第373話 子供


 何処からともなく現れた武装集団は、レーザーライフルの銃口を私と白蜘蛛に向けたまま動きを止めた。我々の様子を窺っているのか、フルフェイスマスクについていた小さなレンズが、交信するように点滅していた。

「カグヤ、どうなっているんだ?」

『内容までは確認出来ないけど、何か話をしているみたい』

「あの集団は敵だと思うか?」

『装備から見ても、施設で生活している人間に見えるけど……』

「どう見ても子供にしか見えない」

『そうだね……』

 我々のすぐ側には、ヤトの毒によって体組織が崩壊し、腐るように身体が溶けだしている肉塊型の人擬きがいて、流れ出した体液が足元に広がっていた。その気色悪い液体で脚を汚さないように、ハクが天井に向かって跳びあがると、集団はハクの動きに驚いて後退り、怯えているようにハクに銃口を向けた。


 集団からは私に対する敵意は全く感じ取れなかったが、ハクが攻撃されるかもしれない状況を黙って見ている訳にはいかなかった。

「お前たちは何者だ」

 私はそう言うと、集団の中心にいた人物にライフルの照準を合わせた。すると私に向かって一斉に銃口が向けられる。

『僕たちは貴方の敵ではありません』と、マスクについた発声器から少年の声が聞こえる。

「そうは見えない」

 相手は周囲を見回して、それから仲間たちに銃身を下げさせた。

『これで良いでしょうか?』

 集団が敵意を持っていないか、もう一度だけ確認したあと、私も慎重にライフルを下げた。


『貴方を助けるために、僕たちはここに来ました』

 謎の人物は胸部の装甲に手を当てながらそう言った。

「厚意には感謝する」

『いえ、僕たちは感謝されるような事は、まだしていません』

『まだ?』

 カグヤがそう言った時だった。幾人もの声を合わせたような、不気味な悲鳴が通路の奥から響いてきた。

「化け物はまだいるのか?」

『貴方が変異体を倒せたことは、驚愕に値する事実です。けれどこの通路には、あのタイプの変異体がまだ六体ほどいます。そしてそれは僕たちが確認できた個体の数で、この通路に潜む変異体の正確な数は分かっていません』

「あんなのがまだ沢山いるのか?」

『はい。安全地帯まで先導します。だから僕たちのあとについて来てください』


 謎の人物の言葉に合わせるように、集団は一斉に振り返って通路の先にレーザーライフルを向けた。簡単に背中を見せていることから、我々に敵対する意思がない事は理解できたが、その行動は余りにも無防備に過ぎると感じた。

 揃いの装備に身を包んだ者たちを見分けられるように、カグヤは集団の一人一人に黄色い文字で番号を割り振ってタグ付けしていった。番号は一から始まって、十二で終わった。


 彼らの頭部に浮かぶ番号を見ていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『彼らはもしかしたら、地上の人間と交流が無いのかも』

「その根拠は?」

 天井で逆さになっていたハクを側に呼ぶと、子供の集まりにしか見えない謎の集団の後を追うように移動する。

『この状態が、まさにその根拠になっていると思う。彼らは私たちがどうしてこの場にいるのか、あるいは、彼らに対して敵対する意思があるのかも確かめずに、いきなり私たちを助けると言ってきた。地上の人間は、こんなに危険で何の見返りも得られない状況下で人助けをしようなんて考えない。それはレイにも分かるでしょ?』

「そうだな……善意で人助けをする人間がいれば、地上の人間はその裏に隠されている真意を問いただそうとする」

『だけど彼らは私たちを助けると言って、私たちを少しも疑う素振りも見せずに背中を向けた。彼らが見かけどおりの人物、つまり子供だけの集団だとしても、それは余りにも危険で、馬鹿げた行為だ』

「それなら、彼らが閉鎖された施設の人間であることは間違いなさそうだな」

『その可能性は充分にある』


 水分を含んだベチャベチャとした足音が聞こえてくると、通路の壁に寄りかかり、身体を引き摺るようにして歩いてくる肉塊型の人擬きが姿を見せた。先程の化け物と同様に、変異を繰り返して悍ましい姿になっていた。

 バトルスーツに身を包んだ集団は、自分たちに向かって無数の手を伸ばす化け物に射撃を行いながら、化け物の動きを牽制しようとする。しかしレーザーの一斉照射で身体を焼かれながらも、化け物は我々に向かって歩き続ける。


