第318話 一斉射撃 re
悪魔の降臨を告げるような、そんな不吉な鼓動と共に聞こえていた化け物の鳴き声がピタリと聞こえなくなると、耳の痛くなるような静寂が空間を支配していく。
赤熱していた隔壁の金属がドロリとゆっくり地面に滴り落ちていく。我々は臨戦態勢をとり、息を呑むようにして状況を見守る。すると
蠅にも似たその醜い化け物は、粘液を滴らせる濡羽色の外殻に
そして太く長い脚と、わさわさと動く複数の短い腕を持っていた。その腕の先には、人間の指にも似た黒く短い器官が十数本生えていて、脇腹から伸びる長い腕には、甲殻類のハサミに似た器官がついていた。
頭部には水膨れにも見える赤く発光する不揃いの複眼が幾つも見え、ぱっくりと開いた大顎からは鋭い牙が見えていた。
隔壁の向こうに姿を見せた化け物の群れは、研究施設で戦闘になった個体よりも、ひと回り小さな身体を持っていたが、粘液を滴らせ、黒光りする姿には嫌悪感を抱かずにはいられなかった。視覚にフィルターが掛かっていなければ、その姿を見ただけで恐怖し、逃げ出したくなっていたことだろう。
我々が目にしているのは、〈混沌の生物〉が持つ異質さや悍ましさを体現したような生物だった。その化け物の背後には、同種の生物が数え切れないほど存在し、それらの生物はガサガサと嫌な音を立てながら、融解してつくられた横穴を通ってこちら側にやってきていた。
しかし横穴には、あらかじめ〈ワイヤーネット〉を何重にも張り巡らしていたので、気色悪い化け物は横穴のなかで立ち往生することになった。数体の化け物が強靭な顎でワイヤを切断しようとするが、未知の合金で形成されたワイヤを噛砕くことは簡単にできなかった。
金属を
そして化け物の耳障りな囀りを掻き消すように轟音が響き渡る。背後を振り返ると、〈機動兵器〉のマニピュレーターアームに搭載された重機関銃から撃ち出された数百発の銃弾が、化け物の潜む横穴に向かって飛んでいくのが見えた。
それらの銃弾は、横穴の先頭にいた化け物の身体をズタズタに破壊し、横穴のなかで跳弾しながら次々と化け物を殺していった。しかしそれだけの破壊を
化け物は死を恐れるどころか、まるで死に対して無関心かのような振舞いをみせ、弾丸に向かって真直ぐに突き進む。仲間の死骸を踏み越え、あるいは壁を伝って次々とこちら側に出てこようとする。しかし横穴が化け物の死骸で埋まっていくと、一時的ではあるが、化け物の進攻が止まることになる。
数千発の銃弾を撃ち尽くした〈機動兵器〉は赤熱した銃身を交換するため、二基のマニピュレーターアームを後方にさげ、使用していなかった二基のアームを前方に向ける。もちろんその腕にも重機関銃が取り付けられている。
騒がしい銃声が聞こえなくなると、忙しく動き回る作業用ドロイドたちの立てる音が聞こえるようになる。かれらは〈機動兵器〉の後方で銃身の交換作業や、弾薬コンテナの補給を行う。短い脚で動き回る作業用ドロイドたちの姿は愛らしくさえあったが、状況が状況なので、その姿を眺めてばかりもいられなかった。
しばらくすると、トンネルに溜まった死骸が化け物の進攻と共にこちら側にごろごろと吐き出され、そして重機関銃が再び轟音を立て始める。
銃弾の雨を掻い潜り運よくこちら側に出てこられた化け物もいたが、それらの個体は〈アサルトロイド〉が放つ高出力のレーザーで焼き殺されていく。五十体を越える〈アサルトロイド〉は、隔壁の周囲に置かれた輸送コンテナの上から一斉射撃を行っていて、化け物たちに隙を与えることがなかった。
我々は優位に戦闘を行えていた。しかしそれは天井近くの隔壁に大きな横穴が開くまでのことだった。
