第346話 警備隊 re


 血煙の向こうに、揃いの戦闘服に黒いボディアーマーに身を包んだ集団の姿が見えた。連中は私が健在であることを確認すると、ロケットランチャーのようなものを肩に担ぎ、それを一斉にこちらに向けた。


『レイ』カグヤの声が内耳に聞こえる。

『さすがにあれはマズいんじゃないかな』


 発射される無数のロケット弾を視線に捉えながら、〈ハガネ〉を使用して円形の大盾を瞬時に形成した。立て続けに聞こえる炸裂音と凄まじい衝撃を受けるが、〈ハガネ〉で形成した盾は、こちらに向かって撃ち出された無数のロケット弾を防いでくれた。


 しかしすべてのロケット弾が真直ぐ飛んできたわけではなかった。すぐ近くで破裂したロケット弾から、無数の鉄片が撒き散らされて身体中に受けてしまう。


『ダメージは?』

「大丈夫」


 カグヤに返事しながら無数の破片が食い込む右腕に視線を落とす。すると流動性のある〈ハガネ〉の液体金属に鉄片が侵食され取り込まれていくのが見えた。立ち昇る砂煙から走り出ると、ハンドアックスのハンドルをしっかりと握り、黒いボディアーマーを装着した男性の肩口にブレードを振り下ろす。


 彼らが身につけていた〈シールド生成装置〉が常時発生させている薄膜によって、ハンドアックスのブレードが逸らされるのは分かっていた。現に磁力の反発のようなものを受け、振り下ろす腕に強い抵抗を感じていた。しかし手加減せずに思い切りハンドアックスを叩きつける。


 鎖骨の砕ける音と共にブレードが男性の肩口に食い込むと、男は声の詰まった悲鳴をあげる。その男を蹴り飛ばしながらハンドアックスを引き抜くと、すぐとなりに立っていた情勢の喉を突くように殴り、うずくまる女の手から装填されたロケットランチャーを取り上げる。


 警備隊は統率の取れた動きで一箇所に集まると、腕の装甲に収納していた半透明のライオットシールドを展開していく。


 ロケット弾は彼らに効果がないのかもしれない、しかし集団に向けてロケット弾を撃ち込んだ。案の定、ロケット弾の爆風を受けた彼らは平然としていて、すぐにライオットシールドを装甲に収納し、こちらにライフルの銃口を向けた。


 手にしていたロケットランチャーの筒をその場に捨てると、近くに積み上げられていた廃車の陰に走って隠れる。と、凄まじい衝撃を足に受けるのと同時に、闘技場に轟音が響き渡る。


『また狙撃だ!』

 カグヤはすぐに狙撃手の位置を特定し、その輪郭を赤い線で縁取ってくれた。


 地面に倒れていた私は仰向けになると、肩に提げていたアサルトライフルを使って観客席にいた狙撃手に向かって乱射する。が、狙撃手はすでに姿を隠していて、制圧射撃にもならなかった。


 すぐに起き上がると、狙撃手から死角になる廃車の陰に入る。空になった弾倉を落とすと、新たな弾倉を装填してチャージングハンドルを引く。それから足に受けたダメージの確認を行う。


 ふくらはぎに直撃していた弾丸の周囲には、すでに液体金属が集まっていて、装甲に食い込んだ弾丸を熔かすようにして吸収しているのが見えた。ふくらはぎに形成していた装甲は薄かったので、痣ぐらいはできているのかもしれない。しかし足を失うよりかはずっといい。


 ライオットシールドで身を固めた隊員が近づいてくるのが見えると、〈環境追従型迷彩〉を起動して接近し、足首に銃弾を撃ち込む。男が倒れたことを確認すると、頭部に銃口を押し当てるようにして弾丸を撃ち込む。と、そこに掃射が行われて、廃車の陰に隠れることになった。砂煙の所為で迷彩の視認性が上がったのかもしれない。


 隊員の死体は味方の銃弾を受けてボロボロになるが、彼らは少しも気にしていないようだった。薄情だと思ったが、私を殺すことを優先しているのだろう。背中を預けていた車体が無数の銃弾を受けて、弾丸が次々と廃車を貫通していくのが聞こえた。


「なぁ、カグヤ。ノイの現在位置が分かるか?」

『奴隷の子を鳥籠の外まで連れて行ったあと、遠隔操作で鳥籠の近くまで来てもらっていたヴィードルに彼女を乗せて、それからひとりで闘技場に引き返して来てる』


「ノイはモカを外に連れ出したのか?」

『うん。こうなることを想定して行動していたんだと思うよ。まぁ、ノイじゃなくても面倒なことになるのは誰にでも予想できたと思うけど』


 カグヤの皮肉を無視しながら言う。

「集積回路はちゃんと買えたと思うか?」


『それはこの状況で心配するようなことなの?』

 車体を貫通した弾丸が肩に直撃して、衝撃で前のめりになる。

「もちろん。そのために苦労しているんだからな」


 廃車の陰から飛び出すと、〈カラス型偵察ドローン〉を使ってタグ付けしていた集団に突貫した。彼らは、シールドを発生させる装置を装備していない比較的脅威度の低い集団だった。彼らは私があらわれたことに混乱し、怒鳴りながら刃物や鉄棒を振り下ろす。私は彼らの攻撃を盾で受け流しながら、ハンドアックスのブレードを叩きつけていく。


