第310話 アサルトロイド re
粘液まみれの気色悪い卵や腐敗液を垂れ流していた腐乱死体が炎に包まれると、たちまち黒煙が立ち昇っていく。しかし煙は廊下の天井に吸い込まれるようにして
その不思議な光景を眺めていると、通路の向こうから化け物たちの鳴き声が聞こえてくる。
『来るよ、レイ』
カグヤの声が内耳に聞こえると、拡張現実で表示されていた
ライフルの弾薬を〈小型擲弾〉に切り替えると、暗い廊下に銃口を向ける。
「ミスズとナミはそのまま卵の焼却を続けてくれ!」
化け物に襲撃されながら焼却作業を継続させるのは、それなりのリスクはあったが、今は待機室にいる〈アサルトロイド〉を一刻も早く起動し、戦力の強化を図ることが重要だった。だから、ある程度の危険を承知で無理を通すつもりだった。
「大丈夫だ」
不安そうにしていたペパーミントに声をかけたあと、通路の奥から聞こえる鳴き声に耳を澄ます。金属片を
「落ち着いてやれば大丈夫だ」
ペパーミントはうなずくと、ライフルの銃口を通路の奥に向ける。
「なにも問題はない」自分自身に言い聞かせるように言葉を口にする。
「俺たちなら乗り越えられる。そうだろ、ウミ」
〈その通りです〉
ウミから受信したテキストメッセージが視界の隅に表示される。
〈私たちに乗り超えられない困難など存在しません〉
「ハク、今だ!」
合図にあわせるように、ハクは廊下の先に向かって無数の糸の塊を吐き出した。
凄まじい速度で飛んでいく糸は、薄闇の向こうから姿を見せた化け物たちの眼前で網のように広がり、化け物を糸で
それを攻撃の合図にして、我々は一斉に攻撃を開始する。ハクの糸が絡みついて身動きが取れなくなった化け物は、ウミとドローンが発射した熱線に切り裂かれていく。廊下にバラ撒いていた
数百発の銃弾と擲弾の破片を受けてもなお、化け物の集団は我々に向かって猛然と駆けた。激しい攻撃に晒され、甲殻類の甲羅を思わせる外骨格は砕け、体液が飛び散る。が、それでも化け物の進攻は止まらない。それどころか勢いづいているようにさえ見えた。
施設の壁や床は異常なほど堅牢だったので、建物に被害が出ることはなかったが、床に敷かれていた絨毯は残念なことになっていた。もっとも、廊下に置かれていた調度品を含め、廊下は人間の死体や奇妙な卵で埋め尽くされていたので、それらが損傷しても今さら気になることでもなかった。
もちろん旧文明の貴重な品が焼かれ、目の前で破壊されていくのを見るのは気持ちのいいことではなかったが、それはどうしようもないことだった。
次々と廊下の奥から出現する化け物に対して、我々は少しずつ後退しながら射撃を継続する。攻撃の手を緩めたら、我々は確実に化け物の波に呑み込まれてしまう。それだけは何としても避けなければいけない。
と、足元の粘液に足を取られて姿勢を崩す。どうやら化け物の巣に足を踏み入れていたようだ。周囲に目を向けると、焼却された奇妙な卵が割れ、グロテスクな内容物が飛び出しているのが見えた。それらは今も
壁面や床にべっとりと付着していたヘドロのような物体には、筋繊維や血管に似た管状のものが
粘り気のある液体で足を滑らせないように慎重に足場を選んで後退したあと、それらの肉塊にも手榴弾を放り投げて処理する。
「待機室まであと少し!」すぐ後ろで化け物たちに射撃を行っていたペパーミントが言う。
「化け物は確認できたか?」
「いいえ。待機室の隔壁は化け物たちの卵やら何やらで塞がっていたけれど、待機室内部に化け物たちが侵入した形跡は見られない」
「それなら――」と、飛び込んできた化け物の複眼を〈ショット弾〉で吹き飛ばしながら言う。「アサルトロイドが無事な可能性はあるな」
化け物の卵を焼却し、待機室までの経路を確保していたミスズとナミが前線にやってくると、ペパーミントとマシロを連れて待機室に向かう。
隔壁が白い煙を吹き出しながら開放されると、ドローンを先行させて索敵を行う。異常がないことが確認できると、我々も室内に入る。起立の姿勢で壁際に整列していた〈アサルトロイド〉の間を歩いたあと、部屋の奥に設置されていた端末に触れる。
