身の兵士たちの身体を貫いた。彼らは不運だったが、少なくとも即死することができた。白蜘蛛に蹴り飛ばされ、ひしゃげたパワードスーツの中で窒息し、苦しみながら死んでいく恐怖を味あわずに済んだのだ。


 しかし警備隊は我々が考えていたよりも、ずっと統率のとれた集団だった。彼らはすぐに冷静さを取り戻すと、私と白蜘蛛に向かって四方から一斉射撃を開始した。

「ハク!」と、私は騒がしい銃声に声が掻き消されないように叫んだ。「建物内に逃げるぞ!」

『ハク、いたくない!』ハクは幼い声でそう返事すると、重機関銃を掃射していた兵士に向かって跳びかかる。そして兵士の身体を銃座に取り付けられていた機関銃ごと両断すると、容赦なく周囲の兵士に襲いかかる。

『レイ』とカグヤが言う。『危険だからすぐにハクを止めてきて』

「分かってる」

『分かってない。レイもハガネの性能を過信して、攻撃を受けることに躊躇することがなくなった。敵がハガネの装甲を貫くような強力な火器を使ってきたら、どうするつもりなの?』


 カグヤに返事をしようと口を開いたときだった。建物の上階、ガラスの無い窓枠から飛び出している細長い砲身が見えた。窓の向こうには数人の兵士がいて、忙しなく何かの作業を行っていた。そして砲身の先が白蜘蛛に向けられると、大量の蒸気を噴き出しながら赤い光線が砲身の先に収束していくのが確認できた。

「マズいな……」

 私は太腿のホルスターからハンドガンを抜くと、建物から突き出していた砲身に照準を合わせ、弾薬を重力子弾に切り替えた。すると銃身の形態が変化し、開いた銃身内部で青白い光の筋が銃口に向かって移動していく。そして銃口の先に天使の輪にも似た輝く輪を出現させる。フルフェイスマスクの視界がハンドガンの照準器と同期し、建物の上階に鎮座した砲身を捉える。私は収束していく赤い光を見ながら引き金を引いた。


 音もなく射出された光弾は一瞬で目標に着弾し融解させると、青白い閃光の尾を残しながら建物の後方に建ち並ぶ高層建築物に命中した。そしてなんの抵抗も無く建物を貫通すると、そのまま直進し空の彼方に消えていった。

「カグヤ、他に危険そうな兵器は確認できるか?」

『ううん。鴉の眼からは確認できない。それに、残った敵もハクの攻撃に混乱して逃げ出している』

「先行していた部隊は?」

『まだ戦闘は続いているけど、勢いが無くなってきている』

「これだけ規模の大きな戦闘を仕掛けておいて、攻勢を弱めた? ……カグヤ、狙撃部隊に支援させながら、味方部隊を後退させてくれ」

『追撃してきた部隊を叩くの?』

「いや、撤退するように見せかけてくれ。俺たちの目的はあくまでも旧文明の核防護施設だ。ここで奴らと本格的に争う必要は無い」

『分かった。部隊に伝える』

 通りに視線を向けると、ハクによって身体の至る所を切断された兵士たちの亡骸があちこちに転がっているのが見えた。

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