第340話 労働奴隷〈秘匿兵器〉re


 ノイの話によれば、〈ジャンクアリーナ〉のすぐそばにある建物で、試合に参加するための申し込みをする必要があるとのことだった。それは当然のことだったが、略奪者たちが管理する鳥籠だったので、もっと大雑把な参加方法があるのだと思っていた。


『飛び入り参加とか?』

 苦笑するカグヤの声が内耳に聞こえると、思わず肩をすくめる。

「そうだ。あとは連行されて強制参加とか?」


 カグヤと会話していることを知らないからなのか、少女は不思議そうな顔で私を見つめていた。

「よくわからないけど、私がベンの推薦人になってあげる」


「推薦人? 試合に出るのに、そんなものまで必要なのか?」

 そうたずねると、彼女は私の左側に来るようにトコトコと歩いた。

「もう一度、今と同じことを言ってくれる?」


「推薦人が必要なのか?」

「ううん、必要じゃない。でも鳥籠の外から来た人間は、あれこれと質問される。でも私の推薦があれば、そういう無駄なやり取りが必要なくなる。ベンは秘密が多い男なんでしょ?」


「そうだ」

「だから推薦してあげる。私たちのお得意さまってことにしておく」


「秘密と言えば、闘技場の試合を覗き見していたことの口止め料として、その端末を君にあげるよ」


「いいの!?」少女は目を大きく開いて驚く。

「ああ、受け取ってくれ」


 他にも同じような端末を何個も賞金稼ぎたちから手に入れていたので、彼女にプレゼントしても惜しくはなかった。


「それは嬉しい」少女は無表情で言った。

「もちろん、ベンの事は秘密にするよ。だから安心して」


 建物の入り口に立っていた強面の用心棒と普通に会話をしていたノイが、我々に向かって手招きするのが見えた。ノイは人懐こい笑みで大抵の人間と打ち解けるが、まさか略奪者とも自然に会話できるとは思わなかった。


 その用心棒は二メートルほどの大男で、彼は義眼をチカチカと点滅させながら我々を睨んでいた。おそらく武器の有無と、生体情報を確認するための簡易的なスキャンが行われているのだろう。


「行け」筋肉質な大男が低い声で言う。

「中で面倒を起こすなよ」


 大男にうなずいてみせたあと、彼が開いた錆の浮いた鉄扉から中に入る。薄暗くて埃っぽい廊下の壁には大量のホロポスターが貼り付けられていて、商店の広告映像が繰り返し表示されていた。それらのポスターの上には卑猥な落書きがされていて、通路の床には剥がれ落ちたタイルやゴミでひどく散らかっていた。


「ねえ、ベン」と少女が言う。

「この先に預り場の受付があるんだけど、武器はその兄ちゃんに預けておいたほうがいいよ。預り所に置いておくと、盗まれる可能性があるからね」


「他にも注意したほうがいいことはあるか?」

「あとは、刃物かな?」


 少女はちょこんと首をかしげると、灰色の瞳で私を見つめる。

「試合に出場するときに、闘技場で使用する刃物を選べるんだけど、その武器の中には試合を盛り上げるために、ワザと壊れやすい刃物が用意されているんだ。だから武器を選ぶときは、慎重に選ばなければいけない」


「試合を盛り上げるためだけに、インチキをやるのか……」

「残念ですけど、それは本当のことですね」とノイも言う。


 預り場のフェンスの向こうには、生地の面積が異様に狭い赤いビキニに白いファーコートだけを身につけた女性が座っていた。彼女は退屈そうに煙草を吸いながら、スマートグラスに表示される映像をぼうっと眺めていた。映画を鑑賞しているのかもしれない。


 彼女は全身に派手な色彩の刺青をしていて、我々の姿を見つけると、面倒くさそうに姿勢を正した。


「こんなところに来るなんて珍しいな、リリー。サラに何か用事を頼まれたのか?」

 リリーと呼ばれた少女はうなずくと、そっと私の袖を握る。


「客を連れてきた」とリリーは言う。

「客? その兄ちゃんたちが試合に出るのか?」


「そう。私の推薦で」

「サラたちの常連客ってこと?」

「うん。化け物との戦闘に慣れているみたい」


「へぇ」と、刺青の女性は長い睫毛で何度か瞬きをして、それから私を見つめる。

「そんな風には見えないけど、リリーが言うなら本当のことなんだろうね」


 それから刺青の彼女はフェンスの隙間から手を伸ばす。

「〈IDカード〉をかして」


 偽造していた〈IDカード〉を手渡すと、彼女は端末にカードを差し込んで、スマートグラスに表示される情報を確認する。


「出場するのは、あんただけか?」彼女はガラスの灰皿で煙草をもみ消しながら言う。

「ああ、そうだ」


「えっと……名前は〝ベン・ハーパー〟で、傭兵組合に所属している。仕事に対する評価も高いし、鳥籠内での犯罪歴もないみたいだね」


 刺青の女性は日本語が読めるのか、〈IDカード〉に記載されていた情報をブツブツと口にしながら読みあげていく。大抵の人間は文字が読めないので、端末の音声読み上げ機能に頼っていたが、彼女は違うようだ。