「これでアサルトロイドたちを起動できる」
ホロスクリーンで投影されるインターフェースを確認していたペパーミントが言う。
「でも調整が必要になる。少しだけ時間を頂戴」
彼女の言葉にうなずいて待機室を出ると、隔壁の前にいたマシロにペパーミントの護衛を任せて、そのまま前線に戻る。
廊下の先には化け物の死骸で溢れ、その死骸を乗り越えるようにして別の化け物が次々と姿を見せていた。〈重力子弾〉が使えれば、それらの化け物もまとめて処理できたが、施設を破壊してしまうような攻撃は、どうしようもない時の最後の手段として考えていた。施設を手に入れるための戦いなのに、その施設を破壊したら元も子もない。
「もうすぐ機械人形たちが助けにやってくる」
ミスズとナミに声をかける。
「だからもう少しだけ辛抱してくれ」
ふたりは断続的な射撃を行い、蠅の化け物を牽制し続けていた。ナミもライフルの扱いに慣れたのか、弾薬を瞬時に切り替えながら的確に化け物を殺していく。
『レイ』ペパーミントの声が内耳に聞こえた。
『アサルトロイドの起動準備ができた。出撃の許可を頂戴』
「許可?」思わず顔をしかめる
「どうすればいいんだ?」
『承認してくれるだけでいい』
視線の先に出撃許可を求める選択項目が表示される。
もちろん出撃許可を選択した。
薄暗い通路に赤色の非常灯がつくと、警告表示と共に避難誘導のホログラムが表示され、待機室の床面に複数のつなぎ目があらわれて、左右に展開していくのが見えた。すると充電装置に接続されていたアサルトロイドの姿が見えた。
手足を折り曲げるようにして床面に収納されていた機械人形が起動し、カメラアイを赤く発光させながら立ち上がる。その警備用の機械人形は、綺麗に隊列を組んだまま廊下にやってくると、マニピュレーターアームに組み込まれた〈レーザーガン〉を化け物に向け、一斉射撃を開始する。
赤い熱線が発射されるさいに聞こえる空気を震わせるような独特な発射音を聞きながら、私も射撃を継続して蠅の化け物を処理していく。廊下を埋め尽くすほどの数だったので、わざわざ照準を合わせる必要はなかった。フルオートで銃弾を撃ち込むだけで攻撃は命中していく。
目前まで迫っていた蠅の化け物の大群は、高出力のレーザーを受けて後退を始めた。しかし〈アサルトロイド〉は攻撃の手を緩めなかった。我々は化け物が見せた戸惑いや怯えの感情を見逃さなかった。
「今だ!」ミスズたちに聞こえるように声を上げる。
「ここで化け物の群れを殲滅する! アサルトロイドの攻撃に合わせて一斉射撃を行う!」
通路の奥に押し返される化け物の大群を見ながら、我々は集中砲火を浴びせる。そしてそれは動くものが完全にいなくなるまで続けられた。
「……終わったのか?」ナミが通路に横たわる無数の死骸を見ながら言う。
「とりあえず、終わったみたいだ」と弾倉を再装填しながら答える。
拡張現実で表示される地図を確認すると、この階層にやってきていた赤い点はなくなっていた。けれど階下には数え切れないほどの赤い点が存在していて、まだまだ戦闘が続くことを示唆していた。
「怪我はしてない?」
ペパーミントの言葉にうなずいたあと、化け物の死骸を確認しに行ったハクに訊ねる。
「ハク、怪我はしてないか?」
『ん。けが、ない』
ハクは腹部を振って答えると、化け物の死骸を踏み潰しながら通路の先に向かう。
「それにしても」と、廊下で隊列を組んだまま待機していた〈アサルトロイド〉を見ながら言う。「機械人形がこんなに頼りになるとは思っていなかったよ」
「アサルトロイドだからだよ」とペパーミントが言う。
「軍用規格のアサルトロイドが二十体もいれば、大抵の問題は解決できる」
「たしかに」
赤い非常灯の下、ペパーミントは肩をすくめてみせた。
「階下のアサルトロイドたちも、化け物たちを排除するように設定して起動しておいた」
簡易地図で機械人形たちの動きを確認する。化け物を示す赤い点と、人間と思われる青い点、そして機械人形たちの黄色い点が表示されていた。すでに化け物たちと機械人形との間で戦闘が始まっているようだった。
