第241話 ドローン re
視線の先に拡張現実で投影されていたインターフェースで、素早くライフルの残弾数を確認する。通常弾薬の残弾数にはまだ余裕があったが、我々が洞窟で遭遇したコオロギに似た奇妙な昆虫は数が多く、すでにニ十匹ほど殺していたが、それでも昆虫の変異体は洞窟の至るところから次々と姿を見せていて、数が減っているようには見えなかった。
その昆虫の変異体は八十センチほどの体長を持っていて、朽葉色の半透明な体表を持っていた。眼がなく、代わりに異様に長い触角を持っていて、昆虫はその触角を鞭のように振るって我々を威嚇していた。
「切りがないな」イーサンの苛立った声が聞こえてくる。
すぐ近くで射撃を行っていたイーサンに目を向けたときだった。洞窟の天井から昆虫が次々と降って来るのが見えた。腕に
しかしすぐに気を取り直すと、昆虫の頭部にナイフを捻じ込むようにして突き刺し、腕を振ってナイフが突き刺さったままの昆虫を遠くに放る。シールドの薄膜を発生させている指輪のおかげで、昆虫のギザギザとした大顎で咬まれても怪我を負うことはなかったが、それでも油断はできない。
昆虫は力が強く、集団に組み付かれたら身動きが取れなくなることは安易に想像できた。
『レイ』カグヤの声が内耳に聞こえる。
『あの建物に使えそうなものがあるみたい』
視界に表示された矢印に従って振り返ると、植物の太い根に覆われた倉庫が見えた。その建物の迫り出した屋根には、マツバラが操るトンボが止まっていて、捕らえた昆虫の腹を大顎で裂いて、気味の悪い内臓をむしゃむしゃと食べていた。
岩陰から飛び出してきた昆虫に銃弾を撃ち込みながら言う。
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
カグヤのドローンが光学迷彩を解いて姿を見せる。
『崩れた天井の隙間から、建物内部をスキャンすることができたんだ』
「それなら、直接調べてみる価値はあるな」
我々が所有する指輪型端末は、カグヤによって管理される専用のネットワーク〈戦術データ・リンク〉でつながっていて、戦闘に移行した時点で全員と連絡が取れる状態になっていた。
そのネットワークを介して、建物の探索に向かうことをイーサンとヌゥモ・ヴェイに報告し、それからナミをそばに呼んだ。洞窟の先で昆虫を殺していたナミは、昆虫の体液に濡れた鉈を振って刃に付着した汚れを払い落とすと、こちらに駆けてきた。
「レイ、どうしたんだ?」
肩で息をしていたナミの頬についた昆虫の体液を拭き取りながら言う。
「俺たちの後方にある建物が見えるか?」
ナミがうなずくのを確認したあと、言葉を続けた。
「あそこに侵入する。ナミは俺の
「任せてくれ」
洞窟に響く乾いた銃声を聞きながら、赤紅色の根に
そしてそれが昆虫を呼び寄せる要因になっていることは分かっていたが、我々にはどうすることもできなかった。今は銃声を気にするよりも、我々を喰い殺そうとして向かってくる昆虫に対処することしかできなかった。
マーシーから受信していた洞窟内の詳細な地図を視線の先に表示する。素早く情報を確認したあと、仲間たちと情報を共有する。地面に繁茂している青紫色の植物に何度か足を取られそうになりながら、それでもなんとか建物のそばまでやってくることができた。
その倉庫の外壁を覆う太い根が時折、うねうねと動くのを見てひどく動揺したが、今は建物の入り口にたどり着くことが重要だった。入り口も得体の知れない根に覆われていて、扉を開くことができそうになかった。ライフルの弾薬を切り替えて火炎放射で根を焼き払おうと考えていると、ナミが前に出る。
「私がやるよ」
ナミはそう言って鉈を振ると、扉を塞ぐようにして絡みついていた太い根を一気に切断した。彼女が使う鉈は高周波振動発生装置を搭載したものだったが、軽々と太い根を切断できるのはナミの技量のおかげでもあるのだろう。下手に鉈を振るえば、すぐに刃こぼれしてしまうほどに赤紅色の奇妙な根は太く、それでいて硬かった。
