第272話 探索〈大樹の森〉 re
『やっぱり、あの小鬼の群れは私たちのことを追跡しているみたい』
カグヤの遠隔操作によって、壁に表示されていた景色が変化し、代わりに大樹の枝を伝って移動する多数の小鬼の姿が大きく映し出された。
小鬼は黒茶色の汚れた毛皮を持つサルの変異体で、青色の皮膚をした特徴的な頭部を持っていた。その頭部は身体に比べて不釣り合いに大きく、異様に長い指には鉄板すら引き裂く鋭い爪が生えていた。ちなみに指の本数は人間よりも多かった。
涎を垂らしながら必死に追跡してくる小鬼の群れのなかには、傷だらけの毛皮を持つ個体がいて、通常の小鬼よりもずっと大きな身体を持っていた。小鬼は〈大樹の森〉で一般的に見られる変異体で、多くの群れが存在するが、これほど大きな個体がひと塊で移動をすることは滅多に見られなかった。
『森を徘徊する〈混沌の化け物〉によって、棲み処から追い出されたのかもしれないね』とカグヤが呑気に言う。
『レイラさま、ウェンディゴの火器を使用して汚らしい獣どもを殲滅しますか?』
ウミの凛とした声が車内のスピーカーを通して聞こえると、ウェンディゴの車体側面に収納されていた重機関銃が姿を見せる。
「いや。銃声で別の小鬼の群れを引き寄せてしまうかもしれない。俺が対処するから、ウミはそのまま目的地に向かって移動を続けてくれ」
銃器を保管している専用のガンラックから歩兵用ライフルを手に取り、システムを起動してライフルの状態を確認する。
歩兵用ライフルは、第三世代の人造人間であるペパーミントが、横浜にある拠点の施設で製造してくれたものだった。黒を基調とした特殊なライフルで、重要な機構を保護する白磁色の装甲が所々についている。
その
ライフルは短銃身で、その銃身の長さに合わせた短いハンドガードがついている。引っ張り式のコンパクトなストックは、銃身のバランスが考慮された設計になっていて、携帯するさいにも便利だった。弾薬は状況に応じて選択する仕様になっていて、通常弾でも人擬きを殺すことが可能になっていた。
網膜投影されていたインターフェースに、ライフルのシステムチェックが終わったことを知らせる通知が表示されると、保管棚からライフルの予備弾倉を幾つか取り出して、ベルトポケットの所定の位置に収める。
ライフルで使用される専用弾薬は、高密度に圧縮された旧文明の鋼材で造られていて、射撃のさいに選択された弾薬が瞬時に生成される仕組みになっていた。
横浜の拠点には弾倉の製造に必要な鋼材を抽出するための設備があるので、比較的安易に弾倉を量産することが可能になっていた。弾倉の製造に使用される鋼材は、廃墟に転がる建造物の瓦礫にも含まれているので、材料が尽きることはない。
けれど弾薬を生成するさいに使用される〈ナノロボット〉は、複雑な作業工程と時間を要して製造されるものだったので、十分な数を揃えるにはまだまだ時間が必要だった。
コンバットナイフなど装備の最終確認を行うと、車体側面の搭乗員用ハッチを開閉し、そこから身を乗り出す。すると大樹の枝を伝って追跡してきていた小鬼の集団が視界に入る。変異体は奇声を上げながら必死にウェンディゴを追跡していた。
『怒っているみたいだね』
カグヤの言葉に肩をすくめる。
「俺たちは奴らに何もしていないんだけどな」
『小鬼の縄張りに侵入したのかも』
ハッチの上部に手をかけると、腕だけで
姿勢を低くしながら頭上に広がる大樹の枝に視線を向ける。すると数体の小鬼がすぐ近くまで来ているのが見えた。すぐにライフルのストックを引っ張り出し、肩の付け根部分にしっかりとあてる。それから小鬼に照準を合わせて、攻撃標的用のタグを貼り付けていく。
小鬼の動きは素早く、照準を合わせるのにも苦労させられる。しかしそれでもウェンディゴの車体は安定していて、それなりの速度で移動しているにも
〈攻撃目標を確認。〈自動追尾弾〉の発射が可能になりました〉
