第249話 戦場〈墓所〉re


 兵員輸送用コンテナの後部ハッチを操作する開閉レバーに触れると、ホログラムの警告が浮かび上がる。どうやら飛行中の操作はコクピットの指示が優先されるらしい。ペパーミントが操作すると、レバーにかかっていたロックが解除される。


「ハク、落ちないように気をつけるんだよ」

『ん、きをつける』

 ハクは待ちきれないのか、触肢しょくしでトントンと床を叩く。


 開閉レバーを下げるとコンテナハッチが上下に開閉していく。ハクはコンテナから落ちてしまわないように、脚を広げてコンテナの縁にしっかりつかまると、眼下に見える大樹の森に眼を向けた。


 ペパーミントが言うように、飛行中に後部コンテナのハッチが開いても飛行に支障をきたすことはなかった。それどころか、コンテナ内に風が入ってくることもなかった。


 機体の周囲に発生しているシールドの薄膜が関係しているようだったが、説明するのが難しい技術だった。大気のない空間でも使用可能な機体らしいので、その辺りの技術が関係しているのかもしれない。


 外の景色に夢中になっているハクから視線を外すと、コンテナの床に座っていたマシロに目を向けた。彼女はお気に入りのボールを抱いたまま、ぼんやりと外の景色を眺めていた。薄々気づいていたが、マシロはマイペースな子で、ぼんやりしていることが多い。


 落ち着きのないハクと違って、今も何を考えているのか分からい表情で外を眺めている。退屈で眠たくなっているだけなのかもしれない。ちなみにマシロの真っ黒な複眼には瞼がなかった。彼女は眠るとき、どうしているのだろうか?


 本物のカイコと異なり、マシロには人間の遺伝情報が組み込まれている。だから人間のように何かを食べたり、眠ったりすることはできるのだろう。そして気になることがもうひとつある。聖域で見た〈御使みつかい〉には、女性型の個体しかいなかった。


 素朴な疑問だったが、〈御使い〉たちは繁殖しないのだろうか? あるいは何か別の方法で種を存続させているのか?


『レイ』

 ハクの気持ちが鮮明に伝わる。

『てき、たくさん』


 ハクの大きな身体からだの隙間に入って前に出ると、開放されたハッチの向こうに視線を向けた。すると巨大な泥団子のようなものが、大樹の幹や枝に絡みついているのが見えた。そしてその周囲に大量のハチの変異体が飛んでいるのが確認できた。それらのハチは重低音な羽音を響かせながら輸送機を威嚇しているようだった。


『大きなハチの巣だね』

 カグヤの声が内耳に聞こえた。

『すぐにこの場から離れたほうがいい』


 彼女の言葉にうなずいたあと、ライフルのストックを肩に押し付けて、接近する変異体に銃口を向ける。


『ひどく怒ってるみたいだね』

 カグヤの言うように、巣の近くを飛行したことで、周囲にいたハチたちを刺激してしまったようだ。数十匹の変異体が輸送機を目指して真直ぐ飛んでくる姿が確認できた。


 ハチの変異体は、それぞれが八十センチほどの体長を持ち、黒と黄色の体色をしていた。大きな腹部を持ち脚が異様に長く、顔はスズメバチのように攻撃的で恐ろしかった。その大きな複眼に睨まれ、重低音な羽音を聞くだけで嫌な汗を掻くほどだった。


 その変異体に照準を合わせながらカグヤにたずねた。

「銃弾はシールドを通過するのか?」

『こちら側からなら――つまり、シールドの内側からなら問題ないはず』


 ハクが接近する変異体に向かって糸の塊を吐き出すと、ハチは空中で動きを止め、糸の塊は回避しようとする。しかしその糸の塊は網のように広がって、ハチの身体からだに絡みつく。はねを動かすことができなくなったハチの変異体は、くるくると回転しながら大樹の森に落下していく。


