第314話 掃討作戦 re


 研究施設の制圧は、補給を何度も繰り返しながら順調に進められたが、相変わらず正常な状態の人間を見つけることはできなかった。


 階下に向かうにつれて施設の状況はひどくなり、蠅に似た化け物のグロテスクな巣は廊下にだけでなく、実験室や仮眠室、さらには警備用の機械人形が待機していた部屋にまで広がっていた。


 どうやら化け物は強酸性の体液を吐き出して、〈貫通弾〉を使っても破壊できなかった施設の壁をかして侵入しているようだった。しだいに化け物に破壊された〈アサルトロイド〉の残骸や、茜色の塗装が施された作業用ドローンが廊下に転がるようになり、機械人形と化け物の形勢が逆転していることに気がついた。


「何か変だわ」ペパーミントが言う。「集団で掃討作戦を展開していたアサルトロイドが、こんなにも簡単に破壊されるなんておかしい」


 カグヤもそのことに気がついているようだった。

『強酸性の体液を吐き出す化け物も出てきたみたいだし、地下に保管されている死骸に近づくほど、強力な個体が出現するようになっているのかも』


 カグヤの考えを聞きながら、地面に横たわる機械人形のそばにしゃがみ込み、その胴体に残された損傷を確かめる。旧文明の鋼材を含んだ頑丈な外装は蒸発し、内部の回路基板も破壊されていた。〈ハガネ〉を起動して手の表面をおおうと、破壊された装甲の内側に指をわせる。融かされた装甲の表面はなめらかで、奇妙に歪んでいる。


「施設の壁を融かしたのと同様の攻撃ですね」

 ミスズの言葉にうなずく。

「そのようだな……」


 ライフルを胸に抱いたナミがやってくると、眉間に皺を寄せる。

「こいつはハクが使うような体液だな、触れるだけで大変なことになる。これからは遠距離からの攻撃にも警戒しないとダメだ」


 ナミの言葉にうなずくと、ハクとマシロに視線を向けた。

「これだけ強力な酸を吐き出す化け物の相手をするのは、さすがにハクでも危険だな」


『きけん、ちがう』

 ハクはそう言って強がると、床をベシベシと叩いた。


「シールドはちゃんと機能しているのか?」

 ハクは長い脚を伸ばすと、赤いリボンと宝石が見えた。フサフサした白い体毛に埋まるリボンには、指輪型端末を改良したシールド生成装置が組み込まれている。


「安心して」とペパーミントが言う。

「ハクのリボンに仕込んだシールドはちゃんと機能してる」


「マシロは?」と、異界のカイコと人間の混血種であるマシロに視線を向ける。

 ハクの背に乗っていたマシロは何も言わず、中指に嵌めた指輪型端末を見せてくれた。


「それならハクとマシロには――」

 そこまで口にしたときだった。視界の隅で薄紅梅色うすこうばいいろの何かが横切るのが見えた。すぐに足先で地面を軽く叩いて動体センサーを起動する。


『化け物の反応がある』カグヤが言う。

『おそろしく素早い奴だ』


「この反応……ダクトを移動してるんだわ!」

 ペパーミントの言葉に反応して、我々は天井付近の壁に設置されたエアダクトにライフルを向ける。しかし故障していたダクトは断続的に白い蒸気を吐き出しているだけで、化け物が姿を見せることはなかった。


「後ろだ!」

 ナミの言葉に素早く反応したウミが、廊下の向こうからやってくる薄紅梅色の化け物に対して射撃を行う。しかしレーザーライフルから撃ち出された高出力の熱線は、海老の頭胸甲にも似た異様な甲羅に防がれてしまう。


 音も立てず凄まじい速度で接近してきた似た化け物は、油断していたミスズの眼前で身体からだを回転させると、気色悪い尾をむちのように振るった。


 すぐにミスズの前に出ると、〈ハガネ〉を瞬時に起動させ、左腕に円形の大盾を形成しながら化け物の尾を受け止めた。


 打撃による衝撃は凄まじかったが、〈ハガネ〉は仕様書通りの性能を発揮してくれた。化け物から受けた衝撃の反射を利用して、毛がビッシリ生えた気色悪い尾をはじくと、右手で素早く太腿のハンドガンを抜いて化け物に銃口を向ける。それでも化け物は尾をしならせながら、こちらを攻撃しようとする。


 が、化け物の攻撃に付き合う必要はない。至近距離から容赦なく貫通弾を撃ち込んだ。薄紅梅色の化け物は衝撃で後方に吹き飛ぶが、空中で身体をひねると、壁を蹴って突進してきた。〈貫通弾〉は化け物の甲羅を破壊することができたが、致命傷を与えることはできなかった。


「レイ!」

 ナミの声に反応してかがみこんで身を低くすると、彼女が振り抜いた鉈が、頭上を通って化け物の頭頂部に直撃する。ナミが使う鉈は〈高周波振動発生装置〉を備えた刃だったが、それでも化け物の甲羅を砕くことすらできなかった。


