第313話 液体金属 re


〈ハガネ、T―09、N―3912ーI13が、■■■軍所属のレイラ・■■■用に初期化、再登録されました〉


 視界の隅に意味ありげな数字と共に〈ハガネ起動〉の文字が表示されると、左手首の腕輪バングルが瞬時に液体に変化して手首にまとわりついていくのが見えた。その様子を黙って眺めていると、液体金属が皮膚に沁み込んでいくように体内に侵入し、そして何事もなかったかのようにまた皮膚の表面にあらわれる。


「ねぇ、レイ」ペパーミントが心配そうに言う。

「それって痛くないの?」


「大丈夫だ」腕を持ち上げて手首でうごめく液体金属を見ながら言う。

「痛みはまったくない……というより、何も感じないんだ」


「皮膚や血液のように、身体に順応しているってこと?」

「そうなのかもしれない……」


 インターフェースに〈エボシ〉の特徴的な鳥居のロゴマークが表示されると、テキストメッセージが表示される。


〈初期設定が完了しました。すべての設定を有効にするには〈ハガネ〉の再起動が必要です。再起動完了後、通常使用が可能になります〉

〈……〉

〈………〉

〈今すぐ再起動を行いますか?〉


「設定は済んだんじゃないのか?」

 思わず顔をしかめる。


「どうしたの?」

 情報端末でハガネの説明書を読んでいたペパーミントが言う。

「何か問題が発生したの?」


「再起動する必要があるみたいなんだ」

「レイの生体情報を新たに収集したことで、〈ハガネ〉を肉体に適応させるための設定が必要になったんだと思う。だから再起動しても問題ないよ」


 初期化を行うさいにも生体情報を腕輪に送信していたので、二度も同じことをする意味が分からなかった。けれど従うしかない。再起動を承認すると、手首にまとわりついていた液体金属は形状を変化させながら手首に密着するような腕輪に変わる。


「これで終わりか?」

『そうみたいだね』とカグヤが言う。


『これで〈ハガネ〉はレイの意思で、自由に操作できるようになった』

「なら、さっそく試してみるか」


 〈ハガネ〉を起動すると、強化外骨格を意識しながら腕輪を液体金属に変化させる。すると腕輪から流れ出した液体が胸部や背中、それに腰を包み込んでいくのが分かった。奇妙なことに細い腕輪からは、腕輪そのものの質量を遥かに越える液体が溢れ出していた。


 ボディアーマーを装備していたからなのか、胴体に装甲は形成されなかったが、着用していた戦闘服の繊維に染み込み混ざり合うようにして補強し、腕や足に装甲を形成していくのが見えた。その金属の薄い装甲は鈍い白色だったが、自在に色を変化させることができるようだった。


〈エラーを検出しました〉

 突然、インターフェースに警告が表示される。


『エラー?』カグヤが言う。

『原因を調べるから待ってて』


「もしかして、それが原因じゃない?」

 ペパーミントは私の首元を指差した。

「液体金属に反応して、マスクの表面がおかしなことになってる」


 首元に触れたあと、カグヤのドローンを介して自分自身の姿を確認する。首巻に隠れていたマスクの一部が液体金属に侵食されていて、機能不全を起こしていた。


『確認できたよ』

 カグヤの言葉のあと、視線の先にログが表示される。

『他社製品との互換性に関するエラーだったみたい』


「やっぱり〈面頬〉が原因か……〈ハガネ〉と同時に使用できないのか?」

 旧文明の遺物でもあるマスクが使用できなくなるのは、ハッキリ言って非常に困る。今も煙たい廊下で使用していたし、化け物の巣が放つ悪臭や毒性のあるガスに耐えるためにも、マスクはどうしても必要な装備だった。


『〈ハガネ〉との互換性はないみたいだけど、〈ハガネ〉に取り込むことはできるみたい』

「取り込む?」驚きながらたずねる。「マスクの機能を取り込むってことか?」


『うん。機能をそのまま継承して〈ハガネ〉の一部にすることができる』

「そんなことが可能なのか?」


『レイの〈ハガネ〉は、使用者と一緒に成長するっていう、わけの分からない機能があるでしょ?』


「でもそれは〈ハガネ〉に蓄積した戦闘データを解析して、時間を掛けて行われることなんじゃないのか?」

『ううん、それ以外の方法でも〈ハガネ〉を強化することができるみたい』


「人類が相手をしていたのは――」と、ペパーミントが端末を眺めながら言う。

「異なる文明を持った異星生物や異種族だった。だから現地での戦闘……例えば〈混沌の領域〉での作戦行動中に、未知の技術に遭遇したさいにそれを解析し、現地で使用可能にするナノマシンが〈ハガネ〉に備わっている」


