第338話 ネオン・ハーレム〈鳥籠〉re


 ホログラム投影機によって浮かび上がる〈ネオン・ハーレム〉の派手な文字を見ながら鳥籠に入る。この鳥籠の名前なのだろう。それは、ネオンサインがつくりだす光と闇の中で薬物の取引と売春が行われる鳥籠に相応しい名前に思えた。


 入場ゲートの先は半球形の丸天井を持つガランとした空間になっていた。錆びついた太い柱が立ち並び、インド象の一隊を詰め込めるだけの充分な広さがあるように思えた。


 そこには鳥籠の警備組織に所属する多くの兵士たちが待機していて、彼らのための詰め所も確認できた。また壁際には、武装が施された大量の車両と戦闘用に改造されたパワードスーツが並べられている。


 それらは、ある種の警告なのだろうと私は考えた。鳥籠の訪問者に対して彼らは銃を突き付けて、こう言っているのだ。〝俺たちにはこれだけの戦力がある。それでもお前らは俺たちに挑戦するのか?〟と。


 それを見て悪さを企む者はいなくなるのだろう。多くの人間は重武装した兵士たちの姿を見るだけで怖気づく。武器を持った人間の近くに立ったことのある人間なら理解してくれると思うが、例え銃口がこちらに向けられていなくとも、銃器から受けるプレッシャーは相当なものだ。心拍数が速くなるのが感じられるし、嫌な緊張感も抱いてしまう。


 そしてこの場所で銃器を扱っているのは、かつて略奪者として付近一帯の廃墟を支配していたギャングたちだ。彼らから受けるプレッシャーは馬鹿にならない。入場ゲートを通ってきた人々に対して警備隊の人間はうすら笑いを浮かべ、買い物客を小馬鹿にしながら眺めている。


 私は〈ハガネ〉を起動して口元を面頬でおおい隠すと、外套の襟を立てる。

「このまま真直ぐ商店が並ぶ大通りに行きます」とノイが言う。「さっさと買い物を済ませて、この鳥籠を出ましょう」


『賛成』カグヤの声が内耳に聞こえる。

『揉め事は絶対に避けよう』


 旧文明の技術によって建造された施設の外壁と異なり、基本的に鳥籠内には経年劣化した古い建物と、廃墟の街から掻き集めてきた廃材やジャンク品で建てられた掘っ立て小屋が並んでいるだけだった。


 ネオンが輝く通りには錆び付いた用途不明の鉄柱が立ち並び、その周囲を小型の旧式ドローンが各商店のホログラム広告を投影しながら浮遊していた。


「街並みは〈ジャンクタウン〉とあまり変わらないな」

 つぶやくようにポツリと言うと、ノイがうなずく。

「そうっすね。でも鳥籠の規模は、こっちのほうが圧倒的に小さいんですよ。だから狭いし汚いし、色々とゴチャゴチャしてます」


 視線を上げると、建物の間に架けられた網目状の足場を数人の子どもが駆けていくのが見えた。彼らが通り過ぎたあとには砂埃が立ち、金属製の足場から狭い通りを行く人々の頭上に向けて砂埃が降り注いでいた。


「幼い子どもがいるみたいだけど、普通の住人が多く暮らしているのか?」

「いえ」とノイは頭を振る。「この鳥籠で生活してるのは、鳥籠を支配しているレイダーギャングの一味と連中の奴隷、それに特別に許可された一部の商人たちだけですね。あちこちにいる子どもたちの多くは孤児で、おそらくレイダーたちの使い走りですね」


「使い走りか……難儀な生活だな」

「レイダーたちが敵対した商人や組織からさらってきて、麻薬と恐怖で洗脳し兵士として育てあげた子どもたちです。だからただの子どもだと思って甘く見ないほうがいいですね。かれらは人を殺すのに躊躇ちゅうちょしませんから」


『とことん嫌な場所だね』と、カグヤが率直な感想を口にする。

「子どもたちなら、ここでは序の口ですよ。この鳥籠にいると、不快な行為を沢山見ることになります」ノイはそう言うと、人だかりができている場所に視線を向ける。「例えば、あんな感じの見世物はあちこちで見られますね」


 円形状の舞台では裸の男女が交わっていて、群衆はその舞台を囲むようにして男女の行為を眺めていた。視線を少し動かすと、同様の舞台がいくつもあり、そこでは裸に近い格好をした女性や男性が、すぐそばで浮遊していたドローンのスピーカーから聞こえる音楽に合わせて踊っていた。