システムが発する女性の事務的な合成音声が内耳に聞こえると、フルオートで〈自動追尾弾〉を撃ち出す。するとすぐに六体の小鬼が遥か頭上の枝から落下してきて、鈍い音を立てながら地面に衝突する。
それ以外の小鬼にも〈自動追尾弾〉は命中していたが、致命傷にはならなかったようだ。しかし小鬼たちは仲間が殺されたことに怒り、こちらに向かって――ドングリに似た拳大の物体を大量に投げつけてきた。それらはトタン屋根にぶつかって砕ける氷のように、重くて嫌な音を立てながらウェンディゴの車体に次々と命中していく。
それらの衝撃に反応して生成されたシールドが、ウェンディゴの車体に青色の波紋をつくりだしていくのが見えた。私はその光景にちらりと視線を向けながら、弾薬を殺傷能力の高いライフル弾に切り替えて、小鬼たちに射殺していく。
数体の小鬼は簡単に仕留められたが、小鬼たちはすぐに小銃による遠距離攻撃だと気がついて、大樹の枝や幹に群生している植物に身を隠すようになった。
突然、背後で物音がして振り返ると、自分よりも背の高い小鬼がすぐそばに立っていることに気がついた。変異体と視線が合うと、ソレは怒りの混じった咆哮をあげながら突進してきた。しかし猛烈な勢いで振り上げられた小鬼の腕が私に届くことはなかった。
白い体毛に覆われた脚が、小鬼の背後から心臓と肺を貫いて飛び出してきた。小鬼は咳をするように吠え、口から大量の血液を吐き出した。そしてウェンディゴの屋根に膝をついて、ゆっくり倒れた。
「助かったよ、ハク」
音もなく忍び寄ってきたハクに感謝する。
『レイ、へいき?』
ハクはそう言うと、
「ああ、怪我はしてないよ」
『それ、よかった』
「残りの小鬼を片付ける手伝いをしてくれるか?」
『ん、まかせて』
ハクは可愛らしい声でそう言うと、小鬼の死骸を押しやって地面に落下させ、それから近くの大樹の幹に向かって飛ぶ。
私もすぐに射撃を再開して、残りの小鬼に対処していく。小鬼の多くはハクの吐き出した糸で身体を
ハクは枝の間に器用に糸を張って、小鬼たちを次々と捕らえていった。小鬼たちが冷静だったなら、我々を追跡することをそこで諦めたかもしれないが、小鬼はどうしようもなく怒り狂っていた。
何が小鬼を駆り立てているのかは分からなかったが、向かってくる以上、対処しなければやられるのは自分たちだった。私は半ば作業のように小鬼たちを射殺していくことを強いられた。
小鬼の群れを一体残らず処分してからしばらく移動すると、ウミにウェンディゴを止めてもらい、大樹の根元に見えていた旧文明期の構造物に視線を向けた。その構造物は地面に埋まっていたので、地中から突き出して見えている部分だけでどんな建物だったのかを判断することは難しかった。
しかし大樹の根に完全に覆われていたからなのか、構造物の状態は良く、建物が傾いているということもなかった。それが私の興味を引いたのは、建物の入り口と思わしき場所の近くで、何かの光が点滅を繰り返していたからだった。
『建物内部を探索するの?』
カグヤの言葉にうなずくと、ウェンディゴの車体から飛び降りた。
「ああ、少し調べていこうと思う」
『ワコに依頼されていた果実の採取はどうするの?』
「果実の採れる場所は教えてもらっているし、輸送機が迎えに来るまで時間の余裕がある」
『了解。それじゃ周囲を調べてくるよ』
カグヤの言葉のあと、偵察ドローンがベルトポーチからもぞもぞと出てきて、建物に向かって飛んでいく。
「ウミはこの場で待機していてくれ、少しだけ建物内を探索してくる」
『承知しました』
ウェンディゴは自己防衛システムを作動させ、〈環境追従型迷彩〉で姿を隠した。
森に生息する昆虫に接近されたくらいでは、自己防衛システムによる攻撃は行われないが、強い衝撃に対して反撃を行うようにシステムが設定される。ウェンディゴにはウミが残るので、そこまで心配する必要はないと考えていたが、転ばぬ先の杖を用意するのは悪いことじゃないはずだ。
大樹の根元にある