切断された根があっという間に枯れていくのを横目に見ながら、扉の横についていた制御盤に触れて、〈接触接続〉で扉を開放する。それから言葉を交わすことなく静かに建物に侵入していった。
建物内は天井が高く、金属製の棚に埋め尽くされた空間は静寂と闇に支配されていた。その不気味な闇のなかに、巨大な生物がうずくまっているような影を見た気がしたが、それは奇妙な静けさと闇が創り出した幻影だったのかもしれない。すぐに気持ちを切り替えると、建物内を進んでいく。
建材の倉庫としてだけでなく、作業場としても使用されていたようだ。その
カグヤの見つけていたモノは、どうやら作業場の奥にあるようだった。通路の床は薄緑色のリノリウムのように柔らかな床材になっていて、作業員を誘導するためのフットライトがあちこちに設置されていて、我々の足元を淡い黄色の光で照らしていた。
その薄明りを頼りに、我々は工作機械の間を慎重に歩いた。建物の天井に設置されていた照明は全て消されていたが、トンネルから電力が供給されているからなのか、非常灯は常に点滅していた。
『昆虫や危険な生物は潜んでいないみたいだね』
カグヤの言葉にうなずくと、工作機械が並ぶ通路に銃口を向ける。
「戦闘になると分かっていたんだから、無理をしてでもワヒーラを連れてくるべきだった」
『そうだね、レイの目で敵の存在は感知できないの?』
カグヤの言葉に頭を振る。
「俺の目に反応するのは、攻撃的な意思を持っている生物だけだからな。こちらに無頓着だった生物が我々の存在に気がついて、急に襲う気になったら、この目を持っていても襲撃を防ぐことはできない」
『ままならないものだね』カグヤがしみじみと言う。
「まったくだ」
通路の奥に中途半端に開いたままの防火シャッターが見えた。その奥には天井まで伸びる金属製の棚が並んでいた。ナミが腰を落としてシャッターを通ったあと、私も警戒しながらシャッターの先に向かう。
『やっぱりここにあったんだね』
棚に収められた数十機のドローンを見ながら
「カグヤが見つけたのはこれか?」
『うん。マーシーから受信していた物資のリストに、高所作業用のドローンと、建設現場を警備するために使われた攻撃型ドローンについての記述があったから、ずっと気になっていたんだ』
「たしかに〈母なる貝〉の格納庫には、ドローンはなかったな」
カグヤのドローンは棚に近づくと、そこに並べられていた複数の機体にスキャンのためのレーザーを照射する。
『格納庫になかったから、混沌の生物との戦闘ですべて破壊されちゃったんだと思ってた』
「でもこの場所に保管されていた」と、機体を眺めながら言う。
『うん。ここにあるドローンは、元々建設現場で使用するためのものだったからね。この場所にあるのは当然なんだ』
ドローンの装甲に堆積したホコリを見ながら訊く。
「すぐに使えるのか?」
『〈母なる貝〉の船長になった時点で、操作権限はレイに移ってるから、ハックしなくてもすぐに使えるはず』
「何世紀も放置されていた機体なのに動くのか?」
『旧文明期の技術で製造されたものだよ。少し整備すれば動いてくれる』
「旧文明期の技術か……まるで魔法みたいな言葉だ」
『そんな皮肉は言わないで』カグヤがぴしゃりと言う。
『それより、機体に直接触れてみて』
「〈接触接続〉が必要なのか?」
『システムに接続するための無駄な工程を省けるから、〈接触接続〉のほうが楽なんだよ。〈小型核融合電池〉も必要だから用意して』
「電池の交換が必要なのか?」
『もちろん。何世紀も昔の機体だってレイも言ったでしょ?』
ベルトポーチからシールド生成装置用に携帯していた小型核融合電池の予備を幾つか取り出す。
「それで、どこに入れるんだ」
ドローンを調べながら訊ねる。
『機体後部だよ』
ドローンの機体は二種類あった。六十センチほどの円盤型のドローンと、サッカーボールほどの球体型のドローン。
円盤型のドローンには、作業のためのマニピュレーターアームが機体下部にそれぞれ二本ついていて、円盤型の湾曲した装甲に沿ってレールが敷かれていた。アームはそのレールを自由自在に動けるように造られているようだった。そしてそれぞれの機体には、飛行のためのプロペラやらエンジンが見当たらなかった。