 灰色の作業着を身につけた集団の動きにはまとまりがなく、ボディアーマーはおろか、まともな装甲を持つ装備すら身につけていなかった。おかげで彼らの身体は面白いように切断されて、手足が宙を舞っていく。


 鳥籠を支配する者たちは勢力を拡大するために、廃墟を根城にしている野良の略奪者たちを仲間に引き込んでいるのかもしれない。そう考えると、私が相手にしている者たちは〝見習い〟のような立ち場にいる集団なのかもしれない。だからこそ装備が貧弱で、部隊としての練度が低いのかもしれない。


 いずれにせよ、私にとって都合がいいことに変わりない。そこへ凄まじい衝撃音が聞こえてくる。背後を振り返ると、黒いボディアーマーを身につけた集団の後方に砂煙が立っていて、二メートルを超える体高を持つ大男が佇んでいるのが見えた。


 その大男はぴっちりした黒いスキンスーツの上に黒いボディアーマーを身につけていて、肩には対物ライフルを担いでいた。


『レイ、気をつけて』とカグヤが言う。

『観客席から飛び込んできたあの大男が身につけているのは、恐らくパワードスーツだよ』


「そうは見えないけど」

 私はそう言うと、ハンドアックスについた血を払い落とす。


『金属のフレームがある大型のパワードスーツじゃなくて、身体機能を強化する細身の外骨格だと思う』


「なら、旧文明の遺物だな……」


『作業用のパワードスーツよりも、ずっと性能がいいと思う』

「それは厄介だ」


 大男の頭部には数本のデータケーブルが繋がれていて、それが腰に提げたベルトポーチに向かって伸びているのが確認できた。おそらくあの大男も、過度な改造によって身体能力が大幅に強化されているサイボーグなのだろう。


「カグヤ、奴の身体の制御は奪えないか?」

『やってみるけど、難しいかもしれない。あの大男の身につけている装備は、そこら辺のジャンク屋で手に入るインプラントじゃなくて、軍用規格の〈サイバーウェア〉だと思う』


「連中は何処からあんな装備を手に入れているんだ?」

『忘れたの、レイ?』とカグヤが言う。『連中は鳥籠を占領したんだよ』


「この鳥籠にも旧文明の施設があるってことか……」

 大男は義眼を赤く発光させると、対物ライフルの銃口をこちらに向けて、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながら引き金を引いた。


 大きな銃声を立てた銃弾が〈ハガネ〉で形成した大盾に弾かれて甲高い音を立てると、大男の周囲にいた集団も私に対して射撃を始める。盾を構えていた私は、出鱈目に連射される数百発の銃弾を受けながら、じりじりと移動して廃車の陰に入る。


 すぐにライフルの銃身を廃車の隙間から出して、弾薬が底を突くまで彼らに射撃を行ったが、やはりシールドを持つ集団に弾丸は通用しなかった。


 やはり拾い物のライフルは役に立たない。適当に放り捨てると、ドローンで敵の動きを確認する。決定的な反撃方法がないことに焦っていが、逃げ回るだけでは、この状況を打開することはできないだろう。


 カラスの眼を使って闘技場の俯瞰映像を眺めていると、射撃を行っていた隊員たちが、突然頭部に銃弾を受けて次々と倒れていくのが見えた。


「あれは〈自動追尾弾〉なのか……?」

 観客席に視線を向けると、警備隊に向かって射撃を行っているノイの姿が見えた。


『まだ生きてますよね、レイラさん』ノイがいつもの調子で言う。

「ああ、まだ死んでないよ。それより、ここに来るまでに何も問題は起きなかったか?」


『ええ。とくに問題は起きてないですよ、闘技場の外に警備隊の連中がいましたけど、襲撃を予想していなかったみたいで、楽に制圧できました』


 青年はそう言うと、カラスの眼を使って闘技場にいる敵に標的用のタグを貼り付けて、物陰から顔を出すことなく〈自動追尾弾〉を撃ち出して次々と敵を撃ち殺してく。


 ノイの柔軟な思考に感心しながら訊ねた。

「リリーはどうしたんだ?」

『彼女なら、娼婦の子たちに預けてきましたよ』


「だから遅れたのか」

『それもありますけど』とノイは苦笑する。

『ヒーローは遅れてやってくるものですよ』


「ヒーローね……」

『レイ』とカグヤが言う。『歩兵用ライフルから撃ち出される銃弾なら、警備隊のシールドを貫通できるみたいだよ』


 廃車の陰から顔を出すと、ライオットシールドを展開した集団が見えた。しかしノイのライフルが撃ち出される〈自動追尾弾〉は、シールドの隙間を通り抜けるような弾道を描いて、隊員の背後から身体を貫いていた。


