第414話 群れ
陣形を組みながら援護射撃をしてくれていた機械人形の間を通って、エレベーターホールに駆けこんでいく。すると我々のあとを追ってきていた人擬きが、アサルトロイドに向かって猛烈な勢いで突進し、そしてゲートによって展開されていたシールドの薄膜に衝突し動きを止める。
人擬きウィルスに感染し、生体情報が微妙に変化していた施設の元住人は、シールドを通過することができなくなっていたのだ。人擬きの集団が立ち止まっている隙をついて我々は一斉射撃を行い、人擬きを的確に処理していった。
レーザーガンから熱線が射出される際に聞こえる鈍い音の向こうから、奇妙な悲鳴が聞こえてくると、悍ましい姿をした数体の肉塊型の人擬きが現れる。
「ハク、デカい奴を頼む!」
イーサンの言葉に答えるように、白蜘蛛は身体の周囲に浮遊させていた球体状の発光体から細長い閃光を放った。空気を震わせる甲高い音と共に青白い閃光が瞬くと、強化された弾丸すら受け止める人擬きの胴体をいとも簡単に切断し、そして凍りつかせていった。
人擬きの処理を終えると、我々は休むこと無く地上に続くエレベーターに乗り込んだ。エレベーターホールの警備は、引き続きアサルトロイドたちが行うことになるが、さほど心配するような事態にはならないと考えていた。何故なら先程の襲撃は、我々を追ってきた人擬きによる突発的なものだったからだ。瓦礫に潜んでいる人擬きや、施設内を徘徊している人擬きは、刺激さえしない限り、自らの意思でエレベーターホールまでやってくることは無いだろう。
地上に向かうエレベーターは、一度に多くの人間を運ぶように設計されていて、ハクと輸送ヴィードルが一緒に乗り込んでも問題なく動いてくれた。しかし警備用ドローンは入り切らなかったので、別のエレベーターで移動させることにした。
「ハク、身体に何か異常は感じないか?」私が心配してそう訊ねると、ハクは何を考えているのか分からない眼で私をじっと見つめる。
『すこし、むずかしい』
「難しい……違和感みたいなものがあるんだな?」
『うん』ハクはためらいがちにそう言った。
「それなら、あの奇跡を使うのは少し控えよう」
『もうダメ?』と、ハクはいつになく落ち込んだ声で言う。
「ずっとじゃないよ。その違和感がなくなるまでの間だけだ」
『わかった』
それから私は言葉を選んで、ハクに理解してもらえるように言った。
「それはハクに与えられた特別な能力で、俺たちも随分と助けられている。今更、ハクから瞳を取り上げるようなことはしないし、できないと思う。だから心配しなくても大丈夫だ。でもその能力がハクの負担にならないように、少しずつ使い方を覚えていく必要があると思うんだ。それまで自由に使うのは我慢してくれるか?」
『うん。ハク、おぼえる』
ハクが納得してくれたことにホッとすると、輸送ヴィードルのコンテナボックスで横になっていたサナエの状況を確認する。幸いなことにサナエにも異常は無かった。
上昇しているのかも分からないほど静かなエレベーター内では、青い海が何処までも広がる砂浜と自然豊かな観光地のホログラム広告が投影されていた。それは高層建築が乱立する廃墟の街では決して見ることのできない光景だった。その広告を眺めていると、目的の階層に到着したことを告げる短いアナウンスと共にエレベーターの扉が開いた。通路の先は長いスロープになっていて、通路を塞ぐように閉じていた巨大な隔壁に続いていた。我々が通路に立つと、警告音と共に金属製の隔壁がゆっくり開いていくのが確認できた。
「隔壁の先に駅があるのか?」と、私は誰にともなく訊ねた。
『ううん』とカグヤが答える。『この場所は、あくまでも地下区画と施設を繋ぐ中継地点でしかないよ。通路の先にエレベーターがあるから、それに乗って地上に向かうことになる』
「それなら、施設の封鎖はこの場所で行うのか?」
『うん。他の出入り口は既に閉鎖してあるから、最後にそこにある端末を使って、この隔壁をロックして施設を完全に封鎖する』
「施設の壁はどうなった?」
『大丈夫だよ。信じて』
接触接続で施設の隔壁を閉鎖すると、我々は駅に続くエレベーターに乗り込む。そのエレベーターは先程まで我々が乗っていたものと同様のつくりの箱だったが、投影される広告の内容が異なっていた。無秩序に、そして大量に投影される広告は金融関係や法律事務所、それに国民栄養食の広告と、表示される広告に規則性がまるで無かった。
