第250話 前哨基地 re


 樹木の枝葉から姿を見せた無数の昆虫が、輸送機に向かって飛んでくるのを見ながらライフルを構えると、小気味いい金属音を鳴らしながら次々と撃ち落としていく。


「カグヤ」肩で射撃の反動を受け止めながら言う。

「鳥籠の壁を越えた人擬きはどうなっている?」


『まだ住人は襲われていないみたいだけど、〈スィダチ〉で放し飼いにされていた甲虫たちが容赦なく襲われてる』

「荷運びをしていた昆虫たちだな……すぐに対処しないとダメだ」


『どうするの?』

「とりあえず、カグヤが操作している攻撃型ドローンを使って人擬きの相手をしてくれ。鳥籠のシールドが機能していないから、たとえ武装していても上空から侵入できるはずだ」


『了解。ドローンの武装では人擬きを殺すことはできないけど、無力化できるかやってみるよ』


 下方からロケット弾が飛んできたかと思うと、輸送機に着弾し、機体を激しく揺らす。すぐにセミオート射撃からフルオートに切り替えると、眼下に見えている蟲使いの集団に銃口を向けて掃射を行う。


 バラ撒かれるように発射された銃弾は蟲使いの頭上に降り注ぎ、数十人を負傷させ、何人かの命を確実に奪った。鳥籠の入場ゲートに迫っていた二十人ほどの武装集団は、輸送機の姿を見て驚いたのか、蜘蛛の子を散らすように森に向かって走り出した。


「……問題は投石機だな」逃げていく蟲使いたちの動きを見ながら言う。

『そうだね、このままだと人擬きによる被害が増える一方だよ。ウェンディゴのレールガンで対処してもらう?』


「いや」頭を横に振る。

「あそこはウェンディゴの死角になっていて、射線が通らないはずだ……」

 ライフルの銃口を下げると、太腿のホルスターからハンドガンを引き抜いた。


 ハクに掴まりながらコンテナのハッチから身を乗り出すと、投石機の周囲に集まっている蟲使いたちに視線を向ける。集団の中には、紺色のローブを身にまとった〈不死の導き手〉の関係者だと思われる者たちの姿も確認できた。教団の人間が偉そうに蟲使いたちに何か指示をすると、木製の檻に入った人擬きが運び込まれて来るのが見えた。


「カグヤ、俺が見ているものを全部記録しておいてくれ、〈スィダチ〉に対して行われている攻撃に教団が関与している確固たる証拠になる」

『この映像があれば、教団のシンパを〈スィダチ〉から確実に追放できるね』


「ああ。……それにしても、人擬きを争いに使うなんて連中はどうかしている」

『そうだね。あんなことをしたら鳥籠を占領するどころか、鳥籠を人擬きの棲み処にしてしまう』


「教団は森の民の争いを利用して、森の民そのものを鳥籠から追い出すつもりなのかもしれないな」

『追い出す……どうして教団が森の民のことを気にするの?』


「わからない。でも森の民がいなくなれば、鳥籠にある地下施設を手に入れることができるし、〈大樹の森〉を管理している〈母なる貝〉の手伝いをする者たちがいなくなる」


『まさか〈混沌の領域〉を広げることが、教団の目的なの?』

「教団が〝混沌〟について、どこまで知っているのかは分からない。けど、それが連中の目的じゃないことを願うよ」


 輸送機を執拗に追いかけてくる昆虫に銃弾を撃ち込んだあと、コクピットにいるペパーミントと連絡を取る。


『どうしたの、レイ?』

「投石機に接近してくれないか、連中を皆殺しにする」


『えっと、投石機――ああ、あれのことね』

 機体を傾けて急旋回すると、無数の昆虫は我々の追跡を諦めて入場ゲート付近にいる守備隊に向かって飛んでいく。


「ハク、俺が落ちないように、身体からだを支えていてくれるか?」

『ん、いいよ』

 ハクはそう言うと、背後から抱きしめるように長い脚を腰に回した。


 弾薬を〈反重力弾〉に切り替えると、ホログラムの照準器が浮かび上がり、ハンドガンの銃身が縦に開いて形状が変化していくのが見えた。銃身内部に紫色の光の筋があらわれると、日の光が届かない暗くよどんだ空間が銃口の先に生み出されていく。