 入場ゲートにいた警備隊の男性もそうだったが、この鳥籠を支配している略奪者たちは、野蛮で無教養な連中であるのにも関わらず識字能力があった。


「試合に関しての注意事項とかはないの?」

 ノイがカウンターに寄りかかりながら訊ねると、刺青の女性は頭を横に振った。


「いや、そういうのはないんだ。適当な刃物を持たされて、それで試合に出るだけ」

「ずいぶんと大雑把なんすね」


「ここでは普通のことだよ。適当に試合して、勝てば賞金が幾らか出る。死んだらそこで終わり。それだけのことだから」


「すべて自己責任ってこと?」

「試合に参加することを強制しているわけじゃないからね。勝ち残ることができれば、それなりの賞金がもらえるし、そのまま試合に参加し続ければ賞金額も上がっていく。単純明快でしょ?」


「たしかに」と、ノイは納得する。


「あとは本人確認だけだね」

 彼女がカウンターに設置されていた端末を操作すると、五センチほどの昆虫型ドローンがフェンスの向こうから飛んでくる。無数のドローンは我々の周囲を飛びながら、スキャンのためのレーザー照射していく。


 ポンと短い通知音が聞こえると、刺青の女性は言う。

「武器を所持して入場することはできないんだ。だからここのロッカーに預けるか、仲間に預けるか決めて。リリーの推薦だから言っておくけど、ここに武器を預けていくことは勧めないよ。暇してる警備隊の連中が来たら、気に入った武器を勝手に持って行っちまうからね」


「ありがとう」と彼女の忠告に感謝する。

「うん? 私は感謝されたのか?」刺青の女性は驚いたようにリリーを見つめた。


 野蛮な連中ばかりを相手してきたからなのか、感謝されることに慣れていないのだろう。彼女の反応に対して、リリーは何も言わずただ肩をすくめた。


 歩兵用ライフルとグレネードポーチをノイに預ける。それから太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。スキャンされても所持していることはバレないだろうが、試合では銃の使用が禁止されているので、面倒を避けるためにもノイに預けることにした。


「それは――」と刺青の女性が反応する。

「兄ちゃんはそのハンドガンを使えるのか?」


「使えるけど……こいつのことを知っているのか?」

 ノイに手渡したハンドガンを見ながら訊ねた。


「ああ、それとそっくりな銃が、ずっと昔から預り所のロッカーに入ってるんだ。誰も引き金を引けないから、ここに放置されたままなんだ」


「見せてもらえるか?」

「本当はダメだけど、リリーの知り合いだから特別に見せてあげる」


 彼女は大きな胸を揺らしながらイスから立ち上がると、建て付けの悪いロッカーの扉を何度か蹴って、それから錆びついた扉を開いた。


「これだよ」

 彼女はカウンターに載せたハンドガンをフェンスの隙間からこちら側に滑らせる。


「手にとっても?」

「もちろん。どうせ誰にも使えないし」と彼女は言う。


 埃にまみれたハンドガンは、たしかに私が所持しているハンドガンに似ていた。

『すぐに調べるね』


 カグヤの言葉のあと、手のひらに〈接触接続〉による痺れを感じる。

『秘匿兵器で間違いないみたいだね。初期化もされていないし、所有者の登録もされていない。今まで誰にも使えなかったのは、生体認証による登録が必要だったからだね』


『故障はしていないのか?』声に出さずに質問した。

『うん。初期化して所有者を登録すれば直ぐに使える。もちろん弾薬の補給は必要だけど』


「ハンドガンの持ち主について何か知っているか?」女性に訊ねる。

「知らないよ。私が受付の仕事をするようになったときからロッカーに入ってたし」


「そうか……」

 ハンドガンをじっと見つめていると、刺青の女性が言った。


「ほしいならあげるよ」

「いいのか!?」と私は驚く。


「別にいいよ。それを使うことのできる人間なんて今までいなかったし、誰も興味がなかった。ここでホコリをかぶるだけなら、興味のある人間の手元にあったほうがいいだろ?」


