第302話 ドローン re


 作業用ドロイドたちが大樹の根元にあるうろおおい隠すための青いシートを張り巡らしている姿を眺めていると、旧文明の貴重な遺物でもある六機の攻撃支援型ドローンの内の一機が、ビープ音を鳴らしながらやってきた。


 金属光沢のない錫色のドローンは、バスケットボールを一回りほど小さくした球体型の形状をしていて、機体の中心には単眼を思わせるカメラアイがついていた。また機体下部には〈レーザーガン〉が取り付けられていて、戦闘状態に移行すると角張った形状をした銃身を伸ばして攻撃を行うことも可能だった。


 そのドローンはハクのそばまで軽快に飛行していくと、鋭い爪を使って地面に文字を書いていたハクの邪魔をするように、何度もハクの脚に体当たりする。


 ハクは文字を書く練習に夢中になっていて、モコモコした体毛にぶつかるドローンを無視していた。ハエのようの視界内を飛行するようになると、ハクはパッチリした眼でドローンをじっと見つめる。


 ドローンはハクを揶揄からかうようにジグザクと飛行を続ける。ハクの大きな眼にはドローンの姿がしっかりと映り込んでいたが、ハクはぼうっとして何もしなかった。いつものハクならすでに飛び掛かっていたので、らしくないなと思っていると、ハクは急に「ペッ」と糸の塊をドローンに向けて吐き出した。


 素早い動きに驚いて糸を避けようとしたが、眼前で網のように広がった糸に捕らえられて地面によろよろと落下した。ハクはドローンの情けない姿に満足したのか、地面をトントンと叩いたあと、腹部をカサカサと振った。


 そこに青藍色のフード付きツナギを着た女性がやってくると、糸が絡まったドローンを黄色いゴム手袋をした手で持ち上げる。特殊な手袋のおかげで彼女の手が糸に絡むことはなかったが、それでも彼女は慎重に糸に触れていた。


「ありがとう、ハク」

 彼女がそう言うと、文字を書く練習を再開していたハクは脚を持ち上げる。

『ん、どいたしまして』


 それから彼女はビープ音を鳴らしながら不満そうにしていたドローンを脇に抱え、大樹の近くに停車していたウェンディゴに向かって歩き出した。


「どうしたの、レイ?」

 彼女は立ち止まると、肩越しに振り返って私に青い瞳を向ける。

「一緒に来ないの?」


「行くよ、ぼうっとしていただけだよ」

 その言葉に彼女は唇の端にこっそり笑みを浮かべる。

「もしかして、私に見惚れてた?」


「そんな感じだ」と適当に答える。

「嘘ばっかり」彼女は素っ気無く言うと、また歩き出した。


 美しい顔立ちをした女性は、第三世代の人造人間で〈ペパーミント〉の名で呼ばれていた。文明の崩壊したこの世界には、人間以外にも多種多様な非人間知性体が存在している。人型の昆虫種族や、猫科動物の特徴を多く持つ〈豹人〉と呼ばれる獣人種、そして人々に守護者と呼ばれている人造人間。


 鳥籠で暮らす人間たちにとって厄介なことは、他種族の多くが人間よりも遥かに数が多く、そして巨大な戦力を有していることだった。幸いなことに、今まで他種族は人間に対して無関心だった。だから廃墟で暮らす人間たちは細々とした生活を続けながら、この世界で生き残ることができた。


 他種族が人間に興味を示さない理由は分からなかったが、それがいつまでも続くとは思えなかった。


 その人造人間は基本的に人間と同様の骨格を持っていて、人と変わらない姿をしていた。そしてほとんどの個体は――この表現が正しいか分からないが、〈人工皮膚リアルスキン〉を身につけることができるのにもかかわらず、多くの場合、剥き出しの金属製骨格で活動していた。


 人造人間の身体を構成しているのは、旧文明の特殊な鋼材だった。その所為せいなのか、人造人間の持つ鈍い銀色の骨格は、恐ろしく頑丈で、それでいて軽かった。


 金属の骸骨が動いているような、そんな不思議な錯覚をさせる人造人間たちは、基本的に廃墟の街で生きる人間と敵対することはないが、だからといって油断できる相手でもなかった。