『待って、レイ』

 ペパーミントの言葉に反応して引き金にかけていた指を外した。

「どうした?」


『すぐ近くに多数の動体反応を検知した』

「反応? それは人間のものなのか?」


 ワヒーラから受信していた周辺地図を確認して、樹木の先に何があるのか確認した。

「あの辺りは確か避難民のキャンプ地になっていたはずだ」


『それが……どう見ても避難民の反応だとは思えない』

 ペパーミントが言い淀む。

「避難民の反応じゃない? それなら、あそこには何があるんだ?」


『武装した集団と、人擬きらしき生物の存在が確認できた』

「たしかにおかしい、避難民は武装していなかったはずだ」


『それに、逃げ遅れたと思われる避難民の反応も確認できた』

「なら連中を始末して、捕らえられている避難民を救う」


『了解、すぐに機体の高度を下げる』

「俺たちが飛び降りたら、昆虫から襲われないように、すぐにこの場から離れてくれ」


 輸送機が蟲使いの集団に近づくと、彼らは輸送機の存在に驚き、我々に向かって一斉射撃を行う。しかし彼らが撃ち出した銃弾は機体のシールドによって無効化される。


「あいつらを懲らしめに行くけど、ハクも来るか?」

『いっしょ、いく』

 ハクはそう言うと、私を抱いたまま地上に飛び降りた。


 なんの心構えもなく突然やってきた浮遊感に思わず顔をしかめるが、それでも蟲使いたちに対して射撃を行う。着地と同時にハクが離れると、蟲使いたちに向かって駆け出す。


 彼らは大蜘蛛の出現に驚きながらも射撃を行う。けれどシールドを発生させる指輪のおかげで、問答無用で撃ち込まれた数十発の銃弾で傷つくことはなかった。


 眼前に迫った蟲使いに飛び蹴りを食らわせると、男が後方に吹き飛んでいくのを見ながらライフルを素早く構えて、蟲使いたちを次々と射殺していく。彼らは頑丈なツルの縄を使って、錆びた鉄板を身体に巻き付けるように固定していたが、銃弾は軽々と鉄板を貫通して蟲使いたちに致命傷を与えていく。


 そこに体長八十センチほどあるカマキリの変異体があらわれて、襲い掛かろうと身構えるが、〈御使みつかい〉であるマシロが輸送機からゆっくり飛び降りるのを見て動きを止めた。


 投石機の周辺にいた蟲使いたちの昆虫も同様だった。マシロの真っ赤に発光する複眼を目にすると、昆虫たちは怯えるようにして茂みの向こうに消えていった。


「こ、こっちに来るな! ば、化け物!」

 女性が声を上げるのが聞こえた。


 背後を振り返ると、ハクに拳銃を向けていた教団関係者の姿が見えた。彼女を殴り飛ばしたあと、弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えて、周囲に潜んでいた蟲使いを撃ち殺していく。すでにタグ付けしていたので、フルオートで銃弾をばら撒いて素早く対処する。


 ハクも驚異的な身体能力を活かしながら蟲使いたちを攻撃していく。草陰に潜んでいるものたちには強酸性の糸を吐き出し、高い枝の上から狙撃しようとしていた蟲使いには、容赦なく岩を投げつけて次々と叩き落としていく。


 ワヒーラから受信する情報で敵の殲滅を確認したあと、檻の中で暴れていた人擬きの頭部に銃弾を撃ち込んで処理していく。遠くの鳥籠からは騒がしい銃声や爆発音が聞こえてきていたが、我々の周囲はひっそりと静まり返っていた。


 足元に視線を向けると、さきほど殴り飛ばした教団関係者だと思われる女性が転がっていた。打ち所が悪かったのか、気絶しているようだった。彼女の腰に手を回して雑に持ち上げたあと、ハクに向かって歩いていく。


「なぁ、ハク。こいつを糸で縛ってくれるか」

『ん、しばる』


 糸で縛りやすいように彼女の腕を持ち上げようとしたが、ハクは彼女の身体にぐるぐると糸を吐きかけていく。

「たしかに、こっちのほうが逃げられる心配はないな」


 蜘蛛の巣に囚われた昆虫のように、糸で雁字搦がんじがらめにされた女性を足元に転がしたあと、火炎放射で投石機を焼き払い、炎の中に蟲使いたちの死体を次々と放り込んでいく。


