第343話 賞金 re


 警備隊に連れて行かれたのは、賭け試合で使用する武器が置かれていたロッカールームだった。どうやら試合に出る人間の待機室は、この散らかった部屋だったようだ。


 警備隊長のワスダに指示されたからなのか、警護役の男たちは部屋から出ていく前に私からハンドアックスを取り上げた。愛着が湧いていたので取り上げられたのは残念だったが、すでにハンドアックスのブレードは〈ハガネ〉でコーティングされていなかったので、調べられたところで何も見つからないだろう。


 私が所持していた武器を彼らが怪しんでいることには薄々気がついていたので、あらかじめ〈ハガネ〉の液体金属を移動させていたのだ。


『何を考えているんだろう?』カグヤの声が内耳に聞こえた。

「さぁな。ワスダのことを言っているんだったら、俺にもよく分からない。あの言い草を聞く限り、本気で俺を仲間にしたいみたいだったけど」


『レイが化けネズミを殺せたから、仲間に誘ったのかな?』

「そうだと思う。結局のところ、彼らは弱者に興味がないから」


『そっか……。仲間になることを断ったから、次の試合では面倒なことになりそうだね』

「ああ。警備隊の人間を相手にするって言っていたけど、相手は複数になるだろうな」


『面子がどうのこうのって言ってたけど、それを本当に気にしているなら、本来は一対一で戦わないといけないと思うんだけどな……』


「重要なのは組織としての面子なんだと思う。化けネズミを殺した〝ベン・ハーパー〟を、警備隊の人間が倒した。その事実があれば、賭け試合の内容なんていくらでも捏造ねつぞうできるからな」


『面倒な相手だね』

「同感だよ」


 試合が始まるまでの間、暇になってしまったので、取り上げられたハンドアックスの代りに使用できる武器がないか探すことにした。テーブルに載せられていた雑多な刃物を物色していると、ノイから連絡が来る。


 労働奴隷の〝モカ〟という女性の取引に関する報告だった。

「それでどうだった?」と私は訊ねる。「何も問題は起きなかったか?」


『ええ』ノイはいつもの調子で答える。

『彼女の主人は、モカに支払われる金額を見て、ひっくり返るくらいに驚いていました』


「金が足りてよかったよ」

『そうですね。でもまぁ、男娼と一緒に一日中酒場にいるような人間でしたから、あの金もすぐに使い切るでしょうね』


「奴隷を働かせて、自分は昼間から遊んでいたのか?」

『主人のために働く、それが労働奴隷の役割ですからね』


「金を使いきったら、モカを取り返そうと躍起になるかもな」

『そのころには、モカはこの鳥籠にいないから問題にならないですよ』


「そう言えば、モカは自由になりたかったんだよな。彼女はこの鳥籠を出ていくのか?」

『ええ』とノイは言う。『レイラさんに雇ってもらうって意気込んでましたよ』


「俺に?」と思わず困惑する。

「せっかく自由になったんだから、好きなことをすればいいのに」


『選択肢は限られていますから、仕方ないですよ。彼女のように労働奴隷として生きてきた人間にできること言えば、身体を売るか、スカベンジャーになるか』


「彼女に戦闘経験があるようには見えなかったけど」

『おそらく経験はないでしょうね』

「銃が扱えないのに〈廃墟の街〉でスカベンジャーをやるのは、さすがに無理があるな」


『だからレイラさんに頼ろうとしてるんだと思います。厚かましいように見えるかもしれないけど、彼女も生きるためにやれることをしているだけなんです。それに、レイラさんは彼女の自由を買った人間ですからね。希望くらい持ちますよ』


