第303話 調査〈研究施設〉re


 六機の攻撃支援型ドローンは、大樹のうろで作業していた機械人形の間を飛行しながら研究施設に向かう。それらのドローンからリアルタイムに受信していた映像は、ペパーミントの端末から投影されていたホロスクリーンに表示されていた。


 そのホロスクリーンは全部で六つ投影されていたが、その内のひとつが急に暗くなり、機体から発せられていた信号も動きを止めてしまう。


 暗転していた映像がまた鮮明に表示されると、ハクのパッチリした眼がスクリーンに大きく映し出される。どうやら研究施設に向かって飛行していたドローンはハクに捕まってしまったらしい。ドローンはビープ音を鳴らしてハクを非難すると、長い脚の間から抜け出して飛んでいく。


 ペパーミントのためにイスを用意したあと、雑多な物で散らかっていた作業机のそばに置かれていたコンテナボックスに座る。


「ありがとう、レイ」

 ペパーミントはイスに腰掛けたあと手元の端末を操作する。

「研究施設の隔壁を解放するね」


 研究施設内の映像を表示するための別のホロスクリーンが空中に浮かび上がると、施設内に照明が灯っていく様子が見えた。その明るく清潔な廊下が眺めながら異常がないか確認したが、前回の探索から大きな変化は感じられなかった。


 まるで鏡のように周囲の景色が映り込む白色の滑らかな床には、新調したばかりに見える深緑色の絨毯が敷かれていて、掃除ロボットが働いているのが見えた。


 壁の低い位置には間接照明が設置されていて、ホログラムを投影する小さな装置が等間隔に設置されている。そのホログラム投影装置は警告表示や施設の案内図を表示するためだけでなく、目的の場所に素早く移動できるように案内標識を表示するためにも使用されていたようだ。


 施設を閉鎖していた隔壁が左右にスライドしながら開くと、施設内に侵入するドローンの姿が確認できた。五機のドローンはビープ音を鳴らすと、遅れてやってきた一機のドローンを先頭にしながら人気ひとけのない廊下を進んでいく。


「施設を閉鎖するね」

 ペパーミントの言葉のあと、隔壁がゆっくりと閉じていく。システムによって施設の閉鎖が確認されたからなのか、施設内の照明が落とされて、廊下は間接照明と避難誘導灯の明かりだけになる。廊下が暗くなるとドローンたちは不満を漏らすように騒がしくビープ音を鳴らす。


『異常は無いみたいだね』カグヤの声が内耳に聞こえる。

『通信状態も良好だし、施設の管理システムも私たちの管理下にある。ドローンたちにはセンサーを使用してもらいながら、施設内の安全性と情報を徹底的に収集してもらおう』


「そうね」ペパーミントは端末を操作しながらうなずく。

「作業効率を上げるためにも、手分けして施設を探索してもらいましょう」


 ドローンたちは避難階段に向かうと、それぞれがひとつの階層に向かって飛んで行き、施設内の探索を始めた。ドローンたちの視界から受信する映像を表示していたホロスクリーンの横には、更新され詳細になっていく施設の地図が表示されていた。


 最先端の研究設備が導入されている実験室がいくつも見られ、すべての階層に研究員のための休憩室や娯楽室、それに仮眠室まで備えられていることが分かった。守衛室が設けられている階層も同様で、労働環境を良くするための工夫が施設の至るところで確認できた。


