第293話 施設中枢 re
三機の攻撃支援型ドローンから放たれた高出力のレーザーは、マスクに搭載された視覚センサーの光量補正が追いつかないほど強烈な閃光を発した。しかし植物に
「カグヤ!」後退しながら声を上げる。
「敵の足を潰させるんだ!」
『了解!』
ドローンが我々の前に飛び出ると、奇妙な機械人形に向かってレーザーを横薙ぎに放ち、接近していた機体の脚部を切断する。
機械人形が大きな音を立てながら床に倒れると、機体に絡みついていた植物の根が燃えていくのが見えた。しかしそれでも、橙色のノウゼンカズラを大量に咲かせた腕を動かしながら、我々に向かって
太腿のホルスターからハンドガンを抜くと、機械人形に銃口を向けて引き金を引いた。発射された特殊な弾丸は機械人形の眼前で炸裂し、金属製の細いワイヤロープが飛び出す。それは機械人形の上半身に覆い被さり、身動きできないように機体を床に縛り付ける。
機械人形の動きは完全に封じ込めたが、細い金属ネットの隙間からツル植物の茎が伸びて――まるで植物の成長を倍速で見ているかのように成長し、ワイヤロープに絡みついていくのが見えた。
鉈を手にしたナミが機械人形に近づきながら言う。
「一体これはなんなんだ?」
質問に答えたいのはミスズだった。
「わかりませんが、機械人形も変でした。最初から起動していないようでした」
『たしかに頭部に備え付けられていたセンサーも機能していなかったし、機体はつめたく熱を発している様子もなかった』とカグヤが言う。『でも、よく気がついたね』
「いえ、偶然です……」
ミスズは謙遜していたが、つねに注意深く敵を観察しているから分かったのだろう。
『この〈アサルトロイド〉は起動していなかったけど、それでも動いていた……』
カグヤの指示でナミは植物の根を切断して、それを照明に透かしてじっと見つめる。すると切断面から見る見るうちに枯れていき、灰色の塵に変化し散っていくのが見えた。そのさい、奇妙な色彩を放つ気体が霧散していく様子が確認できた。
「つまり……」ナミは撫子色の瞳を私に向けながら言った。
「この奇妙な植物が、無理やり機械を動かしていったってことなのか?」
「ああ、その可能性はある。それに、他にも影響していたモノがある」
「他にもって――」
「レイラさん!」
ノイがライフルを構えながら声を上げる。
「敵が来ます!」
フルオートで撃ち出された銃弾は植物に覆われた機械人形の脚部を破壊すると、装甲の一部や部品を辺りにバラ撒いていく。しかしそれでも機械人形の進行は止まらない。
「それなら」と、ノイは素早くライフルの弾薬を切り替え、火炎放射で機械人形に絡みついた植物を焼き払っていく。けれど完全に燃え尽きる前に、植物の根がムチのように伸びて、ノイを攻撃するように凄まじい速度で振るわれる。彼は間一髪のところで植物からの攻撃を避けると、〈ショット弾〉で機械人形を吹き飛ばした。
「まだ来ます!」
ミスズとナミも植物が絡みつく機械人形に対して
階段から転げ落ちてきた奇妙な機械人形が、胴体から無数のツルを伸ばし、それを脚のように使いながら我々のもとに駆けてくるのが見えた。ナミは〈高周波振動発生装置〉を備えた鉈を構えると、異形の敵を迎え撃つ。
すぐに
植物に埋もれた地面から次々にあらわれるサボテンに似た何かを火炎放射で焼き払うと、周囲の動きに警戒しながら拡張現実で表示されていた施設の
『エラーが表示されていて、マップでも確認できなくなっている区画が怪しい』
カグヤはそう言うと、いくつかの区画を赤い線で縁取り誇張表示していく。
『施設の異常な状態を引き起こした〝何か〟が、そこで見つかる可能性がある』
「それなら、まずは施設の中枢に向かうか……」
前方に視線を向けたときだった。天井のパネルが崩壊して機械人形が落下してくるのが見えた。その植物に絡みつかれた機体は、すぐ近くにいたナミに襲いかかろうとする。
彼女の手を引っ張るようにして機械人形からの攻撃を間一髪のところで避けると、異様な植物が絡みつく機体に向かって銃弾を撃ち込む。金属製の網で機械人形の動きが止まると、弾薬を火炎放射に切り替えて植物を焼いていく。
「このままじゃ埒が明かないな……」
ナミが怪我をしていないか確認したあと、地図を見ながら言う。
「邪魔な機械人形だけを相手にしながら前進しよう」
「了解!」
ノイは〈ショット弾〉で数体の機械人形を吹き飛ばしていくと、移動のための道を確保していく。
攻撃支援型ドローンにも掩護させながら、我々は複雑に入り組んだ通路を早足で進んでいく。ハシゴを上がり、金色の管が幾つも設置された廊下を進み、極彩色のアサガオが乱れ咲く階段を下っていく。
先行していたナミが足を止める。
