第365話 拠点〈横浜〉re


 エレベーターに乗り込もうとすると、ジュリが息を切らせながら駆けこんでくる。

「ちょっと待って! ひとつ言い忘れてたんだ」


「端末で連絡が取れるんだから、そんなに慌てる必要はないよ」

 そう言ってジュリに端末を見せると、彼女は眉をよせて、それから微笑んでみせた。

「あぁ、そうだった。使い慣れてないから、忘れちゃうんだ」


 エレベーターが動き出したことを確認してからジュリにたずねた。

「それで、大事な話?」


「買い物についてのことだから、もちろん大事な話だよ」

 となりに立っていたジュリに視線を向ける。


 小柄な少女は見上げるようにして私を見つめていた。そのさい、茶色い髪の間から形の綺麗な耳が見えた。


 ジュリは元々〈ジャンクタウン〉で暮らす孤児だったが、後ろ盾も何もない状況から露店を出すほどたくましい子でもあった。けれど、どこの〈鳥籠〉にも一定数はいるチンピラに因縁をつけられて襲われてしまう。その彼女を保護して以来、ジュリは我々の大切な仲間になっていた。


 ちなみに、ジュリはかつて商人として生計を立てていた経験を活かして、探索で得たジャンク品や装備品の取引、それに各拠点で使用される物資の管理も行ってくれていた。


「もしかして、拠点の物資が足りていないのか?」


「ううん」と、彼女は頭を横にふる。「レイが賭け試合で手に入れた賞金を使って、それぞれの拠点で安心して冬を越せるだけの物資は確保できた。だから、そのことに関しては問題ないよ」


「それなら、何が?」

「拠点を整備するために資材が必要だって言ってたでしょ?」


「ああ。砂漠地帯に墜落した〈浄水施設〉の残骸から、多くの資源が手に入るけど、まず先に部隊を派遣できるように拠点を建設しなければいけない」


「残骸を使って拠点を囲む壁は急造したけど、作業用ドロイドを派遣できる安全な環境をつくらなければいけないってこと?」


「それに〈砂漠地帯〉にある採掘拠点も整備して、機械人形に警備を任せようと思ってる」


「たしかに〈採掘拠点〉の環境が整えば、警備にも余裕ができて、〈浄水施設〉に安心して部隊を派遣できるようになるね」


 ジュリの言葉に肩をすくめる。

「俺よりも状況をきちんと把握しているみたいだな」


「まぁね」ジュリは笑顔をみせる。


 エレベーターの扉が音もなく開くと、我々は毛足の長い絨毯が敷かれていた廊下を歩く。

「それで相談なんだけどさ、〈ジャンクタウン〉にあるヨシダのジャンク屋で、大量のスクラップを購入しようと考えてるんだ」


「鉄屑なんて買ってどうするんだ?」

 率直な疑問を口にする。


「この拠点の地上に設置されている〈建設機械〉に放り込んで、廃材を再利用可能な資源にするんだよ。そうすれば、拠点にある施設で機械人形をもっと効率的に製造できるようになる」


「たしかに鉄屑があれば機械人形を製造できるようになるな……」


「でしょ?」ジュリはニヤリと笑った。「〈砂漠地帯〉に墜落した〈浄水施設〉から、わざわざ資源を運んでくる必要もないし、〈ジャンクタウン〉で中古品の機械人形を買うよりも、ずっとお金を有効に使える」


『でも問題がある。そうなんでしょ?』カグヤの声が内耳に聞こえる。


 ジュリもイヤーカフ型のイヤホンから聞こるカグヤの声に反応する。

「うん。大量の鉄屑を〈ジャンクタウン〉からこの拠点に運び込む必要がある」


多脚車両ヴィードルで運搬できないの?』


「できるけど……鉄屑を積み込むさいに〈ウェンディゴ〉の能力が〈ジャンクタウン〉の人たちに知られちゃうでしょ?」


『ああ、そういうことね』

 カグヤはジュリの言いたいことを理解したようだ。


〈ウェンディゴ〉は我々が運用する軍用多脚車両の名称で、車体後部には、旧文明の技術を使用して製造されたコンテナが積載されていた。旧文明の貴重な〝遺物〟でもあるコンテナは、重力場のゆがみを利用した〈空間拡張〉の能力を備えていて、大量の物資を積み込むことが可能だった。


 ジュリは手元の端末に視線を落とす。画面には購入予定になっていた物資のリストが表示されている。


「〈ウェンディゴ〉を使用しなくても、ヨシダに頼めば代わりに拠点まで運搬してくれる作業員と車両を確保してくれると思う。でもそうなると、大量の鉄屑を拠点まで運んでもらう必要が出てくるでしょ?」  


