第284話 未知の建造物〈採掘基地〉re


 インシの民との決闘騒動から数日、私はアレナの率いるヤトの部隊と共に、砂漠地帯に建設されている採掘基地の地下坑道に来ていた。


 ベルトコンベアに載せられた砂や岩石を見ながら、緩やかな勾配を下っていくと、先を歩いているペパーミントの声が聞こえる。

「この辺りは暗いから、足元に気をつけてね」


 人のいない坑道で作業する機械人形には、特殊な暗視装置とセンサーが組み込まれているので、基本的に坑道内に照明は必要ない。だから我々は、必要最低限の照明しか設置されていない薄暗い坑道で転んで怪我をしないように、慎重に歩く必要があった。


 作業用のドロイドたちが足場を踏み固めていてくれていたのが、せめてもの救いだった。


「ねぇ、レイ」とペパーミントが言う。

「次は右のトンネルに入るから、しっかりとついてきてね」


 ベルトコンベアが設置された坑道は、作業用ドロイドが頻繁に擦れ違うため、道幅が広くなるように掘られていた。そのおかげなのか、薄暗いトンネル内でも息苦しさを感じることはなかった。


 もっとも、部隊の全員がマスクを装着していたので、例え坑道内で生き埋めになったとしても、数時間は余裕で生きていけるだけの酸素は確保されていた。


「ところで」とペパーミントが言う。

「あの大きなトカゲは何を食べているの?」


「ラガルゲのことか?」

「そう」


「なんだろうな……肉食だから、その辺にいる野生動物を食べているんじゃないのか?」

「トカゲが何を食べているのか、まだ分からないの?」


「食事するときは、拠点の近くにいないんだ」

「なにそれ」

「恥ずかしがり屋なんだ」


 ペパーミントはショルダーバッグを肩にかけ直しながら言った。

「なら、本当にあのトカゲを放し飼いにしているのね」


「ああ、そうだ。けど夜になると拠点に用意した寝床でちゃんと眠っているみたいだ」

「拠点内で眠ってるの……?」


「ぐっすり眠っている」

「拠点の警備をしているヤトの子たちが襲われることはないの?」


「襲われない。ペパーミントも襲われなかっただろ?」

「私は怖くて、まだ近づいてないわ」


「ならあとで会いに行こう。慣れてしまえば、あの姿だってどうってことないさ」

 偵察ドローンを使って足元を照らしてくれていたカグヤの声が内耳に聞こえる。


『それにしても、ずいぶんと深い坑道なんだね』

「作業用ドロイドは休まずに働けるから、作業がとても捗るのよ」


 ペパーミントがそう言って振り返ると、彼女専用のフェイスマスクから、青白い光で浮かび上がる綺麗な顔が見えた。


 彼女のマスクには複雑な開閉機構があり、シールドの薄膜で顔の前面がつねにおおわれているタイプのマスクだった。そのおかげでマスクをしていても、彼女の表情がハッキリと分かるようになっていた。


『目的だった資源は、もう充分な量が確保できたんでしょ?』

 カグヤの質問に彼女はうなずく。

「ええ、拠点の警備を行うヤトの戦士や、イーサンの傭兵部隊にも歩兵用ライフルが行き渡るくらいには、資源は採掘できている」


『それなら今採掘している鉱物資源は、全て拠点建設のために使うものなの?』

「そう。大樹の森で建設が始まった拠点の防壁を築くさいには、ここで手に入れた鉱物資源が役に立つ」


『すべて順調ってわけだね』

「これが見つかるまでは、すべて順調だった」と彼女は立ち止まる。


 ペパーミントの先には、巨大な横穴がぽっかりと開いていて、その横穴の奥に向けられた投光器によって、灰色の建造物が薄闇の中に浮かび上がっているのが見えた。


「地中に埋もれていた旧文明の施設……なのか?」

 そうつぶやいたあと建造物に触れる。


 壁の表面はざらつきのない感触のコンクリートだったが、おそらく旧文明の鋼材がふんだんに使用された建造物なのだろう。それを証明するように、地中に埋もれていた建造物には傷ひとつなかった。