「そんな魔法みたいなことが本当に可能なのか?」

「可能にしたのよ。でもこれは〈ハガネ〉を開発した〈エボシ〉の技術じゃないみたい」


「もしかして、〈大いなる種族〉が関わる技術なのか?」


「勘がいいのね」と、ペパーミントは青い眸で私を見つめる。

「人類の技術じゃないから、あの資料映像では紹介されなかったのかもしれない」


「ハガネには地球外の技術も使われているのか」

「エボシ独自の変更点も幾つかあるけれど、資料には技術料に関する説明も載っている」


「そんな事まで書いてあるのか?」

「綺麗事を並べ立てたところで、〈エボシ〉が企業であることに変わりはない。軍は顧客で、〈エボシ〉は商品を売り込まないといけないの」


「……それなら」と、少し興奮しながら質問する。

「他の遺物も〈ハガネ〉に取り込むことができるのかもしれないんだな?」


 それが戦闘に使われる〝殺戮兵器〟だと分かっていても、旧文明の貴重な遺物は心躍るほど興奮するものだった。


「他の製品って?」

「マスクだけじゃなくて、例えば動体センサーとかドローンとか」


「突飛なことをいうのね」

「無理なのか?」


 するとカグヤの低い唸り声が聞こえてくる。

『ドローンには高度な〈電子頭脳〉が搭載されているから、さすがに〈ハガネ〉で取り込むのは危険だと思うけど、動体センサーくらいなら、簡単に取り込めるんじゃないのかな? 人類の技術だし』


「どうして危険なんだ?」カグヤの言葉に首をかしげる

「まさか〈ハガネ〉に自意識が生まれるとか、そう言うことじゃないよな?」


『わからない、でもだからこそ試さないほうがいいと思う。必要な時に指示に従ってくれない装備なんていらないでしょ?』


「たしかに……でも、動体センサーなら試しても問題ないんだろ?」

『センサーは話をしないからね』


 退屈そうに浮遊していた攻撃支援型ドローンをそばに呼ぶと、ダクトテープで雑に貼り付けられていたセンサーを機体から外した。不格好なセンサーがなくなったからなのか、ドローンは嬉しそうにビープ音を鳴らして我々の周囲をぐるりと飛行した。


 そんなに喜んでくれるなら、ダクトテープをちゃんと剥がしてあげれば良かった。


「なあ、ペパーミント。このセンサーを使ってもいいか?」


「どうぞ」と彼女は言う。「そのセンサーもドローンも、レイの所有物なんだから、私に確認を取る必要はないよ」


「でもペパーミントが作ったものだ」

「そうだけど……それが?」


「親しき仲にも礼儀ありってやつだよ。受けた好意をないがしろにしたくないんだ」

「そう」ペパーミントは素っ気無く言う。


 長方形の小さな装置を握ったあと〈ハガネ〉に指示を出す。鎧で言えば籠手にあたる装甲の一部が熔け出して液体に変化していく。そして装置に覆いかぶさるように移動する。


「カグヤ、これでいいのか?」

 不安になって質問する。

『問題ないよ。今、凄まじい勢いで装置の解析が進んでる』

 ウミも気になっているのか、蠢く液体金属をじっと見つめていた。


 液体金属に包まれていた装置は、文字通り液体金属に取り込まれて跡形もなくなってしまう。その光景に驚いていると、装置を取り込んだ液体金属が籠手に溶け合うようにして元に戻る。


『レイ、終わったよ』カグヤが言う。

「もういいのか?」


『うん。取り込みは完了した』

 カグヤの言葉のあと、インターフェースに動体センサーに関する項目が追加される。


「センサーの使用方法が分かるか?」

『えっと……壁でも地面でもいいから、レーダーの波が広がるのを意識して触れてみて』


「潜水艦のソナーみたいに音波を飛ばすのか?」

『ううん、特殊な電波を発射して、その反射波を捉えるんだよ』


「物体に触れることに意味はあるのか?」

『意味はない。物体に触れるのは電波の広がりを意識しやすいようにするためだよ。〈ハガネ〉の操作は基本的に強くイメージすることが大切だから』


 タクティカルグローブを外してポケットに入れると、その場にしゃがみ込んで地面に触れる。すると液体金属が手袋の代りに手を覆っていく。その状態で動体センサーを起動し、レーダー波を手のひらから発生させ、施設の壁や床、天井を伝って波のように広がっていくのを意識した。すると動体反応が更新され、地図上に表示されていくのが確認できた。