 が、化け物が見せた隙を見逃すことはなかった。至近距離で立て続けに〈貫通弾〉を撃ち込んだ。薄紅梅色の化け物は後方の壁に身体を打ち付けると、床に倒れジタバタと手脚を振り回したが、やがて息絶えて動かなくなった。


 すると突然、ウミが騒がしいビープ音を鳴らした。素早く振り向くと、天井付近のエアダクトから出てきたもう一体の化け物が、こちらに向かって音もなく飛びかかってきているのが見えた。


 不意を突かれ、ハサミに似た器官で殴られると、その衝撃で廊下を転がる。けれど体勢を崩しただけで痛みは感じなかった。無意識に装着した〈ハガネ〉の装甲が打撃の衝撃を吸収してくれたのだろう。


 エアダクトから飛び出して廊下に姿を見せた薄紅梅色の化け物に対し、ミスズたちは一斉射撃を行い、甲羅の隙間に弾丸を撃ち込むことで化け物の身体を破壊することに成功していた。私は立ちあがると動体センサーを起動して、付近に敵がいないかすぐに確認する。


『近くに化け物はいないみたいだね』

 カグヤのドローンが飛んでくる。

『レイ、怪我はしてない?』


「大丈夫だ、想像していたよりも〈ハガネ〉は戦闘で使える。それより、動体センサーが通用しない化け物がいることが気になる」


『化け物の動きが速過ぎて、レーダーで正確な位置を捉えられない?』

「かもしれない」


 薄紅梅色の外骨格に覆われた化け物の死骸を調べようとして近づく。すると廊下の先から衝突音が聞こえてきた。視線を向けると、またセンサーで捉えることのできない化け物が姿を見せた。しかし今度の化け物はハクとマシロの連携であっさりと倒されてしまう。


 ハクが強酸性の糸の塊を吐き出して化け物の硬い甲羅と脚を潰すと、マシロは身動きがとれなくなった化け物に強力な蹴りを入れて、破壊されていた甲羅の隙間から化け物の内臓をグチャグチャに潰した。


『またセンサーが役に立たなかったね』

「何か対策を考えないといけないな」

 私は溜息をつくと、化け物の死骸を確認する。


 薄紅梅色の甲羅をまとう化け物は、蠅と海老の合いの子を思わせる気色悪い姿をしていた。半透明の大きな翅を持ち、頭部には異様に大きな複眼がついていた。しかし蠅に似た通常の化け物と異なり、無数の複眼を持ち、鞭のようにしなる細長い触角を持っていた。


「蠅の化け物に似ているけれど、違う種類なのかしら?」

 ペパーミントはそう言うと、屈みこんで化け物の後頭部についた複眼を眺める。


「いや」とナミが言う。

「そいつらは全部、同じ種族だよ」


「でも蠅って言うよりは、翅を持った海老に見えるわ」

まれに強力な個体が生まれる。そいつらは殻が赤くて頑丈なんだ」


「強力な個体?」

「兵隊だよ。こいつらの役目は、巣を荒らす侵入者と戦うこと」


「私たちが今まで相手にしていたのは?」

「通常の個体だよ。獲物を求めて徘徊している奴らだ」


「こんな気色悪い化け物が徘徊する姿なんて見たくないわ」

「私たちが旅した世界では、山岳地帯や鉱山に行けば高い確率で遭遇できたぞ」


 ペパーミントはそれを想像したのか、顔をしかめてみせた。

「ねえ、ナミ。この個体よりも危険で厄介なのがいるのなら、早めに教えてくれると助かるんだけど」


「悪いけど」とナミは鈍色の髪を振る。

「これ以上のことは知らないんだ」


 ミスズとナミがドローンを連れて通路の先に偵察に向かうと、私はペパーミントとその場に留まって化け物の死骸を調べる。


〈レイラさま。興味深いものを見つけました〉

 ウミからテキストメッセージを受信する。廊下の少し先にある実験室で何かを見つけたようだ。ハクとマシロにペパーミントの護衛を任せると、ライフルを構えながら廊下の先に向かう。


 廊下で合流したウミは見慣れないライフルを手にしていた。

「その火器は?」

〈落ちていたのを拾いました。これは憶測に過ぎませんが、研究員が施設の倉庫に保管されていた装備を慌てて持ち出しと思われます〉


 白菫色の〈マンドロイド〉はビープ音を鳴らしたあと、私にライフルを差し出す。銃身が長く角張った形状が特徴的なライフルだ。


「こいつは狙撃銃か?」

〈分かりません〉と率直なメッセージが届く。


〈ペパーミントに確認してもらいましょう〉

「そうさせてもらうよ。ありがとう、ウミ」

〈どういたしまして〉


「ところで」と、スリングを使ってライフルを肩に提げながら訊ねた。

「こいつはどこに落ちていたんだ?」


〈そちらです〉

 ウミはビープ音を鳴らしながら実験室を指差した。


 その吐き気を催す部屋は赤黒い泥のような物体で埋め尽くされていて、天井からは研究員が生きたまま吊るされていた。彼らは衣類を身につけておらず、脈動する繊維状の管が目や耳、鼻から飛び出していた。下半身には太い管状のものが突き入れられているのが見えた。