 ペパーミントも私のとなりまでやって来ると、建造物に触れながら言う。


「どんな危険があるか分からなかったから、機械人形は退避させて、地上に続く隔壁も閉鎖した」


「何か重大な秘密が隠されていると思うのか?」

 そう訊ねると、ペパーミントは私に青い瞳を向けた。


「思った。だから特殊なセンサーを使用して壁の内側がどうなっているのか調査しようとしたけれど、何も分からなかった」


「それはマズいのか?」

「センサーが役に立たないのは、おそらく核防護施設か、軍の施設だからだと思う」

「その場合、警備関連のシステムが設置されている可能性があるのか……」


 壁を軽く叩いて、それから仰ぐように灰色の壁を眺める。照明によって浮かび上がる建造物が持つ独特な雰囲気は、兵器工場の地下で見た白い壁に似ていた。


「この建造物がいつの時代のものか分かるか?」カグヤに訊ねる。

『過去にこの砂漠地帯で奇妙な時間の流れがあったと思うから、正確な年代は分からない。けど建造物の状態から見ても、〈大いなる種族〉の技術が取り入れられていることは何となく分かる。だから旧文明の中期以降のものだと思うけど……』


「時間の流れか……やっぱりカグヤも変だと思うか?」

『この砂漠の何もかもか異常だからね。一度輸送機を使って、上空から砂漠の調査を行ったほうがいいと思う』


 カグヤのドローンが飛んでくると、建造物にスキャンのためのレーザーを照射する。

『ねえ、ペパーミント』と彼女は言う。

『人擬きが潜んでいる可能もあるのかな?』


「〈人擬きウィルス〉に感染した人間がこの建物に閉じ込められていたら、その可能性は充分にあるわね」


「ペパーミントはこれをどうしたいんだ?」

「壁を破壊してほしい」


 ペパーミントが言ったことについてしばらく考えて、それから口を開いた。

「でも、どんな事態になるか分からないんだろ?」


「そう、でもだから内部の調査をしなければいけないの。それともレイは、拠点の地下にこんな得体の知れない建造物があっても気にならないの?」


「いや」頭を横に振る。

「すごく気になる」


「それなら壁に穴を開けて頂戴」

「危険な生物が潜んでいたら、敵を殲滅するまで坑道が使用できなくなる」


「そのために、アレナの部隊に同行してもらったの」

 後方に視線を向けると、警戒しながら立っているヤトの戦士たちが目に入る。


「建造物の一部を破壊することで、坑道で落盤が発生する危険は?」

 横穴の周囲を確かめながら訊ねる。

「壁の周囲はあらかじめ整備しておいた。だから崩落の危険性はない」


『本当かな?』

 カグヤの言葉に肩をすくめる。

「ペパーミントがそう言うなら、問題ないんだろう」


 建造物から距離を取ると、太腿のホルスターからハンドガンを抜く。


「〈反重力弾〉を使う。カグヤ、壁の破壊は最小限にしたい。威力の制御をしてくれるか?」

『壁の厚さはどれくらいあるんだろ?』


「見当もつかない」

『なら適当に調整しておくね』


「頼んだよ」

 ペパーミントとカグヤのドローンが壁から離れたのを確認すると、ハンドガンの銃口を壁に向けた。ホログラムサイトが浮かび上がると銃身が僅かに開いて、形状が変化していく。銃身内部で紫色の光の筋が銃口の先に向かって走ると、銃口の先の空間が歪んでいくのが見えた。


『調整が済んだよ』

 カグヤの言葉のあと、躊躇ためらうことなく引き金を引いた。


 腕がほんの僅か持ち上がる程度の軽い反動と共に、紫色に発光する光弾が撃ちだされる。銃声はほとんどしなかった。撃ち出された球体状の小さな光弾は、壁に向かってゆっくり進み、徐々に弾速があがっていく。やがて発光する球体は、壁の一部に埋まるようにしてピタリと静止した。


 そして金属を打ち合わせたような甲高い音が坑道に響いた。建造物の周囲に転がっていた石や砂が浮き上がると、空気を切り裂くような甲高い音が周囲にもう一度響いた。


 すると紫色に輝く光球の中心に向かって、周囲の壁が円形状に吸い込まれるようして圧縮されていった。そうして〈反重力弾〉の作用よって、壁の一部は瞬く間に拳大ほどの灰色の塊に変わる。高密度に圧縮された球体状の塊はしばらく空中に浮かんでいたが、やがて地面に落下して鈍い音を立てた。