 ドローンは各種センサーを起動させ、講義室や事務室、それに会議室を見て回り、それぞれの階層にあるトイレやシャワールームに至るまで念入りに調査していく。


 やがてドローンが厳重に封鎖された隔壁の前で動きを止めるのが見えた。

「待って」ペパーミントが言う。

「その先は機械人形たちの待機室になっているから、単機での捜索はしないで」


 ドローンはビープ音を鳴らすと、素直にその場で待機する。

「機械人形……もしかして、警備用の〈アサルトロイド〉のことか?」


 そうたずねると、ペパーミントは顔をあげて青い瞳で私を見つめる。

「そう。施設の管理システムは私たちの管理下にあるけど、機械人形の制御システムに手を加えて直接操作することは不可能じゃない」


「〈ブレイン〉たちの管理下にある機械人形が潜んでいる可能性を疑っているのか?」

 彼女は肩をすくめる。

「警戒しても損はないでしょ?」


 他の階層を探索していたドローンたちが待機室の前に集まってくると、〈レーザーガン〉を起動して、不測の事態に即座に対応できるように射撃の準備を行う。


 空気の抜ける音のあと隔壁の隙間から白い煙が噴き出し、アニメ調にデフォルメされた機械人形のホログラムが警告表示と一緒に投影される。


「この先は制限区域で、関係者以外立ち入り禁止か……」警告を読みながら言う。「ずいぶんと厳重に管理されている場所みたいだな」


「部屋の中を見れば、警告の理由も分かると思う」

 ペパーミントの遠隔操作によって二重の隔壁が完全に開くと、薄暗い部屋の向こうに赤く明滅するカメラアイが無数確認できた。それらの単眼は部屋を覗き込むドローンにじっと向けられている。


「アサルトロイドに攻撃の意思はないみたいだね」

 青白い照明によって部屋が一気に明るくなり、充電設備に固定された〈アサルトロイド〉の姿がハッキリと確認できるようになる。


 それでも部屋に入って行こうとしないドローンたちに理由を訊ねると、一機のドローンが他の機体から押されるようにして部屋に入っていくのが見えた。


 女性を思わせる優美なフォルムを持つ黒鉄色の機械人形が、ホロスクリーンに大きく映し出される。それらの人型機体は戦闘を主目的に開発されていて、戦闘能力が非常に高く、旧文明の施設や軍事基地を警備するために使われていた。


「機体の数が多いな……」

 そうつぶやくと、ペパーミントが反応する。

「この部屋には全部で二十体のアサルトロイドがいて、緊急事態に備えて待機している」


 彼女の言葉のあと、廊下で待機していた残りのドローンも部屋の中に入って調査を始める。起立の姿勢で整列していた〈アサルトロイド〉の間をゆっくり飛行していく。異常なほど綺麗に、そして神経質に束ねられたケーブルが充電設備から床下に向かって伸びているのを見ながらペパーミントに質問した。


「他の階にも、同じような部屋があるのか?」

「もちろん。管理システムによると、試験場や異星生物を使った実験が行われていた階層には、警備のための機械人形が多く配置されているみたい」


「ある程度の危険を承知の上で、旧文明の不死者たちは研究施設を維持していたという訳か……」

「それだけじゃないみたい。これを見て」


 アサルトロイドの装備が拡大表示され、マニピュレーターアームのちょうど前腕辺りに〈レーザーガン〉が組み込まれているのが見えた。それは高出力の熱線を連続して発射できるように改良されていて、強力な殺傷兵器になっていた。


 思わず顔をしかめながら質問する。

「研究施設で運用していた機体のすべてが、暴徒鎮圧用の装備じゃなくて、軍用規格の装備で武装しているのか?」


「この研究施設は企業が所有していたけれど、政府の管理下にも置かれていたんだと思う」


『私もそう思う』とカグヤがペパーミントに同意する。

『〈データベース〉によって厳重に管理されていた社会で、これだけの数の軍用装備を一企業に横流しするのは限りなく不可能に近い。だから政府がこの施設で行われていた研究に深く関わっていたことは、まず間違いない』


「政府によって管理されていた研究施設なら、〈ブレイン〉たちが隔離管理されていたことも納得できるな……」


 ドローンから受信していた映像に視線を向けると、装置に固定されていた機械人形の一体が充電設備を離れて、ドローンに〈レーザーガン〉を向けるのが見えた。


「たいへん!」

 ペパーミントが端末を操作すると、青白い電光を帯びた電磁波がドローンを起点にして放射状に広がっていくのが見えた。


 それは射撃を行う寸前だった〈アサルトロイド〉にギリギリ届いて、間一髪のところで機械人形の動きを停止させた。〈アサルトロイド〉に攻撃を受けそうになったドローンは何が起きたのか理解していないのか、困ったようにビープ音を鳴らした。


「何をしたんだ?」

 ペパーミントはホッと息をつきながら言う。

「アサルトロイドを制御している回路に強力な電磁波をあてて、機能の一部に誤作動が起きるように誘発させた」


「誤作動? アサルトロイドは停止しているように見えるけど?」


「システムに生じる混乱と負荷を利用して、機体の制御機能を完全に停止させたの。効果が発揮されるのは短時間だけど、その間に機体の制御権を奪取することはできる」


 ペパーミントが言うように、管理システムの支配下に戻った〈アサルトロイド〉は姿勢を正すと、所定の位置に戻っていく。


「電磁波を発生させる装置なんて、いつドローンに仕込んだんだ?」

 そう訊ねると、ペパーミントはいたずらを成功させた子どものように無邪気な笑みを浮かべる。


「センサーと一緒に組み込んでおいたの。でも軍用規格の機械人形に通用するものでなければいけなかったから、電力の消費が馬鹿にならない。だから使用回数は制限されている」


