第334話 戦闘奴隷 re


 高層建築群の間に沈んでいく夕陽を見ながら、戦闘のさいに投げ捨てていた対物ライフルを拾い上げる。すると廃墟の街の何処からか銃声が聞こえてきた。荒廃した街にいれば、銃声は日常的に耳にすることになる。だから遠くから聞こえてくる銃声を気にする人間なんていなかった。


 賞金稼ぎとの戦闘が終わったあと、我々は手分けして彼らの装備を回収していった。あらかじめ傭兵たちには位置情報を示すタグを貼り付けていたので、死体を見つけるのは簡単だった。そのおかげで、瓦礫の間に潜んでいた傭兵たちの残党も苦労せずに見つけ出して捕えることができた。


 彼らの処遇については考えていなかったが、奴隷として売ることもできたし情報を聞き出すこともできたので、無闇に殺さず生きたまま捕えることを優先した。


 蛇腹ホースが特徴的なガスマスクを装着した女性は、我々が手分けして回収してきた傭兵たちの装備をしばらく眺めて、それから機械的な合成音声で言う。


『本当にこの装備の山を貰ってもいいのか?』

「迷惑をかけたからな。遠慮する必要はないよ」

 そう言うと、先ほどの戦闘で破壊されてしまった彼女の多脚車両ヴィードルに目を向ける。


 傭兵たちは襲撃するさいに、まず彼女の多脚車両に無数のロケット弾を撃ち込むことを選択した。彼女の車両が故障していることを知らなかったのだから、戦術としては間違っていないのだろう。


「そうっすよ、遠慮はいらない」とノイも言う。「それを売り払って、ヴィードルの修理代にすればいいんですよ。旧式のアサルトライフルなんて嵩張かさばるだけで役に立たないし、俺たちが持って帰るには数が多すぎる。何より、ここに捨て置くのは勿体ない」


『そうか……それなら遠慮なく貰っておく。ありがとう』

「どういたしまして」


 それから上空にいる〈カラス型偵察ドローン〉から受信していた映像に注意を向ける。すると鳥籠に続く大通りの先から、甲殻類のカニにも似た真っ赤な多脚車両の隊列がこちらに向かってくるのが確認できた。


 それらの車両のコンテナの上には、真っ赤な防具に、無骨なガスマスクを装着している人間が数人立っているのが確認できた。


「どうやら、あんたの仲間が戻ってきたみたいだ」

『仲間? そんな気配はないが?』


「もうすぐ見えてくるはずだ」

『そうか……』


「それで頼みがある」

『何でも言ってくれ』と彼女は言う。

『レイラには命を救ってもらった恩がある。レイラのためなら何だってしてみせよう』


「美人に何でもって言われるのは悪い気がしない。けど大袈裟おおげさだ。そもそも戦闘に巻き込んだのは俺たちだ。だから恩に感じる必要はない」


『そうかもしれないけど……それで、頼みとは何だ?』

「さっきの戦闘で鹵獲ろかくしたヴィードルを、近くの鳥籠まで牽引してもらいたいんだ。そっちには大型の多脚車両が何台かあるから、無理な頼みじゃないと思うんだ」


『私は別に構わないが、本当にそれだけでいいのか?』

「ああ、それだけで構わない」


「たしかに損傷してますけど、ヴィードルは結構な値段で取引できるんですよ」

 ノイはそう言うと多脚車両から降りて、先ほどの戦闘で機体が損傷していないか確認していく。〈シールド生成装置〉を搭載している車両なので心配する必要はないと思うが、彼は几帳面だった。


『それにしても驚いたよ』彼女は廃墟の街にきょろきょろと視線を向けながら言う。

『レイラは本当に蜘蛛を使役していたんだな』


「強制的に何かをやらせているわけじゃないから、厳密には使役じゃないけど」

『使役していない? つまりレイラは、そのハクとかいう蜘蛛を放し飼い状態にしているのか?』


「飼ってもいないよ。ハクとは家族みたいなものだ」

『家族? 失礼だが、あの恐ろしい蜘蛛がレイラの家族なのか?』


「そうだ。特別なつながりがあるんだ」

『そうだったのか……それで、レイラ』と彼女は不安そうに言う。

『あの白蜘蛛は本当に安全なのか? 私を襲うようなことはしないんだな?』


 傭兵たちから奪った装備を触肢しょくしで挟むようにして抱えるハクが路地裏から姿を見せると、ハクを見ながら言う。


「安心してくれ、俺たちに対して友好的な人間には、ハクは絶対に手を出さない」

『そうか……』

 彼女はそう言ったが、それでもハクの存在に大きな不安を感じているようだった。


「マシロにも攻撃しないように言ってある。だからあんたの仲間が来たら、敵対的な行動は絶対に取らないように伝えてくれ」


『もちろんだ』

 彼女はマシロのことも気になっているようだったが、あえて何かを質問するようなことはしなかったし、私もわざわざ説明する気にはなれなかった。


 それから賞金稼ぎの生き残りを捕えていた廃墟に向かう。傭兵たちの死体から装備を回収している間、彼らのことは縛り上げてずっと放置していたので、そろそろ話を聞きに行くことにしたのだ。


