第251話 教団〈信徒〉re


 木製の檻を破壊して捕らわれていた女性たちを解放したあと、彼女たちが身につけられる衣類がないか物資の入った木箱をあさる。毛布や〈国民栄養食〉のパッケージを見つけると、それらをひとつの木箱にまとめてから彼女たちに手渡した。


 彼女たちは物資の詰まった木箱を受け取ると、そこではじめて私が敵ではなく、本当に味方なのだと理解したようだった。


『レイ』カグヤの偵察ドローンが姿を見せる。

『面白いモノを見つけた。ついてきて』


「ここで待っていてくれ」彼女たちに声を掛けたあと、重力場を発生させながら音もなく飛んで行くドローンのあとについて歩いた。ちなみに女性たちにハクの姿は見せていない。〈深淵の娘〉たちの気配を感じ取って、さらに体調が悪くなることを避けるためだ。


 ドローンが案内してくれた場所には、ブルーシートに覆われた掘っ立て小屋が立っていた。雨風をしのぐためなのか、壁の隙間には土が詰められていた。室内には冷蔵庫のようにも見える長方形の大きな装置が置かれていた。


 小屋の天井に届きそうなほど大きく黒い金属製の箱からは、太いケーブルが小屋の外に向かって伸びている。そのケーブルを視線で追うと、複数の小型発電機とつながっていることが分かった。


「カグヤ、この装置が何に使われていたのか分かるか?」

『スキャンしてみるよ』


 ドローンは室内に侵入すると、装置に向かってレーザーを照射する。

『えっと……この装置は、局所的で小規模な通信障害を発生させるために使われていたみたい』


「やはり通信を妨害するための装置か……」

 装置の内部を確認すると、回路基板に冷却液の入った透明な管が幾つもつながっているのが見えた。その基板には見慣れないメモリチップが挿しこまれていて、その数は五十を超えている。また基板には見たこともない電子部品が多く使用されていて、素人が適当に触れてはダメな機械だということがハッキリと分かった。


 ドローンは回路基板にレーザーを照射し、なにか情報が得られないか試みていた。

『〈データベース〉に侵入してシステムに直接変更を加えるような装置は、これまでも何度か見たことがあったけど、ここまで本格的で、それでいて実用的なものは初めて見たかも』


「遺物の類か?」ひんやりとした管に触れながらく。

『ううん。装置は最近のものだから、どこかの鳥籠で製造された可能性がある』


「きっと〈不死の導き手〉が蟲使いたちに提供した機材だな……」

 私はそう言うと、胸元からナイフを抜いた。

「装置を止められるか?」


『やってみるよ、だからそのナイフを近づけないで。破壊するにはあまりも惜しい機械だからね』

「拠点に持ち帰るつもりか?」


『もちろん』カグヤはキッパリと言う。『今の私たちには輸送機があるからね。使える物はどんどん回収して、技術を解析していかなくちゃ』


 〈接触接続〉でシステムに侵入できることを確認したあと、ミスズたちと連絡を取ろうとする。けれど鳥籠の入場ゲート付近で蟲使いの部隊と交戦していた彼女たちの端末につなげることはできなかった。


 一部の例外を除いて、鳥籠付近では通信が遮断されるようだった。カグヤとウェンディゴが使用している軍の回線が、いかに特別なものなのか改めて認識することができた。


 ふとハカセのことを思い出す。ハカセはこの紛争にあまり関心がなかったので、おそらく蟲使いたちとの戦闘には参加していない。人造人間であるハカセとなら連絡が取れるかもしれない。


「ハカセ、俺の声が聞こえるか?」

『不死の子よ、どうしました?』

 すぐにハカセの声が返ってきた。


「ハカセはウェンディゴにいるのか?」

『ええ、そうです』


 どうやらハカセとも問題なく連絡が取れるようだ。やはりハカセも通信のための特別な回線を使用しているのかもしれない。


「確認したいことがあるんだけど、そこからミスズたちの様子が分かるか?」

『ミスズさんたちは、鳥籠内に侵入した者たちを追って、すでに入場ゲートを越えました』


「ありがとう、ハカセ。助かったよ」

『お手伝いが必要なら、教えてください。いつでも協力しましょう』


「いや、人間たちの争いに無関係のハカセが関わる必要はないよ」

『そうですか……では、私もそちらに向かいましょう。ハクさまの相手ぐらいなら務まるでしょうから』


 複数の足音が聞こえると、ハカセとの通信を切って茂みの向こうに視線を向けた。そこには教団が使用する紫色の特徴的なローブを身にまとった教団関係者と、数人の蟲使いが立っていた。