地球防衛軍の募集官が、入隊に必要な手続きに関しての真剣な話をしているかと思えば、その横では高級娼館の広告が表示されていた。拡張現実では決して味わえない本当の体験を謳い文句に、あどけない少女の肉体を持つ女性や、無精ひげを生やしたアラブ系の男娼、それに衣類を身につけていない北欧系の美女が次々に投影される。その艶かしい肉体を得意げに見せびらかす女性の後ろでは、違法だと思われるドラッグや、インプラントパーツの怪しい広告が投影されていた。
それらの広告をぼんやりと眺めていると、地響きと共にエレベーター内に強い揺れを感じた。
「カグヤ、今の揺れは何だ?」
『地上で行われている爆撃の衝撃だよ。川をせき止めている建物に対して本格的な爆撃は行われていないけど、川の流れをコントロールするために、周囲の建物を爆撃して簡易的な堰を用意しなくちゃいけないでしょ?』
「その爆撃の衝撃がここまで伝わってきたのか?」
『うん。ここは核防護施設としての機能を備えていた『エボシ』の研究施設じゃないからね。それなりの衝撃は伝わるんだと思う』
「そうか……エレベーターに障害が起きることは無いよな?」
『大丈夫だよ。周辺に及ぼす被害を最小限にとどめるように、ペパーミントがしっかりと計算して爆撃指示を出してくれている。だからエレベーター内に閉じ込められるような事態にはならないはずだよ』
「ペパーミントは何でもできるんだな」と私は素直に感心する。
「レイ、厄介な事態になりそうだ」と突然イーサンが言う。
「何か問題が起きたのか?」
「地下区画に大量発生していた『バグ』のことを憶えているか? 奴らの側にドローンをつけてずっと監視させていたんだが――取り敢えず、ドローンから受信している映像を確認してくれ」
視界の先に地下区画の地図と共に、バグの群れが移動する様子が映し出される。
「こっちに向かって来ているな」と、私は地図を見ながら言う。
「ああ。異界に繋がっていた空間の歪みが消えたことで、やつらも何かを感じ取ったのかもしれない」
「バグは異界に由来する生物だから、その可能性はあるな……」
「地上にいるエレノアたちにも、念のため迎撃が行えるように駅構内の陣地に待機させているが、恐らく戦闘になるだろうな」
「こんなときに攻撃か……確かに厄介だな」
「ああ。できることなら奴らを地上に出したくないが、爆撃機の到着予定時刻は迫っている」
「バグの進攻を地下で食い止めなければ、奴らは地上に溢れて、爆撃そのものが無駄になるな」
私がそう言うと、イーサンは頷いた。
「だから俺たちでどうにかして時間を稼ぐ必要がある」
「分かった。ペパーミントには?」
『既に報告したよ』とカグヤが言う。『彼女は輸送機で待機してくれているから、私たちは爆撃の寸前まで地下で時間を稼ごう』
「時間になったら、すぐに地上に向かうんだな?」
『うん。さすがに今回はレイにも指示に従ってもらうからね。濁流に呑み込まれたら、超人的な肉体を持つレイでも、生き残ることはほぼ不可能だから』
「分かってる」最早、癖になっている装備の確認を入念に行うと、ハクにも戦闘の準備をさせる。相手はバグなのでハクが後れを取ることは無いと思っているが、戦闘に熱中するあまり、脱出に間に合わなくなってしまわないように、ハクには側にいてもらうつもりだ。
「始まったな」とイーサンが言う。
エレベーターが止まり、扉が開くと騒がしい銃声が聞こえるようになる。我々はエレベーターから出ると、ガランとした薄暗い空間の向こうからやってくる無数のバグに対して射撃を始める。駅構内は入り口を塞いでいた瓦礫を取り除いた際の影響で、天井の至る所から雪と共に融けだした水が侵入してきていて床は水浸しになっていた。エレベーターの少し先に設置された改札口の周囲には、間に合わせのバリケードが築かれていて、そこではエレノアの率いる部隊がバグに対して応戦していた。
私もヤトの戦士の隣に向かうと、バリケードの向こうにいるバグに対して射撃を行う。『トロォヴァーリ』の能力によって強化された銃弾は、バグが纏う外骨格を簡単に貫通し、内臓の詰まったブヨブヨとした腹部を次々と破裂させていた。しかしバグの進攻は止まらない。不規則に並んだ複眼を妖しく発光させながら、昆虫にも似た姿をした数百体の化け物は我々に向かって這ってくる。
