第368話 監視
冬になると雪に閉ざされた廃墟の街を出歩く者はほとんどいなくなる。だけど廃墟の街に点在する鳥籠の間を移動し、交易を行う隊商の存在は、冬の街でもそれほど珍しいものでも無かった。しかしそんな隊商でも、海岸線に程近い場所にある我々の拠点の側まで来ることは無かった。
だから拠点周辺に設置されている自動攻撃タレットが起動し、攻撃する相手と言えば、決まって我々の拠点に侵入しようとしている略奪者の集団か、何処からか流れてきた人擬きだけだった。けれどその日、攻撃タレットによる攻撃を受けて逃走した者は、そのどちらでも無く、恐らく私の首に懸けられた賞金を狙ってやってきた者たちだったのだろう。
派手に破壊された攻撃タレットを見て私は白い息を吐いた。
大通りに面した建物の壁に、擬装の為の瓦礫と共に設置されていた攻撃タレットは、修理が不可能なほどに破壊されていた。
「随分と派手に破壊していったみたいだな……」
『収納されていた銃身が剥き出しになっているって事は、少なくとも襲撃者に対して反撃をする余裕はあったみたいだね』
内耳に聞こえるカグヤの言葉に頷くと、私は大通りに目を向ける。
「襲撃者を追跡する為の手掛かりは、昨夜の吹雪で消えているな」
カグヤの遠隔操作で、路地に向かって赤色のレーザーを扇状に照射して、スキャンを行っていた偵察ドローンが私の側まで飛んでくる。
『残念だけど、襲撃者の足跡も確認できなかったよ』
網膜に投射されているインターフェースで、攻撃タレットが最後に録画した映像を再確認する。その映像は、攻撃タレットの側に設置されている動体センサーが、周囲の動きを検知した瞬間に録画を開始していて、拠点の警備システムに送信していたものだった。
夜中に録画されていた映像は真っ暗で、攻撃タレットが射撃を行った際に発したマズルフラッシュの明かりで照らされる吹雪と、薄明りの中で白く浮かび上がる積雪しか映していなかった。しかしサーモグラフィーに切り替えると、複数の生物が路地に逃げ込むのが確認できた。ちなみに攻撃タレットが破壊されたのは、襲撃者が逃げるのとほぼ同じタイミングだった。
機体の周囲に重力場を生成し、浮遊していた球体型のドローンが飛んでくると、無残に破壊され、部品の多くが雪に埋もれていた攻撃タレットをスキャンする。
『最初の一撃で機能は完全に停止していたみたい』
「なら、この攻撃タレットの惨状はどう説明する?」
『腹いせに破壊したのかも』
「嫌な連中だな」
『でも変だと思わない?』
「何が?」
『天候が悪いにも拘わらず、攻撃タレットを正確な一撃で破壊できるのに、危険な廃墟の街に、それも夜中にふらりと現れて、ワザと侵入の痕跡を残すような愚かな真似をした』
「確かに変だな……まるで俺たちに見つけて欲しいような行動を取っている」
『攻撃タレットを破壊したのは、対物ライフルによる狙撃だと思う』
私は襲撃者たちが逃げ込んだ路地に視線を向ける。
「まさか、あの吹雪の中で弾丸を命中させたのか?」
『うん。これを見て』
カグヤは攻撃タレットを破壊した弾丸の着弾点から、弾道を割り出して私の視界に表示してくれた。赤色の破線で表示される弾道を確認しながら、私は路地を覗き込んでみる。
破線を辿っていくと、半ば崩れている旧文明期前期の建築物に行きついた。恐らく狙撃手は建物の外階段で待機して、そこから地上にいた仲間たちの援護をしていた可能性があった。
「カグヤ、鴉を使って狙撃手が使用した建物を調べてくれ」
『了解、すぐに映像に出すから確認して』
私は鴉型偵察ドローンから受信する映像を見て、付近に敵がいないことを確認すると、外階段から死角になるように注意しながら移動して、目的の建物に向かう。
『レイラ』と女性の声が内耳に聞こえる。『何か分かりましたか?』
「襲撃者たちの痕跡を見つけた。今から建物内の探索を行う予定だから、ミスズもこっちに来てくれないか?」
『分かりました。すぐに向かいます』
「端末に合流地点を送信する」
『了解』
