第317話 機動兵器 re
ミスズたちと相談した結果、地上にいる〈蟲使い〉たちを研究施設に呼び寄せることはしなかった。地上で作業を行っていた機械人形を護衛する任務も重要だったが、理由は他にもあった。
機械人形に手伝ってもらいながら隔壁の周囲に防衛線を築いていると、コンテナの奥にひっそりと佇む大型〈機動兵器〉を発見した。その機械人形と、五十体を越える〈アサルトロイド〉の力を集結すれば、我々だけでも充分に化け物の相手ができると踏んだのだ。
地下で発見した〈機動兵器〉は、五メートルほどの体高があり、人間でいえば頭部にあたる場所に、昆虫の触角を思わせる複雑な機構を備えたセンサーユニットが搭載されていた。しかし外装がなく骨格が剥き出しになっていたので、人間が搭乗し操縦するためのコクピットが見える状態になっていた。
また背中で折りたたまれていたマニピュレーターアームを合わせれば、四基の腕を持ち、二足歩行が可能な鳥脚型の――逆関節の脚を持っていた。その無骨で重量感のある鉛色の機動兵器は、骨格を保護する装甲こそ持っていなかったが、ミサイルランチャーや重機関銃といった武装が多く取り付けられていた。
機械人形と言うよりは、歩行戦車にも見える大型の〈機動兵器〉は、その巨体を支える人工筋肉の詰まった太い脚を持ち、その脚は黒光りするラテックスに包まれていた。
「生体脚に目立った損傷は見られない……」
ペパーミントが機械人形の脚に触れながら小声でつぶやく。
「駆動系も凍りついていないし、システムも良好……」
「この機体は使えそうか?」
質問すると、ペパーミントは機動兵器の脇腹に取り付けられていた専用タラップを使いながら、よじ登るようにしてコクピットに乗り込む。
「やっぱりダメね……」
彼女は舌打ちしたあと、剥き出しの回路基板を調べる。
「人間が操縦するためのデバイスが搭載されていないわ」
「ということは、まだ組立途中の機体だったのか」
『もしくは』とカグヤが言う。『まだ開発段階の機体だったのかも』
「無人で起動することは可能か?」
「待って、すぐに確認する」
ペパーミントはフードツナギのポケットに手を入れて情報端末を取り出すと、保護カバーのない状態で設置されていた複数の装置を走査する。
「残念だけど、思考兵器として運用するための人工知能もインストールされていない」
彼女が頭を横に振るのを見ながら、私も機体に飛び乗るってコクピットを覗き込む。
「こいつが使えれば、化け物の駆除が捗ると思ったんだけどな……」
「まだ諦めるのは早い」
ペパーミントは硬そうなコクピットシートに座ると、ツナギの上半身部分を脱いで、肌に密着するスキンスーツを露出させると、装置から垂れ下がる無数のデータケーブルをスーツの腰についていた小さな端末に接続する。
スキンスーツから透けて見えていた胸元に視線を向けながら
「何をするつもりなんだ?」
「ウミの〈マンドロイド〉で使用している制御システムを使って、この〈機動兵器〉を動かせないか確認する」彼女はそう言うと、腰の端末から別のケーブルを引っ張り出して、それを情報端末に接続する。
「危険性はないのか?」
「危険性?」ペパーミントは首をかしげる。
「ウミの人格に悪影響が出ないか心配しているの?」
「そうだ」
「機体はともかく、ウミが直接システムから影響を受けることはない。ウミはシステム上に存在する人工的な疑似人格じゃなくて、生物学的な思考や概念に由来する人格を持った生命体だから、理論上はシステムの干渉を受けない」
「そうか……」巨大な隔壁に視線を向けて、それから質問する。
「そのシステムの設定に時間はかかりそうか?」
「カグヤが手伝ってくれるなら、時間は大幅に短縮できると思う」
「それなら、ペパーミントに〈機動兵器〉の整備も任せてもいいか?」
「もちろん。作業用ドロイドたちに手伝ってもらうから安心して、絶対に間に合わせる」
「ありがとう」
大型機体から飛び降りると、〈アサルトロイド〉たちが行っている作業の手伝いをするため隔壁のそばに向かった。
「カグヤ、システム変更は間に合うと思うか?」
『時間的に猶予がないけど、できる限りのことはするつもりだよ』
「頼んだ。あの兵器が動けば、化け物どもとの戦闘で優位に立てるはずだ」
我々には時間がほとんど残されていなかった。そのことに気がついたのは、〈アサルトロイド〉たちがエレベーターに乗って地下にやってきたあとだった。どうやら隔壁の向こうにいる化け物たちは、隔壁の破壊をまだ諦めていないようだった。