「おい!」

 傭兵のひとりが私の姿を見て声を上げる。

「俺たちを今すぐ解放しろ!」


 その男性の声を無視すると、手足を結束バンドで縛られ、床で横になっていた女性のそばにしゃがみ込んだ。


 傭兵たちの残党は全部で六人ほどいたが、その内の二人は見つけたさいに激しく抵抗したので、その場で仕方なく射殺していた。残った四人の内の二人も、縛り上げたあとに逃げ出していて、ハクに捕まり殺されていたので、生きている捕虜は二人しか残っていなかった。


「教えてくれないか」と女性に質問する。

「どうして俺が〝賞金首〟だってことが分かったんだ?」


「お前に話すことは何もない」と女性は強がる。

「どうしてだ? それほど重要な情報には思えないし、話しても問題ないだろ?」


「お前が気に入らないからだ」と彼女は床に唾を吐いた。

 私は溜息をついて、それから夕陽に染まっていく廃墟の壁に目を向ける。


 旧文明期以前の建物だったのか、それとも旧文明初期に建てられた建物なのかは分からなかったが、壁は酷くひび割れていて冷たい風が吹く度に、ひび割れから塵がパラパラと空中に舞うのが見えた。


「そうだな……」と私は女を見ながら思考する。

「奴隷として売られた女がどうなるのか、君は知っているか?」


 彼女は私を睨むだけで、何も言おうとはしなかった。

「あんたのように傭兵をしていた連中は、奴隷として売り出される前に、まず主人に逆らえないように脳に制御チップを埋め込まれるそうだ」


「そんなことは知っている」と女性は言葉を吐き捨てる。


「その制御チップというのが厄介な代物で、元々は野生動物に使うようなモノだったんだ。分かるか、動物を無理やりしつけるための装置だったんだ。だから人間との相性は最悪だ」


「手術のあとに廃人になった人間を多く見てきた。だからそんなことは言われなくても知っている。お前は何が言いたいんだ?」


「問題はその後だ」と私は言う。「戦闘経験のある者は大抵、隊商を護衛するための〈戦闘奴隷〉として売られるんだ。運が良ければ気のいい商人に買われて、大切に扱われるかもしれない。でも、その幸運な巡り合わせに遭遇する確率は極めて低い。多くの場合、少ない食料を与えられ、過労死するまで働かされる。〈戦闘奴隷〉は高価な商品だが、隊商を率いる大物の商人にとっては、代わりが幾らでも手に入るモノでもある」


 そこまで言うと女性に視線を向ける。しかし彼女の態度は変わらない。

「あんたは身綺麗にすれば、それなりに見栄えのいい女になるだろう」と私は本心を言う。「けど〈戦闘奴隷〉として生きていく人間にとって、その顔立ちは呪いでしかない。あんたは日々の過酷な仕事をしながら、隊商の護衛をしている雇われの傭兵たちの慰みものとして、自分の身体を差し出さなければいけなくなる。あんたを買った商人は、臨時で雇う傭兵たちの支払いを少なくしたいと考えるからな。だから金の代わりにあんたの身体を差し出すんだ。想像できるか? 抵抗もできずに、傭兵たちの汚れた手で身体を弄られる姿を」