 すぐに弾薬を〈自動追尾弾〉に切り替えると、接近するハチの群れにフルオート射撃で銃弾をばら撒いて次々と撃ち落としていく。


『ごめん、レイ』コクピットにいるペパーミントの声が聞こえる。

『次からはもっと注意して飛行ルートを決める』


 接近する変異体がいなくなったことを確認しながら私は言う。

「俺たちは危険な森の上空にいるんだ。何が出てきても驚かないよ」


 ハクのフサフサとした白い体毛を撫でながら、大樹の間から顔を出す不思議な建造物に目を向ける。


「カグヤ、あれが何か分かるか?」

 そう訊ねると、カグヤの偵察ドローンが何処からともなく飛んでくる。


『廃墟の街でも何度か見かけたことのあるピラミッド型の建造物みたいだね』

「大樹の大きさと比べても遜色ないな」


『うん。それにしても、なんのための建物なんだろう?』

 カグヤが疑問を言葉にすると、マーシーの声が聞こえる。

『それはね、大昔に〝墓所〟って呼ばれていた場所だよ』


「墓所?」思わず顔をしかめた。

「エジプトにある、古の王たちの墓みたいなものか?」


『見た目はそうだけど、本質は少し違うかな』

 彼女の言葉のあと、拡張現実で投影されていた赤髪の女性が、四つん這いになってハクの脚の間から出てくるのが見えた。


『それがどうして〈墓所〉って呼ばれていたのかは知らない。墓所と言っても、そこに埋葬された人間なんていなかったんだからね。見た目がエジプトのピラミッドみたいだから、そう呼ばれていたのかもしれないけど、基本的に研究施設みたいなものだと思ってくれていいよ』


「研究? なにを研究していたんだ?」

『異界の――空間のゆがみの〝あちら側〟にある世界の動植物や、星々を巡る過程で得た技術だよ。他にも色々やっていたみたいだけど、軍の機密を知る術はない』


「異界に星々か……」

 あまりにもスケールの大きな話で困惑してしまう。


 赤髪の女性は眼鏡の位置を直しながら言う。

『人擬きを使用した違法な人体実験や、〈混沌の領域〉につながる〈門〉を開いている、なんて都市伝説じみた噂が当時は沢山あったみたい』


「噂……? あのピラミッドの中で何が行われているのか、世間には公表されていなかったのか?」


 私の問いに女性は赤髪を揺らした。

『異界の神々が関わっているって話だったからね』


「神? それはたとえば、守護者の創造主だとされている〈大いなる種族〉のように、人類よりもずっと優れた種族のことか?」


『うん、神さまのような存在のことだね。それにあそこは治外法権みたいな場所だったからね。企業の偉い人や、国の重要人物だけが立ち入りを許可されていたんだ』


『貴重な遺物が沢山ありそうだね』

 カグヤの言葉に彼女はうなずいて、それから大樹の間に見えていたピラミッドを指差す。


『そうだね。でも〈墓所〉は封鎖されているから、なかに入ることは絶対にできない。と言うより、今もこの国に存在している〈墓所〉は全部厳重に管理されていて、立ち入ることができないようになってるんだ』


