第333話 賞金稼ぎ〈傭兵〉re
射撃が無力化されたことで混乱していた女性に接近すると、戦闘服の襟首を
網膜に投射されている傭兵の輪郭線を見ながら進むと、その傭兵が物陰から飛び出してくるのが見えた。攻撃に反応して傭兵が突き出したコンバットナイフの一撃を避けて、そのまま男の肘を掴み、肩口から投げた。
傭兵はくるりと半回転して背中から壁に衝突する。痛みに
と、そこに騒がしい音と共に無数の銃弾が飛んでくる。すぐに円形の大盾を形成すると、銃弾を防ぎながら射撃を行っている傭兵に接近する。
「こっちに来るんじゃねえ!」
傭兵の言葉を無視して大盾を構えたまま突進し、そのまま男性の身体を吹き飛ばす。そしてゴミが散乱する廊下を転がっていく傭兵を見ながら大盾を液体金属に戻すと、すぐにライフルを構えて射撃を行う。
傭兵が死んだのを確認すると、足先で地面を軽く叩いて動体センサーを起動する。青色の線で視覚化されたレーダー波が網膜に投射され、空間に沿って広がっていくのを眺める。
『上階に動体反応を確認。五人……いや、六人だね』
内耳に聞こえるカグヤの声にうなずいたあと、半壊していた階段を無視して、崩れた天井から上階に向かう。
ひょいと穴に向かって飛び上がると、階段に向かってアサルトライフルを構えている傭兵たちの後ろ姿が見えた。すぐにライフルの銃口を向けると、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替える。
〈自動追尾弾を選択しました。攻撃目標を指示してください〉
女性の声を模した合成音声に従い複数の傭兵に視線を向ける。すると傭兵たちの頭上に標的だと示す赤色のタグが浮かび上がり、赤色の線で輪郭が縁取られていくのが見えた。
〈攻撃目標を確認。自動追尾弾の発射が可能になりました〉
カチリと引き金を引くと、射撃の反動と共に乾いた射撃音が連続して鳴り、複数の標的に向かって弾丸が発射される。
階下からやってくる襲撃者に警戒していた傭兵たちは、私の存在に気がつくことなく、頭部に銃弾を受けて糸の切れた人形のようにその場に倒れた。おそらく彼らは、自分自身に降りかかった悲劇を理解することなく絶命したのだろう。
足先で地面をトントンと叩いて動体センサーを起動する。
『レイ、もう室内に敵はいないみたいだよ』
「あとは外にいる連中だけか……」
拡張現実で表示される
『上空を旋回してるカラスが敵の増援を捕捉した』
「連中は本気で俺たちを仕留めたいみたいだな」
『レイの首にかかっている賞金は魅力的なんだろうね』
「傭兵団を動かすくらいなんだから、それなりの額なんだろう……ところでノイは?」
そう口にしたときだった。機関銃の発射音に続いてロケット弾が炸裂する轟音が聞こえてくる。多脚車両による攻撃を続けているのだろう。
「……ノイは大丈夫そうだな」
崩れかけた階段を使って建物の屋上に出ると、高層建築群が立ち並ぶ薄暗い通りからやってくる武装集団の姿が確認できた。
『戦闘用に改良されたヴィードルが複数、それにパワードスーツを装備している人間もいるみたいだね』
「連中は本気みたいだな。それなら――」
ライフルを構えようとしたときだった。頭部に凄まじい衝撃を受けて足を取られると、そのまま建物の屋上から落下してしまう。錆びの浮いた避難階段や、ホログラム広告の看板に何度も身体を打ち付けながら地面に叩きつけられる。
『レイ!』
カグヤの声が頭に響いて嫌な
「大丈夫だ」すぐに上半身を起こす。
「ハガネのおかげで命拾いした」
強い衝撃を受けた頭部に手を当てると、マスクに食い込んでいた弾丸に指が触れる。
『大口径の銃だね。狙撃手はアンチマテリアルライフルでも使ってるのかも』
「対物ライフルか、そいつは厄介だな……」
マスクに食い込んでいた銃弾は、〈ハガネ〉の表面に滲み出た液体金属に取り込まれるようにしてなくなり、損傷していた箇所も綺麗に修復された。
騒がしい銃声が聞こえたかと思うと、〈ハガネ〉のシールドに防がれた銃弾が耳元を
高い場所から周囲を見回すと、こちらに向かってライフルを構える傭兵の姿が複数確認できた。彼らはカグヤによってタグ付けされて、赤色の輪郭線が誇張されていく。
すぐとなりの建物から射撃してきていた傭兵に向かってスローイングナイフを投げつけ、ナイフがもたらした結果を確認せず、カグヤが計算して視覚化した弾道を見ながら敵の狙撃を
ずっと遠くにいる狙撃手が拡大表示されると、驚きに目を大きく開く女性の表情が見えた。彼女の頭部に向かって銃弾を撃ち込んで射殺すると、道路に向かって飛び降りて、廃車の間を移動しながら女性が狙撃に利用していた場所に向かう。その間も、ノイが操縦する多脚車両が複数の傭兵と戦闘している音が聞こえていた。
死んだ狙撃手のそばに落ちていた対物ライフルを拾い上げると、接近してくる複数の多脚車両に向かって立て続けに射撃を行う。ずっしりと重たいライフルは、射撃のさいの反動が凄まじく正確な射撃は困難だったが、それでもカグヤの支援があったので、二台の多脚車両を行動不能にすることができた。
『レイ!』
カグヤの声に反応して照準器から視線を外すと、複数のロケット弾が飛んでくるのが見えた。対物ライフルを放ると、ガラスのない窓枠から建物の外に飛び出る。背中で爆発の衝撃波を受け、転がるようにしてとなりの建物に侵入する。
顔を上げると、薄闇の中で
素早く身体を起こすと、ライフルの射撃設定をフルオートに切り替えて、人擬きに銃弾を叩き込んでいく。しかし化け物は体液を吹き出しながら甲高い悲鳴をあげるだけで、目立った効果は確認できなかった。やはり肉塊型を射殺するには、重要な器官や臓器を破壊しなければいけないのだろう。
と、そのときだった。建物に潜んでいた無数の人擬きの叫び声が聞こえてくる。どうやら人擬きの棲み処だったようだ。暗闇の向こうから駆けてくる化け物を〈火炎放射〉で焼き払いながら、背後の窓から外に飛び出る。
受け身を取りながら立ち上がると、上階から次々と人擬きが降って来るのが見えた。折り重なるようにして地面に落下してきた人擬きの中心に、焼夷手榴弾を放り込む。強烈な閃光と共に瞬間的に生み出される高熱で焼かれていく化け物の群れを見ていると、鈍い足音と共に接近してくるパワードスーツの姿が確認できた。
狭い路地を通ってやってくるパワードスーツは、剥き出しの骨格に鉄板を溶接したような装甲を装着していた。
その場に片膝をつけると、弾薬を〈非炸裂弾頭〉に切り替えて射撃を行い、装甲を貫通した銃弾によって人間を射殺する。しかし突進してきたスーツの勢いは止められない。
ライフルから手を放すと、衝突の衝撃に備えて大盾を形成する。けれど衝撃がやってくることはなかった。カグヤに操作で制御システムに侵入されたパワードスーツは、関節の駆動系を完全にロックされて動きをピタリと止められてしまう。
「助かったよ、カグヤ」
盾を前腕の装甲に戻したあと、驚愕の表情を見せていた傭兵に銃弾を撃ち込む。
『どういたしまして。それより気をつけて、すぐに次が来る』
派手な塗装が施されたパワードスーツがゴミの山に体当たりし、ゴミを広範囲に散らかしながら路地裏からあらわれる。そのスーツに飛び付くと、スローイングナイフを搭乗者の首に突き入れた。そしてナイフを抜く動作と共に、こちらに向かってきていた別のパワードスーツにナイフを投げつけた。
が、スローイングナイフはスーツの装甲に
凄まじい打撃音と共にパワードスーツの装甲が砕けて、衝撃に耐えきれずに仰向けに倒れ込むと、剥き出しになった傭兵の頭部に銃弾を二発撃ち込んで処理する。
『レイラさん』と、ノイから連絡が来る。
『こっちの襲撃者は片付きました。すぐにそっちに向かいます』
「いや。ノイは裏通りからこっちに向かってくる連中に対処してくれないか?」
私はそう言うと、傾いていた高速道路の高架橋から接近してくる傭兵たちの位置情報をノイに送信する。