おそらくカグヤのドローンのように、機体の周囲に重力場を生成して飛行するタイプのドローンなのだろう。
目の前にある円盤型の機体は明らかに作業用のものだったので、球体型のドローンに近づいた。その機体の中心には単眼の大きなカメラアイがついていて、機体下部には角張った形状の細長い銃身のレーザーガンが取り付けられていた。
攻撃型のドローンは全部で六機確認できた。それらの機体に順番に触れていく。すると機体後部につなぎ目があらわれて、装甲が左右にスライドして展開していった。機体内部から古い小型核融合電池を取り出すと、新しい電池と交換した。すると瞬きするようにカメラアイが赤く発光し、重力場を発生させて機体が僅かに浮き上がる。
ドローンが起動したのを確認すると、カグヤはウェンディゴで待機していたウミと連絡を取る。
『ウミ、ドローンの遠隔操作を手伝ってもらえる?』
『もちろんです』ウミの凛とした声が聞こえる。
『攻撃目標は……昆虫の変異体ですね』
『イーサンたちの掩護をお願いできる?』
『了解しました。すぐに昆虫どもを一掃して見せます』
『ドローンはポンコツだけどちゃんと動く。でも慎重に機体を操ってね。状態が悪くないだけで、ポンコツには変わりないからね』
『承知しました』
ドローンが次々と防火シャッターの向こうに飛んでいくと、すぐに金属音を含んだ騒がしい音が聞こえた。
『失礼』ウミが言う。
どうやら六機のドローンの内の一機がコントロールを失って、コンテナボックスが並べられていた棚に衝突したみたいだった。
『あとで機体の整備をしないとダメだね』
カグヤの言葉に肩をすくめたあと、イーサンたちにドローンのことを報告する。
「レイ」ナミがとなりに立つ。
「人の形をした化け物だ」
作業場に並んだ棚の間から一体の人擬きが姿を見せる。異様に背の高い化け物が身につけている服は破れ、ほとんど原型を保っていなかったが、それが戦闘服の類だということは素材から何となく分かった。
「どうして人擬きがこんな場所に?」思わず顔をしかめた。
『人擬きに襲われて感染した個体じゃないみたいだね』
たしかに我々の目の前にあらわれた人擬きは、変異したのが昨日今日の個体にはとても見えなかった。
その人擬きの胸部には大きな眼球がついていて、真っ赤に充血したそれは薄明りに照らされて忙しなく動いていて、足の指は手の指のように細長く、それが無数に生えていた。そして人擬きが一歩踏み出すごとに、それらの指についた爪が剥がれる。が、人擬きはそれを少しも気にすることなく、地面を引っ掻くようにわさわさと指を動かしていた。
頭部には眼が三つあった。本来の位置にふたつ、そして大きく開いた口から突き出るように大きな眼球が存在していた。すぐに人擬きの胸部にある眼球に照準を合わせると、通常弾を二発撃ち込んだ。しかし、いずれの弾丸も人擬きを避けるように見当違いの方向に飛んでいった。
「どうなっているんだ?」
『弾道を曲げるほどの磁界を発生させてるんだよ。通常弾は通用しないかも』
「それは超能力の類なのか?」思わず間抜けなことを言う。
『違うよ、変異の段階でシールド生成装置を体内に取り込んだんだと思う』
「それはまだ機能するのか?」
『そうじゃなきゃ、弾道を曲げることはできない』
「それなら」とナミが言う。
「私がこいつで倒してくる」
ナミは大ぶりの鉈を黒革の鞘から引き抜くと、目にもとまらない速さで人擬きの懐に飛び込み、奇妙な眼球もろとも人擬きを両断した。しかしそれだけでは人擬きは殺せない。上半身と下半身がふたつに分かれてしまっても尚、人擬きはナミに襲いかかろうとして、ブヨブヨとした皮膚を引き
「これなら防げないだろ」
ナミは人擬きの頭部にライフルの銃口を押し付けて引き金を引いた。その奇妙な人擬きが死んだことを確認していると、イーサンから連絡が来て、昆虫の殲滅が完了したことを知った。
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