 立ちあがるとブーツの底に僅かな液体金属を移動させて、地面を叩くだけで動体センサーが起動できるか確かめる。〈ハガネ〉は心象を正確に再現し、思い通りにレーダー波を発生させてくれた。どうやら想像力が重要だというのは、本当のことのようだった。

「おそろしい技術だな……」


『ねぇ、レイ』カグヤが言う。

『マスクも取り込んでみて』


 そう言われた瞬間、ほぼ無意識に液体金属がマスクを覆っていくのが分かった。あまりにも自然にソレが行われたために、ひどく不気味な感じがした。しかし私の思考電位を拾い上げて、思考を先読みされる感覚にはカグヤで慣れていたので、その不気味さは一瞬で消えてなくなる。人間はどんなことにも慣れてしまう生き物なのだと改めて気づかされる。


 面頬を起動させているさいの形状に変化は見られなかったが、使用していないとき、マスクは腕輪に収納されることになった。〈ハガネ〉と完全に混ざり合った影響なのだろう。


「不思議ね」ペパーミントが感想を口にする。

「マスクの性能や外見に変化はないのに、〈ハガネ〉のシステムと完全に融合している」


「こんなものを三年で造るんだから、人類の技術力も相当に進んでいたことが分かるな」

「三年?」

「あの映像の冒頭で言っていただろ?」


「あぁ」とペパーミントは納得する。

「たしかに三年待ったって言ってたわね」


『こんなにすごい技術を持っていた〈エボシ〉でも、〈墓所〉で行われていた研究や技術には手が届かなかった……』とカグヤが言う。『ますます〈墓所〉が気になるね』


「そうだな」

 横浜にある〈大いなる種族〉の施設を探索することを検討してもいいのかもしれない。あのピラミッド型の施設なら、我々が想像もしないような未知の遺物が手に入るかもしれない。


「ミスズたちのもとに戻りましょう」

 ペパーミントの言葉にうなずくと、護符が貼りつけられた廊下を通ってミスズたちが待つ場所まで戻る。ハクを驚かせようと考えて、〈ハガネ〉の鎧は装着しないことにした。


 ミスズたちと合流すると、研究員に聞かされた地下の死骸に関する話をした。施設に化け物が大量に発生している理由が死骸にあり、施設を制圧するためには、まずその死骸をどうにかしなければいけない、と言うことも伝えた。


「研究員たちを救出しながら地下に向かうのですか?」

 ミスズの質問に頭を横に振る。


「いや、研究員の救出は可能な場合にだけ行う。各階層にいる化け物を殲滅させなければ、危険であることに変わりはないからな」


 それから手に入れた遺物の自慢をした。ペパーミントとウミは私の様子に呆れていたが、ミスズとハクは思った通りの反応をしてくれた。意外だったのは、ナミとマシロが〈ハガネ〉に興味を持ったことだった。


 一瞬で装甲を出現させると、ハクは興奮しながら言う。

『はがね、ヤバい』


「すごいだろ!」と〈ハガネ〉で盾を形成しながら言う。


『はがねまん』ハクは真剣に言う。

『レイ、ヒーローだった』


「ヒーロー?」

 首をかしげると、ミスズが教えてくれた。


「ハクは最近、特撮ヒーローの番組を好んで見ているのです」

 読み書きの勉強をしていたハクのために、ホログラムで操作が行えるタブレット型端末をプレゼントしていたことを思い出した。きっとその端末を使って、〈データベース〉のライブラリーに保存されている旧文明期以前の特撮番組を見ていたのだろう。


 なんだか急に〈ハガネ〉を使うことが恥ずかしくなってしまったが、ハクにせがまれて、その後も何度もハガネを起動することになってしまった。


『へんしん、ヤバいな』

 ハクは上機嫌だったので、止めるわけにはいかなかった。


「ハク、もういいでしょ?」ペパーミントが救いの手を差し伸べてくれた。

「化け物たちを処分して、拠点に戻ってから見せてもらいなさい」


 ハクは納得してくれたが、その後も眼を輝かせながら私を見つめていた。完全に変身ヒーローになったのだと思っているようだった。

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