『ジュリは、拠点の状況を外部の人間に知られてしまうことを恐れているんだね』

 カグヤがいつもより優しい声で言うと、ジュリはコクリとうなずく。


「ほら、うちって他の場所と違うでしょ?」

『そうだね。でもその問題はもう気にしなくてもいいんだよ』


「気にしなくてもいい?」

 地下施設の入り口に待機していた旧式の警備用ドロイドに声をかけてから、地上につながるエレベーターが設置されていたフロアに向かう。


「イーサンとも話し合ったことだけど、これからは俺たちがどういった存在なのか。どれだけの戦力を保持しているのか……とか、そういった情報を隠さないことにしたんだ」


「隠さない? でもそれってすごく危険じゃない?」

「もちろん、すべてを包み隠さず公開するわけじゃない。でもある程度の情報は、イーサンが持つネットワークを介して意図的に流すことに決めたんだ」


「ある程度の情報?」


「ああ。例えば、俺たちが現在いる拠点の位置はすでに知られている。でもそこを警備している〈ヤトの一族〉や、大量に配備されている機械人形の存在は知られていない」


「そう言えば、そうだね。修理して使っている機体だけど、拠点の周囲には戦闘に特化した機械人形〈アサルトロイド〉もいれば、襲撃してきた傭兵たちから奪った攻撃用の自動タレットも設置してある。それに、レイがどこからか手に入れてきた昆虫型の偵察ドローンも徘徊してる」


「そうだ。でも外部の人間はそれを知らない。連中は俺の首に懸けられている賞金を目当てにしているから、拠点の場所を知ると、後先考えずに喜んで飛びついてくる」


『それで――』と、カグヤが続ける。『傭兵やレイダーたちが警備を突破できなくて、無駄に死んでる。廃墟の通りに残される彼らの死骸は、〈人擬き〉を引き寄せる要因にもなってる。今は〈廃墟の街〉が雪に埋もれてるけど、暖かくなれば、腐った死骸を求めて多くの〈人擬き〉がやってくる。でもだからと言って、死骸の処理に毎回ヤトの戦士や機械人形を派遣していたら、拠点の警備どころじゃなくなるでしょ?』


「だから情報の一部を公開するの?」

 ジュリは可愛らしく首をかしげた。


「ああ。拠点の警備状況と合わせて、イーサンの傭兵団が組織に加わったことを知れば、半端な傭兵団やレイダーたちはこの辺りに近づかなくなる」


「でもそれだと、大きな組織に警戒されて対策される可能性があるよ」


「そういった組織は、すでに拠点のことを監視をしていて、俺たちの戦力をある程度把握してると思う。だからこそ大規模な襲撃は鳴りを潜めたんだ。それに戦力を隠していた方が警戒される。こんなにも目立つ拠点があって賞金を懸けられているような人間が、戦力を保有していない、なんて言ったって誰も信じないし、逆に警戒させることになる」


「俺たちはこんなに強いんだ! それでも文句があるなら掛かってこい! ってこと?」

 ジュリが誰かの物真似をして低い声で言う。


「そんなに挑発的じゃないけど……そうだな、そんな感じだ」


「たしかに効果的かもしれないね。イーサンの傭兵団は有名だったから、下手な連中は俺たちに構わなくなる。そうなれば襲撃も少なくなって物資の節約にもなる。攻撃タレットの弾丸だってタダじゃないしね」


 ジュリの言葉にうなずいて、それから言った。

「もちろん俺たちが保有する貴重な〝遺物〟に関しての情報は秘匿するし公開もしない。遺物を目当てに襲撃が増えたら元も子もないからな」


「そうだね……」

 エレベーターの無機質な壁を見つめて、それからジュリに言った。


「だから〈ウェンディゴ〉を使って、〈ジャンクタウン〉に買い出しに行っても大丈夫だよ。もちろん、ジュリを護衛する部隊はつけるけどね」


「〈ウェンディゴ〉の能力が知られちゃうよ?」ジュリが心配そうに言う。


「いろんな場所で暴れたから、たぶん〈ウェンディゴ〉の戦闘能力については知られていると思う。だから構わないよ」


「そっか」

 それでも難しい顔をしているジュリに視線を向けた。

「何か気になることがあるのか?」


「ううん」ジュリは頭を振った。「ただ、これから大変だなって思って」


「そうだな。気がついたらずいぶんと大きな勢力になっていた。俺たちは警戒する側から、いつのまにか警戒される側に変わっていた。だから何かの問題に巻き込まれたら、個人的な問題で済まされなくなっていくのかもしれない」


「レイラはさ、やっぱり〈五十二区の鳥籠〉と戦争になると思う?」

「連中はすでにその気になっているのかもしれない」


「でも〈砂漠地帯〉にある〈紅蓮ホンリェン〉とも戦争中なんでしょ?」

「たしかに戦争してるけど、あの鳥籠の資金力は桁違いだからな……俺たちとも争う余裕があるんだろう」


「製薬工場か……」


「でも悲観的になることはない」とジュリに言う。

「戦争になっても生き残れるために俺たちは準備してきた」


『そうだね』とカグヤも言う。『それに〈紅蓮〉と〈森の民〉は私たちに大きな借りがある。いざとなれば彼らにも兵を出してもらうよ』


「俺たちのために動くかな?」ジュリは訝しげに言う


『少なくとも〈森の民〉は動いてくれる。私たちから受けた恩を簡単に忘れるような人たちじゃない』


 エレベーターが止まり、地上の保育園につながる隔壁がゆっくり開いていく。

「それなら、もっと頑張らなくちゃいけないね」とジュリが言う。


「ああ、そうだな。拠点で暮らす子どもたちの生活もかかっているからな」

 廃墟だった保育園は綺麗に改修されていて、拠点で暮らす子どもたちが安全に過ごせる環境になっていた。基本的に子どもたちは地下にある施設で過ごしているが、壁に囲まれていない地上でのびのびと遊べるように環境を整えていたのだ。


 もちろん地上にも子どもたちが勉強できる部屋を用意してあった。子どもたちの先生をしてくれているのは、ジュリと一緒に物資の管理をしてくれているヤマダと、〈大樹の森〉で保護したシオンとシュナの保護者でもあるリンカだった。


 ちなみに、ヤマダは残虐な略奪者の集団に捕らわれていた過去がある。けれど今はそんなことがあったと感じさせないほどに明るく元気になっていた。同様にリンカも〈大樹の森〉で起きた混乱ですべてを失っていたが、今では我々と共に生活する仲間になっていた。


 教室をチラリと覗いて、シオンやシュナの様子を眺める。

「なぁ、ジュリ。ワスダの娘、リリーは拠点での生活に馴染めたと思うか?」


 ジュリは教室の扉をゆっくり開いて、シオンとシュナに囲まれるようにして勉強していたリリーに視線を向ける。彼女はノート型の端末を真剣な顔で見つめていた。そのリリーは、かつて略奪者だった者たちが支配している鳥籠から預かっていた子だった。


「双子からはとくに好かれているみたい」とジュリは微笑む。

「シオンとシュナがべったり彼女にくっついている」


「リリーの迷惑になっていないか?」と小声で訊ねる。

「どうなんだろう。リリーは無口な子で、何を考えているのか分からないからな……」


「ジュリとはどうなんだ?」

「リリーとは歳が近いけど、俺は忙しいし、読み書きもできるから一緒に勉強することもない。だから今は、まだ大親友って訳でもないかな」


「そうか」


「心配しなくても大丈夫だよ」とジュリは微笑む。「リリーと一緒に拠点に来てくれたモカが一緒にいて、あれこれと世話をしてくれている。それにヤトの女の子たちだって、時間があればリリーを誘って地下にある娯楽室で一緒に遊んでる」


『リリーのこと、よく見てるんだね』

 カグヤの言葉に同意する。

「たしかに、ジュリはしっかりしているな」


「俺は孤児だったからな」

 ジュリは得意げに言う。

「しっかりしなくちゃいけなかったんだ」


「如何を問わず、強くなければこの世界では生きていけない……か」

 私はそうつぶやくと、ジュリを連れて建物の外に向かう。


 防壁に囲まれた保育園の敷地は〈廃墟の街〉と異なり雪が積もっていなかった。視線を上げると、拠点の上空に傘のように展開されているシールドの薄膜が見えた。雪はシールドに触れた途端に蒸発し、拠点の周囲に融雪霧ゆうせつぎりのようになって広がっていた。


 少なくとも吹雪いている間は、拠点に対しての襲撃を心配する必要はなさそうだった。視界がきかない状況で攻撃をする愚か者はいないだろう。


「俺の幸運はさ」とジュリが言う。

「俺に読み書きを教えてくれた人間がいたことなんだ」


 彼女の言葉にうなずいて、それから言った。

「それだけじゃないさ。ジュリは信念を持って生きていた。だから生き残れたんだ」


「信念?」


「ああ、ジュリはひとりになっても必死に生きてきた。自分が正しいと思った考えを曲げる事なく、諦めずに運命に立ち向かったんだ」


「そんなに大袈裟なことはしてないよ」

「そう言えるからこそ、ジュリはすごいんだよ」


 ジュリは私にじっと目を向けて、それから言った。

「褒められるのは嬉しいけど、何かあったの?」


「何もないよ」と頭を横に振った。

「俺も頑張らないといけないなって、そう思っただけだよ」

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