第326話 報告〈研究員〉re


 それからしばらくの間、氷漬けになった輸送コンテナに座って、作業用ドロイドたちが死骸を片付けている姿をぼうっと眺めていた。


 すぐ近くには、頭部から勢いよくコンテナに衝突して、体液と内臓を撒き散らしている化け物の死骸があったが、ゴミ集積場のような様相をていしている場所で、今さら化け物の死骸のことなんて気にならなかった。それよりも今は休みたかった。清潔で真っ白なシーツが敷かれたベッドに横たわって、ぐっすりと眠りたかった。


 溜息をつくと、化け物の死骸から視線を外した。物事を深く考えるのには、身体の節々が痛んで集中できなかったし、精神的にもひどく疲れていた。そんなことがないと分かっていても、何だか一か月ほど施設に籠っていた気分だった。だから結局何も考えないことにした。中途半端に何かを考えるのなら、初めから何も考えない方がいいと思ったからだ。


 働き者の機械人形たちが化け物の死骸を集めて焼却処理している場所からは、黒煙が激しく立ち昇っていて、天井の何処かに吸い込まれて消えていた。施設内の再生型環境制御システムには、それなりの負荷がかかっているようだったが、カグヤが言うには許容範囲とのことで、すぐに問題になるほどの影響は出ないらしい。


『レイ』カグヤの声が内耳に聞こえる。

『地上に戻って、身体を休めた方がいいと思う』


「……そうだな」

 ぼんやりと返事をした。口を開くのも億劫だった。


『死骸の処理は私と機械人形たちでやっておくから、レイはミスズたちと一緒にウェンディゴでゆっくり休んできて』


 私は大きなあくびをすると、立ち昇る黒煙をじっと眺めた。もくもくと膨らんだり伸びたりする不定形の煙のそばでは、短い脚で動き回る作業用ドロイドたちの姿が見られた。


 どうでもいいけど、異界の化け物はよく燃える。

「カグヤの厚意に甘えさせてもらうよ」と、しばらくして私は言う。

「この施設に来た本来の目的は〈ブレイン〉たちに会うことだったし、地上にいる蟲使いたちの様子も気になる」


 私は意を決して立ち上がると、ゆっくり身体を伸ばして、それからミスズたちと連絡を取る。


『かえるの?』

 幼い声がして顔を上げると、ハクが糸を使って天井からおりてくるのが見えた。


「一旦、地上に戻って休んでくるだけだよ。連戦だったから、すごく疲れているんだ」

『ハクも、いっしょ、いく?』


「ハクも怪我をしたから、できれば一緒に戻って安静にしてもらいたいけど、ここに残りたかったら残ってもいいよ」


『いっしょ、いく』

「そうだな、地下にいても退屈するだけだ」思わず苦笑する。


「マシロも一緒に地上に戻るか?」

 ハクの背につかまっていたマシロは、綺麗な翅を広げると、ふわりと飛んでくる。


『私も地上に行く』と、彼女は唇を動かさずに気持ちを伝える。

「分かった。それならミスズたちが戻ってきたら移動しよう」


 機械人形を指揮していたミスズとナミがやってくると、我々は地上に向かう前に、大型〈機動兵器〉の整備を行っていたウミとペパーミントがいる場所に向かうことにした。


「お疲れさま」とミスズたちを労う。

「作業は順調に進んでいるのか?」


「はい」と、ミスズは笑みを見せた。「化け物の生き残りが数体見つけましたが、〈アサルトロイド〉たちのおかげで安全に対処できました」


「まだ化け物がいたのか」

「仲間の死骸を利用して隠れていました」


「〈アサルトロイド〉たちに確認をしてもらって正解だったか……それにしても、軍用の機械人形は頼りになるな」


「そうですね。とても安心感があります」

 そこにハクがやってくると、またしてもミスズを捕まえる。ミスズはハクに抗議しようとしたが、結局諦めてハクに連れられて何処かに行ってしまう。


 ハクに連れて行かれるミスズを呆れながら見ていたナミにたずねる。

「化け物の生き残りがまだどこかに潜んでいると思うか?」


「いや、生き物の気配はもうどこにもなかったよ」

 ナミは撫子色の瞳で私を見つめる。

「新たな棲み処を作っている様子もなかったし、その時間もなかったと思う。問題は、氷漬けにされた連中の対処だな」


「たしかに凍っている死骸を焼却するのは面倒だな……」

 ウミの〈機動兵器〉が鎮座している場所につくと、機体のそばで作業を行っていたウミとペパーミントの姿が見えてくる。


「〈反重力弾〉でまとめて処理すれば?」機体を整備していたペパーミントが言う。

「威力を調整して使用すれば施設に被害を出さずに済むし、戦闘で破壊された〈アサルトロイド〉たちを修理するための資材にもなる」


「それは一石二鳥です!」ハクと一緒に戻ってきたミスズが言う。


「隔壁の向こうで作業している機械人形たちをこっち側に集めて、凍っていない死骸の処理を優先させましょう」


「私も賛成だ」とナミが言う。「どのみち向こう側の奴らは氷漬けにされているし、死骸が腐ることもないから急ぐ理由もない」


 ペパーミントは〈機動兵器〉のマニピュレーターアームで行っていた作業を終わらせると、コクピットで待機していたウミに指示を出す。するとウミは機体のバランスを器用に制御して、輸送コンテナに寄りかかるようにして座っていた機体を立たせる。


〈レイラさま。私もカグヤさまが行っている作業の手伝いをしてきます〉

 ウミから送られてきたテキストメッセージを確認したあと、機体を見上げながらウミに訊ねた。


「ウミは一緒に地上に来ないのか?」

〈はい。私に休息は必要ありませんから〉


「わかった。でも何かあったら、すぐに連絡してくれ」

 コクピットにいた白菫色の機械人形がうなずくと、五メートルほどの体高がある〈機動兵器〉が地面を揺らしながら我々のそばを通り過ぎていく。そして〈機動兵器〉にぴったりとくっ付いて飛ぶ攻撃支援型ドローンの姿が見えた。


「それじゃ、私たちも行きましょう」

 ペパーミントはウエスで手を拭くと、研究施設に続くエレベーターに向かった。


 二基のエレベーターに別れてエントランスホールまで戻ると、最上階につながっているエレベーターを探す。すでに研究施設内の安全は確保されているので、エレベーターを使用しても問題なかった。地上につながるエレベーターを見つけて乗り込もうとすると、ペパーミントが私を引き止めた。


「どうしたんだ?」疑問を口にする。

「疲れているのは分かっているけど、研究員に会いに行くことになっていたでしょ?」


「研究員?」

「もしかして忘れたの?」


 眉を寄せるペパーミントの顔を見ながら、ぼんやりとした頭で考える。

「〈ハガネ〉を譲ってくれた研究員のことか」


「そう。地下の隔壁を封鎖したら、会いに来いって偉そうに言っていたでしょ?」

「そう言えば、そんなことを言っていたな……」


『レイ、こない?』

 エレベーターに乗り込んでいたハクが窮屈そうにしながら言う。


「先に用事を済ませてくる。でもすぐに後を追うから、心配しなくてもいいよ」

『ん。わかった』


「そう言うことだから」とミスズに言う。

「先にハクたちと地上に戻ってくれるか?」


「了解しました」

 ミスズたちの乗るエレベーターが動き出したのを確認すると、ペパーミントと一緒に研究員が待つ生物実験室へと向かった。


 化け物たちで溢れていた階層は、相変わらず陰湿な雰囲気が漂っていて、そこかしこに化け物の死骸と破壊された〈アサルトロイド〉の残骸が散らばっていた。


「地下だけじゃなくて、研究施設も大掃除が必要ね」

「そうだな」と彼女の言葉に同意した。「化け物に破壊されて使用できなくなった部屋もあるみたいだから、あとでドローンたちに施設の被害調査をしてもらおう」


「問題は山積みね」

「作業用ドロイドを増やすことはできるか?」


「厳しいわね」彼女は頭を横に振った。「砂漠地帯で建設を進めている採掘基地でも、作業用ドロイドたちは必要になっているし、資源の問題もある」


「機械人形を一度に大量生産できる施設を手に入れるしかないか……」


 煙たい通路に出ると、赤い文字で呪文が書かれた護符がビッシリと廊下の壁に貼り付けられているのが確認できた。それは天井にも大量に吊り下げられていて、通路の奥に向かって続いていた。しかし前回、この場所に来た時と様子が異なっていることに気がついた。壁に貼り付けられた護符は破れ、乱暴に剥がされているのが確認できた。


「見て、レイ。血痕がある」

 ペパーミントは廊下にしゃがみ込みながら言う。


 床に大量に付着したどす黒い体液には見覚えがあった。

「ここにも化け物が来たみたいだな」


「そうね。護符の効果が弱かったみたい」

 体液が沁み込んだ護符にちらりと視線を向けたあと、ライフルのシステムチェックを行いながら、〈ハガネ〉の動体センサーを使用する。

「……化け物の反応は確認できない」


「反応がない?」とペパーミントは首を傾げた。

「〈アサルトロイド〉たちに撃退されたのかしら?」


「いや、研究員の反応もない」

「出ていった、とか?」


「あるいは、化け物に殺されたかだな……」

 床に点々と残された血痕をたどりながら廊下の先に向かう。


 廊下にはいくつかの扉があったが、それらは強酸性の体液でけていて、鋼鉄製の頑丈そうな気密ハッチが天井に突き刺さっているのが確認できた。


「見つけたよ、ペパーミント」

 私はそう言うと、薄暗い廊下の先をライフルの銃身で指した。


 濃紅色の絨毯に薄紅梅色の甲羅を持った化け物の死骸が横たわっていて、そのすぐそばには、凄まじい力で胴体を捩じ切られた研究員の遺体が転がっていた。


 ペパーミントは注意しながら廊下を進むと、手前に転がっていた研究員の上半身を確認する。胴体から内臓が飛び出ていて酷い有様だったが、彼女は気にせずに顔を確認した。


「彼だわ」とペパーミントは言う。

「顔はハッキリと見られなかったけど、憎たらしい目元は覚えている」


 私は化け物の死骸を確認しながら言う。

「化け物に襲撃されて、応戦したみたいだな」


「そんなに勇気がある人間には見えなかったけれど、レイの考えは正しいかも」

 ペパーミントはそう言うと、廊下に転がっていたライフルを拾い上げる。


「例の狙撃銃だな」

「ええ、これを使って怪物を殺したみたいね」


 天井に突き刺さった気密ハッチを眺めて、それから実験室内に入って行った。そこには多くの見知らぬ装置と共に、別の化け物の死骸が横たわっているのが確認できた。


「通気口から侵入されたのね」部屋に入ってきたペパーミントが言う。

「慌てて逃げようとしたけれど、廊下にもう一体、敵が潜んでいた」


「そして挟み撃ちにされた……」私はそう言ってエアダクトを見つめた。

「残念ね。嫌な奴だったけれど最後の生き残りだった」


「そうだな……旧文明の貴重な情報が手に入ると思ったんだけどな」

「ねぇ、レイ。彼の端末を調べてみてもいい?」


「構わないよ」と肩をすくめた。

「時間はいくらでもある」


 ペパーミントは部屋の奥に向かうと、研究員が使用していたと思われる端末を操作した。端末からホロスクリーンが立ち上がるのを横目に見ながら、部屋の中に何か目ぼしいものがないか確認する。しかし部屋はひどく荒らされていて、ほとんどの装置は破壊されていた。化け物が室内で暴れた所為せいだろう。


 廊下に出ていくと、研究員の死体を検める。綺麗な顔立ちをした壮年の男性だった。〈仙丹せんたん〉を服用して、半永久的に生きていける不老者がどうして歳をとっているのかは理解できなかったが、人体改造が安易にできる時代だったのだから、驚くことでもないのかもしれない。


 化け物は甲羅を砕かれて、内臓をぐちゃぐちゃに破壊されて息絶えていた。どうやら例の狙撃銃は相当な破壊力があるようだった。


「レイ」

 ペパーミントの声が聞こえると、死体のそばを離れて実験室に戻る。

「どうしたんだ?」


「この研究施設で解析した〈ハガネ〉のデータが手に入った」

 ペパーミントは笑みを浮かべてそう言うと、ホロスクリーンに映し出した資料を見せてくれた。


「すまない」と素直に言った。

「それはすごい資料なのか?」


「ええ。これがあれば〈ハガネ〉を製造する手掛かりが手に入るかもしれない」

「それはすごいな」


「あまり嬉しそうじゃないけど、どうしたの?」

「〈ハガネ〉の量産化が簡単にできるとは思えなかっただけだよ。遺物の複製に関しては、あまり期待しないことにしているんだ」


「それはつまらない」

「何かに過度に期待して、そして失望することに疲れたんだ。それだけだよ」


 ペパーミントは何かを考えて、それからうなずいた。

「そうね。期待するのは止めておきましょう。でもこれが貴重な資料に変わりはない。きっと私の研究の役に立つ」


「ところで」と私は訊ねた。

「〈ハガネ〉は軍で正式に採用されたのか?」


「いいえ、まだテスト段階だった」ペパーミントは資料を確認しながら言う。「〈不死の子供〉たちの部隊にいくつか試作品が提供されているけれど、一般の兵士には普及していなかった。これからってときに、地球で大規模な災害が発生したみたいね」


「〈データベース〉に接続できなくなることに関連した災害か……」

「〈神の門〉がたくさん開いたって言っていたわね――」ペパーミントはそう言うと、机に置かれていた情報端末を拾いあげてショルダーバッグに入れた。「とりあえず、もうここに用はないわ。地上に行きましょう、レイ」


「了解」

 研究員の死体と化け物の死骸を焼却したあと、我々はエレベーターに乗り込んで地上に向かった。

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