「仕事なら拠点にいくらでもあるから、俺は構わないけど……」

『ところで』とノイが苦笑しながら言う。『試合には勝ったみたいですね』


「ああ、勝てたよ。相手はデカいネズミだったけど、とくに問題はなかった。いつもの化け物退治と同じだ」


『レイラさんが勝つのに賭けていたリリーが喜んでましたよ』

「リリーとはまだ一緒なのか?」


『ええ、懐かれたみたいです。それより〈ジャンクアリーナ〉で問題があったみたいですね。警備隊の人間がアリーナの周囲に集まってるんですよ』


「たしかに問題が起きた」と、寄生虫のことを思い出しながら言う。


『今日はもう、あの辺りで客をつかまえることができそうにないから、リリーが娼婦の子たちを護衛する必要がなくなったんですよ』


「客をつかまえられない?」

『警備隊の人間がアリーナの周辺を閉鎖して、観戦に来ていた人々を追い返してるんすよ』


「警備隊長から聞いた話と違うな……」

『警備隊は何て言ってたんすか?』


 化けネズミとの戦闘のあとに何が起きたのかノイに話した。

『それはマズいっすね』と彼は言う。


「そう思うか?」

 そう言うと、錆びついたククリナイフを手に取る。

『おそらく彼らは試合の様子を適当に撮影したあと、レイラさんを殺そうとしますよ』


「面子のためにそこまでやるのか?」

『それもありますけど、賞金を取り返すための行動だと思います』


「賞金はすでに送金されているけど、取り返すことなんて可能なのか?」

『連中はカグヤさんみたいに〈データベース〉に直接接続できないんで、昔ながらの方法で金を奪い取りにきますよ』


「俺を殺したあとに、電子貨幣クレジットが送金された端末を奪うのか……」

「そう言うことですね」


 ククリナイフをテーブルに戻すと、チタン鋼でつくられたナックルダスターを手に取る。指を通して使用する一般的な形状のナックルダスターだったが、状態は良かった。


「なあ、ノイ」

『何です?』


「さっきの試合で手に入れた賞金を、全額ノイの端末に送るから、ペパーミントに頼まれていたチップセットを購入した店で、警備用の集積回路を買っておいてくれるか?」


『いいですけど、お金は足ります?』

「俺の蓄えもまとめて送るから、資金は充分だと思う」

 ナックルダスターをベルトポーチに入れる。


『レイラさんのお金を全部使っちゃって大丈夫なんですか?』

「すぐに稼げる当てがあるんだ」


『それなら、分かりました。また連絡します』

 ノイとの通信が切れるとカグヤが言う。

『これからどうするの、レイ?』


「警備隊の人間との賭け試合に出るよ。ワスダが言っていたことが本当なら、試合には賞金が出るみたいだしな」


『警備隊長は何か企んでいるみたいだったし、賞金が本当に出るのか疑問だけどね』


「電子貨幣が送金されるための条件がどんなものになるのかは分からないけど、賞金の管理は闘技場のシステムがやっているんだろ?」


『そうだけど……』カグヤはそこまで言うと、私の言いたいことに気がつく。

『もしかして、〈ジャンクアリーナ〉の管理システムに侵入して、条件を勝手に変更するの?』


「やれるか?」

『レイダーたちがシステムを操作するために使ってる端末に侵入できれば、勝利条件や賞金の設定が変更できると思う』


「何か必要なものはあるか?」

『アリーナのシステムに接続された端末に触れる必要がある』


「闘技場の端末か……受付でモカが操作していた端末でいけるか?」

『たぶん大丈夫。〈接触接続〉すれば、あとは私がどうにかする』


 ロッカールームの扉を開くと、警戒しながら薄暗い廊下に出る。

「警備隊の連中はいないみたいだな」

『ずいぶんと不用心だね』


「俺がひとりだから、警戒する必要がないと考えているんだろうな」

 ゴミで散らかる薄暗い廊下を歩いて受付まで戻る。


 受付にモカの姿はすでになかった。労働奴隷でなくなり、ここで強制的に働かされる理由がなくなったので出ていったのだろう。施錠されていない鉄扉を開いて受付の小部屋に入ると、カウンターに埋め込まれるようにして設置されていた端末に触れた。