「……これはこれは」と、教団の男が言う。

「侵入者がいると思ったら、貴方でしたか」


「あなた?」

 男の言葉に顔をしかめた。

「俺のことを知っているのか?」


「いいえ、直接は存じません。ですが、噂程度なら聞いたことがあります」

 男はそう言うと、顔を隠していたフードを上げて顔を見せた。綺麗に禿げ上がった頭部を持つ何の特徴もない男だった。瞳は黒く、鼻筋が高く唇は薄い。しかし側頭部に〈サイバネティクス〉の類だと思われる装置が埋め込まれているのが確認できた。


 私を取り囲むようにじりじりと近づく蟲使いたちに視線を向けながら言う。

「どんな噂なのかは知らないけど、それがいい噂であることを願うよ」


 男は目を細めたが、微笑むだけで何も言わなかった。

「それで」と私は言った。「あんたはどんな噂を聞いたんだ?」


「そうですね……赤い瞳を持つ青年が、悪魔の使いである白い蜘蛛を自由に操ってみせているとか」


「ひどい噂だな。知っているのはそれだけか?」

「こんな噂もありました」男は咳払いする。


「教祖さまが赤い瞳の青年を探しているとか」

「教祖?」


「いえ、こちらの話です……それより、ひどい有り様ですね」

 男はハクに襲われた蟲使いの死体を見ながら言う。

「貴方がこれだけのことを?」


 私は何も言わずに肩をすくめた。

「まぁいいでしょう」男は手を叩いた。

「貴方を捕えて、教祖さまのもとに連れて行くことができれば、きっと私も遥か高みに立つことが許されるでしょう」


「俺を捕まえる?」

「そうです、貴方は教祖さまのお気に入りなのでしょ?」


「ふたつ聞かせてくれるか」

 男はローブの袖についた葉っぱを払い落としながらうなずいた。

「何でしょうか?」


「蟲使いたちに鳥籠〈スィダチ〉を襲撃するように仕向けたのは教団なのか?」

「そうです」


「何のためにこんなことをしたんだ?」

 男は馬鹿にしたような笑みを見せる。

「どうしてそれを部外者である貴方に教えると思うのですか?」


「もうひとつ訊いてもいいか?」

「質問はふたつだけではなかったのですか?」


 男はそう言うと、死体のそばに転がっていた旧式のアサルトライフルを拾い上げた。彼は黒革の手袋をしていたが、潔癖症なのか、蟲使いの血液に触れないように細心の注意を払っているようだった。


「俺を捕まえるってことは、あんたは俺たちと敵対するってことでいいんだよな?」

「敵対?」と男は顔を歪めた。「敵対することなどありません。素直に我々に投降すればいいのですから」


「あんたは俺が投降すると、本気で考えているのか?」

「違うのですか?」


 ボディアーマーの脇腹に仕込んでいたスローイングナイフを素早く引き抜き、教団の〝宣教師〟と思われる男に向かって投げたあと、ライフルを構えて蟲使いたちに銃口を向ける。私を包囲しようとしていた蟲使いたちは、動きに反応してライフルを構えるが、大樹の枝から飛び降りてきたハクに頭上から襲われ、ひどく混乱することになった。


 蟲使いたちに銃弾を撃ち込んで射殺したあと、ナイフが突き刺さったまま佇んでいた男に視線を向ける。そしてそこで異変に気がついた。男は胸に突き刺さっていたナイフをゆっくり引き抜いていた。その様子からは、彼が痛みを感じているようには見えなかった。


『何か変だよ』

 カグヤの声が聞こえているのか、男は微笑んだあと両腕を空に向かって高く上げた。


「守備隊を消耗させてから計画を実行しようと考えていましたが、貴方の存在は少々厄介です。問題が大きくなる前に、鳥籠とは早々にカタをつけましょう」


 男の言葉のあと、身体を震わせるような爆発音が轟いた。そしてサルの鳴き声にも似た騒がしい声が聞こえてきた。


 上方に視線を向けると、ごわごわとした黒茶色の汚れた毛皮を持つ猿に似た生き物の大群が、大樹の枝を伝ってこちらに向かってくるのが見えた。その生物は青色の皮膚をした頭部を持っていて、その頭部は身体に比べて異様に大きかった。