「あれは人擬きなのか?」
通路の先、壁の低い所に設置された排気口から、植物に覆われた人擬きが内臓を引き
「川の水と一緒に人擬きも汲み上げていたのか?」
ノイは不快感に眉を寄せると、人擬きの頭部に銃弾を叩きこむ。
吹き抜け構造になっていた広大な空間に出ると、天井パネルの間から柿色のツタが垂れ下がっているのが見えた。そのツタにはバッタに似た三十センチほどの昆虫が潜んでいて、我々の姿を見つけると同時に飛び掛かってきた。
すぐに応戦したおかげで昆虫の多くは吹き抜けになっている大きな穴に落下していったが、それでも十数匹のバッタが通路に着地し、大顎を鳴らしながら我々に向かってきた。
「燃やします!」
ミスズは接近する錆色の昆虫を火炎放射で次々と焼き払っていく。炎に呑まれた昆虫の多くは通路の柵を越えて吹き抜けになっている穴に落下し、その途中にある構造体の鉄骨やパネルに衝突して破裂していった。
別の通路に入ると、枯れて散っていった植物がつくりあげた砂塵の上を歩いた。
「水の流れる音が聞こえます」
ミスズの言葉に反応した三機のドローンが近くまで飛んでくると、二十メートルほどの高さにある天井に向かって一気に飛び上がっていく。
ドローンの視界から受信した映像を拡張現実のスクリーンに表示すると、天井付近の壁に設置されていた無数のガラス管の中を、透明な液体が流れていく様子が確認できた。
『処理されて綺麗になった水が管のなかを流れているみたいだね』カグヤが言う。
「そのガラス管をたどって進めば、装置の中枢に行けるかもしれないな」
私はそう言うと、地図に表示されていなかった区画とガラス管の位置を確認する。
旧文明の施設特有の清潔な廊下には黒々とした塵埃が積もっていて、ひどく歩きにくかった。壁に絡みついていた植物が枯れて塵になったのだと推測できたが、どれほどの期間でそれが行われたのかは見当もつかなかった。
隕石の衝突が原因なのか、それともずっと以前からこの場所に自生していた植物に異常が起きているのか、それは判断できなかった。そもそも施設に植物が
ふいに〝色彩〟としか表現できない気体のようなものが目の前を横切ると、部屋の前で霧散していくのが見えた。
思わず立ち止まると、ノイがとなりにやってくる。
「どうしたんすか?」
「今の見えたか?」
「いえ」ノイは困惑したような表情を見せる。
「とくに何も見えませんでしたね」
部屋に続く気密ハッチの前に立つと、壁に収納されていた操作パネルがあらわれる。カグヤのドローンがケーブルを伸ばして差込口に接続すると、気密ハッチの上部に警告を示す赤いホログラムが出現するのが見えた。
すると、上方に向かって開こうとしていたハッチの隙間から植物の根が伸びてきて、ナミの足に絡みつく。その太い根は信じられない力でナミを部屋の中に引き摺り込もうとする。
一瞬見えた部屋のなかには、壁や天井を埋め尽くすクローバーの花が咲いていて、カマキリに似た単眼の昆虫がうじゃうじゃ徘徊していた。ミスズは腰に差したナイフを素早く抜くと、ナミの足に巻き付いていた根を切断し、ナミのことを素早く抱き起こした。
カグヤもすぐに反応して、操作パネルの設定を変更して気密ハッチを閉じた。そのすぐあとだった。何かとてつもなく重量のあるものがハッチに衝突する鈍い音が聞こえた。
「助かったよ、ミスズ」ナミが困惑の表情を浮かべながら言う。
彼女は奇妙な植物の動きに驚いているのだろう。けれどそれは仕方ないことだった。誰だってあんなものを見せられたら困惑せずにはいられない。
ミスズはナミが怪我していないか確かめながら言った。
「怪我はしていませんか?」
彼女が笑みを浮かべてうなずくと、ミスズはホッとして息をつく。
ナミがしっかり立っているのを確認したあと、カグヤに
「中枢に向かうための道は他にありそうか?」
『ううん。いくつかの配管が通路の先に向かって伸びているけど、人間が通れる幅はないよ』
「なら、この部屋にいる変異体に対処しないとダメか……」
私はそう言うと、絶えず何かが衝突している気密ハッチに目を向けた。
『でも部屋は植物やら奇妙な昆虫で溢れかえっている』
「火炎放射ですべて焼き尽くすのはどうだ?」
『施設の警備システムが機能していないから、ここで派手に暴れても大丈夫だと思うけど、火災に反応してシステムが起動したら、大変なことになる』
「警備用の機械人形を派遣される可能性があるってことか……」
『でもそれは、もしもの話だよ。私はその可能性はないと思ってる。これだけ異常なことが施設で発生しているのに、警備システムは沈黙したままだし』
「システムも隕石の衝突でおかしくなっているのかもしれないな」