 私は化け物の頭部にフルオートで炸裂弾頭を撃ち込み、その銃声に声が掻き消されないように、声を張り上げながら彼らに訊ねた。

「何処まで向かうつもりなんだ!」

『この先に施設に繋がる避難経路の入り口があります! そこまで行けば、変異体の追跡を躱せます!』

 ハクが化け物に向かって糸の塊を吐き出すと、化け物は網のように広がった無数の糸で雁字搦めにされて壁に張り付けられる。


「今だ! 行け!」

 化け物にライフルの銃口を向けながら集団を先行させると、ハクと共に集団の最後尾について警戒しながら移動する。赤色灯に照らされた化け物はグロテスクな腕を我々に向けると、まるで手招きするように腕を動かし続けていた。

『もう少しです!』

 集団を率いていた少年がそう言った時だった。彼らの目の前に第三の化け物が姿を見せる。そして最悪なことに、化け物は通路の脇に止められていた車両の陰から急に現れると、間髪を入れずに太い腕を勢いよく振って子供の集団を薙ぎ払った。

 密集していた子供の集団は、仲間に巻き込まれるようにして壁に叩きつけられたが、バトルスーツのおかげで酷い怪我をせずに済んでいた。が、化け物の腕を直に受けた子供は倒れたまま起き上がらない。


「ハク!」

 私が声をあげるよりも早く白蜘蛛は動いて、倒れていた子供を抱えると、通路の先に向かって跳躍する。私は子供たちの盾になるように人擬きの前に立った。すると化け物は耳の痛くなる悲鳴と共に腕を振り上げる。私は頭部を守るように両腕を交差して腰を深く落とすと、『岩』をイメージして『ハガネ』の液体金属で全身を覆う。人擬きは恐るべき力で私に腕を叩きつける。が、私の身体は重たい岩のようにビクリともしない。鈍い打撃音のあと、金縛りが解けたように私は腕をすっと動かして、人擬きの無数にある腕の間に右手を伸ばした。そしてぬめりのある人擬きの胴体に触れた瞬間、今までハガネに蓄積されてきた膨大なエネルギーを右手の先に開放した。


 凄まじい破裂音と共に衝撃を受けた人擬きの巨躯が持ち上がると、肉塊型は勢いよく後方に跳ねとばされる。地面を転がっていく人擬きの身体からは、未成熟な腕や足が裂け剥がれ落ちていて、地面で痙攣するようにぴくぴくと震えていた。

 私は身体の動きやすさを重視した薄い液体金属の膜をイメージして、身体を覆っているハガネを操作し変型させると、集団の後を追って走り出した。

 薄闇の向こうに子供たちの背中が見えてくると、通路に放置された作業車も多く見かけるようになった。幾つかの作業車の間を通り過ぎる時、眠るようにして車両に寄りかかっている多くの人擬きの姿を見た。それらの個体は、腐った屍のような姿をしていた。


『随分と極端だね』とカグヤが言う。『融合して共生することを選んだ人擬きは、驚異的な変異を遂げた。けれど融合も出来ず、集団から取り残された人擬きは、生きているにも拘わらず、身体が腐り始めている』

「閉鎖された空間で、人擬きが極端な変異を遂げたのは分かる。でも何か変じゃないか? どうして奴らはあんな風に動けるんだ? あの力は何処から来る?」

『何か、力を得る切っ掛けがあったのかもしれない』

「切っ掛け?」

『……例えば、餌になるような生物が閉鎖された区画に侵入してきたとか?』

 レーザーライフルから発射される閃光の瞬きが見えてくると、私は側にあった放置車両の屋根に跳びのった。それから集団の前方に現れた肉塊型の人擬きを見ながら膝をつくと、ライフルのストックに頬をつけて射撃で支援する。


 ハクは自身の脚の間でぐったりとしていた子供を気遣いながら、人擬きの執拗な攻撃と突進を何とか避けていた。子供たちはそんなハクを援護しようと、化け物に対して射撃を行っていたが、余り効果があるようには見えなかった。私もライフルによる射撃を諦めると、ホルスターからハンドガンを抜いた。弾薬を貫通弾から小型擲弾に切り替えると、化け物の丸太のように太い足に向かって射撃した。


 カグヤによって火力が調整されていた擲弾は、化け物の足に食い込むと、腹の底に震わせる爆発音を立てながら破裂した。凄まじい衝撃で太腿の組織のほとんどを失くした人擬きだったが、傷口の周囲に生えている無数の腕が伸びて、まるで手を繋ぐように手を取り合うと、人擬きが倒れないように足を固定した。

『腕を動かす為だけの脳を持っているのかな?』とカグヤが言う。

「まるでタコみたいだな」

 私はそう言いながら追加の小型擲弾を撃ち込むと、破裂音を聞きながら子供たちの集団と合流して、身体を修復しようとしている人擬きを横目に、子供たちと共に通路の先に向かう。