『レイ、小鬼たちだ!』

 教団が森の奥で何を仕出かしたのかは分からなかったが、小鬼の集団は怒り狂いながら鳥籠に猛進していた。襲撃で混乱している鳥籠に変異体の群れがあらわれたら、状況はさらに悪くなるだろう。ここで群れを止める必要があった。


「ハク、マシロ!」思わず声を上げる。

「群れを止めるために協力してくれ!」


 頭上の小鬼たちに向かってライフルを構えたときだった。肩に強烈な衝撃を受けて吹き飛んだ。地面を転がり素早く受け身を取って立ち上がると、ハクが私をかばうように目の前に飛んでくるのが見えた。


「ハク、大丈夫だ」視線の先に立っている男を睨みながら言う。

「あいつは俺が相手をする。ハクはサルの変異体を頼む」


 ハクはトントンと地面を叩いたあと、大樹の幹に向かって飛びあがった。


「あんた、何者だ」男にライフルの照準を合わせながら言う。

『しがない宣教師ですよ』と男は笑う。


「身体改造をしているみたいだな」

 宣教師はただ微笑むだけで何も言わなかった。だから躊躇ちゅうちょすることなく、数発のライフル弾を宣教師の胸に撃ち込む。しかし彼は痛みを感じていないのか、表情を変えることもなかった。


「無駄です」と宣教師は言う。

「私は神聖な儀式によって神々に近づくことができた〝信徒〟です。私を殺すなど、不可能なのです」


 何も言わずに走り出す。宣教師は私に向かってアサルトライフルを乱射したが、頭部を守るように腕を交差させ、そのまま宣教師に近づいていく。銃弾はシールドが弾いてくれるはずだ。だから心配はしていない。


「ヤト」

 小声でそうつぶやきながら右手首の刺青から瞬時に刀を形成し、宣教師に向かって刀を降り下ろした。彼はちらりと刀に目を向けると、僅かな動きで刃を躱す。しかしライフルを持っていた腕は間に合わなかった。不思議な感触と共に切断された宣教師の腕は、彼の足元にドサリと落ちた。


「シールド生成装置ですか……」

 宣教師は何も感じていないように言った。

「それなら、このオモチャは役に立ちませんね」


 宣教師はゴミを捨てるように、切断された小銃の残りを地面に落とすと、ローブの袖にくるまったまま地面に転がっていた自身の腕を拾い上げて切断面に重ねた。すると切断されていた腕がまたたく間に接合されていくのが見えた。それから宣教師は手の動きを確かめるように、ゆっくり指を動かした。


 その光景に驚いて、思わず後方に飛び退いて宣教師から距離を取る。

「カグヤ、あいつは人間か?」


『わからない……それより、どうしてヤトの毒が通用しないの?』

 カグヤの言葉でその事実に気がついて、さらに困惑することになった。宣教師はその隙をついて、凄まじい速度で私の懐に飛び込むと、素早い蹴りを繰り出した。重たい一撃を腹に受けると、ずっと後方にあった荷車の列まで吹き飛んでいった。


「あれは化け物だな」と、血の混じった胃液を吐き出す。

 胸元に吊るしていたライフルに視線を向けると、蹴られたさいの衝撃で銃身が曲がったのが確認できた。しかしライフルは鋼材を利用して、すぐに故障個所を自己修復してくれるので心配する必要はない。


 刀を手首の刺青に戻すと、ライフルのストックを肩に押し付け、目の前に迫ってきていた宣教師に火炎放射を浴びせる。どんなに人体改造されていたとしても、高温で身体を焼かれることには耐えられないはずだ。


 ライフルの修復に弾薬の材料となる鋼材を消費したからなのか、残弾はだいぶ減っていた。けれど気にせず宣教師に炎を浴びせ続けた。その間、炎に包まれていた宣教師は頭部を守りながら後退していた。