 人造人間は彼らの創造主である〈大いなる種族〉を唯一無二の神だと信じ、創造主に与えられた〝役割〟を現在も忠実に遂行していた。その役割がどんなものかは分からないが、彼らは任務の障害になる者の存在を絶対に許さない。


 人造人間の存在理由や目的は依然として不明だったが、廃墟の街で発生する脅威から人間たちを守っている人造人間もいれば、人間の生活とは関係のないことをしている人造人間も存在する。第三世代の人造人間に限って言えば、彼らは専門的な知識を必要としている旧文明の施設で現在も働いているとされていた。


 もっとも、第三世代の人造人間は他の人造人間と異なり、廃墟の街で見かけることはほとんどなかったので、どれほどの数がこの世界に存在しているのかは謎のままだった。


 その人造人間のひとりでもあるペパーミントのあとを追って、ウェンディゴの後部に回り込むと、光沢のない真っ黒なコンテナの外壁が見えてくる。滑らかな手触りの外装はひんやりした鋼材で造られていて、時折、生きているかのように鼓動し波打つのが確認できた。液体のようにも見えるが、きっと錯覚ではないのだろう。


 旧文明に使用された技術の多くは謎に満ちているので、コンテナが生きていると言われても信じてしまうかもしれない。それほど奇妙で不思議な素材が使用されていた。


 開いたままのコンテナハッチの先には、黒いもやが立ち込めていて、コンテナ内の様子を確認することはできない。が、気にせず靄のなかに入っていく。薄い膜を通り抜けるような感触のあと、不思議な空間が目の前に広がる。


 そこにはバスケットコート二面分ほどの空間が広がっていて、壁や天井は白くぼんやりとしていて、存在そのものが不確かだった。だからなのか、どこまでも広がっているような錯覚を抱くほど奇妙な空間になっていた。


 無機質な白い空間は、コンテナ内に設置された旧文明の特殊な装置で発生させた空間のゆがみを利用してつくられている。〈空間拡張〉に使用されている電源は、車両のジェネレーターと、コンテナの不思議な外装から取り込んだ大気の熱、それに日の光によってつねに確保されていた。


 その空間には物資の入った木箱や銃器が保管されている棚が並び、今回の探索に同行したテアの部隊に所属する女性たちのための寝台も置かれていた。


 壁際にはハクとカイコの変異体であるマシロのための専用スペースが用意されていた。そこには柔らかいウッドチップが敷かれていて、ハクの糸でカイコのまゆのようなふわりとした巣が作られていて寝床に使用されていた。


 ちなみにハクの寝床では、複雑に張り巡らされた糸に絡みつくように大量のガラクタが見られた。それらの品はハクが廃墟の街で拾ってきたお気に入りの〝たからもの〟で、ハクが丁寧に寝床の周囲に飾り付けたものだった。


 ハクがとくに気に入っていたガラクタは、研究施設で見つけた銅板のような綺麗な板と、大きな姿見の破片だった。ハクは寝床に向かうたびに自分自身の姿を映して、色々なポーズをとっていた。


 最近ではマシロもハクの真似をして長時間、姿見の前に座って、鏡に映る自身の姿を見つめるようになっていた。多くの場合、マシロは櫛状の長い触覚で複眼を隠していたので、居眠りをしているだけだと推測できた。


 ペパーミントはビープ音を鳴らすドローンを慎重に運びながら、黒いカーテンで仕切られた場所に向かう。そこにはペパーミントが使っていた簡易式の寝台と、作業机が置かれていて、その周囲には見慣れない装置の部品が所かまわず置かれていて、ひどく散らかっている。


 床にも複数のドローンが転がっていて、我々が姿を見せるとビープ音をしきりに鳴らして不満を示した。ペパーミントはドローンを無視して、乱雑にものが積み上げられていた作業机を片付けてスペースをつくると、そこに運んできたドローンを載せる。


「これでよし……」彼女はそう言うと、肘まで覆っていた黄色いゴム手袋を外して寝台に放り投げる。「これからセンサーを取り付ける。他の機体にも同様のセンサーを取り付けてあるから、あなたも観念しなさい」


 ドローンはカメラアイを赤く発光させて拒否を示したが、ペパーミントはそれを無視して、作業台に載せていた赤いツールボックスからグルーガンに似た装置を取り出し、機体に絡みついていたハクの糸に押し当てた。