「知っているさ!」と彼女は声をあげる。「そんな奴隷をたくさん見てきた。男も女も関係ない。少し顔立ちがいいってだけで、そういう運命が待っているんだ!」


「それなら話が早い。俺が知りたい情報を教えてくれるなら、あんたを奴隷として売るようなことはしない。ここで解放してやる」


「解放されてどうなる! 私は傭兵団を――帰る場所をお前に潰されたんだぞ!」

「それは自業自得だよ」


「うるさい! 黙れ! もう何も言うな!」

 私は溜息をつくと、おもむろに立ち上がる。


「それなら、ハクのことを紹介するよ」

「止めろ!」と女性は叫ぶ。「分かった! 何でも話す。だから蜘蛛だけは止めてくれ……」


 ハクの気配を感じただけで震え出した女性を見ながらく。

「だったら教えてくれないか、どこで俺の情報を知ったんだ? ただの噂だけで、存在するのかも分からない人間を見つけられるはずがない」


「女だ! 金髪の女があんたの情報を持って団長のところに来たんだ」

「金髪の女性か……どこにでもいそうだな。名前くらいは知っているんだろ?」


「名前は知らない」

「そんな得体の知れない人間を、お前たちは信用したのか?」


「信じるか信じないかを決めるのは私じゃない、団長だ!」

「その金髪の女性は俺の何を知っていたんだ?」


「そいつが団長に渡した情報端末に、あんたの画像と、あんたについての情報が記録されていたんだ」と彼女は早口に言う。


「その端末は?」

「団長が持っていたけど、今は生きているのかも分からない……」


「それらしい端末は見なかったな……」

 するとカグヤの声が内耳に聞こえた。

『ロケット弾で爆散した連中の中に、その団長がいたのかも』


 その可能性は充分にある。ノイは後先考えずに銃弾を消費する傾向があったので、傭兵たちに容赦なくロケット弾を撃ち込んでいた。そのさい、情報端末ごと傭兵の身体を爆散してしまったのかもしれない。


「なら私の端末を見ろ」後ろ手に縛られていた女性が言う。

「お前の顔を見分けられるように、みんなの端末に情報を送信していたんだ」


 彼女の身体を検めると、小さな情報端末を見つける。

『調べるから少し待ってて』


 カグヤの言葉にうなずいて、それから女性に訊ねた。

「俺の首に賞金を払うのは、その金髪の女性なのか?」


「そうだ。そういう約束になっていた」

 もうひとりの生き残りのそばに行くと、同じ質問をする。

「あの女の話していることは本当か?」


「ああ」と男性は素っ気無く言う。

「それより、お前の質問に答えれば本当に俺たちを逃がしてくれるんだろうな?」


「俺が知りたいことを教えてくれるなら、すぐに解放してやる」

「そうか」傭兵は汚い歯を見せて笑う。「それなら何でも質問してくれ」


「団長はどうしたんだ?」

「団長は、お前の仲間が操縦するヴィードルの攻撃で死んだよ」


「遺体は?」

「下半身なら何処かで見つけられるだろうな」男性はへらへらした表情で言う。


「お前たちは俺のことを尾行していたのか?」

「いや、お前は中々廃墟に姿を見せなかったからな、だから廃墟に点在する鳥籠の多くに傭兵団の仲間を送り込んで見張っていたんだ」


「そして俺を見つけた」


「そうだ」男性はニヤリと口元を歪めた。

「傭兵団の仲間を掻き集めて、この鳥籠に山を張っていたのさ」


「賭けに勝ったようだけど、目的の物は得られなかったみたいだな」

「全くだ」


「それで」と私は言う。

「俺の拠点のことも知っているのか?」


 男性はイモムシのようにもぞもぞと地面をって壁際まで行くと、上半身を起こして壁に背中を付けた。


「もちろん知っている」と彼は言った。

「でも拠点は蜘蛛の巣になっていたから、近づくことはしなかった」


「その情報も端末に載っていたのか?」

「そうだ。けど俺たちが拠点を狙わなかっただけで、今も他の傭兵団が攻撃の隙をうかがっている可能性はある」


「他の傭兵団も俺のことを狙っているのか?」

「お前は賞金首だからな、当然そうなるだろうな」


「金髪の女性は他の傭兵団にも俺の情報を配り歩いているのか?」

「おそらくな」彼は鼻で笑う。


『この男の話は本当みたいだね』とカグヤが言う。『端末にはレイの画像の他にも、遠くから撮った画像だけど、拠点の様子が確認できる画像も保存されている』


『他に何が?』と言葉を声に出さずに質問する。


『イーサンとつながりがあることも知られているみたいだね。でも幸いなことに、情報はそれだけで、重要なことは何もなかった。蜘蛛を使役しているって情報も載っていたけど、ハクの姿を捉えた鮮明な映像はなかったし、ミスズや〈ヤトの戦士〉たちに関する情報もない。標的はあくまでもレイだけだったみたい』


『そうか……一応、拠点にいるミスズたちに警戒するように伝えておいてくれるか?」

『了解』


 男性の結束バンドをナイフで切断すると、約束通り解放することにした。

「行け、お前は自由だ」と廃墟の街を指差した。


「自由って、武器は返してくれないのか?」

「当然だ。お前は俺を襲ってきたんだぞ。信用できると思っているのか?」


「けど銃がなければ、人擬きが徘徊する街では生き残れない。もうすぐ暗くなるんだぞ!」

「それはお前の問題だ」と私は冷たく突き放す。


「ふざけるな!」

「それは俺のセリフだ。もういいから、さっさとどこかに消えろ」


 男性はぶつぶつと文句を言いながら廃墟を出ていくと、多脚車両のそばに放置されていた大量の銃を見つけて駆け寄っていく。そしてあと一歩のところで、ハクが吐き出した強酸性の糸で後頭部を焼かれて絶命した。


「それで――」高層建築群に反響する銃声に耳を澄ませながら、床に横たわっていた女性に訊ねる。「あんたはどうしたい?」

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