激しい銃声によって声が掻き消されないように、近くで戦闘していたヤトの戦士に通信を行い、輸送ヴィードルを護衛しながら地上に待機している輸送機に先に向かってもらうことにした。ヤトの戦士が移動の準備を始めると、警備用ドローンに指示を出し、彼と共に地上に向かってもらう。
それから私はハクと共にバリケードの前に出て、バグの注意を引くことにした。恐れを知らないバグの集団は、小型擲弾で身体を吹き飛ばされながらも私とハクに襲いかかってくる。
天井を支える無数の柱の間から跳び出してきたバグに組みつかれると、私はハガネを操作し、まるで獲物に喰らいつく獣をイメージしながらバグに攻撃を行わせる。すると肩を保護していた液体金属の装甲はドロリと姿を変え、牙を持った獣の口を形成し、気色悪いバグの頭部を噛み千切った。さすがにバグを取り込むようなことはしなかったが、ハガネを上手く活用するヒントが得られたような気がした。
兵器はこうでなければならない。という凝り固まった概念は、ハガネを活用する際にはマイナスになるのかもしれない。何故ならハガネは使用者のイメージに反応し、変則的な攻撃すらも実現してくれる兵器だからだ。
しかし懸念もある。自らの意思で判断し学習し続ける兵器に、生物的なイメージを学習させることは、本当に安全で正しいことなのだろうか? 意思を持った兵器の反乱、なんて稚拙なことは考えていなかったが、ハガネは未知の兵器だ。使用者と同化することを最終目的とした兵器を扱っている以上、用心するに越したことはないだろう。
グロテスクな内臓と体液を噴き出しながら痙攣するバグを押し退けると、暗闇の向こうから次々と現れるバグに対して射撃を再開した。ライフルの銃身が赤熱し、白煙が立ち昇るまで射撃を続けてもバグの勢いが止まることは無かった。ハクは化け物の返り血で体毛を汚しながらも戦闘を続けていたが、切りがないので焦っているようにも見えた。
我々は攻撃を続けながら後退していて、陣地として築いていたバリケードも既にバグの大群に呑み込まれている状態だった。
『レイ、時間です』とエレノアの声が内耳に聞こえる。『爆撃機がやってきます。すぐに撤退を始めて』
ライフルから手を離すと、威力と効果範囲を制限した反重力弾をバグの群れに向かって数発撃ち込み、それから私はハクと共に駅の入り口に向かって駆ける。
「レイ! こっちだ!」
入り口の側で手を振るイーサンが見えてくると、私は振り向いてバグに対して反重力弾を撃ち込み、そして瓦礫の間を通って地上に出る。
外は吹雪いていて、入り口の瓦礫を取り除いた際にできた破壊の痕跡が見つけられないほどに雪が降り積もっていた。インターフェースで部隊に欠員が無いことを素早く確認すると、空中に停止した状態で僅かに浮遊していた全長二十メートルほどの輸送機に向かう。
紺色の機体は特殊な形状をしていて、水平尾翼と垂直尾翼が二つに分かれた胴体の後端に取り付けられている双胴機になっていた。その機体の中央には、胴体に挟まれるようにして設置された切り離し可能な兵員輸送用のコンテナがあって、我々は後部ハッチからコンテナに乗り込んでいった。
機体の周囲に発生させた重力場を利用して、輸送機が静かに高度を上げている間も、私とイーサンは開いた後部ハッチからバグに対して射撃を続けていた。川をせき止めていた建物に爆撃が行われたのはそのときだった。
『衝撃に備えて!』
ペパーミントの声が内耳に聞こえると、凄まじい衝撃波と共に一瞬の間、吹雪がピタリと止まった。そして腹の底を震わせるような衝撃音が聞こえてくると、轟音と共にせき止められていた川の水が勢いよく流れてくるのが高層建築群の間から見えた。
濁流は瓦礫や廃車を巻き込みながら街の通りを呑み込んでいった。我々が先程までいた場所には、地中から這い出してきた無数のバグが確認できたが、それらのバグも廃墟の街に散っていく前に濁流に呑み込まれ、地下区画へと押し流されていった。
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