第297話 閃光〈爆撃〉re


 強風に煽られながら浮遊する浄水施設の縁に立つ。眼下に広がるのは、日の光を反射して輝く紺色の海と、高層建築群が林立する謎の人工島だった。


「カグヤ、なんとかできないのか?」

『さっきから管理システムに接続しようとしているけど、何かに邪魔をされていて、システムに侵入できない』


 カグヤの言葉のあと、拡張現実で表示されていたインターフェースに浄水施設の詳細な飛行経路が表示される。どうやら砂漠地帯の上空を通過するようだったが、墜落予想地点は、工場地帯を越えた先にある海を示していた。


「埋め立て地を越えて海に向かうつもりか……」

 私の様子が心配になったのか、ミスズとナミも施設の縁に立った。


「施設の進路を変更できないなら――」と、ナミが言う。

「破壊して強引に墜落させることはできないのか?」


 彼女の言葉に同意するように、ミスズもうなずいた。

「そうですね。砂漠地帯の上空なら施設の残骸は、あの異質な空間に落下するはずです。それなら廃墟の街に点在する鳥籠が被害を受ける心配をしないで済みます」


「どうだろうな」私はそう言うと、足先でトントンと床を叩いた。

「この施設は異常なほど頑丈なんだ。それを破壊することのできる兵器を俺たちは持ち合わせていない」


 ミスズは綺麗な眉を八の字にすると、何か方法がないか一生懸命に考える。そのミスズが強風に煽られて施設から落下してしまわないように、ナミは彼女の腰に手を回していた。


『レイラさま』ウミの凛とした声が内耳に聞こえた。

『ひとつ提案してもよろしいでしょうか?』


 拠点にいるウミからの通信に驚いたが、すぐに返事をする。

「もちろんだ、なんでも言ってくれ」


『カグヤさまを介して、そちらの状況は確認しています』

「ずっと見ていたのか?」


『暇でしたので』

 ウミは素っ気無く言う。本当は心配でずっと様子を見守っていたのかもしれない。


「そうか」思わず苦笑する。

「それで、ウミの提案は?」


『ウェンディゴの機能を使って、旧文明の浮遊施設に爆撃を行います』

 空に視線を向けて爆撃機の姿を探したが、施設から発生している蒸気によって視界が悪く、爆撃機の姿を見つけることはできなかった。


「その攻撃で施設を破壊することはできるのか?」

 質問しながらミスズとナミの手を取ると、輸送機のコンテナに戻る。


『そちらに派遣した爆撃機に搭載された兵器では、おそらく施設を完全に破壊することは叶わないでしょう。しかし施設にできた損傷個所に向かって再び爆弾を投下し、施設内部で大規模な爆発を誘発することができれば、内側から建造物を崩壊させることができるかもしれません』


「その爆撃機は、すでにこっちに向かって来ているのか……」

 ウミは提案だと言っていたが、それは決定事項だったようだ。

「それで、その損傷個所って言うのは?」


 ミスズとナミを座らせると、ひとりでコンテナ後部に戻り、開いたハッチから施設の表面を覆う不思議な鋼材を眺める。


『レイラさまが所持している兵器を使用して、施設の一部に穴を開けます』

「〈重力子弾〉を使うんだな」


『そうです』

「カグヤ、攻撃は成功すると思うか?」


『爆撃機から投下された爆弾の正確な誘導は、私の操作するドローンでも可能だから、攻撃は成功すると思う。問題があるとすれば、その攻撃で施設を破壊できる確証がないってことだけ』


「それだけ頑丈な施設なんだな……」

『でも――』とカグヤは続けた。『施設を浮遊させている動力部の破壊に成功すれば、ウミの言ったように、この施設を墜落させることはできるかもしれない』


「それなら試してみる価値はあるんだな?」

『うん。でも施設が砂漠地帯の上空にいられる時間は限られているから、攻撃のタイミングが重要になる』


「難しいのか?」

『難しくはない。面倒なだけ』


「そうだな」と、カグヤの言葉に苦笑する。「たしかに面倒そうだ」


 ミスズとナミ、それに横になって身体からだを休めていたノイに現在の状況説明をして、これから行う攻撃について話した。それからミスズに輸送機の操縦を頼むと、後部ハッチの縁に立って周囲の景色を眺める。