「いや、そうでもないさ」と私は言う。

「横浜には外壁が破壊されていて、侵入できそうな〈墓所〉が存在している」


『まさか』赤髪の女性は驚いたような表情をみせた。

『〈墓所〉の外壁を破壊できる兵器なんて、秘匿兵器と呼ばれるような強力な兵器だけだよ。旧時代の爆薬や小銃でどうにかできる建造物じゃない』


「でもその〈墓所〉は派手に破壊されていた。今は巨大な蜘蛛たちの巣になっていて、どの道、近づくことは困難だけど」


『蜘蛛?』女性は目を細める。

『キャプテンは私を担いでいるの?』


「何のために?」

『それなら、本当に開いている〈墓所〉が存在するの?』


「ああ、ハカセが長年観察していた蜘蛛の巣がある場所でもあるんだ。だから覚えている」

『賢者さまが〈墓所〉の観察を?』

 彼女は眉を寄せると、何かを考えるように眼下にある〈墓所〉を見つめた。


『レイ』ペパーミントの声が聞こえた。

『もうすぐ鳥籠に着くから、攻撃に備えて』


「もう到着するのか?」

 あまりにも早くて驚いてしまう。

『これでも危険な昆虫の巣を避けて飛んでたから遅くなったんだよ。本当はもう少し早く到着する予定だった』


「おそろしく早いな……」

 飛行中も輸送機内は驚くほど静かだった。その所為せいなのか、速度感覚がおかしくなっていた。旧文明の技術の高さに改めて感心してしまう。


 とにかく装備の確認を素早く行うと、戦闘の邪魔になるバックパックをコンテナボックスに入れ、念のために〈オートドクター〉の容器をベルトポーチに移し替えた。


「カグヤ、イーサンたちにも戦闘準備をさせてくれ」

『了解、すぐに準備させる』


「マーシー、鳥籠との通信は戻ったのか?」

 赤髪の女性はこめかみに指を当てて、それから瞼を閉じた。


『ううん、まだ通信が妨害されているみたい』

「厄介だな……せめて装置の場所が特定できれば対処できるんだけどな」


『レイ!』イーサンの声が聞こえた。

『どうやら襲撃者たちが鳥籠のシステムに仕掛けた攻撃は、通信妨害の類だけじゃないみたいだ。鳥籠の入場ゲートも機能していない』


 鳥籠〈スィダチ〉の上空で輸送機が旋回をすると、立ち昇る黒い煙の向こうに戦場になっている入場ゲートが見えた。


 多脚車両ヴィードルのフレームやピックアップトラックの残骸が大量に放置された入場ゲートでは、敵の侵入を何とか防いでいる守備隊の姿が確認できたが、ざっと見ただけでも死者の数は百を超えていて、彼らと感覚共有装置でつながっている黒蟻の無残な死骸も多く見られた。


「あちこちで火の手が上がっているな……」

 鳥籠の壁沿いにある難民地区から炎が立ち昇るのが見えた。


 銃声や破裂音は至るところから聞こえてきていて、鳥籠に対する砲撃も行われていた。幸いなことに、鳥籠の住人は巨大な外骨格の住まいに避難していて、砲弾は外骨格を貫通することができなかった。そのおかげなのだろう、鳥籠内の通りで死体を見るようなことはなかった。


 しかしそれも時間の問題だろう。入場ゲートの守備隊が突破されてしまえば、身を守る武器を持たない鳥籠の住人に生き残る術はない。教団の支援者が鳥籠内に武器を持ち込ませなかったのは、ずっと前からこの襲撃を計画していたからなのかもしれない。


「ミスズ」

 すぐに彼女のしっかりした声が聞こえてきた。

『どうしました?』と。


「これから激しい戦いに突入する。準備はできているか?」

『はい。大丈夫です』


 ミスズの声は力強かった。数か月前のように、不安や恐怖に呑まれた声ではなかった。

「この戦闘ではイーサンに〈アルファ小隊〉の指揮をまかせる。ミスズも彼の指示に従って行動してくれ」

『わかりました』


「ナミと一緒に行動することを心掛けて、つねに周囲の動きに注意するんだ」

『大丈夫です、無理はしません。だからレイラも気をつけてください』


「ああ、分かってるよ」

 彼女の言葉に思わず苦笑する。


『レイ』イーサンが言う。

『入場ゲートを襲っている連中の側面に下ろしてくれ、先行部隊を一気に叩いて奴らの士気を下げる』


「了解」

 ペパーミントが輸送機の高度を下げると、風切り音に続いて、ガラスを強く叩くような雨音が聞こえてくる。もちろん、雨が降っているというわけではなかった。それは輸送機のシールドが我々に向かって撃ち込まれる銃弾やレーザーを防いでいる音だった。


『ウェンディゴを切り離す』ペパーミントが言う。

『衝撃に備えて!』


 廃車の隙間に見える僅かなスペースに降下されたウェンディゴは、脚の関節を器用に使いながら落下の衝撃を吸収して着地すると、収納していた重機関銃を展開し、近くにいた襲撃者たちを攻撃していく。