『接続できたよ』とカグヤが言う。

『えっと……警備隊の人間との試合はちゃんと組まれてるみたいだね。対戦相手は全部で五人』


「意外だな」と私は言う。

「連中のことだから、もっと多くの人間を相手にしなければいけないと思っていたよ」


『でも用心したほうがいい。武器の使用制限に関しての設定項目はないから、銃器で完全武装してくる可能性がある』


「……俺には〈ハガネ〉があるから大丈夫だと思うけど、一応警戒しておくよ。それで他に質問があるんだけど、いいか?」


『なに?』

「武器の使用制限がないってことは、俺が銃を使って対戦相手を殺しても、賞金は送金されるってことだよな?」


『うん。不正がなかったってシステムが判断してくれるから、賞金は振り込まれる』

 その賞金の額をカグヤが端末の画面に表示してくれた。


「少ないな」と私は頭を振る。

「化けネズミとの試合のほうが賞金は多かった」


『あれは挑戦者が負けることを前提とした額だからね』

「金額を吊りあげることはできるか?」


 カグヤが操作した金額がすぐに表示される。

『これくらいが限度かな』


「化けネズミを殺して得た賞金と同額か……」

 しばらく思考して、それから言った。

「その試合は賭け試合になるのか?」


『無観客試合になるけど、しっかりと賭け試合に設定されていて、すでに大量の賭け金が振り込まれている』


「それなら、試合のあとに貰える賞金を全部、俺自身に賭けることはできるか?」

『先にお金を賭けないと、さすがにそれはできないと思う』


「システムを誤魔化せないか?」

『何か方法がないか考えてみるよ』


 カグヤがシステムの抜け穴を探している間、預り所にもなっている受付のロッカーを開いていく。


「使えそうなものはないな……」

 そう言って弾倉が空になっていたアサルトライフルを手に取る。

「こいつも使えないな」


 それからモカが使っていたイスに座り、ぼんやりと室内を見回す。すると手のひらに収まる正二十面体の金属製の物体がカウンターに置かれていることに気がついた。


 その物体に手を近づけるとホログラムが浮かび上がる。

「昆虫型のドローンを操作するための端末か……」と、表示された情報を見ながらつぶやく。辺りを見回して小型ドローンを探すと、無数のドローンがカウンターの背面に逆さの状態で張り付いているのを見つける。


 ホログラムに表示されるドローンの操作項目を弄ると、ドローンをジャンクアリーナ周辺の偵察に向かわせることにした。


「カグヤ、ちょっといいか?」

 正二十面体の端末を手に取りながら言う。

「こいつのシステムとつなげてくれるか」


 カグヤは何も言わなかったが、端末を握った手に僅かな痛みが走る。接続を確認したあと、端末をベルトポケットに入れて、インターフェースに表示される項目を見ながら無数の小型ドローンを操作する。


 ハチにも似たドローンが受付のフェンスを通って外に飛んでいくと、ドローンの視界映像を拡張現実で目の前に表示させた。無数に表示された映像のいくつか選択して拡大表示したあと、それらを見ながら周辺一帯の様子を確認する。


 ちなみに小型ドローンは私の指示した場所に自動的に飛んでいくので、ドローンを細かく操作する必要がなかった。


 ノイが話していた通り、〈ジャンクアリーナ〉の周囲には武装した警備隊の人間が集まっていた。賭け試合の観戦に訪れていた人々の姿や、買い物客はすでにいなくなっていた。


『できたよ』カグヤの声が聞こえる。

「ちょうどよかった」と立ち上がりながら言う。

「警備隊の人間がロッカールームに向かって来ている。俺たちも待機所に戻ろう」


 最後に受付の監視カメラに録画されていた映像をすべて削除してから部屋を出た。

『昆虫型ドローンを操作するための端末を持ってきてるけど、よかったの?』


 カグヤの言葉に頭を横に振った。

「これから連中が主催した試合に強制的に出なければいけないんだ。ちょっとくらい見返りは必要だ」


『賞金をたんまりと貰うつもりなのに、まだ足りないの?』

「もちろん。貰えるものは何でも貰っていくつもりだよ」


 ロッカールームに戻ってしばらくすると、背の低い男性が部屋に入ってくる。

「よう、兄ちゃんよ」と顔中にピアスをした音が言う。

「さっきの試合、見てたぜ。すごかったな」


「そうか?」苦笑いを浮かべる。

「ああ。俺はよ、てっきり兄ちゃんが負けちまうんじゃないかって思ってたんだ。でもよ、勝ってくれた」彼はそう言うと、満面の笑みを浮かべた。


「何かいいことでもあったのか?」

「実はな、こっそり兄ちゃんが勝つ方に賭けていたのさ」


「それなら、だいぶ儲かったんじゃないのか?」

「儲かったぜ。これで当分の間、ブツを自由に手に入れられそうだ」

「それはよかった」


「よう、これも兄ちゃんのおかげだぜ。それと、こいつを受け取れ」

 彼はそう言うと、ベルトに差していたハンドアックスを抜いた。

「兄ちゃんの得物だ。ワスダさんから使用許可がでた」


「これを使って俺は戦うのか?」

 ハンドアックスの状態を確かめながらたずねた。


「ワスダさんはそう言ってたぜ。よう、これがあれば、さっきみたいにカッコよく戦えるな」

「そうだといいけど」と私は苦笑する。

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