「あの……」とミスズが言う。「私にやらせてくれませんか?」
ミスズが白を基調としたハンドガンを抜くのを見て、その兵器で利用できる特殊な攻撃手段のことを思い出した。
「カグヤ、ハッチをほんの少しだけ開くことはできるか?」
『できるよ』
私の思考電位を拾い上げて意図を察したのか、カグヤはすぐに気密ハッチを開いて、髪の毛一本分ほどの隙間をつくる。我々がマスクの状態を確認して気密ハッチから離れると、ミスズはハッチの隙間にハンドガンの銃口を向けた。
するとハンドガンの形状が変化していくのが見えた。十字に開いた銃身から群青色の液体がプツリと染み出して、空中に向かって浮かび上がっていく。ソレはしばらく空中に漂っていたが、やがて重力に反応するようにして地面に落下していった。
しかしその液体は地面につく前に
「レイラさん」と、となりに立っていたノイが言う。
「あの煙みたいなものは何です?」
「詳細は分からないけど、化学兵器みたいなものだ」
「強力な毒ガスってことですか?」
「ああ、人擬きも殺せる強力なやつだ」
「うへぇ」ノイは顔をしかめた。「結構えぐい兵器なんすね」
「そうだな」思わず苦笑する。
カグヤが気密ハッチを閉じると、我々は毒ガスが部屋全体に行き渡るまでの間、ハッチの前で待機することにした。
「あの奇妙な植物にも、毒ガスは効果を発揮できると思うか?」
地図を確認しながらカグヤに訊ねる。
彼女はしばらく唸って、それから言った。
『難しい質問だね。昆虫たちは処理できると思うけど、奇妙な植物は分からない。あの植物も有毒ガスを周囲に撒き散らしているくらいだし……でも、ミスズの使った毒ガスは特殊だから、植物を枯らせる可能性は充分にある』
「あの毒ガスの何がそんなに特別なんです?」ノイが質問する。
「いや、すごいってことは分かりますよ。生き物みたいにうねうね動いてたし……」
『あのガスにはね』カグヤが言う。
『細胞を徹底的に破壊する特殊なナノマシンが含まれているんだ』
「でも煙みたいなものでしたよ」
『正確な大きさは分からないけど、ウィルスくらいに小さなナノマシンが数え切れないくらい含まれていて、生物を体内から徹底的に破壊するんだ。もちろん、電子顕微鏡でも使わなきゃ目に見えないけどね』
「それってかなりヤバいっすね」
『うん、かなりヤバい』
「なら安心できそうっすね」
しばらくすると、我々は敵の攻撃に備え、警戒しながら気密ハッチを開いた。するとサラサラとした砂塵が通路に流れてくるのが見えた。
「全滅したみたいですね」
「お手柄だな」
ナミの言葉に、ミスズはちょっと照れくさそうな笑みを浮かべた。
我々は灰色の塵で埋め尽くされた部屋に入っていく。天井や壁に張り付いていた奇妙な植物や昆虫の姿は何処にもなかった。部屋の中に入って手当たり次第にスキャンしていたカグヤが言う。
『ひどい有様だけど、どうやらここが私たちの目的の場所だったみたい』
装置から浮かび上がるホログラムの計器を見ながらカグヤに訊ねる。
「ここにある機器の多くは、浄水施設を動かすための装置なのか?」
『うん。それでね、施設の自己診断プログラムを起動して、施設全体の状況を確認してみたけど、問題を排除しなければ施設を正常な状態に戻せないみたい』
「問題っていうのは?」
『たぶんだけど――』
カグヤは施設全体の地図を壁に設置された立体スクリーンに表示する。
『隕石の衝突で、浄水タンクに異物が紛れ込んだ。それが原因で施設全体に悪い影響を与えている』
「悪い影響?」
『これを見て』
巨大な池にも見えるタンクがスクリーンに表示されると、すぐに異変に気がついた。水面に異様な色彩を放つ油膜のようなものが浮かんでいて、タンク全体が怪しく発光していたのだ。
「隕石は水の底に沈んでいるんですかね?」
ノイの言葉に肩をすくめる。
「それは分からないけど、あそこまで行って異常の原因を探しださなければ、システムは正常に戻せないみたいだな」
「これを見てください」
部屋の先を確認していたミスズの声が聞こえると、部屋を出て廊下に向かう。
隕石の衝突で通路が完全に破壊されて寸断されているのが確認できた。足先で鉄製の床を叩きながら、足場が崩壊しないか確認して、それから通路の縁に立つ。どこかで火災が発生しているのか、熱を持った蒸気と黒煙が立ち昇っている。
「ずいぶんと深い穴だな」
足元を見ていると、ミスズもやってきて深い穴を覗き込む。
「ここから下りていけば、タンクまで行けそうですね」
「相当な危険を冒すことになるけどな……」
切断されたケーブルが電光を帯びて輝くのが見えた。
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