『レイ!』

 カグヤが驚いたように言う。

『あれを見て』


 宣教師のローブや衣類が焼かれ、そして皮膚が溶け落ちていくと、まるで人造人間たちのような金属製の骨格が見えるようになった。

「化け物じみた動きをすると思っていたけど、やっぱり人間じゃなかったんだな」


「人間? 違いますよ」宣教師は赤熱し蒸気が立ち昇っている頭蓋骨を歪める。

「先ほども言ったではないですか、私は神々に近づく儀式を終えた信徒なのですと」


「あんたらの神は確か守護者だったよな」

 ライフルの照準を宣教師に合わせながら言う。赤熱した金属が徐々に冷えて本来の輝きを取り戻すと、宣教師はうなずいてみせた。


「そうです、我々の神は守護者さまたちです」

「その守護者の真似事をして楽しいか?」


「真似事ではありません。なぜなら、この身体は神々のものなのですから」

「守護者を殺して身体を奪っているのか?」


 銀色の鈍い輝きを放つ骸骨のような身体を持つ宣教師は、大袈裟な仕草で腕を広げた。

「いいえ。我々は正気を失っている神々を救っているだけなのです。彼らに我々の精神を与え、解放してあげているのですから」


『信仰対象を殺すなんて、狂ってるね』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、弾薬を炸裂弾頭に切り替えて、フルオートで弾丸を撃ち込んだ。しかし宣教師の周囲に発生した強力な磁界によって、撃ち込まれた銃弾は空中で静止するようにすべて受け止められる。その強力な磁界はシールドの薄膜のように、目に見えるほどの青い輝きを放っていた。


 空中に浮かんだまま静止する銃弾に驚愕していると、宣教師は頭を横に振った。

「貴方には失望しました」


 彼はそう言うと、私に向かって衝撃波のようなものを放った。無防備だった私は衝撃波をもろに受けて吹き飛んでしまう。受け身も取れずに地面に何度も身体を打ち付けたが、すぐに態勢を立て直し、ホルスターからハンドガンを引き抜いた。


「守護者に超能力じみた攻撃ができるなんて知らなかったよ」

 私の言葉に男は微笑む。

「神々は多くの場合、奇跡を、そして神秘をその身に宿しているものですよ」


 血の混じった唾を吐き出したあと、宣教師に言った。

「あんたを生かしたまま捕らえて、教団の情報を聞き出そうと思っていたけど、それは無理そうだな」


「なぜですか?」宣教師は金属製の頭蓋骨を歪ませる。

「ここであんたを始末するからだよ」


 ハンドガンの銃口を宣教師に向けると、間髪を入れずに引き金を引いた。甲高い金属音と共に〈貫通弾〉が撃ち出されるが、強力な磁界によって弾道が曲げられはじかれてしまう。けれど凄まじい衝撃波によってシールドの膜が飛散するのが見えると、間を置かずにもう一度引き金を引いた。


 至近距離で〈貫通弾〉の直撃を受けた宣教師の身体は破壊され、衝撃で金属の骨格が散らばるように宙を舞った。貫通した弾丸は、そのまま前哨基地の掘っ立て小屋や天幕を破壊しながら森の奥に消えていった。


『終わったの?』

「いや、まだだ」うんざりしながら頭を振った。


 宣教師の破壊された身体は、まるで水銀のような液体金属に変わると、徐々に一箇所に集まっていくのが見えた。

『あんなことができるなんて、ハカセは一度も言わなかった』


「訊かれなかったからですよ」

 声に驚いて振り返ると、ハカセが立っているのが見えた。ハカセはコクリとうなずくように挨拶をして、それから先ほどまで宣教師だった液体のそばに近づく。水銀のような液体が一塊になると、徐々に金属の骨格に変化していき、宣教師はその姿を取り戻していく。


「おお、神よ!」

 身体の修復を済ませた宣教師は驚き、そして感激するようにひざまずいた。

「まさかこんな森で神に出会えるとは」


 ハカセはひざまずいた宣教師の頭に手をそっと置いた。

「おお!」宣教師は喜びに打ち震える。

「私に情けを掛けてくださるのですか!」


「ふむ」ハカセは言う。

「どうやら身体は第二世代の人造人間のものですね」


 そしてハカセは宣教師の頭を掴むと、頭部を胴体から一気に引き抜いた。すると宣教師の身体は瞬く間に液体金属に戻って、ハカセの足元に零れ落ちた。それからハカセは、驚愕の表情を顔に貼り付けたまま動きを止めた宣教師の頭部を注意深く観察する。


「しかし可哀そうに……精神は破壊され、けがれた魂の器にされてしまっている」

 するとハカセの足元に広がっていた液体金属と、ハカセが手に持っていた宣教師の頭部が、瞬く間にハカセの体内に吸収されていくのが見えた。最後に残ったのは紫色の輝きを放つ水晶に似た球体だった。


「これは必要のないものですね」

 ハカセはそう言うと、手のひらに残った球体を握りつぶした。

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