『ねぇ、レイ』カグヤが言う。

「どうしたんだ?」


『旧文明期以前に、横浜を……と言うより、神奈川県全域を襲った地震についての記録が残ってるんだけど、その記録を確認したことがある?』


 カグヤの言葉に驚いて、それから頭を横に振った。

「いや、確認したことはなかったよ」


『そのときに発生した津波の被害を教訓にして、旧文明期に埋め立てられた区画の沖合に、巨大な防波堤が備えられたんだ』


「そんなものがあるのか……全然、知らなかったよ」

『防波堤は東京湾を行きかう船の邪魔にならないように、普段は海底深くに格納されているからね、普通は目にすることがない』


「邪魔になる……?」と首をかしげる。

「そんなに大きなモノが海の底に沈んでいるのか?」


『十五メートルの津波を想定したものだからね』

「なら、もはや巨大な壁だな。その防波堤がどうしたんだ?」


『いざとなれば、その防波堤にこの建造物を衝突させてでも、沖合に出ることを阻止しなければいけなくなると思ってる』


 ミスズの操縦によって輸送機が高度を上げて、浄水施設の進路に向かって先回りするように飛行していくのを見ながらく。


「その防波堤の使用には、制限があるんじゃないのか?」

『うん。都市の管理システムに接続しなければいけない』


「システムに侵入することはできるのか?」

『ううん、侵入できる可能性は極めて低い。だからこそ、この攻撃を絶対に成功させなければいけないと思ってる』


 カグヤの言葉にうなずいて、それから浮遊する正十二面体の巨大な浄水施設に視線を向ける。それはいくつものユニットが接合している複合体で、高層建築群に衝突してできたと思われる損傷はどこにも見られなかった。


『臨界事故を引き起こすような事態は避けたいから、建造物の動力炉……つまり、原子炉に直接被害が出ないように努力はするつもり。だけど、どんなに頑張っても避けられないこともある。だから相当な被害を覚悟しなければいけない』


「砂漠地帯に落とせなければ、俺たちの拠点にも被害が及ぶかもしれないか……」

『うん。それでもやるんだよね?』


「溜池の底にいる〈色彩〉が何をしたのか、カグヤも見ただろ。あれが海に落ちて自由を手に入れたら、多くの生物が被害に遭うかもしれない」


『でも、そうはならないのかもしれない』

「信じてくれ、カグヤ。説明は難しいけど、あの〈色彩〉を放っておけば、この星の生物は絶滅するかもしれない。あれはそういう種類のものなんだ」


『種類って……?』


「〈混沌の領域〉と同じだ。あれは俺たちの現実を歪めていく。幸いなことに、横浜の中華街を中心にして広がる異質な砂漠地帯に生物はほとんど存在しない。あの〈色彩〉を封じ込める方法があるとすれば、それは生命の存在しない砂漠に施設を墜落させることなんだ」


『信じるよ』とカグヤは言う。

『だからこそ私は願うんだよ。この作戦が成功することを』


「ありがとう」

 そう言うと太腿のホルスターからハンドガンを引き抜き、元々使用していなかった空の弾倉を抜いて、それから紺色の弾倉を取り出して装填する。


 弾倉が軍の規格に合わないものだと知らせる警告が視界内に表示されたが、それらの警告表示を素早く消すと、ハンドガンの形状変化に関する項目を確認する。選択肢のいくつかは旧文明の機密情報と同様の扱いをされていて内容の確認はできないようになっていた。その中から狙撃形態を選択して、インターフェースに表示されていた設定画面を消した。


『爆撃までの予測時間を表示するね』

 カグヤの言葉のあと、視界の隅にタイマーが表示される。

『廃墟の街への被害を最小限にするため、狙撃は砂漠地帯に入る寸前に行うようにする』


「了解」

 タイマーはミスズとナミの端末にも送信され、攻撃のさいに発生する衝撃に備えさせる。念のためにノイの身体がベルトでしっかりとシートに固定されているか確認して、それから後部ハッチのそばで腹這いになり、浄水施設に向かってハンドガンを構えた。


 ハンドガンのスライドが十字に展開すると、スライド表面に紺色の液体がぷつりと次々と浮かんでいくのが見えた。やがてそれは粘度の高い液体となって漏れ出して、銃身を包み込んでいく。その液体はハンドガンを握っていた私の手も一緒に包み込んでいき、手を固定し、ハンドガンから離れないようにしていく。


 粘度の高い液体は固まりながら、徐々にハンドガンの形状を変化させていき、従来の狙撃銃が持つ形状とは異なる長方形の角筒へと変化させていった。その兵器のグリップは筒と一体型で、射撃のさいには筒の内部に手が隠れるようになっていた。