ミスズとの通信を切ると、私は積雪で足場の不安定な道路を離れて、倒壊した建物の瓦礫を伝って移動する。ミスズはヤトの戦士でもあるナミと共に行動していたので、余程のことがない限り窮地に陥ることは無いと思っていた。けれど廃墟の街では何が起きても不思議じゃない、だから私は早く合流地点に向かうことにした。
ミスズは東京にあると言われていた核防護施設の出身だった。文明崩壊を招いた終末戦争の影響で、東京の大部分は海中に沈んでいると噂されていた。だからその施設がどのような場所にあるのかは、今でもハッキリしていない。けれど海底の何処かに築かれた施設には、人々の共同体が確かに存在していて、ミスズはそこで軍隊のような組織に所属していたらしい。
ミスズと仲間になったのは、特殊な任務を受けて地上に派遣されていた彼女を、私とカグヤで偶然、救い出すことが出来た日からだった。それ以来、ミスズは私が信頼する数少ない人間のひとりになっていた。
『ここが目的の建物だね』
カグヤの言葉に私は頷きで答えると建物に目を向けた。旧文明期前期のものだと思われる建物は、経年劣化が進んでいて壁面の所々が剥がれ崩れていた。
建物の入り口は雪で完全に塞がっていたので、外階段から直接建物内に侵入することになりそうだった。その外階段には、壁に寄りかかった状態でカチカチに凍っている人擬きの姿があった。
「こんな状態の人擬きは初めて見た」
私は感心しながら人擬きの様子を確認した。
『何処かで水をかぶったのかもしれないね』とカグヤが言う。
「これでも生きているんだよな?」
『本当に不思議な生き物だよね』
「仮死状態になっている?」
『うん。暖かくなって身体が自由に動かせるようになったら、普段通りに獲物を探して街を徘徊するのかもね』
「なら、そうなる前に始末しておくか」
太腿のホルスターからハンドガンを引き抜くと、人擬きの頭部に銃弾を撃ち込んだ。銃声は強風に掻き消される程度のものだったので、建物内に何者かが潜んでいても、我々の存在に気がつく心配は無かった。
しばらくするミスズとナミがやってくる。二人とも厚手の外套に防寒仕様の戦闘服を着こんでいたが、寒さで鼻を赤くしていた。彼女たちの戦闘服は、この時期の街に適した白と灰色の迷彩柄だった。
ミスズと共に姿を見せたナミは、ハンドガンを手に持っていた私を見ると、すぐにライフルに手を添えて私に訊ねた。
「もう敵を見つけたのか?」
「いや、人擬きを処理しただけだ」
「人擬き……ですか?」とミスズが頭を傾げた。
『そうだよ』とカグヤが言う。『この時期に建物の外で人擬きを見かける事はほとんど無いけど、それでもいない訳じゃないからね。だからミスズたちも移動するときには注意してね』
「はい」と、白い息で返事をしたミスズに、私は弾道で割り出した敵の位置情報を伝えると、建物を手分けして探索することにした。
薄暗い建物に人の気配は無かったが、何者かが建物内にいた痕跡は至る所で確認できた。足跡も多く残っていたし、建物内に侵入してきた人擬きと戦闘したことも分かった。無力化されて、地面を這うことしか出来なくなっていた人擬きを射殺すると、私は空薬莢が散らばる廊下を歩いて階段に向かった。
薄暗い階段には、猫ほどの大きさのあるネズミの毛皮と骨だけになった死骸が横たわっていた。上階では幾つかのテントが張られているのが確認できた。そのテント内に残された毛布やら何やらを確認していると、カグヤの操作するドローンがやってきて、フロアーに散らばっていた缶詰や携行食のパッケージをスキャンする。
『襲撃者たちは、この建物で寝泊まりしていたみたいだね』とカグヤが言う。
「そのようだな……でも気になる事がある」
『なに?』
「拠点の警備をしていた機械人形や、ヤトの戦士に気づかれることなく、奴らはどうやって俺たちの監視を続けられたんだ?」
『正直に言うと全く分からないよ。存在を隠蔽できる何かの装置を所持していた可能性もあるし、偵察任務に優れた者たちの集まりだった可能性もある』
「戦闘の痕跡も残っていた」
『特別な消音器を所持していたのかも』
私は持っていた毛布を手ばなしてテントの側を離れると、外階段に繋がる非常口に向かう。予想に反して金属製の重い扉は施錠されていなかった。その扉から私は外に出ることにした。
