第347話 地下施設 re


 多くの買い物客で混雑し、警備隊が多く配置されている大通りを避けてネオン広告が瞬く裏路地に入っていく。我々が問題を起こしたことは、すでに鳥籠の各所に配置されている隊員に知れ渡っていることだろう。


 その証拠に、商店のホログラム広告を表示していたドローンは、無数の警告を表示していて、買い物客が避難できる場所を掲示していた。その警告の中には、我々の姿を映した映像も確認できた。闘技場で飛び交っていた昆虫型ドローンで撮影した映像なのだろう。


「あれはマズいっすね」ノイは立ち止まる。

 背が高く端正な顔立ちのノイは何もしていなくても目立つが、この状況ではそれがアダになる。裏路地で客をつかまえようとしていた娼婦たちがノイの顔を見ながら、ヒソヒソ話をしているのが見えた。


「この騒ぎの中、入場ゲートから外に出ることは不可能に近いな」

 何かを考え込んでいたノイはうなずく。

「そうっすね。あそこには警備隊の大きな詰め所もありますし」


「他の場所で騒ぎを起こして、警備隊の注意をそらせないか試してみるか」

 そう言って空を仰ぐとカラスの姿を探す。

「どうするつもりなんすか?」ノイが私に青い瞳を向ける。


「警備隊の詰め所は他の場所にもあるんだろ?」

「何かと問題のある鳥籠なんで、揉め事に迅速に対応できるように詰め所は複数あります」


「詰め所が何処にあるのか分かるか?」

「おおよその位置は把握してますね」


 私は立ち止まっていたノイの腕を取って歩き出した。

「それならカラスの眼を使って、それぞれの詰め所に標的用のタグを貼り付けてくれ」


 そこでノイは私が何をやろうとしているのか察してうなずいた。

「こっちから攻撃して混乱させるんですね。それなら、ヴィードルに搭載されているミサイルランチャーを使いましょう。もう底を突きそうだったんで、連中に全弾撃ち込んじゃいましょう」


 ノイが警備隊の詰め所にタグを貼り付けている間、我々は商店が連なる区画に出る。色とりどりのシートに覆われた通りは薄暗く、多くの店舗で照明が灯されている。人の視線を気にしながら通りを進むと、チップセットを購入した店舗の前に見知った店主が立っているのが見えた。


 退屈そうに煙草を吸っていた店主は我々の姿を見つけると、煙草を地面に落として踏み潰した。


「こっちだ」

 店主はそう言うと、店の入り口を顎で指した。

「俺について来い」


『どうするの?』カグヤの声が内耳に聞こえる。

 店内に入って行った店主を見ながら答える。

「彼は悪い人間には見えなかった」


『それでも、罠なのかもしれないよ』

「今より状況が悪くなることはないだろう」


 店主のあとに続いて草臥れたトルコ絨毯が敷かれた薄暗い店内に入ると、店主は仕切り布の先にさっさと入っていく。店内に人の気配はなかったが、我々は注意しながら金属製の棚が並ぶ通路を歩いて仕切り布の向こうに入っていく。


 薄暗くて狭い通路の照明はチカチカと点滅を繰り返していて、古ぼけたコンテナボックスが乱雑に並んでいるのが見えた。


 店主は修理済みの電子機器が入ったボックスに足を取られないように歩いて、突き当りにある錆びた鉄扉を開いた。扉の先はかび臭くて狭い部屋になっていて、地下に続く梯子が設置されているのが見えた。


 ノイは梯子のそばにしゃがみ込むと、壁に埋め込まれた鋼鉄製の梯子の強度を確認して、それから梯子の先に続く真っ暗な空間を覗き込んだ。


「この先はどこに続いてるんです?」

 ノイの質問に店主が答える。

「何十年も昔に使っていた地下施設に続く通路だ。施設への道が封鎖されてからは使われることがなくなったが、この通路を使えば鳥籠の外に出られるはずだ」


「俺たちが追われていることを知っていたんですか?」


「当然だ。お前たちのことは鳥籠中の人間が知っている。それにその格好」と、店主は私を見ながら言う。「ずいぶんと派手に暴れたみたいだな。それを見れば最悪な状況だってことくらい分かるさ」


 自分自身の姿を改めてみると、たしかに酷い有様だった。厚手の外套は先ほどの戦闘でボロボロの状態だった。戦闘服は〈ハガネ〉の装甲で守られていたが外套は違った。銃弾や鉄片が貫通したことであちこち裂けていて、袖もなく、僅かに残った部分は敵対者の返り血で赤黒く染まっていた。たしかにこんな格好で通りを歩いていたら嫌でも目立つ。