「それはそうかもしれない」

「でも、これから危険な試合に出ようとしているんだから、そんなものを貰っても嬉しくないか」


 苦笑する彼女を見ながら、素直に言う

「いや、すごく嬉しいよ。ありがとう」


 ベルトポーチから銀色のカードを取り出して女性の前に置いた。

「これは?」と刺青の女性は首をかしげる。


「ハンドガンの御礼だよ」

 そのカードには賞金稼ぎたちから奪った電子貨幣クレジットが入っていた。それなりの額になるが、旧文明期の遺物に対する見返りとしては少ない額だった。金が欲しくて試合に出ようとしているのに、御礼に金を出すのは何か違うと思ったけど、それしか見返りに渡せるものはなかった。


「いや、何もいらないよ。金がほしかったわけじゃないんだ」

 彼女は慌ててそう言うと、頬を赤く染めた。


「すまない、恥をかかせるつもりはなかった」と私は言う。「でも今の俺には金でしか感謝の気持ちをあらわすことができない。他の方法で感謝できればよかったんだけど」


 刺青の女性はしばらくカードを見つめて、それから言った。

「そう言うなら貰っておくけど――」

 彼女は仕方なくカードを受け取ると、何とはなしにカードを端末に差し込み、そしてスマートグラスに表示された額に驚いた。


「待ってくれ。これは貰い過ぎだ」彼女は形のいい胸を揺らしながら言う。

「俺にとって、このハンドガンにはそれだけの価値があるんだよ」


「でも私が持っていてもいい額じゃない」

「何か鳥籠に決まりことでもあるのか?」


「私は労働奴隷なんだ。だからこんな大金を持っていたら、主人に全部盗られちまう」

「そんな風には見えなかったけど、君は奴隷だったのか……」


「奴隷だよ。好きでこんな格好をしているとでも思った?」

 彼女はそう言うと、ファーコートを広げた。


「つまり、その格好で仕事をするように強要させられていたのか」

 思わず苦笑すると、彼女は頬を膨らませる。

「笑いごとじゃない」


「すまない。意外だったから」

「いや、別にいいけどさ……あっ、そうだ。それなら兄ちゃんがこの金で私のことを買ってくれよ」


「買う?」

 無意識に彼女の身体に視線を向けると、彼女はコートで胸元を隠した。


「寝るって意味じゃない。私の主人から私を買ってくれってことだ」

 彼女はそう言ってカードを私に返した。


「君の自由を買ってほしいってことか?」

「そうだ!」彼女が嬉しそうに身を乗り出すと、大きな乳房が揺れた。


『レイ』カグヤが呆れながら言う。

『目線に注意して。彼女に気づかれてるよ』


 刺青の女性から素早く視線を外すと、ノイにカードを手渡した。

「そう言うことだ。あとのことは頼めるか?」


 ノイは頭を振ると溜息をついた。

「彼女の所有者から、彼女の権利を買ってくればいいんですね」


「そうだ。俺が試合に出場している間、ノイは暇になるだろ?」

「そうですけど……」


「それなら」とリリーが言う。

「私が案内してあげる。モカの主人が何処にいるのか知ってる」


「彼女はモカって言うのか」

 そう言うと、モカはフェンスの隙間から手を出した。


「モカだ。よろしく」

 彼女と握手していると通路の先にある扉が開いて、眉と鼻、それから唇に大きなピアスをした背の低い男性が出てくるのが見えた。


「よう、お前よ、試合に出るのか?」

「ああ、出場するよ」


「それじゃあよ、武器に関する説明は受けたのかよ?」

「ああ。もう説明を受けた」


 我々の周囲を飛んでいた小型ドローンがフェンスの向こうに戻っていくのが見えた。

「それならよう、ついてこいよ。今日の対戦相手は血に飢えてやがってよう、さっきまで戦ってた傭兵たちを食い尽くしやがったよ」


「ネズミが俺の対戦相手になるのか?」

「よう、怖気づいたのか?」彼はピアスを揺らしながら言う。

「止めたいなら、早く決断したほうがいいぜ。俺たちは強制しないからよう」


「いや、戦うよ」

「よう、兄ちゃん。根性あるんだな、気に入ったよ」


 ピアスの男性は手招きしながら扉の向こうに消える。

「あとは頼んだ」ノイに手に入れたハンドガンを渡した。

「何か困ったことがあったら、すぐに連絡してくれ」


「了解」とノイは言う。

「リリーもありがとう」

 右耳をこちらに向けていたリリーは無表情でうなずいた。

「いいよ。端末も貰ったし、案内するくらい苦にならない。それより、無駄死にだけはしないでね。化け物に勝てないって思ったら逃げてもいいんだから」


「そうだぞ」とモカも言う。

「罰金を取られるけど、死ぬよりずっといいからな。それに、恩人に死なれたら悲しい」


「よう、兄ちゃんよ。早くしてくれよ」

 男性の声が扉の先から聞こえると、ノイたちと別れて扉の先に向かう。

『予想外のことが沢山あったけど、ここからは気を引き締めて行こう』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、そっと深呼吸した。

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