ウミが操る〈機動兵器〉は、新たに開いた横穴から溢れ出た化け物に対処するため、銃身の交換が完了していた機関銃の銃口を横穴に向けた。そして四基のアームを駆使しながら化け物に銃弾を浴びせていく。
死骸で溢れていた横穴にも引き続き対応していたが、弾薬補給の関係で〈アサルトロイド〉だけで対処することになった。
天井付近の横穴から絶えず落下してくる大量の死骸と、レーザーで殺しきれなかった化け物が地雷に触れ次々と爆散していく。しだいに〈機動兵器〉の弾薬補給も追いつかなくなり、化け物が天井を伝ってこちらに向かってくるのが見えた。
しかし逆さになって天井を移動する多くの化け物は、ハクが張り巡らしていた糸に
けれど困ったことに、隔壁の横穴からは次々と化け物が溢れ出てくる。ウミが〈機動兵器〉の肩に搭載されたミサイルランチャーを起動させると、胴体に接続されていた攻撃支援型ドローンが壁を移動する化け物を次々とロックオンし、そしてミサイルを撃ち込んでいく。
天井から化け物の肉片と体液が降ってくることになったが、状況は完全に膠着していた。化け物を殲滅するにはそれなりの時間が掛りそうだったが、少なくとも我々は切迫した状況に立たされてはいなかった。が、当然それで終わることはなかった。
突然、隔壁にもうひとつの横穴が開くと、そこから大量の化け物がこちら側に溢れだしてきた。まったく想定していなかった事態に我々は混乱し、そして化け物たちに隙を与えてしまう。それぞれの横穴から大量の化け物が出てくるようになると、我々は後方に構築していた陣地に後退することを余儀なくされてしまう。
蠅に似た化け物は嫌悪感を与えるような昆虫独特の動きで天井や壁を
あちこちで化け物の群れと〈アサルトロイド〉の戦闘が始まる。戦場は最早我々のコントロールから離れ、各々の判断で化け物に対処することが迫られていた。が、もちろん我々の戦意は失われていない。
ミスズとナミは〈アサルトロイド〉の部隊を指揮しながら、敵を地雷原に誘い込み、次々と化け物を処理し連携の取れた攻撃で着実に敵の数を減らしていった。
ウミが操作する〈機動兵器〉は最後の補給を終えると、化け物に向かって数千発の銃弾と超小型ミサイルをバラ撒き始めた。煙の尾を引きながらミサイルが飛び交い、化け物は次々と爆殺していった。
残弾が底を突くと、接近する化け物に対してアームから切り離した重機関銃を投げつけ、それでも近づいてくる化け物がいれば、姿勢を崩しながらも四基のアームで殴り飛ばしていく。丸太のような太い腕の一撃を受けると、化け物は凄まじい衝撃で破裂していく。
ライフルを構え〈機動兵器〉に群がる化け物を〈自動追尾弾〉の連射で処理したあと、ペパーミントとマシロを作業用ドロイドたちと一緒に後方に下げ、周囲の安全を確保しながらハクと共に前線に向かう。
化け物の大群が我々の前に立ちはだかるが、ハクが仕掛けていた罠が発動し、天井から巨大な
しかしそれでも化け物の数は減らなかった。最前線にいたミスズたちに指示を出して、あらかじめ用意していた袋小路に敵を誘い込ませた。ミスズたちを追って化け物が集まってきたのを確認すると、密集していた化け物に銃口を向ける。
ハンドガンの形状が変化していくと、銃身内部に紫色の光の筋が走るようになる。すると銃口の先の空間が陽炎のように歪んでいくのが見えた。ミスズたちが安全な場所まで避難したことを確認すると、わらわらと
紫に発光する小さな光弾は、障害になる化け物の硬い外殻ごと削り取りながら複数の個体を処理しながら群れの中心に向かう。その発光体がグロテスクな群れのなかに呑み込まれて見えなくなった直後、金属を打ち合わせたような甲高い音が周囲に響いた。
直後、化け物が重力を無視するかのように宙に浮くのが見えた。その効果は広範囲に及び、粘液を滴らせながら迫ってきていた化け物も巻き込まれて中空に浮かび上がる。周囲に散乱する機械人形の残骸も浮き上がり、化け物たちは黒光りする翅を交信するように振動させる。
力の影響から脱出しようとしていたのかもしれない。しかし次の瞬間、耳をつんざく甲高い音が響いた。そして空中に浮かんでいた化け物が発光体に向かって引き寄せられ、容赦なく圧し潰されていくのが見えた。
施設に被害が出ないように威力を制限していたからなのか、蠅に似た化け物たちはゆっくりと圧殺されていった。内臓が飛び出し体液が噴き出し、翅や脚が折れて潰されていく。化け物は金属音にも似た嫌な囀りを残しながら潰されていった。あとに残るのは、高密度に圧縮された球体状の物体で、それは床に落下して鈍い音を立てた。
もちろんそれで群れの勢いが衰えることはない、四方から次々と化け物があらわれ、その度に〈反重力弾〉を撃ち込んで処理していった。ミスズとナミも輸送コンテナに飛び乗ると、眼下に見える化け物に対してフルオートで銃弾を浴びせていった。
「ミスズ」と、すぐとなりで射撃を行っていたミスズに声をかける。「このままだと状況は悪くなるばかりだ。アサルトロイドたちの半数を連れて隔壁の向こう側にいる群れの本体を攻撃する」
彼女がうなずいたあと、化け物に向かって糸を吐き出していたハクを見ながら言う。
「ハクをここに残していくから、こちら側に侵入してくる化け物の処理はミスズたちに任せる」
猛然と駆けてくる化け物を斬り伏せていたナミが言う。
「レイはひとりで行くのか?」
「いいや、アサルトロイドたちと一緒だ。心配はいらない」
私はそう言うと、〈ハガネ〉で形成した大盾で化け物の攻撃を受け止め、すかさず化け物の胴体に〈貫通弾〉を撃ち込む。
その直後、輸送コンテナの陰から化け物が飛び出してくるのが見えた。しかしハクの鉤爪で胴体を刺し貫かれると、突起物の生えた脚をバタつかせ無駄な抵抗をしてみせた。
ハクは化け物の死骸を他の個体に向かって放り投げると、驚異的な俊敏さで化け物たちの群れに飛び込み、まるで舞うように次々と化け物たちを殺していった。ハクの爪は化け物の硬い外殻を砕き、ぶよぶよとした肉を引き裂いていく。
『隔壁を操作できるのは権限を持っているレイだけなんだ』カグヤがナミに言う。『だからどの道、レイは向こう側に行かなければいけない』
「それなら、隔壁まで
ハクにミスズの護衛を任せると、ナミと〈アサルトロイド〉の半数を引き連れて化け物の包囲網を突破し、隔壁に接近する。
至るところに横たわる死骸を横目に見ながら、地雷原にたどり着くと、視界に立体的に表示される地雷の正確な位置情報を確認しながら早足で進む。我々に近づく化け物がいれば、〈アサルトロイド〉の射撃とカグヤの遠隔操作で地雷を爆破させ対処していく。隔壁は目の前に迫っていた。
その隔壁に近づいて分かったことだが、化け物の出現する勢いが衰え始めていた。それが彼らの小休憩なのか、あるいは戦力が減少したからなのか、それは分からなかった。しかしその隙を逃さず、隔壁に開いた横穴に向かって〈ワイヤーネット〉を撃ち出し、化け物がこちら側に来られないように横穴を塞いでいく。
「ナミはここまでだ」と〈ハガネ〉で装甲を形成しながら言う。
「アサルトロイドたちと協力しながらミスズたちのところまで後退してくれ」
「了解! あとはレイに任せる」
「ああ、任せてくれ。隔壁を封鎖したら、すぐに戻る」
死骸で詰まった横穴に入って行き、すぐに〈ワイヤーネット〉を撃ち込んで出入り口を閉じた。時間稼ぎにしかならないが、何もしないよりはいいだろう。
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