「ノイ、俺のライフルは持ってきてくれたか?」

 すると観客席にいたノイがライフルを片手で持ち上げるのが見えた。


 カラスから受信する映像をインターフェースに表示しながら言う。

「カグヤ、ヴィードルは鳥籠の近くまで来ているんだよな?」


『うん。今は奴隷の子が大人しく乗ってるけどね』

「ミサイルランチャーから撃ち出される小型ミサイルの射程距離は?」


『もしかして、ミサイルで警備隊を攻撃するの?』

「そうだ」


『面白いね。射程距離には余裕があるから、やってみようよ』

 ノイの真似をして、カラスの眼を使いながら警備隊に標的用のタグを貼り付けていく。


「カグヤ、やってくれ」

 私がそう言うと、カグヤの遠隔操作によって鳥籠の外で待機していた多脚車両ヴィードルから無数の小型ミサイルが発射されるのが見えた。


『着弾と同時に観客席に向かって走れるように準備して』

 カグヤの言葉にうなずいたあと空を仰ぐと、白い煙の尾をひいて飛んでくる無数の小型ミサイルが見えた。


 着弾の炸裂音と共に廃車の陰を出ると、観客席に向かって一気に駆け抜ける。そして観客席に向かって飛び込もうとしたときだった。顎に強烈な一撃を受けて、頭が一回転するような感覚がした。一瞬、意識が飛んだような感じがした。


 たしかに〈ハガネ〉の性能を過信して油断していたのは事実だった。しかし人間相手にこれだけ強烈な攻撃を受けることは完全に想定していなかった。突然、近くに姿を見せた大男の拳の一撃を受けて膝から崩れた。が、直ぐに頭を振って立ち上がり、大男が続けて繰り出した蹴りを紙一重のところでかわした。


 明滅する大男の義眼に睨まれるころには、すでに彼の懐に飛び込んでいて、ハンドアックスを振り抜いているところだった。しかし大男は、その巨躯からは想像もつかない身のこなしでハンドアックスの一撃を躱すと、私の腕を掴み、腰を軸にした素早い回転で私を投げ飛ばした。


 受け身も取れずに地面に叩きつけられると、大男は私の頭部を踏み潰そうと足を持ち上げた。すぐに地面を転がるようにして身体を回転させ大男の攻撃を躱して立ち上がると、喉元に強烈な掌底打ちを受けて身体が宙に浮いた。


 積まれていた廃車に背中を激しく打ちつけたが、そんなことよりも喉仏が気管にめり込んだような気がして、息が詰まり、酸素を求めて喘ぐ。


『レイ!』

 カグヤの声に反応して顔を上げると、対物ライフルの銃口が、一メートルほどの距離にあるのが目に入る。と、その時だった。大男の腕に数発の銃弾が撃ち込まれて、彼はライフルを手放してしまう。


 ノイがつくってくれた隙を見逃すことなく、大男に向かってハンドアックスを全力で投げた。おそろしいことに、大男は軽快な身のこなしでハンドアックスを避けてみせた。しかし私が狙っていたのは彼の頭部につながっていたケーブルだった。


 ケーブルが切断されると大男は身体を痙攣させて肩膝をついた。一瞬だけだったが、大男は身体を硬直させるようにして動きを完全に止めた。その隙に大男の対物ライフルを拾い上げると、彼の頭部に銃口を突き付けて容赦なく引き金を引いた。轟音と共に大男の頭部が破裂すると、対物ライフルを投げ捨てて観客席に飛び込む。


「さっきは助かったよ、ノイ」

 歩兵用ライフルを受け取りながら感謝する。


「どういたしまして」ノイは笑みを見せる。「それより急いでこの場から離れたほうがいいっすね。騒ぎを聞きつけた警備隊の連中が、また集まってくる可能性がありますから」


「そうだな」

 闘技場のフィールドにいる隊員に向けて射撃しながら同意した。〈ジャンクアリーナ〉を囲む壁の隙間から飛び下りるようにして外に出ると、ノイが始末した警備隊の死体を横目に見ながら、広場から集まってきた群衆の中に入って行く。


 人ごみをかき分けるようにして歩いていたノイが振り返りながら言う。

「レイラさん、俺から絶対に離れないでくださいよ。ここで面倒なことになったら、俺たちは完全に詰みますからね」


「怖がらせないでくれ」

「いや、マジで言ってるんっすよ。さっきの大男みたいなので編成された部隊がありますからね。油断してたらヤバイことになります」


「それは勘弁してほしいな」

 マスクの形状を変化させたあと、外套の襟を立て、目立たないようにできるだけ下を向いて歩いた。

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