『その教団関係者はどうするの?』

 カグヤの言葉に肩をすくめる。


「〈スィダチ〉に突き出して、森の民の法で裁いてもらう。それより、避難民の反応があった場所までの案内してくれるか?」

『了解、こっちだよ』


 移動経路を示す青色の線が拡張現実で表示されるのを確認したあと、矢印のあとを追うように森の中を歩いた。


 前方に視線を向けると、マシロが飛んでくるのが見えた。

「なぁ、マシロ。ひとついてもいいか?」


 彼女は空中で静止すると、そっと首をかしげる。

「森の昆虫はマシロと敵対しないのか?」


 マシロはじっと私のことを見つめたあと、コクリとうなずいて触角を揺らす。

『でも、全部じゃない』彼女の声が内耳に聞こえる。


「そう言えば、〈混沌の化け物〉はマシロと敵対していたな」

 彼女はうなずいたあと、ハクの背にふわりと座った。


 しばらく進むと蟲使いたちの声が聞こえてきて、茂みの向こうから数人の男が姿を見せた。蟲使いたちは檻に入った人擬きを投石機のそばまで運んでいる最中だった。彼らは何やら楽しそうに談笑していて、ライフルを構えた私の姿を見ても何が起きているのかまったく理解していない表情をしていた。


 蟲使いたちを射殺したあと、檻の中で暴れていた人擬きも殺した。無抵抗の人間を殺すことに躊躇ためらいは感じなかった。彼らは武装していたし、蟲使いのあかしでもあるツノを装着していた。攻撃を躊躇う理由なんてなかった。


 目的の場所は茂みの向こうにあった。けれどそこにあったのは避難民のキャンプと呼べるようなものじゃなかった。蟲使いたちは鳥籠のそばに前哨基地を築いていて、どうやら先ほど射殺した男たちもこの場所から人擬きを運び出していたようだ。


 前哨基地には茶色く変色したボロ布で数え切れないほどの天幕が張られていて、破れたブルーシートが被せられた複数の荷車には、数百人の蟲使いたちを数日の間、養うことができる大量の食料が積まれていた。


 それらの物資には見覚えがあった。〈スィダチ〉が避難民のために毎日用意していた食料だった。大樹の根元に築かれたこの前哨基地には、蟲使いたちが何不自由なく生活できる環境が整えられていた。


「鳥籠の守備隊に裏切り者がいたことは明らかだな」

『そうだね』カグヤが同意する。

『鳥籠のすぐ近くにこんな前哨基地がつくられていたのに、守備隊の人間が気づかないなんておかしい』


「〈ワヒーラ〉を使って周辺の索敵をしていた俺たちも、この場所のことを見逃していた」

『私も避難民のためのキャンプだと思ってた……』


 前哨基地では蟲使いたちの姿を見られなかった。どうやら蟲使いのほとんどが出払っていて、この場に残っているのは投石機の支援をしていた少数の者たちだけのようだ。


 人気ひとけのない前哨基地に入っていくと、ハクとマシロの存在に怯えた昆虫たちが茂みに姿を隠すのが見えた。枯れ草で覆い隠されていた天幕の中で話をしている数人の蟲使いたちの姿を見つけると、ハクはのっそりと長い脚を動かして、蟲使いたちが潜んでいた天幕に近づいていく。


 かれらはハクの存在に気がついていなかった。この場の処理をハクに任せると、避難民の反応が確認できた場所に向かう。


 そこには木製の檻に入った数十体の人擬きと、そのすぐとなりで同じように檻に入れられた女性たちが数人確認できた。彼女たちは衣類を身につけていなかった。身体は泥や何かで汚れていて、うつろな目で私を見つめていた。


「ずっと化け物の相手をしていたから、このことを忘れていたよ」

 女性たちの檻を見ながらカグヤに言う。

『このこと?』


「人間に対して最も残酷になれる生き物が、同じ人間だということだよ」

『できれば、ずっと忘れていたかった事実だね』


 まず檻に入った人擬きを射殺し、それから女性たちに味方だから安心してくれと伝えた。しかし彼女たちはぼんやりと私の顔を見つめるだけで、何か言葉を発することはなかった。