 けれどその通りで最も人々の関心を集めていた見世物は、裸の人間でもなければ、珍しい変異体でもなかった。彼らが注目していたのは、檻の中に捕らわれていた人擬きだった。


 何がそこまでして群衆の気を引いているのか確かめるため、奴隷を連れた商人に話を聞くと、どうやら檻の中にいるのは人擬きにワザと傷を負わされた罪人で、その罪人が人擬きに変異していく過程を〝観察〟するための見世物だったようだ。


 人擬きが捕らえられている檻の周囲は商人たちで大賑わいだった。仕事の間、そのほとんどの時間を人擬きの襲撃に警戒している商人たちは、自分たちを襲う化け物がどうやって誕生するのか興味があるのだろう。


 檻の中の人擬きと言えば、今では肌が青紫色に変色していて、身体中の皮膚が垂れ下がり、自分自身で噛み切った己の唇を咀嚼しているところだった。人々はその姿を見て興味深そうに何かを語り、またある者は恐怖で顔を青ざめさせていた。


『レイ』とカグヤが言う。

『そろそろ買い物に行こう』


「そうだな」

 その場を離れると、多くの商店が連なる区画に向かう。通りには色とりどりの防水シートが張られていて、雨が降っても客が濡れないように配慮されていたが、その所為せいで通りは薄暗く、多くの店舗でネオンが灯されていた。


 その中には大量の蝋燭と共に怪しげなお香を焚く店も見られ、通りを行き交う人々の体臭と甘ったるい香りが混ざり合って、言いようのない嫌な臭いが辺りに充満していた。


 ぬかるんでいて腐敗臭のする舗装されていない通りを我々は進んだ。

「電子機器を販売している店舗まで、まだ少し歩くことになります。はぐれないように注意してください」


 ノイの言葉にうなずくと、ベルトポーチから手のひらに収まる球体型のドローンを取り出す。そのドローンはステルス性能に優れ、偵察に特化したカグヤお気に入りの機体だ。


「カグヤ、俺たちの周囲に怪しい動きをする人間がいないか確認してくれるか?」

『任せて』カグヤの言葉のあと、手のひらにのっていたドローンが光学迷彩を起動して瞬時に周囲の目から姿を隠すのが見えた。


 しかし私の瞳には、ドローンの青い輪郭線がしっかりと見えていて、ドローンが円盤状に形態変化しながら飛んでいく姿が確認できた。


「レイラさん」とノイが私に耳打ちする。

「〈蟲使い〉たちも来ているみたいですね」


 通りの反対側を歩いていた異様な集団に視線を向けると、たしかにツノのようにも見える装置を頭部に埋め込んだ〈蟲使い〉たちの姿が確認できた。彼らは大型動物のゴワゴワとした毛皮を身にまとい、二十センチほどの体長のある深緑色の甲虫や、蛇のように長い身体を持つムカデを肩に乗せていた。


「あの刺青と装飾品には見覚えがないな……鳥籠〈スィダチ〉と関わり合いのない部族か?」

「おそらく〈スィダチ〉と敵対する部族の〈蟲使い〉たちでしょうね」

「〈大樹の森〉から出稼ぎに来ている連中か」


 それからノイは目的の店を探すように、周囲に目を向けながら言った。

「商人たちを護衛する仕事でもしていたんでしょうね」

「森の民を守る仕事を与えても、彼らは使い捨ての傭兵であることを選ぶのか……」


「敵対している部族なので、そういった仕事が〈スィダチ〉にあることすら、彼らは知らないのかもしれません」


『言いかたは悪いけど、資源の浪費だね』とカグヤが言う。

「まったくだ」と私は同意した。「部族間の馬鹿げた争いが早く終わることを願うよ」


「こっちです」とノイは手招きする。

 ノイが入って行った建物に入る前に、周囲の様子を確認する。


『大丈夫だよ』とカグヤが言う。

『尾行されている様子もないし、レイに注目している人間も周囲にはいない』


「助かる。けど賞金稼ぎたちの件がある。警戒は怠らないでくれ」

『了解。ちなみに店内の確認は済んでるよ。武装した客が何人かいるから、それだけは注意してね』


 古いトルコ絨毯が床に敷かれた薄暗い店内には、金属製の棚が幾つか置かれていて、ビニールの袋に入ったコンピュータチップや電子部品が大量に並んでいた。壁際に並んだ棚には半透明の引き出しが幾つもあって、そこにも無雑作に電子部品が収められていた。


 薄暗い店内を歩いて、電子機器のジャンク品が大量に載ったカウンターの奥にいる店主に声をかけた。壮年の店主は血の気のない顔をしていて、鼻は曲がり、窪んだ目元をしていた。


「何がほしい?」と、店主は黒い瞳で私を睨む。

 視線の先に拡張現実で表示していた買い物リストを確認しながら、チップセットの型番を口にしていく。


「いい目を持っているな」と店主がおもむろに言う。「今でも異常なく動作するナノレイヤーで覆われた眼球は貴重だ。とくにお前さんが使っているモデルは、遺物並みに貴重な義眼だ」


「どうして瞳のことを?」驚きながら訊ねる。


「チカチカ発光していたからな」と、店主は自身の目を指差しながら言う。「だが惜しいな、それが軍用規格の特別な義眼なら、隠密行動時に瞳から光が漏れないようにする機能がついているはずだ。しかしインターフェースの操作権限を持たない我々では、どうしようもない。せっかく貴重な瞳なのに残念だ」


「そうですか……」と私は言う。

「瞳の機能については知りませんでした」


「そういうものさ。我々は使用方法も分からない遺物に囲まれながら生きている」

 そう言って店主は店内を見回した。それからふと気がついて立ち上がる。

「すまない、無駄なおしゃべりに付き合わせたな」


「いえ」と私は頭を振る。

 店主は古びた仕切り布の先に行くと、静電気対策の施された透明な小箱に入ったチップセットを幾つか手に取り、それをカウンターに載せた。


 店主はチラリと私の顔を見ながら言う。

「言わなくても分かっていると思うが、この集積回路は貴重なものだ。値が張るぞ」


 私がうなずいたのを確認すると、店主はカウンターに載せていたジャンク品を掻き分けるようにして端末を取り出し、その端末のディスプレイに値段を表示する。


 想定していた通りチップセットは相当に高価なものだったが、何とか買うことの出来る値段だった。


「やっぱり高いですね」とノイが言う。「それだけの金があれば、完全に武装した中古のヴィードルを数台購入することができます」


「当然だ」と店主は答える。「お前さんたちがこいつを何に使うのかは詮索しない。しかしそのチップを使いこなすことができれば、大規模な鳥籠の管理システムを完璧に制御することだってできる。こいつはそういう代物だからな」


 私は〈IDカード〉を取り出すと、店主の差し出した端末に差し込んで支払いを済ませる。それから気のいい店主に訊ねる。


「たとえば、旧文明の警備システムを制御できる専用のチップはありますか?」

「もちろんあるが、どんな風に使用するつもりなんだ?」


「システムを制御するためですけど?」

 ノイの言葉に、店主は頭を横に振る。

「攻撃タレットの制御だけが目的なのか、それとも施設を巡回する機械人形の管理をさせるのか、それともそれら全てを備えた機能があるものを求めているのか知りたいんだ」


「ああ」とノイは納得する。

「そう言うことですか……それなら、最も性能がよくて、全部込みのやつはありますか?」


 店主は腕を組んで唸る。

「もちろんある。けどさっきのブツよりも値が張るぞ。旧文明期の施設で見つかった完全な状態の遺物だからな」


「値段を聞いても?」

 店主は黙って端末に値段を表示させた。


「マジっすか?」とノイが驚く。

「これだけの金額のするモノは始めて見ました」


「言っただろ。そいつは貴重な遺物だ」と店主は溜息をつきながら言う。「施設の警備システムを完全に制御するものだ。同時に数百体の機械人形をコントロールし、侵入者に対しての警備装置も同時に管理できるものだ」


「たしかにすごいですけど、高くないすか?」


「ハッキリ言って高い。俺も正直それの扱いには困っているんだ。無理をして仕入れたが、まったく売れる気配がないからな。鳥籠の管理者たちに売れることを期待していたんだが、連中はちっとも姿を見せない」


「買うんですか?」ノイが周囲の客に注意しながら小声で言う。

「ほしい」と私は言う。「でも金が足りない……」


「でもお前さんはこんなブツを使って何をするつもりなんだ?」と店主が言う。

「鳥籠でも新たに建設しようとしているのか?」


「それは――」私が言いかけると、店主は私の言葉を遮った。


「いや、言わなくてもいい。すまないな、この商売で客の詮索をするのは良くねぇ。それより、手っ取り早く金が欲しいなら闘技場に行けばいい」


「いえ、俺たちは出場する気がないんで」ノイが言うと、店主は頭を振る。

「賭け試合をやっているんだ。出場しなくても金を手に入れることは可能だ。まあ賭け事だから、確実に金を手に入れられるってわけじゃないが、夢は見られる」


「面白そうだ」と私は言う。

「〈ジャンクアリーナ〉まで行ってみるか」


「本気ですか?」ノイが呆れながら言う。

「ああ、少し見てみるだけだよ」


「でも、そのチップは買い物リストにありませんでしたよ」

「けど、これがあれば俺たちの拠点を大幅に強化できる」


「そりゃそうですけど……」

 気のいい店主に声をかけたあと、我々は店を出ていった。

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