冷たい風に顔をしかめながらハンドガンを構えると、いつでも射撃が行えるように引き金に指をかけた。それから久しぶりに目にした青空を横目に、慎重に外階段を上がっていった。しかし狙撃地点にも人の姿は無かった。
『見て、レイラ』カグヤの操作するドローンが、壁に立てかけられていた対物ライフルをスキャンする。
「それが狙撃に使用したライフルだな」
『うん。ライフルの周囲に罠の類は無かった。だから触っても大丈夫だよ』
私は頷くとずっしりとしたライフルを持ち上げる。それからストロークの長いボルトを引いて弾薬が装填されているか確認する。
「弾薬は装填済みだ」
私はそう言うと、薬室から排出された大口径の弾薬を拾い上げる。
『ライフルを残して何処に行ったんだろう?』
「分からない」
ライフルの側にはアルミ製のサバイバルシートと毛布、それに食べかけの携行食が放置されていた。
『レイラ、襲撃者だと思われる人たちを見つけました』とミスズから通信が入る。
「状況は?」
『恐らく生存者はいません』
『生存者がいない?』とカグヤが驚く。
『はい。遺体の損傷が酷いので、人擬きに襲われて殺された可能性があります』
私は視界に表示した地図でミスズの位置を確認する。
「すぐに向かうから、ミスズたちはそこで待っていてくれ」
『分かりました』
「そいつらを殺した人擬きが何処かに潜んでいるかもしれない、警戒することを忘れないでくれ」
階下の通路でミスズたちと合流すると、襲撃者たちの死体だと思われる肉片の確認を行う。
「酷いな」と私は言う。「乱暴に引き千切られた手足がそこら中に転がっている」
『幾つかの部位が足りないけど、遺体は全部で六人分ある』と、ドローンを使って死体をスキャンしていたカグヤが言う。
「こいつらが襲撃者で間違いないか?」
『壊れているけど装備はしっかりしているし、対物ライフルに使用される弾薬の詰まった箱が部屋に置いてある。だから間違いないと思う』
「レイラ、これを見てくれ」とナミが言う。
しゃがみ込んでいたナミの側には、銃弾で抉り取られた体毛のついた肉片が転がっていた。私は襲撃者たちの持ち物の中からナイフを拾い上げると、その肉片をナイフに刺して持ち上げた。
「随分と厚い皮だな」
私の言葉にナミは頷いて、それから言った。
「これは人擬きのものじゃない」
私は撫子色のナミの瞳に視線を向けると、彼女の言葉の続きを待った。
「大型生物のものだと思う」
『例えば?』とカグヤが訊ねた。
「大猿や熊の類だ」
『猿は分からないけど、この辺りに熊はいないよ』
私は肉片を床に落とすと、部屋の様子を確かめながら言った。
「でも人擬きじゃないことは確かだな」
「あの……」とミスズが言う。「えっと、異界からやってきた生物の可能性はありませんか?」
『確かに熊に似た化け物と何度か戦闘しているけど、この辺りに異界に続く門は開いてないはずだよ』
「何処からか、この街に流れてきたのかもしれないな」と私は言った。
『それなら昨夜の襲撃も、その生物によるものだったのかな?』
カグヤがそう言った時だった。階下から恐ろしい生物の咆哮が聞こえてきて、廃墟の建物に木霊した。カグヤはすぐにドローンの光学迷彩を起動すると、階下に偵察しに向かった。
「何か来る。急いで戦闘準備を」
私の言葉にミスズとナミは頷いて、周囲に転がっていた机や椅子、それに横倒しになっていた自動販売機を使って階下に繋がる階段と通路にバリケードを築いていった。私も彼女たちを手伝いながら、退路を確保する為に外階段の安全確認をしに向かったが、外階段からも咆哮と共に重たい足音が聞こえてくる。
『レイ』とカグヤが言う。『見つけた。ミスズの予想は的中したみたい』
カグヤの操作するドローンから受信した映像には、三メートルほどの体長を持つ猿に似た灰色の毛皮を持つ生物が映し出されていた。そして最悪な事に、巨体を縮こまらせながら建物を徘徊する生物は無数に存在していた。
「カグヤ、そのまま化け物の監視を続けてくれ」
『どうするつもり?』
「戦闘になるかもしれない。機械人形の部隊をこっちに向かわせてくれ」
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