「俺たちを助けてくれる理由は?」

 ノイが訊ねると、壮年の店主は口の端に笑みを浮かべた。


「まさかこんな事態になるとは思っていなかったが、闘技場の賭け試合に参加することを進めたのは俺だからな、詫びの気持ちだよ。それに、あんたらは飛び切りの上客だからな、何かしてあげたいんだ」


「念のために聞くけど、俺たちをめようとか考えていないよね」

「その気があるなら、とっくに警備隊に通報してるさ」


 ノイはじっと店主を見つめて、それから私を見た。

 私は肩をすくめて、それから言った。

「鳥籠の外につながるゲートが使えない以上、俺たちに選択肢はないよ」


「店主の言葉を信じるんすか?」

「彼が言ったように、俺たちを警備隊に突き出すつもりなら、抜け道を教える必要なんてなかった」


「しかし問題がひとつだけある」店主は窪んだ目元に不安を浮かべる。「警備隊の連中は壁の外にも隊員を派遣しているだろう。地下通路を使って鳥籠を出ることができても、外で連中に見つかる可能性がある」


「それなら大丈夫です。考えがありますから」

「そうか……それならさっさと済ませよう」


 ノイは荷物の中からケミカルライトを取り出して、細長い管を何度か折り曲げて発光させたあと、梯子の先にそっと落とした。


「深いっすね」ノイは落ちていく緑色の光を見つめながら言う。

「そうだな」と店主はうなずく。

「梯子を降りたら、通路沿いにひたすら真直ぐ進め。そうすれば外に出られる」


「外に続く出口が封鎖されている可能性は?」

「ここ最近、大きな地震もなかったからな。出入口が瓦礫がれきで塞がれている心配はないだろう」


 店主はそう言うと、ノイにカードキーを手渡す。

「このカードを使えば、出口に続く扉が開錠できる」


「手助けに感謝します」

 ノイの言葉に店主は頭を振って、それから言った。


「お互いさまだ。お前さんたちとの取引で俺もずいぶんと儲けさせてもらったからな」

「そうでしたね。店主の口座には大金が入ってる。誰かに盗られないように気をつけてくださいよ」


 店主はニヤリと笑みを浮かべる。

「お前さんたちが通ったあと、梯子に続く穴は完全に閉じて施錠する。ついでにその辺にある棚も移動させておくから、ここに戻ってくることはできないぞ」


「そこまでしなくても――」

「いや」と、ノイの言葉を遮る。「俺たちが店に入ったのを誰かに見られている可能性がある。俺たちを助けたことが知られたら店主の迷惑になる」


「あぁ、たしかに……それってマズくないすか?」

「たしかにマズい」と店主は苦笑する。「けど、お前さんたちがこの店の客だったことも事実だ。警備隊の連中が来たら、チップセットの購入履歴を見せて何とか誤魔化すさ」


「面倒をかけます」

「気にするな。俺が好きでやってるんだ」店主はぶっきらぼうに言う。「落ち着いたら、また買い物しに来てくれ。それで貸し借りなしだ」


「約束します」

 そう言って手を差しだすと、店主はしっかり私の手を握り返した。それからノイに続いて梯子を下りていくと、店舗に続く入り口が完全に閉じられて、我々は暗闇の中に放り込まれる。


 暗闇に瞳が瞬時に順応して、周囲の様子がぼんやりと見えるようになるが、埃っぽいので〈ハガネ〉を使用してフェイスマスクを形成する。それからマスクの視覚を調整して通路の先を確認する。数十メートル先に、ケミカルライトのぼんやりとした緑色の光が見えた。その周囲には旧文明期特有の鋼材を使用した壁面パネルが見えた。


「カグヤ、周囲の安全確認を頼む」

 すると我々のすぐそばを浮遊していたカグヤの偵察ドローンが通路の先に向かって飛んでいくのが見えた。安全が確認できるまで間、鳥籠の上空を飛ぶ〈カラス型偵察ドローン〉に頼んで周辺一帯の様子を確認することにした。