 アレナが率いていたヤトの部隊はすぐさま壁の向こうにライフルの銃口を向けて、不測の事態に備えた。けれど薄暗い穴の向こうからは何の反応もなかった。


「坑道内に設置されているセンサーを起動して、施設内部の様子を確かめるね」

 ペパーミントの言葉のあと、坑道内の詳細な地図が拡張現実で表示される。


『動体検知にも異常はないみたい』

 カグヤの言葉にペパーミントが反応する。

「建物内の状態も良好みたい。汚染物質もなければ、致死性のガスもない。それに思ったよりも狭いみたい」


 ハンドガンをホルスターに収めると、胸元に吊るしていたライフルを構える。

「それでも何が出てくるか分からないから、慎重に調べよう」

 アレナはうなずいて、それから部隊に的確な指示を出しながら私のあとに続いた。


 しんとした広い空間がナイトビジョンを通して見えた。金属製の棚が並び、そこにはパレットに載った木箱が数え切れないほど収められている。


『倉庫みたいに見えるね』カグヤが言う。

 ライフルを構えながら棚の間に入り、周囲に視線を向けながら訊ねた。

「警備システムからの反応は?」


『反応は何もない。そもそも警備システムがあるのかも分からない』

「どういうことだ?」


『さっきから〈データベース〉を経由して、レイの周囲に存在する警備システムを検索しているけど、システムに侵入するための取っ掛かりすら見つけられないんだ』


「警備システムがないなら、民間企業の施設だったのかもしれないな」

『ううん。企業のものでもないかも』


「もしかして、施設を管理するためのシステムもないのか?」

『ないよ』


 近くにある木箱を開いてみると、ガラス瓶がぎっしり詰まっているのが見えた。

『これは……食料品かな?』

 瓶を持ち上げると、軽く振って中身を確認した。するとガラス瓶の中に入っていた物体が、砂のように崩れて粉々になっていくのが見えた。


「保存環境は最悪だったみたいだな」と、周囲を改めて観察しながら言う。

『個人で使っていたシェルターかな?』


「個人でこんなにしっかりした建物を建築できたのか?」

『土地を所有していて建設人形があれば、個人でも問題なく建築できたんじゃないのかな』


 アレナに呼ばれて棚の間から出ると、多脚戦車が鎮座しているのが見えた。

「カグヤ、あれは〈サスカッチ〉なのか?」と驚きながら質問する。


『そうだね。動力は切れているみたいだけど、あれは完全自律型の多脚戦車だよ』

「ここが本当に個人のシェルターだったのか、疑わしくなってきたよ」


 それからも施設の探索は続けられたが、目立った成果は得られなかった。謎の施設から地上に上がるための通路を発見したが、そこは完全に土に埋もれていて先を確認することすらできなかった。


 施設の全体像を確認していたカグヤのドローンが戻ってくる。

『木箱の中身は全部確認できなかったけど、ほとんど食料品だったよ』

「あれが食料品なら、すべて腐っているな……」


『そうだね』

「大量のゴミしかないのか……他に何か見つけられたか?」


『ううん。棚と木箱に、動かない戦車だけ』

 施設の安全確認が済むと、ショルダーバッグを下げたペパーミントが壁に近づいてきた。

「ねぇ、レイ。これを拾うのを手伝ってくれる?」


 ペパーミントは反重力弾によって造られた球体状の物体を指差した。

「手伝いが必要なのか?」

「もちろん」


 球体のそばに屈みこむと、手を伸ばして一気に持ち上げようとする。しかし物体は恐ろしく重たい。


『どうしたの、レイ?』

「……重たいんだ」


「加工前の鋼材はすごく重たいの」

 そう言ってペパーミントは、ショルダーバッグの口を開いた。


「それを先に言ってほしかった」

 両手で何とか球体を持ち上げると、ペパーミントが差し出したショルダーバッグの中に球体を入れた。


 ペパーミントのショルダーバッグ内は、旧文明の〈空間拡張〉技術によって物体の重量を制御しているため、重たい鋼材を入れてもショルダーバッグ自体の重量が変化することはなかった。


「コケアリが軽々と持ち上げるのを見たことがあったから、油断していたよ」

 腰を叩きながら言うと、ペパーミントが心配そうに言う。

「怪我したの?」

「いや、大丈夫だ」


『大将アリが持っていたのは、イノシシの変異体を圧縮したものだった。だから軽かったんじゃないのかな?』

「いや、あのイノシシの怪物は相当な重さがあったはずだ」


『そう言えばそうだったね』

 カグヤは感心しながら言う。

『さすが大将アリだね』


「それで、ペパーミントはそれを何に使うんだ?」

「拠点の装置で鋼材を加工して、ライフルに使用される弾薬の材料にするつもり」


「なら今回の探索は無駄足にならなかったな」

「どうして?」


「期待するようなものは何もなかったんだ」

『そうだね』とカグヤも言う。

『多脚戦車も動くか分からないし』


「久々の外れだな」と溜息をついた。

「そうでもないわ」とペパーミントが言う。

「この空間を整備すれば、物資の保管庫として使用できる」


「たしかに立派な保管庫にはなりそうだ」

 私はそう言うと、照明によって浮かび上がる塵が光の中で踊っているのを眺めた。

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