 用途不明の配管から絶えず噴き出す蒸気の間を通りながら、何とか目的の場所に辿りつけた。薄暗い通路はまだ続いているようだったが、我々は避難経路として使用される通路に侵入することになる。旧文明期の鋼材で製造された厚い隔壁の向こうに、子供たちの集団がハクと共に入った事を確認すると、私は悲鳴をあげながら近づいてくる肉塊型から視線を外さないようにして避難経路に入った。


 照明が黄色い警告灯になると、騒がしい警告音と共に隔壁がゆっくりと閉じていく。足を引き摺り、不気味な悲鳴をあげながら迫ってくる人擬きに向かって最後の焼夷グレネードを放り投げると、化け物は我先にグレネードを掴もうと、無数の腕を持ち上げてグレネードをキャッチする。そして眩い閃光と共に炎に包まれる。隔壁が閉じて、空間が完全に密閉されるまで、人擬きの苦痛に満ちた呻き声が通路に響いていた。


 しばらくすると警告灯が消えて、通路に青白い照明が灯る。私は白蜘蛛の側に向かうと、ぐったりしていた子供をハクからそっと受け取った。子供を地面に寝かせると、少年が私とハクの側までやってくる。

『何をするつもりなんですか?』と、少年はひどく慌てる。

「あの化け物の攻撃を受けたんだ。放っておいたら死ぬかもしれない」

『分かっています……』

「治療する。だからこのヘンテコな装備を脱がすのを手伝ってくれ」

『ですが……彼女はもう助かりません……』

「彼女? 女の子だったのか……それで、どうして助からないと思うんだ?」

『僕たちには、彼女を治療する為の医療品がありません』

「俺が持っているから気にするな。それより早く手伝ってくれ、間に合わなくなる」

『ですが、彼女の状態はスーツの機能でモニターされていて、肋骨が折れていて、肺に骨が突き刺さっている事も分かっています。それに内臓だって……今はスマートスーツが生かしてくれていますが、スーツを脱がしてしまえば彼女は死んでしまいます……』

「だからって、何もしないで彼女が死んでいくのをただ見守るつもりか?」

『はい……』


 少年はそれだけ言うと、ぐったりとした女の子の手を握る。少年が諦めたくなる理由は分かったが、正直そんな感傷に構っている暇はなかった。それよりも隔壁の向こうにいる化け物が我々を追って来ることの方が心配だった。

「カグヤ、手伝ってくれ」

 液体金属を操作して素手になると、奇妙なフルフェイスマスクに直接触れた。

『待っててね……』とカグヤが言う。『うん、もう大丈夫。スーツの着脱を安易にする為に取り付けられている補助装置を作動させた』

 フルフェイスマスクは完全に密閉されていたのか、空気の抜ける音と共にマスクの前面を覆っていたバイザーが頭頂部に向かってスライドして開いた。スーツは相当に酷使されてきた年代物だったのか、千切れた視覚センサーのコードが、女の子の顔の前に幾つか垂れ下がっていた。


『本当に子供だ』とカグヤが驚く。

 生活している環境が悪いのか、女の子の白い頬は垢にも煤にも見える黒ずみで汚れていた。と、彼女の胸部と腹部を覆っていた装甲が脇腹に向かって左右に開閉する。金属繊維が編み込まれていたスキンスーツも肌に密着していたが、空気が入るようにして膨らんだ。損傷部が見えるようにスキンスーツを持ち上げて脱がすと、脇腹から腹部全体にかけて皮膚が酷く鬱血し腫れあがっているのが見えた。成長期の膨らみかけた胸も、肋骨が複雑に折れ曲がっている所為か、痛々しい凹凸が出来ていた。


 ベルトポーチから医療ケースを急いで取り出すと、温度管理のされたケースから『オートドクター』を手に取り、彼女のお腹に素早く注射を打った。オートドクターは旧文明期の医療用のナノマシンの名称で、注射器を使って体内に特殊なナノマシンと濃縮した栄養剤を注入することで、身体の損傷や病気を治すことの出来る医療品だった。

『もしかして彼女に使用したのは、オートドクターですか?』と少年が言う。

「そうだ。知っているのか?」

『はい!』少年は嬉しそうに答えると、頭を下げて私に感謝した。『もう無理だと諦めていました。本当にありがとうございます!』


「気にしないでくれ。俺たちを助けようとして彼女は怪我をしたんだ。責任は俺にもある」私はそう言うと、彼女の容態を確かめる為に、接触接続でスーツのシステムを読み込む。

『レイ』とカグヤが神妙な声で言う。『彼女の健康状態をモニターしているシステムに接続して分かったんだけど……』

「なにが分かったんだ?」

『この子たちは普通の人間じゃない』

「と言うと?」私はそう言うと、我々から距離を取ながらも、心配そうにこちらに視線を向けていた子供の集団を見た。

『この子たちは『第三世代の人造人間』だよ』

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