すると太い根の隙間から光の筋が射しこんでいるのが見えた。そこには人間の背骨にも似た外骨格を持つ四メートルほどのムカデが薄闇にまぎれるように移動していた。しかしハクが私のあとを追って薄暗い洞の中に入ってくると、ムカデは進行方向を変えて茂みの中に消えていった。
「ハクも一緒に建物内を探索するか?」
『ん。たんさく、する』
ハクが腹部を振ると、ハクの背に座っていたマシロは眉を八の字にしながらハクに抗議する。が、ハクはそれを無視して、巨大なシダ植物の間から姿をみせたカエルのあとを追って何処かに行ってしまう。
カイコの変異体でもあるマシロは、普段は〈
彼女は人型の肉体を持つ不思議な生き物だった。すらりとした長い手足は、付け根からふさふさとした白い体毛に覆われていたが、上半身と下腹部の体毛は薄くなっていて、薄桜色の綺麗な肌が剥き出しなっている箇所も見られた。そのおかげで、マシロが人間の遺伝情報を持っていることがハッキリと分かった。
けれど背中には白い大きな翅が生えているので、もちろん彼女は人間ではなかった。マシロは美しい顔立ちをしていたが、瞼のないパッチリとした黒い複眼があるだけだった。そして黒髪からは、櫛状の長い触角が二本伸びている。
ハクに置いて行かれたマシロは、何を考えているのか分からない表情でハクを見つめていたが、ハッとして私に微笑みかける。
「マシロも一緒に来るか?」
そう言って建物の入り口を指差すと、彼女は建物の入り口を見ずに、私のことをじっと見つめて、それからコクリとうなずいた。
マシロもハクのように〈念話〉を使って感情や言葉を伝えることができたが、普通に声に出して会話することもできた。しかし理由は分からなかったが、彼女は滅多に話をしない。ぼんやりとしていることが多いので、話すのを面倒に感じているのかもしれない。
建物の屋上には何かの抽象彫刻が飾られていたが、それはツル植物や苔に覆われていて、元の状態が分からなくなっていた。
『レイ』カグヤが言う。
『ヘリポートがあるよ』
カグヤのドローンが浮いている場所まで歩いて行くと、たしかに植物に覆われた航空機の離着陸場があった。
「やっぱり建物の屋上だったんだな」
『ヘリポートがあるってことは、相当な高さがある建物だったみたいだね』
「〈データベース〉で建物についての情報は得られるか?」
『ううん、何も取得できない』
「残念だ」
『中に入れば、何か分かるかも。入り口が閉鎖されていないか確認してくるね』
カグヤの操作するドローンを追って、建物の入り口に近づいた。入り口の上部には赤色に点滅する非常灯と、警告表示のホログラムが投影されていたが、入り口自体は泥や苔、それにツル植物で覆われていた。
しかしホログラムが作動しているのだから、稼働しているリアクターがあるはずだった。カグヤのドローンは入り口の横に設置されていた操作パネルにレーザーを照射し、入り口の遠隔操作を試みていた。
「開きそうか?」
『建物の警備システムには侵入できたよ』
「やっぱり電源に関しては心配しなくてもいいみたいだな」
『うん、建物内の地図も入手できた。それにね、この場所が何かの研究所だってことも分かった』
「研究施設か……他にも何か分かったか?」
『ううん、この操作パネルからは無理だった』
「仕方ないな」と砂に覆われた操作パネルを眺める。
『入り口を開閉するから、操作パネルに直接触れて』
〈接触接続〉によって開いたのは、金属製の厚い
「ハクを呼んできてくれるか?」
彼女はうなずいて、それからハクのもとに飛んで行く。
そのマシロの背中を見ながらカグヤに訊ねる。
「危険な場所だと思うか?」
『どうなんだろう……この操作パネルの記録によれば、隔壁は閉鎖された状態がずっと維持されてきた』
「それなら、建物内に生きている人間はいなさそうだな」
『でも人擬きはいるかもしれない、だから注意して探索しよう』
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