 日の光を一切反射することのない漆黒の銃身は、その外見からは想像もできないほど軽かった。ハンドガンの形状を変化させるために使用した弾倉のほうが、よほど重たく感じられたくらいだ。


 射撃のさいに照準がブレないように兵器の周囲に重力場が展開され、兵器の重さすら制御されていた。その細長い銃身を僅かにずらして、浮遊する施設に視線を向ける。


 ちなみに銃身は、コンテナハッチの出入り口に展開されているシールドの薄膜の向こうに突き出すようにしていた。射撃のさいに発生する衝撃波を緩和することが目的だったが、上手く機能してくれるのかは分からなかった。


 狙撃形態のハンドガンから受信し、網膜に投射されている映像で正多面体の浄水施設を確認する。狙撃形態の兵器には特殊な照準器が搭載されていて、視界情報が強化される。その原理は分からなかったが、視野は一気に広がり、それと同時に解像度が高められる。


『レイ』カグヤが言う。

『ウミが派遣した爆撃機の接近を確認した』


 日の光を屈折させながら、凄まじい速度で飛行する半透明の物体が強化された視界に小さく映し出された。それは水平尾翼と垂直尾翼のない、全翼機と呼ばれる特徴的な形状をした機体で、周囲の色相をスキャンし、取り込んだ映像を装甲の表層に表示する〈環境追従型迷彩〉を搭載した爆撃機でもあった。


 しかし狙撃銃の照準器で強化されていた私の視界には、機体の輪郭線がハッキリと浮かび上がっていて、翼を広げたフクロウの羽にも似た機体のフラップがピアニストの指先のように、しなやかなに動いていることも確認できた。それは人工筋肉によって動作する翼だからこそできる動きなのかもしれない。


 その爆撃機の拡大映像を視界の隅に移動させると、兵器の銃身、角筒の前方下部にそっと左手を添える。カグヤが建造物の動力炉に合わせて、最適な射撃位置を視界の先に表示すると、銃身の動きに合わせて僅かに身体を動かして、ターゲットマークに照準を合わせた。


 すると兵器の銃身、角筒の側面から粘度の高い液体が染み出して、棘のような太い突起物に変形しながらコンテナの床面に突き刺さりまたたく間に固まっていく。それは安定した射撃を可能にし、尚且つ射撃のさいに発生する強力な反動に対応するための即席の銃架でもあった。


 引き金に指をかけると、兵器の銃身、なんの特徴もない長方形の角筒に幾何学的な青白い光が発生し、銃身の先端に向かって流れていく。その光に沿うように細長い銃身が分解され、複数のパーツにわかれて空中に浮かび上がるのが見えた。


 それらのパーツは互いの重力場に干渉し、銃身内部から発せられる電光でつながり、一定の距離を保ったまま浮遊していた。開いた銃身内部には、プラズマ状のエネルギー体が鈍い光を放って浮かんでいたが、次第にすべての色を吸収し閉じ込めたかのような漆黒の小さな球体に変わりながら状態を安定させていく。


 視界の隅に表示されていたタイマーを再度確認して、それから正多面体の施設に目を向けた。


『レイ。心の準備はできた?』

 カグヤの声にうなずいたあと、そっと引き金を引いた。


 閃光を認識したときには、すでに狙撃目標地点には巨大な空洞ができていて、その穴の周囲は赤熱しけだしていた。建造物を破壊した光弾も水平線の向こうに消えていて、どうなったのかを確認することはできなかった。


 閃光のあと、射撃のさいに発生した反動と強い衝撃、そして空気をつんざく射撃音が轟いた。その衝撃は重力場を発生させて飛行していた輸送機にも影響し、機体はバランスを崩し大きく揺れた。けれどコンテナ内で生じた衝撃波の被害は驚くほど少なかった。想定した通りにシールドが機能してくれたのだろう。


 そして破壊された施設の穴に向かって進むミサイルの影が、まばたきの間に見えたような気がした。凄まじい速度で飛行する爆撃機が発生させた衝撃波と轟音がやってくる前に、正多面体の施設内部で強烈な閃光が生じる。膨張する閃光の球体は、凄まじい高熱と衝撃波を発生させて、周囲にあるすべてを呑み込み破壊し焼き尽くしていった。


 それが爆撃機の攻撃によるものなのか、あるいは動力炉で不測の事態が起きた結果だったのかは分からない。いずれにせよ、強烈な閃光が施設内部でもう一度発生すると、輸送機は衝撃波が生み出した混沌の渦に巻き込まれ、制御を失ってしまう。

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