ハクの糸と作業用ドロイドたちの突貫工事によって、地上につながる縦穴が塞がれたことで、化け物たちは隔壁の破壊に集中していて、鋼鉄の厚い隔壁を熔かしながらこちら側に進行してきていた。
それが発覚したのは、隔壁の一部が熱を持つようになり、周囲の氷が解けるようになっていたからだ。我々が隔壁を開放せずとも、いずれ化け物はこちら側に雪崩れ込んでくる。
コンテナの間に糸を張り巡らすようにして、独特で複雑な陣地を構築していたハクを横目に見ながら隔壁のそばに向かうと、楕円形状に氷が解けていた壁の前に立った。化け物の体液の影響なのか、隔壁の一部は赤熱していて、白い蒸気が立ち昇っていた。
ハンドガンを構えると、金属製の強靭な〈ワイヤーネット〉を次々と撃ち出していく。網のように広がったワイヤロープで隔壁の補強を終えると、輸送コンテナのそばに向かう。そこでは〈アサルトロイド〉たちがコンテナに張った氷を排除するために、レーザーガンの出力を抑えるようにして熱線で氷を解かしている様子が確認できた。
その作業が終わると、〈アサルトロイド〉たちと協力しながら輸送コンテナを隔壁の前まで移動させ、簡易的な防壁を築いていく。大きくて重量のあるコンテナを押して移動させることができたのは、ハガネによって形成された強化外骨格のおかげでもあった。
簡易的な防衛陣地がある程度できあがってくると、作業用ドロイドは〈機動兵器〉のそばに移動して、ペパーミントの指揮のもと機体の整備を開始する。幸いなことに、〈機動兵器〉の攻撃ユニット用の弾薬や、予備パーツは機体のすぐそばのコンテナで見つけることができたので、作業に関して困ることはなかった。
問題があるとすれば、それは我々に時間がなかったことだけだった。隔壁の向こう側からは、まるで鼓動のような、あるいは大太鼓を打ち鳴らし、骨を震わせるような鈍い音が断続的に聞こえ始めていた。化け物どもはすぐそこまで迫ってきていた。
隔壁の周囲に地雷を敷設していたミスズのそばに向かうと、作業が順調に進んでいるか訊ねた。
「問題はありません」ミスズは琥珀色の瞳で私を見つめる。
「地雷がもっと用意できたらよかったんですけど……」
『今回は仕方ないよ』カグヤが言う。
『こんなことになるなんて思っていなかったからね』
「そうですね。地雷があるだけでもよかったって考えないとダメですね」
『ねぇ、ミスズ。焼夷手榴弾も設置してるみたいだけど、あれはどうするの?』
「端末を介して遠隔操作で爆発が行えるように設定しました。私たちは数で圧倒的に負けているので、使える物は何でも使おうと思っています」
『いい考えだね。その操作設定を私にも送ってくれる?』
「はい、すぐに送信しますね」ミスズは微笑むと、端末を操作する。
「敷設した地雷の正確な位置情報も送信しておきますね」
ミスズの作業の邪魔にならないように移動すると、ハクとマシロのもとに向かった。
「ハク、陣地の構築は上手くいっているか?」
ハクは吐き出していた綺麗な糸を脚に引っかけながらトコトコと近づいてくる。
『おうち、つくる』
「罠はもう用意しないのか?」
『ん。いっぱい、つくった』
ハクはそう言うと、長い脚を天井に向ける。すると
「さすがだな、ハク」
『ハク、〝虫〟つかまえる、とくい』
「そうだったな」
ハクのフサフサの毛を撫でると、マシロについて訊ねた。
『ナミ、いっしょ』
なぜか本格的な寝床づくりを始めたハクのそばを離れると、地下施設の奥で発見した線路に化け物がいないか偵察に向かったナミとウミのもとに向かう。
線路に異常はないように見られたが、一定の距離まで移動すると、土砂に埋まっていて先に行くことができなくなっていた。ペパーミントの考えでは、混在してしまった空間の範囲外に出たことで、土砂に埋もれた本来の区画にたどり着いただけのことだという。
「やっぱり道はどこにも続いていなかったよ」とナミが言う。
「いくつかの経路に枝分かれしていたけど、最後には土砂に行き当たる」
「そうか……」
トンネルを塞ぐ黒々とした土砂を見つめる。
「マシロが珍しく探索を手伝ってくれたんだけどな」
ナミの言葉に反応して、周囲に視線を向ける。
「そのマシロはどこに?」
「さっきまで一緒にいたけど、ウミがペパーミントに呼ばれると、一緒について行っちゃったよ」
「そうか……それなら、俺たちも戻ろう」