 輸送機のエンジンが回転し、機体の高度が再び上がっていく。火砲が立てる騒がしい発射音や砲弾の炸裂音を聞きながら、森に視線を向ける。


「ウミ、残弾を気にせず自由に戦ってくれ。やるからには、徹底的に敵を叩く」

『承知しました』


 ウミの凛とした声が聞こえるのと同時に、ウェンディゴの車体上部が開いて、多数の超小型ミサイルが発射されていくのが見えた。白い煙の尾を引いた小型ミサイルは次々と襲撃者である蟲使いと、かれらの昆虫に直撃し爆散していった。


 すると大樹の間から、ウェンディゴに向かって数発の砲弾が立て続けに飛んでいくのが見えた。ウェンディゴは斜めに車体を傾けると、シールドを使用して砲弾を次々と弾いていった。しかし軌道をそらされた砲弾は鳥籠の守備隊が隠れていた場所に着弾し、彼らの肉片が宙を舞うのが見えた。


「ウミ、砲台を――」

 私の言葉をさえぎるように、ウミの苛立った声が聞こえる。

『分かっています!』


 機体に収納されていた電磁砲レールガンがウェンディゴの車体上部にあらわれる。すると角張った白い砲身が動き、大樹の間に向けられた。砲身に向かってエネルギーが集中的に供給され、角筒の周囲に放電による光が発生するのが見えたかと思うと、高密度に圧縮された鋼材が凄まじい速度で撃ち出された。


 金属を互いに打ち合わせるような甲高い音が周囲に響くよりも早く、大樹の間に設置されていた火砲が爆散するのが見えた。ウェンディゴは続けて数発の射撃を行うと車体を下げた。すると後部コンテナのハッチが開いて、イーサンたちが戦場に向かって駆け出していくのが見えた。


「カグヤ、洞窟で手に入れた攻撃型ドローンの操作を頼む」

 ウェンディゴの後部コンテナから、五機のドローンが次々と飛び出していくのが見えた。

『攻撃目標は?』

 カグヤの言葉に反応して、さっと周囲を見回す。


「とりあえず、イーサンたちの支援を優先してくれ」

『了解、掩護えんごを開始する』


 ちょうどそのときだった。突然、輸送機が激しく揺れて、思わずハッチの向こう側に落ちそうになった。しかしハクが抱きかかえてくれたので、何とか難を逃れる。


「ありがとう、ハク」

 フサフサの脚につかまりながら感謝する。

『ん、どいたまして』


 ハクの言葉を訂正しようとしたときだった。

『レイ、敵の接近を確認した』

 ペパーミントの声に視線を上げると、トンボの変異体が輸送機に向かって飛んでくるのが見えた。それら無数のトンボは、輸送機に対して無謀な体当たりを繰り返す。


 銃弾すらはじくシールドに対して、トンボの体当たりは無力だったが、少なくとも飛行の妨害にはなっていた。それらのトンボはマツバラが使役する個体よりも小さかったが、それでも体長が一メートルほどあり、捨て身の体当たりは輸送機を揺らし、トンボの体液と臓器が周囲に飛び散っているのが見えた。


「ハク、やつらを叩き落とすぞ」

 ライフルを構えながら言うと、ハクの真面目な声が聞こえる

『まかせて』


 ふと森に目を向けると、蟲使いたちが木材でつくられた投石機を大人数で押している姿が見えた。


『あんなものを使って、蟲使いたちは何をするつもりなんだろう?』

 カグヤの疑問に答えることなく、蟲使いたちの動きに注目する。


 かれらは木製の檻に入った人擬きを投石具に乗せると、〈スィダチ〉の防壁の内側に向かって次々と人擬きを飛ばし始めた。壁を越えて鳥籠内に落下した檻は衝撃で簡単に壊れ、そして人擬きが次々と解き放たれていくのが見えた。

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