 肋骨や背骨が伸びて、内臓と共に皮膚から突き出ている人間の姿も確認できた。そして蛆のような生物が彼らの咥内に出入りしていて、何か気色の悪いものを無理やり喉の奥に運んでいるようにも見えた。


 実験室に入っていったウミに訊ねる。

「化け物は数を増やすために人間を利用しているのか?」


〈詳細については分かりませんが、おそらくこれは、あの化け物が食料を生産している現場なのだと思います〉


「食料……人間のことか?」

〈違います。捕らわれている人間が排泄している物体です〉


 泥のように見える何かに視線を向ける。すると泥の塊をむさぼり食っていた奇妙な生物の姿が見えた。それは粘液をまとう蠅のような生物で、黒く艶のある翅を持っていた。


「彼らを救うことは?」と吐き気を堪えながら訊く。

〈無駄だと思います。あの状態は、最早生きているとは言えませんから〉


『脳死状態……』とカグヤが言う。

『研究員はたぶん意識がない状態だから、私たちにできることは何もないよ』


「そうか……」

 研究員たちの無残な姿に溜息をついた。

「痛みを感じていなければいいけど……」


〈この部屋を焼き尽くしますか?〉

 ウミのメッセージにうなずきでこたえた。

「ああ、徹底的に焼却しよう」


 ウミが幾つかの焼夷手榴弾を実験室内に投げ込むと、私もライフルの弾薬を〈火炎放射〉に切り替えて巣を焼き払った。


 廊下に戻ると、化け物の体液でゴム手袋を汚したペパーミントが立っているのが見えた。

「どうしたんだ?」

 ペパーミントは化け物の割れた甲羅を見せてくれた。


「衝撃に弱い箇所を探っていたの」

「見つけられたか?」


「ええ」

 ペパーミントはうなずくと、汚れたゴム手袋を裏返しにしながら外した。


「化け物を攻撃するさいに、外殻のもろい箇所を攻撃するプログラムを組んだ。それをレイたちのライフルに送信しておいたから、射撃設定の項目を〈自動追尾弾〉に変更して」


「ライフルでもあの化け物に対処できるようになるのか」と、驚きながら素直に感心する。「この短時間にそれだけのことをしたのか?」


「設定を変更しただけだから、とくに難しいことは何もしてない」

 ペパーミントは素っ気無く言う。

「感謝したいなら、甲羅の脆い箇所を一緒に探してくれたハクに感謝して」


 視線を動かすと、粘液質の体液で体毛を汚したハクが化け物の外骨格を突っ突いているのが見えた。


「遊んでいるのかと思ってたよ」

 ペパーミントは肩をすくめて、それから言う。

「それで、そのライフルは?」


「この先でウミが見つけてくれたものだ」

「狙撃銃ね」


 ペパーミントは情報端末を使ってライフルをスキャンする。

「これを解析してヤトの部隊に配備できれば、私たちの戦力はさらに強化できる」


「喜んでもらえて良かったよ」

 そこに廊下の先を調べていたミスズたちがやってくる。


「通路の先にある階段から、エントランスホールに行くことができるみたいです」

「わかった。それでナミは?」


「階下からやってくる化け物に警戒して、階段で見張りをしてくれています」

「それなら俺たちもすぐに合流したほうがいいな」


「そうですね」

 ミスズはそう言うと、ウサギをかたどったマスクで頭部を覆う。


 吹き抜けになったエントランスホールは、いくつもの太い柱に支えられていて、壁には大きなガラス窓が張られていて巨大な空間になっていた。しかしその空間の大部分は土砂に埋もれていて、僅かに残されたスペースも瓦礫がれきが散乱していた。そして瓦礫の周囲には、海老に似た化け物が徘徊しているのが確認できた。


「空間が固定されたさい、土砂が流れ込んできたんだと思う」

 ペパーミントの言葉で、この施設が〈大樹の森〉の地中に埋まっていることを思い出す。

「地下に向かう通路は大丈夫か?」


『平気だよ。奥の通路は土砂に埋まってない』とカグヤが答える。『問題は化け物たちだね』

「複数の群れを同時に相手にしなければいけないのか……」


「大丈夫、私を信じて」

 ライフルを構えたペパーミントが言う。


『しんじて』

 ハクが真似をすると、ミスズとナミはうなずいて弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えて、ペパーミントが用意した射撃設定を選択した。


「ウミとドローンは俺たちの支援を頼む」

 ライフルを構えながら言うと、白蜘蛛がトコトコとやってくる。

『ハクは?』


「ハクは近くの瓦礫に潜んでいてくれ。俺たちに接近してくる化け物がいたら、マシロと一緒に対処してくれ。でも危ないから、射線上には絶対に入らないように注意してくれ」


『ん、わかった』

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