「周囲の安全を確保したら、すぐに戻ってくる。だからもう少しだけ、そこで辛抱していてくれ」


 ぼんやりと私の顔を見ていたひとりの女性が、そっと私に微笑んでみせた。なぜだか分からないけれど、彼女のぼんやりとした頬笑みを見て泣きそうになった。


 大樹の間に銃声が響き渡ると、ハクのもとに向かった。天幕のなかではグロテスクな光景が広がっていた。ハクの鉤爪で手足を切断された数人の蟲使いが地面に横たわっていて、ハクの脚で腹を刺し貫かれた男が血を吐きながらライフルの銃口をハクに向けていた。


「どこかで見た男だな」

 そう口にしながら、大量の血を吐き出している男に近づく。

「ハク、大丈夫か?」


『いたい、ない』

 ハクは男の腹から脚を引き抜くと、天幕の外から聞こえてきた足音を確認しに行く。


 ちらりと外に目を向けて、前哨基地に残っていた蟲使いたちがハクに殺されていくのを確認したあと、咳込んでいた男のそばにしゃがみ込む。


「その刺青に見覚えがある」

 男の首をつかんでムカデの刺青を確認する。


 かれはニヤリと笑みを浮かべる。

「前に会ったな……異邦人」


「あんたは確か〈スィダチ〉の幹部だったな、名前は――いや、思い出せない」

「……何故、お前がここにいるんだ?」


「さぁな」と、男の首から手を放しながら言う。

「それより、あんたが〈スィダチ〉の裏切り者だったのか?」


 男は紫色の唇で微笑む、血液を流し過ぎたのかもしれない。男が何も言わないのを確認すると、男の顔を鷲掴みにして、そのまま男の片目に親指を入れた。彼は潰れていくカエルのような悲鳴を上げた。


「教えてくれ。あんたは裏切り者か?」

 それでも男は何も言わなかった。


『死んだみたいだね』

 カグヤの言葉に頭を振る。

「ハクに襲われたのに、生きていたことのほうが驚きだよ」


『ねぇ、レイ』

「うん?」


『檻に入っていた人擬きが、戦闘服を身につけていたことに気がついた?』

「いや、注目してなかった。それが?」


『あれは森の民が着るような服じゃない。だからあの人擬きは、森の民が感染して人擬きになった個体じゃないんだ』

「廃墟の街から流れてきた人擬きってことか?」


『うん。それでね、ヴィードルの組立工場での一件を覚えてる?』

「工場? ……傭兵の集団と〈老人〉って変異体に襲われたときのことか?」


『そう、あそこで傭兵たちが人擬きを捕まえていたことを覚えてる?』

「ああ。人擬きの買い手は確か〈不死の導き手〉だった」


 ずっと遠くから聞こえてくる騒がしい銃声に耳を傾けたあと、カグヤに訊ねた。

「つまりカグヤが言いたいのは、教団が人擬きの取引をしていたのは、森を襲撃するためだったってことか?」


『確証はないけど、〈不死の導き手〉は人擬きを兵器として利用しているんだと思う』

「最悪だな」


『うん、最低な行為だ』

 溜息をつくと、そばに来ていたマシロに訊ねる。


「蟲使いたちはどうなった?」

『死んだ』

 マシロは口を動かさずに、頭のなかに直接言葉を伝える。


「そうか……それなら捕らえられていた女性たちを檻から出してあげないと」

 マシロは首をかしげる。

「それから。お香は焚いていないけど、彼女たちを襲わないでほしいんだ」


 マシロは私のすぐ近くまで飛んでくると、そっと地面に足をつけた。

『お香がなくても、襲わない。母が言った。お香は聖域に近づくことが許されている子供たちの目印。お香を焚かないのは、全員、私たちの敵』


「ここが聖域じゃないから、森の民を襲わないのか?」

『襲わない』


 切断された蟲使いの頭部を触肢しょくしの間で転がして遊んでいたハクが、天幕から出てきた私に気がついてトコトコと近づいてくる。ハクの体毛は蟲使いたちの返り血で赤黒く染まっていて、粘り気のある糸を引いていた。


『いたい、ないよ?』

 ハクはそう言うと、円を描くようにくるりと身体を回転させた。戦闘のたびにハクのことを心配するからなのか、訊ねられる前に大丈夫だと伝えたのだろう。


「よかった。でもだいぶ汚れたみたいだな」

『ん、ちょっとだけ』

 水浴びが嫌なのだろう、ハクの言葉に思わず苦笑する。

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