「機体に搭載されている〈小型核融合電池〉を使用しているのか?」

「そう。だから使用は三回が限度かな、でもドローンは六機あるから充分に不測の事態に対応できると思う」


「装置は自作したのか?」

「ええ、そうね。市場には絶対に出回らない種類の装置だから。でもね、完璧な装置じゃない。近くに他のドローンがいるときは使用を極力避けたほうがいいし、電磁波を発生させる範囲も狭い」


「それでもすごいと思うよ」と素直に感心しながら言う。「さすがだな、ペパーミント」


「ありがとう」

 ペパーミントは嬉しそうに微笑む。


「それで、あの機械人形には何が起きていたんだと思う?」

 質問に答えたのはカグヤだった。

『私たちが施設にやってくるずっと以前から、管理システムの支配下から外されていた機体だと思う』


「やっぱりそれは〈ブレイン〉たちの仕業なのか?」

『施設で働いていた研究員が施設のシステムに不正に侵入して、管理システムを自由に操作できるとは考えられない。だから〈ブレイン〉の仕業だと思う』


「研究員たちがシステムを操作できない根拠は?」

 率直な疑問を口にする。


『施設で働く研究員たちが〈データベース〉によって厳重に管理されていたからだよ。政府の仕事で、尚且つ異界やら異星生物の研究もしていたんだよ。政府が機密情報を扱う研究員たちの管理を御座なりにするとは思えない』


「それもそうだな」同意してから訊ねた。

「他にも怪しい機体は確認できるか?」


「今のところは確認できない」ペパーミントが端末を操作すると、部屋の詳細な情報が記載された地図が拡大表示される。


『たしかに問題はないみたいだね。それなら捜索の続きをさせよう』

 カグヤの言葉のあとドローンたちが部屋を出ていくのが見えた。〈アサルトロイド〉が待機していた部屋は閉鎖されることになるが、施設に異常が起きたときには開放されるように設定されていた。


「なぁ、カグヤ。あの機械人形を起動して施設の調査を手伝わせないのには、何か理由があるのか?」


『〈ブレイン〉たちの脅威がなくなるまで、機械人形は起動させないほうがいいと思ってるからだよ』


「これだけ調べても、まだ機械人形を使った反乱の可能性があると?」

『相手は、あの〈ブレイン〉だからね。すべてを疑ったほうがいい』


「レイ」ナミの声がカーテン越しに聞こえる。「少しいいか?」

「ああ、入ってくれても構わないよ」


 ナミがカーテン引いて姿を見せる。

「邪魔したか?」ナミは私に撫子色の瞳を向ける。


「いや、問題ないよ。調査は順調に進んでいる」

「調査?」ナミはホロスクリーンを見て、それから納得してうなずいた。


「それで、どうしたんだ?」

小鬼サルの群れを見つけた」


 ナミの言葉のあと、すぐに上空にいる〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認する。サルの変異体にも見えるおぞましい生物は、〈混沌の領域〉からやってきた生物で、黒茶色の汚れた毛皮に、青色の皮膚をした特徴的な頭部を持っていた。カラスから受信する映像には、たしかにその小鬼たちが映っていたが、そのほとんどはすでに死んでいた。


「接近する小鬼たちにはすぐに対処したから、大きな被害もなく撃退できたんだけど、すぐ近くに小規模な繁殖地があるみたいなんだ」


『殲滅に向かいたいってこと?』

 カグヤがそう訊ねると、ナミはうなずいた。

「テアたちの部隊の準備もできてるし、攻め込むなら小鬼が混乱している今がいいと思うんだ」


「そうね」とペパーミントはうなずく。

「近くに小鬼の巣があるなら、放置するのはあまりにも危険だし、対処できるなら早く処理したほうがいい」


「そうだな」と彼女の言葉に答える。

「でも想定していたよりも規模の大きな繁殖地なら、すぐに撤退してくれ」


「任せてくれ」

 ナミが笑顔を見せて出ていったあと、研究施設の調査を続けることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る