第367話 整備室


 その日も朝から激しい吹雪に見舞われて、廃墟の街に出ていくのは困難だった。

 私は地上を避けて拠点地下にある整備室に来ていた。作業場に設置されていたベルトコンベアのラインには、作業を行うマニピュレーターアームが複数並んでいて、私はしばらくそこで行われている機械人形の組立風景を黙って眺めていた。


 旧文明期の鋼材を含んだ作業用ドロイドの骨格が流れてくると、黒と黄色の塗装がされた装甲部品をマニピュレーターアームが器用に掴んで、機械人形の骨格に合わせて綺麗に溶接し組み立てていく。それらの機械人形の組立工程を監視し検査を行っていたのは、 小型のプロペラが四枚ついた手の平に収まるドローンだった。ベルトコンベアの周囲では無数のドローンが飛行しながら、機械人形にレーザーを照射してスキャンしている様子が見られた。


 その清潔な作業場とは打って変わって、人造人間であるペパーミントが作業場に使っていた部屋には、見知らぬ大量の機器とジャンク品にしか見えない装置、そして束ねられたケーブル類で散らかっていた。彼女が仮眠をとるために使用していたベッドのマットレスの上には、無造作に脱ぎ捨てられた下着や衣服が乱雑に放置されているのが見えた。


 私は脇に抱えていたキューブ型の掃除ロボットをそっと床に下ろした。すると箱型の胴体に収納されていた細い脚部が機体の外に出てくる。小型ロボットは姿勢制御装置を使って器用に立ち上がると、散らかった部屋のあちこちをスキャンしながら歩いた。それから胴体のディスプレイに、眉毛の形と口の形を組み合わせて簡略化された可愛らしい表情を浮かべる。掃除ロボットの困り顔に私が肩をすくめてみせると、掃除ロボットは記号のような瞳で何度か瞬きをして、それから部屋の掃除を始めた。


 私は側に置かれていたパイプ椅子に座ると、何かの装置を組み立てていたペパーミントに視線を向ける。鼠色のフード付きツナギを着た彼女は、散らかった部屋のあちこちに置かれていた工具を取るために歩き回っていた。整頓整理された作業場なら、作業効率が良くなると思ったが、彼女は何処に何が置かれているのかちゃんと把握しているのか、作業場が散らかっていても困っている様子は無かった。


 私はテーブルに置かれていた水筒を手に取って、紙コップに温かいコーヒーを注ぐ。それから目の前で動くお尻をぼうっと眺めながらコーヒーを飲んでいた。

 ペパーミントは人造人間だったが、廃墟の街を徘徊している人造人間と違って、金属で出来た骨格は剥き出しになっていない。彼女は人間とほとんど変わらない姿をしている。もちろん髪の毛も生えているし皮膚も纏っている。

 ペパーミントは、旧文明期の鋼材で出来た軽くて頑丈な骨格は持っているようだったが、肉体の構造は人間のそれと大きな違いはないようだった。私には理解できない複雑な生物工学で強化はされているが、内臓の位置も人間と変わらない。傷つけば血液を流すし痛みも感じる。そしてそれらは、彼女が第三世代と呼ばれる人造人間に属していることも関係しているようだった。


 戦闘を主目的にして誕生した第二世代の人造人間は、ペパーミントとは全く異なる。彼らは皮膚に似たもので身体を覆うことは出来るが、血液を流すことは無いし、激しい戦闘に向かない肉で出来た内臓を持っていない。彼らは常に金属の骨格を剥き出しにしていて、戦闘に必要な兵器を身体に組み込んでいるようだった。有り難いことに、私は本格的に彼らと戦闘は行ったことが無かった。しかし廃墟の街には人格に支障をきたし、生物を見境なく襲う第二世代の人造人間が徘徊しているので、気をつけなければいけない。


 ちなみに人造人間の存在理由や目的は依然として不明だったが、廃墟の街で発生する脅威から都市を守っている『アメ』や『カイン』と呼ばれる人造人間もいれば、我々が『博士』と呼んでいる人造人間のように、蜘蛛の観察を趣味にして長い時間を過ごす人造人間も存在している。彼らが『大いなる種族』と呼ばれる異質な存在によって、この世界に誕生した事は分かっていたが、地球上にどれほどの数の人造人間が存在しているのかは分かっていない。


 博士と言えば、彼の存在も多くの謎に包まれていた。旧文明期には賢者と呼ばれ、あらゆる分野で人類に貢献したと言われているが、具体的に彼が何をしていたのかは分からない。

 その博士と初めて会ったとき、彼はピラミッド型の建造物に群がる蜘蛛の観察をしていた。今にして思えば、あれは蜘蛛の観察をしていたのでは無く、墓所と呼ばれる『大いなる種族』の研究施設の調査をしていたのかもしれない。

 まさに墓所という名前に相応しいピラミッド型の建造物は、旧文明期以降、封鎖されて閉ざされていると言われていたが、博士が観測していた墓所は破壊され、自由に出入りが出来るようになっていた。もちろん侵入する為には大量の大蜘蛛を相手にしなければいけないが、きっと墓所には博士の興味を引く『何か』重要なものが保管されているのだろう。しかし残念な事に、博士は度々廃墟の街に出掛けていて、拠点を留守にしていた。だから今まで話し合う時間が持てずにいた。


「来ていたの、レイ」とペパーミントが振り返りながら言った。

「廃墟の街で回収した未知の化学物質について、何か分かったかペパーミントに訊ねようと思っていたんだ」

「残念だけど、まだ分析は終わっていないわ。作業を急いで進めた方が良い?」

「いや、ペパーミントのペースでやってくれ、ただ気になっただけだから」

「そう」

 ペパーミントは笑みを見せると、先程まで行っていた作業を続けた。

「それは?」

「廃墟の街や、大樹の森に点在する旧文明期の遺跡を探索する為の部隊を編成するって話していたでしょ?」

「ああ」

「その部隊に持たせる解析装置を造ってあげたの」


 ペパーミントが差し出した細長い角棒を受け取る。十五センチほどの何の変哲もない角棒の先端には、僅かな段差があるのが確認できた。その先端を押し込むと角棒の先端が内部に綺麗に収まって、内部から赤色のレーザーが照射されるのが確認できた。

 ペパーミントは私の手からひょいと装置を取り上げる。

「この装置を使うことで、探索の際に入手したジャンク品を拠点に設置されているリサイクルボックスで分解した際に、どんな素材に再利用できるか分かるようになるの」

「素材?」

「見て」

 ペパーミントが装置を作業台に押し付けると、私の網膜に投射されているインターフェースに通知が来て、作業台に使用されている素材が『プラスチック』と、木材の小片を接着剤で混合した『削片板』と『鉄』だということが表示された。


「便利な道具だな」

 私がそう言うと、ペパーミントは綺麗な唇で微笑んで見せた。

「遺跡に派遣する予定の部隊に、カグヤの遠隔操作するドローンを同行させる訳にはいかないし、彼らのネットワークを常に監視している訳にはいかないでしょ? だから代わりに素材をスキャンしてくれる装置が必要になったの。私たちが優先的に必要としているのは、旧文明の鋼材を含んだジャンク品だけど、銅や希少金属も必要だから」

「流石だな、ペパーミント。俺はそこまで気が回らなかったよ」

「提案してくれたのは、イーサンの傭兵部隊に所属していた女の子よ。装置に使用されるソフトウェアのコードも彼女と一緒に書いたの」

「その子もスカベンジャー部隊に?」

「ええ。随分と張り切っていたわ」

「そうか……俺たちは、イーサンの部隊と合流した事で、多くの選択肢と利点を手に入れられたみたいだな」


『そうだね』とカグヤは言う。『以前だったら、ヤトの戦士だけで廃墟の街を探索させるなんて考えられなかった。でも傭兵として廃墟の街に慣れていて、情報にも精通しているイーサンの部隊が合流したことで、新たな部隊の編成も可能になった』

 私はカグヤの言葉に同意した。

「惜しむらくは、部隊を直ぐに運用できない事だな。五十二区の鳥籠との揉め事が決着しない間は、部隊を分ける事にはいかない」

『確かに今は戦力低下に繋がることは出来ないね』


「その装置はそれで完成したのか?」

 私が訊ねると、ペパーミントは頭を振って綺麗な黒髪を揺らす。

「ううん。部隊が使用するドローンにも、同様の機能を持った装置を造って取り付けるつもり」

「確かにドローンについていたら便利な機能だな」

「ええ。それにイーサンたちの物資の中にも興味深い『遺物』が何点かあったから、それらの研究も進めるつもりよ」

「イーサンの傭兵部隊は、装備が充実していたからな……」

『傭兵団として有名だったのも頷けるほどの装備品だったね』とカグヤが私に言う。

「数台の軍用ヴィードルに、兵員輸送に特化した大型ヴィードル、それに戦闘用のパワードスーツも持っていたな」

『それに大量のドローン。情報の大切さを良く理解しているのが分かった』


「でも私たちだって負けていないわ」とペパーミントが言う。「彼らは機械人形の部隊を運用していない」

「彼らにはペパーミントがいなかったからな」

『それもそうだね』とカグヤが私の言葉に同意する。『機械人形の設計図を所持していて、自由に製造できる環境にある組織なんて滅多にないからね』

「やっと私の大切さに気がついてくれたの?」とペパーミントがおどける。

「ペパーミントは仲間になってから、ずっと俺たちにとって大切な存在だったよ」と私は素直に言う。

「そう」ペパーミントはそう言うと、俯いて手元の作業を再開する。


 私は作業台に載せられていたライフルがずっと気になっていた。だからペパーミントに訊ねることにした。

「ところで、そいつについては何か分かったのか?」

「そいつ……? 大樹の森にある研究施設で手に入れた兵器のこと?」

「そうだ」

 ペパーミントはスナイパーライフルに似た形状をした兵器を手に取る。藍白の角筒状の特徴的な装甲で銃身が覆われていて、小型核融合電池を取り付ける機構が備え付けられていた。その装甲には、赤いフラットケーブルがダクトテープで貼り付けられていて、兵器の弾倉に向かって伸びていた。

「このスナイパーライフルには面白い特性があったの」

 ペパーミントはライフルを構えると、私に青い瞳を向ける。

「随分と勿体付けるんだな。その特性が何なのか教えてくれるか?」

「電磁加速砲と同様の仕組みで動作するの」

「電磁砲? つまり、ウェンディゴに搭載されているレールガンと同様の兵器なのか?」

「そうよ。まだ試作段階の兵器だったみたいだけど、ほとんど完成品みたいなものだったから、少しの改良を加えれば、部隊に支給できる」


 ライフルをペパーミントから受けると、私はライフルを構えてみた。

 ずっしりと重たく、重心が安定していないように感じられた。でもそれも弾倉が装填されて、小型核融合電池を取り付けたら安定するのかもしれない。

「使用される弾薬は、特殊な加工がされた旧文明の鋼材だけど、歩兵用ライフルと違って、弾薬の選択は出来ないわ」

「圧縮された鋼材を撃ち出すのか?」

「ええ」とペパーミントは頷く。「旧文明期以前に存在した最速の偵察機、その数十倍の速度で鋼材の塊を撃ち出すことができる」

「それは凄まじいな……でも、何か欠点があるんだろ?」

 ペパーミントは残念そうに溜息をついて、それから言った。

「エネルギーの消費量が馬鹿にならないの。使用される小型核融合電池はレーザーライフルで使用されているものと同型だから、ジャンクタウンにある施設でも比較的簡単に手に入るけれど、本格的に運用するならコストは高くつく」

「問題は金か」

「銃声の問題も少し残っているけど……」

「うるさいのか?」

「ええ。想像以上にうるさいわ。でも安心して、何とか使えるように調整してみるから」


「助かるよ、ペパーミント」と私は彼女に感謝する。

「気にしないで。作業は大変だけど、大樹の森の研究施設にいる『ブレイン』たちに任せるよりかは、ずっと安全でしょ?」

 ペパーミントの言葉に私は苦笑する。

「そうだな。ペパーミントなら安心して装備を任せられる」

「ブレインで思い出したんだけど、空間転移の『門』に繋がる装置も安全に使用できるように調整しておいたから」

「あの装置もエネルギーの消費量が凄まじいからな……」

「そうね。でも『門』は長時間使うようなものでもないから、余り気にする必要はないと思う」

「それなら、さっそく『門』のテストをするか」

「ええ」ペパーミントは頷く。「ところで、この子は?」

 私はペパーミントの足元で働いていた掃除ロボットに視線を向けた。

「ペパーミント専属の掃除ロボットだよ」

 掃除ロボットはディスプレイに可愛らしい笑顔を表示した。

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