『レイラさんはどうするんですか?』
「さっきの女性が襲われているみたいなんだ」
『例のガスマスクの?』
「そうだ。だからそっちはノイに任せてもいいか?」
『任せてください! でも助けが必要になったらすぐに呼びますよ』
「分かってる」
苦笑したあと〈環境追従型迷彩〉を起動して大通りに向かう。
多脚車両が行き交っていた静かな通りに商人の姿はなく、今では重火器で武装し射撃を行う野蛮な傭兵たちの集団が集まっていた。彼らの標的は、全身に赤い防具を装備したガスマスクの女性で、彼女も建物内から重機関銃を使って傭兵たちに応戦していた。
まず通りの反対側にいる傭兵たちに向かって〈
敵からの射撃が止まると、その隙を利用して建物に入っていく。すると重機関銃の銃身を窓枠にのせて射撃を行っていた女性の後ろ姿が見えた。
「助けは必要か?」
声をかけると彼女は飛び上がるほど驚いてしまう。
「すまない、驚かせたな」
迷彩を解いたあと、頭部を
『レイラか……』と、ガスマスクを通して機械的な合成音声が聞こえる。
「ああ、それより大丈夫か?」
彼女のとなりにしゃがみ込んだあと、通りの向こうにいる傭兵たちの姿を探す。
『今のところ問題ないよ。助けに来てくれたのか?』
「と言うより、俺の
『巻き込んだ?』
「俺たちが話しているのを見て、仲間だと勘違いしたんだろ」
『やはり連中は、レイラの首を狙っている傭兵だったのか……』
「賞金のことは知っていたのか?」
『もちろん。だから教えようともした。レイラは私の話を聞かずに行ってしまったけどな』
「そうか」
『助けに来てくれたのは嬉しいけど、どうするつもりなんだ?』
「連中が諦めるまで戦いを続けるさ」
『数が多すぎる』と彼女は頭を横に振る。
「たしかに……でも、心強い仲間が来てくれた」
『仲間?』
道路の反対側からこちらに向かって射撃を行っていた傭兵たちは、建物の上方から飛んできた糸によって次々に絡めとられ、そして吊るされていくのが見えた。
彼女に待機しているように言うと、窓枠を飛び越えて通路に出る。そして吊るされている傭兵たちを順番に射殺していく。
すると道路の先からニ台の多脚車両が大きな音を立てて接近してくるのが見えた。その車両に銃口を向けるが、路地から傭兵たちがワラワラと出てくると、そちらに銃口を向けてフルオート射撃を行う。こちらに向かって来ていた車両は、どこからともなく出現した白蜘蛛に飛びつかれ、そのまま制御を失って建物に衝突する。
ハクは多脚車両のコクピットを覆っていた装甲を引き剥がすようにして破壊すると、操縦者の胴体に鉤爪を突き刺し、コクピットの外に傭兵を引き
ハクは傭兵の死体をロケット弾に向かって雑に放り投げると、建物の壁面に飛びつく。そしてロケット弾を避けながら車両に向かって強酸性の糸の塊を吐き出す。
見る見るうちに熔けていく装甲に混乱した傭兵は、転がるようにしてコクピットから出でくると、ハクに向かってライフルを構えた。が、すぐに重い蹴りを受けて
傭兵を蹴り飛ばし、その衝撃で頸椎を折って絶命させたのは、幽霊のように接近していたマシロだった。彼女は傭兵が死んだことを確認すると、翅を細かく振動させて周囲に鱗粉を散布し、再び透明になるように身体を隠した。
それからハクとマシロは、あっと言う間に傭兵たちを制圧していった。ハクは網のように広がる糸で傭兵たちを捕えて、それからゆっくり手足を切断しながら殺していった。マシロは傭兵たちの射撃を警戒して姿を隠すと、彼らに忍び寄り次々と殴殺していく。
傭兵たちの戦術の伴わない突破的な襲撃は、混沌の生物とも対等に渡り合うハクとマシロの前ではあまりにも無力だった。やがて戦闘が一段落すると、上空にいるカラスから受信していた映像を確認する。そこには撤退する傭兵たちの姿が映し出されていた。
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