 すると装置を押し当てた箇所を起点にして、ハクの糸が装置に吸い込まれていく。そこで取り込まれた糸は装置の持ち手についていた半透明の容器に溜まっていくのが見えた。


「あとは重力場発生装置を止めるだけね」

 ペパーミントがそう呟いてドローンに触れると、機体後部につなぎ目があらわれて、装甲が左右にスライドするように展開する。彼女は機体内部の回路基板を慎重にいじりながら、グルーガンに似た装置で機体に絡みついた糸の残りを取り除いていく。


「もう逃げられないわよ」

 重力場を利用して飛行していたドローンは、重力場を発生させることができなくなると、まばたきするようにカメラアイを発光させて途方に暮れる。


 それからペパーミントは地面に転がっていた長方形の小さな装置を手に取ると、それを機体の前面にダクトテープで雑に張り付けた。そしてツールボックスからケーブルを取り出して、それを回路基板につなげて、ケーブルの先端を伸ばしていくようにして機体前面に張り付けた装置に接続する。


「それは?」

 質問すると、ペパーミントはツナギの大きなポケットからカード型の情報端末を取り出して操作する。


「感度を高めた動体センサーと、特殊なカメラよ。これを使って研究施設内部の調査をしてもらう」


「カグヤのドローンに偵察をさせたほうが速いんじゃないか?」

「ダメよ」彼女は綺麗な黒髪を揺らす。「レイが〈ブレイン〉たちと会話したときの記録でも確認できるけど、〈ブレイン〉はそのドローンについて知っているような会話をしていた」


「ドローンに侵入されて、遠隔操作される可能性があると考えているのか?」

「そう、だからこっちのドローンを使うの」


 〈ブレイン〉はこの研究施設で保護されている異星生物で、脳に似たクラゲのような姿をした奇妙な知性体だった。


「私たちが施設に入るのは、ドローンで調査を済ませたあとがいいと思う。〈ブレイン〉たちが何を企んでいるのか分からない以上、危険は冒せない」


『たしかにペパーミントの言っていることは正しい』

 カグヤの声が内耳に聞こえる。

『それに前回、私たちがあの研究施設に入ったときには時間がなかったから、施設全体の調査をすることができなかった。〈ブレイン〉たちに会うつもりなら、ちゃんと準備はしておいたほうがいい』


「〈ブレイン〉たち以外にも、危険な生物が研究施設にいると思っているのか?」

 質問に答えたのはペパーミントだった。

「異星生物の研究所なんだから、その可能性は充分に考えられる」


「でも人間たちが施設を管理していたのは、数世紀も昔のことだ。前回の調査で生物の存在を見落としていたんじゃなくて、研究対象の生物が死んでいただけなんじゃないのか?」


「それを調査するためにも、ドローンたちを施設に送るんだよ。この装置にはね、センサーだけじゃなくて、ドローンのシステムに対して外部から攻撃があった場合、それに素早く対応するための仕掛けが施されているの」


 ペパーミントがそう言いながらドローンの装甲に取りつけた装置に触れると、地面に転がっていたドローンたちが抗議するようにビープ音を鳴らした。


「その仕掛けとは、どんなものなんだ?」

「ドローンが操られないようにシステムを瞬時に、そして完全に停止させる単純なプログラムが組み込まれているだけよ」


「ドローンが抵抗している理由が分かったよ」

 思わず苦笑すると、彼女は肩をすくめた。

「さっそく調査を始めましょう」


 彼女が手元の端末を操作すると、センサーを取り付けられた六機のドローンが重力場を発生させてその場に浮き上がる。


「カグヤ、施設の管理権限をペパーミントと共有してくれるか?」

『了解。ペパーミントと手をつないで、すぐに設定を変更するから』


「端末を介して直接操作することはできないのか?」

『ううん。管理権限に関する情報の送受信や操作は、〈接触接続〉じゃないとできない』

 素直にグローブを外すと、ペパーミントの差し出した手を握る。


『終わったよ』

 カグヤの言葉にペパーミントはうなずくと、寝台に広げていたブランケットの間からノート型の端末を取り出して作業机に載せる。それから端末を操作して、ホロスクリーンを浮かび上がらせる。ドローンから受信する映像は、すべてそこに表示されることになる。


 ドローンたちはその場から動こうとしなかったが、ペパーミントに睨まれるとビープ音を鳴らしながら、しぶしぶコンテナから出ていった。

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