「そうだな。ここに化け物はいなかったし」
ミスズの手伝いに向かったナミと別れると、ペパーミントのもとに向かうことにした。〈機動兵器〉を見つけてからそれなりの時間が経っていたので、システムの設定が終わっているかもしれない。
その〈機動兵器〉のそばでは、攻撃ユニットの弾薬補給作業を行っている数台の作業用ドロイドと、骨格が剥き出しの胴体に乗って作業していたペパーミントの姿が目に入る。その横では、ペパーミントの作業を興味深く眺めているマシロがいた。
白菫色の〈マンドロイド〉を操るウミは、〈機動兵器〉のコクピットにデータケーブルの束でつながれていた。すでに機体の操作が可能になっているのか、彼女が腕を動かすのに合わせて、複数のマニピュレーターアームが複雑な動きをしているのが確認できた。
アームには大型の重機関銃が取り付けられていて、おそろしく長い弾帯が背中に設置された弾薬コンテナにつながっているのが確認できた。ウミが行っていた調整作業の邪魔にならないように注意しながら胴体部分に飛び乗ると、ペパーミントが何をしていたのか確認することにした。
ペパーミントは機体のセンサーユニットを取り外して、僅かに残っていたモジュール装甲に空洞を作り、そこに攻撃支援型ドローンの機体を組み込むための作業を行っているようだった。機体は半分ほど装甲に埋まっていて、不満そうにビープ音を鳴らしていた。
ペパーミントの動きに合わせて、ゆさゆさと動く胸元を見ながら訊ねた。
「それは何をしているんだ?」
「センサー類も役に立たなかったから、この子にセンサーの代りになってもらおうと考えているの」
「上手くいきそうか?」
機動兵器につながれたドローンはまた不満そうにビープ音を鳴らした。
「センサーのジョイントパーツは統一された規格の汎用パーツを使ってるから、接続自体は問題ないと思うけど……ねぇ、レイ。どこを見てるの?」
「うん?」と私は惚けてみせた。
「ドローンの機体が引っかかっているみたいなんだ。ほら、そのシリンダーだ」
「シリンダー?」ペパーミントは機体に乳房を押し付けるようにして、モジュール装甲の内部に手を入れる。「本当だ。シリンダーのカバーに引っかかっていたみたい。ありがとう、レイ」
ホッとしながらペパーミントの胸元から視線をそらすと、白い蒸気が立ち昇る隔壁に目を向けた。
「機体の整備は間に合いそうか?」
質問するとペパーミントは腕を組んで、しばらく考える。
「隔壁の前まで動かすことはできそうだけど、それ以上は難しいかも」
「何が問題なんだ?」
「人工筋肉の調整が凄く難しい。生体脚は製造されたばかりの物に見えるけれど、機体の重量バランスの入力や、他にもややこしい問題が山積しているの」
隔壁の向こうから聞こえてくる不吉な音に耳を澄ませて、それから言う。
「機体の外装はどうなっている?」
「この機体専用の装甲も何処かにあるのかもしれないけど――」と、彼女は周囲にある輸送コンテナ見ながら言う。「それを探している時間はない。だから〈シールド生成装置〉に手を加えて、コクピットにいるウミを守れるようにするつもり」
「それなら最悪、砲台替わりには使えそうだな……」
「ねぇ、レイ……」
彼女は作業の手を止めながら言う。
「レイは向こう側にいる化け物の大群が怖くないの?」
「ペパーミントやミスズたちに何か起きたときのことを考えるほうが、ずっと怖いよ」
「それなら――」
「けどダメだ、逃げることはできない」と私は頭を振る。
「あの化け物たちがこの施設で何をしてきたのかペパーミントは見ただろ? 俺たちがこの施設を放棄したら、連中は大樹の森で繁殖を繰り返して、やがて廃墟の街すらも呑み込んでいく。そして人類は蠅のように死んでいくことになる」
「無人機を使って、この施設ごと爆撃すればいいじゃない。森の一部も消滅するけど、少なくとも私たちは生き残れる」
「他にも手段はあるのかもしれない。でも俺たちには時間がないんだ。忘れたのか?」と幼い子どもを諭すような優しい声で言った。「異界の邪神が関わっている以上、予測のできない行動を取るわけにはいかないんだ。俺たちは〝死骸〟とやらを拡張された空間に完全に閉じ込めなければいけないんだ」
「そうね……」ペパーミントは言う。「残念だけど、それが今の私たちにできるたったひとつの冴えたやりかたなのかもしれない……」
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