「ノイ、攻撃の準備はできてるか?」

「ええ、もういつでも攻撃できますよ」ノイの声が壁に反響して聞こえる。「この攻撃が成功したら、鳥籠はひどい騒ぎになりますよ」


「買い物客は巻き込まれないよな?」

「大丈夫すよ。警備隊は恐怖の対象なんで、詰め所に近づく物好きな商人なんていません」


『レイ』とカグヤの声が聞こえる。

『この場所は旧文明の施設で間違いないよ』


「そうか……何か危険なものはあるか?」

『ううん。巨大な昆虫や変異体もいなければ、人擬きの姿も見えない』


「警備用の機械人形は?」

『確認できない。店主の言った通り、この通路は長い間、封鎖されていて使われていなかったみたい』


 床に落ちていたケミカルライトを拾い上げると、延々と続いていそうな通路を見つめる。

「出口はどっちだ?」


『レイから見て右の通路だよ。左に向かうと、この鳥籠の施設に出られるけど、扉の周囲は瓦礫がれきで完全に塞がっていて通れないようになってる』


「意図的に通路を破壊したのか?」

『その可能性はあるけど、理由は分からない』


「単純に外部からの侵入を防ぐためじゃないすか?」とノイが言う。

「武器を専門に販売している地下施設だから、侵入者に警戒してるんだと思います」


『そうかもしれないね』

 ケミカルライトの光に照らされた通路を見ていたノイがつぶやく。

「この通路が何のために使用されていたのか店主に聞いておけば良かったですね」


『たしかに気になるね。通路の先にもいくつか扉があるんだけど、施錠されていて入れないんだ』


「レイラさんの権限でも入れないってことすか?」

『そういうこと』


「お宝がありそうですね」

『今はそれどころじゃないけど、探索したら何か見つかるかもしれない』


「ロマンがありますね」

 薄暗い通路の先にはいくつかの扉があったが、それらは旧文明の鋼材が使用された厚い隔壁で完全に封鎖されていた。扉の周囲には操作用の端末もなく、扉を解錠できる権限を持っていたとしても、侵入することは困難に思えた。


 長い通路の先には目的の場所に続くと思われる扉があり、壁に収納されたコンソールパネルも確認できた。ノイが〈カードキー〉を使って扉を開放すると、我々は扉の先に足を踏み入れて、それから追っ手を警戒して扉を施錠した。


「ここも梯子ですか」ノイがゲンナリしながら言う。

『レイ』カグヤが思い出したように言う。

『警備隊の気を引くために、そろそろ攻撃を始めたほうがいいんじゃない?』


「そうだったな。攻撃を始めてくれ」

 カラスから受信する映像を視線の先に表示すると、防壁の内側に向かって飛んでいく無数の小型ミサイルが見えた。その軌跡に、うっすらと白煙が残されているのも確認できた。


 小型ミサイルは次々と警備隊の詰め所に着弾し、爆炎と衝撃波を生み出していく。詰め所の近くにいた買い物客は逃げ惑い、詰め所内からは負傷した隊員が次々と出てくるのが確認できた。


「やっぱり混乱してますね」ノイが言う。

「狙い通りだな……カグヤ、鳥籠の外を巡回していた警備隊はどうなった?」


『騒ぎを聞きつけて、鳥籠に戻ってるみたい』

 拡張現実で表示された映像には、慌てて鳥籠に引き返す隊員の姿が映っていた。


「今がチャンスですね」ノイはそう言うと梯子に手をかけた。

 長い梯子の先には錆びひとつない完全な状態の隔壁があり、そこも〈カードキー〉を使って開錠する必要があった。やっと梯子から解放されると思っていたが、左右にスライドするように開いた隔壁の先にも梯子が続いていた。


「この通路が使われなくなった理由が何となく分かりましたよ」

 ノイがうんざりしながら言う。

『たしかに日常的に使うには、色々と面倒な場所だね。何処かにエレベーターが設置されていたのかな?』


 梯子の先は民家の車庫に続いていて、そこには部品がほとんどが抜き取られた車体と、空の工具棚、それに大量のゴミが放置されていた。


 外に続く扉は、適当に重ねられたコンクリートブロックで塞がっていた。触れるだけでパラパラと崩れていくブロックを丁寧に退けてから外に出た。


「警備隊の姿は見えないな……」と、ぐるりと周囲を見渡しながら言う。

「カグヤ、ヴィードルまでの距離は?」


『ちょっと待ってね……』

 カグヤは我々の現在位置を確認して、それから多脚車両までの経路を地図上に表示する。高層建築群の間に架けられた高架橋の陰に隠れていた多脚車両の姿が見えてきたときだった。


「遅かったな」と聞き慣れた声がした。

「退屈で死にそうだったよ」


「レイラさん」ノイがライフルを構えながら言う。

「姿が見えないですけど、相手は知り合いですか?」


「例の警備隊長だよ」と、姿を見せたワスダのニヤケ顔を見ながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る