「レイラ」
ライフルを抱えたミスズがやってくる。
「どうしたんだ? もしかして怪我をしたのか?」
「いえ、怪我はしていません」ミスズは艶のある黒髪を揺らす。
「装備が心許ないので、一度補給のために戻りませんか?」
彼女の言葉に反応してベルトポケットに手を当て装備の確認を行う。
「そうだな、彫像まで戻って補給しよう。しっかり準備をしてから戻ってこよう」
「このあとは、階下にいる研究員たちを救いに行くのか?」
ナミの質問にうなずく。
「ああ、そうだ。研究員たちは閉鎖された実験室に隠れているみたいだから、すぐに化け物に襲撃されるとは思えない。けど何かあってからでは遅いからな。だから準備を終えたらすぐに戻ろう」
化け物の死骸でいっぱいになっている廊下に視線を向ける。
「ハクが通っても反応しなかったので、生きてはいないと思いますけど……」
ミスズもうんざりしながら言う。
「そうらな。とにかく動こう、この場に留まっていても状況は変わらないんだし」
「それもそうね」
ペパーミントは端末を操作して機械人形たちを階下に向かうように設定した。彼女が操作を終えて歩き出すと、マシロはペパーミントの背後に飛んでいって、彼女の腰に腕を回す。そしてそのままペパーミントを持ち上げて、通路の先にふわりと飛んでいった。
「私たちも飛べたら良かったのに」と、それを見ていたナミがぼやいた。
我々は引き千切れた化け物のハサミや、足元に散らばる殻で怪我をしないように慎重に歩いて彫像まで戻った。そして補給を行うと、階下に向かうためすぐに引き返した。
強化ガラスが張り巡らされた実験室の横を通っていると、ハクが実験室の中を覗き込むのが見えた。閉じ込められている化け物たちを
「なぁ、ナミ。あの化け物がどうなっているのか説明できるか?」
ナミは顔をしかめると、撫子色の瞳を実験室内に向けた。
「たぶんだけど、あいつらは数を増やそうとしているんだ」
「数を増やす?」
「本来は獲物の死骸に何か細工をするみたいだから確証はないけど、あんな風にキノコだらけにされた死骸から化け物の幼虫が沢山産まれてくるのを見たことがある」
『きもい』ハクが絨毯をトントンと叩く。
「ほんとにキモイな」ナミは同意してハクを撫でた。
『自らの肉体を犠牲にして幼虫を育てて、数を増やすことで脱出するチャンスを作ろうとしているのかな』
カグヤの言葉にペパーミントは肩をすくめる。
「それなら放って置くわけにはいかない。ダクトを解放するから、ミスズのハンドガンで処理しましょう」
「そうだな。ミスズ、あれを頼めるか?」
「任せてください」
我々はマスクの状態を確認しながら強化ガラスのそばから離れる。ミスズだけがその場に残り、天井のダクトに向かってハンドガンを構える。
ハンドガンの形状が変化していくと、十字に開いた銃身から群青色の液体がプクリと染み出す。それは空中に向かって浮かび上がり、シャボン玉のようにミスズの周囲に漂う。そして重力の存在を思い出したかのように地面に落下していく。
しかしソレは地面につく前に、空中で蒸発して濃い煙に変わっていく。そして風も吹いていないのに空気の流れにのるように漂い、ほぼ無色透明になりながら開放されたエアダクトの隙間から室内に侵入していく。
「もう大丈夫です」
ミスズの言葉のあと、我々は強化ガラスのそばに戻る。
無色透明の毒ガスが部屋に充満するころ、グロテスクなキノコに覆われていた化け物の肉体からガスと共に膿のような液体が次々と噴き出し、実験室内を気持ち悪い体液で汚していくのが見えた。それは化け物の身体中から噴き出すようになり、最後には身体の一部がぶよぶよと膨張し、溶け出すように地面に滴り落ちるようになった。
「見ていられない」
ペパーミントの言葉をキッカケにして我々はその場を離れた。三体の化け物が生き残る確率は絶望的だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます