第203話 封鎖 re


 ハンドガンの弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、横一列に並んだ戦闘用機械人形の集団に銃口を合わせる。白い塗装に青色のラインが入った機械人形の装甲が光を反射すると、思わず目を細めた。カグヤの声が内耳に聞こえたのは、引き金に指を掛けたときだった。


『待って、レイ!』

 彼女の言葉に驚いて動きを止める。

『機械人形の制御システムに侵入できたみたい』


 我々に攻撃を行うため、腕に収納されていたレーザーガンをこちらに向けていた機械人形は動きを止めると、短いビープ音を鳴らす。

「どうなっているんだ?」

 すると機械人形の集団は、ほぼ同じタイミングで振り返ると、その場から去っていった。


『イーサンたちが中層区画にある制御室に侵入して、保安システムの専用端末に接続することができたんだ』

「二人は無事なんだな?」

『もちろん』とカグヤが言う。

『それでね、私もすぐに保安システムに侵入して、上層区画の警備を掌握したんだ』


「施設全体のセキュリティーはどうなったんだ?」

『制御室の分室に設置された専用端末をかいした接続だったけど、レイが〈キティ〉から入手していた権限があるおかげで、接続が簡単にできるようになった。それでも最深部のシステムに接続するのは無理だったけどね』


 去っていく無数の機械人形の背を見ながらく。

「なぁ、カグヤ」

『うん?』

「カグヤはどうやって俺と話をしているんだ?」

『いきなりどうしたの?』


「施設の保安システムは外部からのあらゆる接続をシャットアウトしていた。それなのに、俺は相変あいかわらずカグヤと普通に話ができている」


『なんだ。そのことか』と、カグヤはそれがなんでもないことのように言う。

『私は〈データベース〉に接続できる電波塔があれば、どこからでもレイと通信ができるんだよ』

「以前、話をしていた軍の秘匿回線ひとくかいせんを使用しているのか?」

『そうだよ。だから私たちの密事みつじは誰にも邪魔されることがないの。どう、嬉しい?』


 茶化ちゃかすカグヤを無視して、気になることをたずねる。

「軍のシステムに侵入する方法はないのか」

『難しいと思うけど、どうしてそんなことをしたいの』


「そのシステムが使用できれば、今回のように旧文明の施設を探索しても通信が不安定になることがないからだよ」


『そっか……でも、私にはどうすることもできない。レイも分かっていると思うけど、私たちが持つ〈データベース〉の権限はすごく低い。だから軍の専用回線に侵入して、自分たちの都合のいいようにシステムを操作することはできない』

「権限か……」と私は溜息をついた。


 無残に破壊された都市を横目に見ながら、道路に散乱する大小様々な瓦礫がれきの間をうように歩いてイーサンたちとの合流地点に向かう。その間も〈作業用ドロイド〉たちは一生懸命働いていて、私のことに気がつくと、わざわざ瓦礫がれき退かして道を作ってくれる機械人形もいた。


 変異体を仕留めた公園の側を通りかかったので、園内えんないの様子を確認することにした。狙撃のさいに発生した衝撃波をまともに受けた公園は、その面影を残さないほど破壊されていた。ちなみに老人の注意を引いた情報端末を見つけることはできなかった。カグヤは何度か無線で端末に接続をこころみたが、返信はなかった。


 確証はなかったが、狙撃を行ったさいに完全に壊れてしまったのかもしれない。

 あの端末には貴重な情報が保存されている可能性があったので、しいことをしたと思った。けれど一度失われてしまったモノは、もう元に戻らない。端末を諦めると公園に視線を向ける。


 老人じみた姿を持つ変異体の臓器の一部が、周囲に散乱する建物や遊具の瓦礫がれきに垂れさがっていたので、変異体が確実に死んだことが確認できた。ハンドガンの〈狙撃形態〉による攻撃がこうそうしたのか、あるいは端末で〈老人〉の注意を引いたことが決め手になったのかは分からない、とにかく作戦は上手うまく噛み合って、化け物を倒すことができた。


 空間を自由に移動することのできる変異体に対処する方法は見つけられなかった。けれど差し迫った脅威がなくなったことに安堵あんどしていた。


 公園で唯一ゆいいつ破壊を逃れた砂場の前に立つと、しばらくぼうっとしていた。

『どうしたの、レイ?』と、カグヤが心配してくれる。

「何でもないよ。少し疲れただけだ」


『レイの体内たいないでナノマシンが頑張がんばってるけど、それでも厳しい戦闘だったから仕方ない。それより、大きな怪我をしないで済んだことを喜ばないとね』

「そうだな……」


 戦闘服の袖を引っ張られて振り向く。そこには、私が失くしていたユーティリティポーチを手に持った〈作業用ドロイド〉が立っていた。黄色と黒の塗装がされた機械人形は、蛇腹形状のチューブに保護された長い腕を伸ばして、ポーチをそっと手渡してくれる。


「ありがとう」

 私がそう言うと、〈作業用ドロイド〉はビープ音を鳴らして去っていった。


『いい子だね』とカグヤが言う。

「ああ。でもどうして俺の持ち物だと分かったんだ?」

 切断されたハーネスの端を結び合わせると、ポーチを肩にかける。


『このあたりで落とし物をしそうな人間はレイしかいないからね』

「あぁ」と、納得しながら破壊された都市に視線を向けた。

「他に人間がいなくて良かったよ」

『そうだね……』


 視線の先に地図を開くと、二人の現在位置を確認しながら公園を出た。

『ねぇ、レイ』とカグヤが言う。

「なんだ?」


『都市に配備された機械人形を使って、居住区画の〈バグ〉を殲滅しようと考えてるけど、どう思う?』

「施設が封印している〈混沌の領域〉に影響が出ない範囲なら、機械人形たちを使ってもいいんじゃないのか?」


『旧文明の人たちが〈混沌の領域〉をどんな風に封じ込めているのかは分からないけど、システムに負荷がかからないように、ちゃんと考慮するよ』

「ならカグヤが考える通りにやってくれ、〈バグ〉が居住区画から出て施設に溢れたら大変だしな」

『了解、駆除を始めるよ』



 複合商業施設として利用されていた複数の建物に囲まれるようにして、茶色のブロックで舗装ほそうされた広場に出ると、その中心に中層区画に続くトンネルの姿が確認できた。地下に続くトンネルの入り口前には、軌道車両のための高架と駅を支える巨大な構造体が並んでいる。


「中層区画に向かうときに、ここにある車両を動かしたのか?」

『うん。中層に向かう経路は複数あるけど、この駅から移動したほうが制御室に早くたどり着けたんだ。車両のシステムに侵入するのは大変だったけどね』


「いつの間にそんなことをしていたんだ?」

『レイが〈老人〉に投げ飛ばされていたときだよ』

「あのときか……それで、イーサンたちは?」

『もうすぐ彼らを乗せた車両が来るよ』


 それからいくらもしないうちに箱型の車両が姿を見せる。

 車両は上層区画に向かうために我々が使用した車両と同じモデルだったが、そこにあらわれた車両には可愛らしい色とりどりの二頭身のキャラクターが描かれていた。


 不思議だったのは車両が走る際に立てる轟音がまったく聞こえなかったことだ。まるでサイレント映画を見ているように車両は音もなくトンネルの先にあらわれて、高架を通過して駅の構内に入っていった。音を消す原理は分からなかったが、旧文明の人々が音に対処した理由は何となく分かる。ここは都市の中心にある施設で、騒音はそれなりの問題になったのだろう。


 その駅が見える広場のベンチに座って、イーサンたちが来るのを待った。さいわい広場の周囲は破壊をまぬがれていて、近くに〈作業用ドロイド〉たちがいなかったので、休んでいてもはたらいている彼らに対して気後れすることはなかった。もっとも、街を破壊した張本人が座っていたとしても、彼らは少しも気にならないのかもしれないが。


 車両から降りたイーサンとエレノアに目立った怪我は見られなかった。私はベンチから立ち上がると、自然と笑顔で二人を迎えた。


「ずいぶん派手にやったんだな」と、イーサンが街を見ながら言う。

 私は口をへの字にしながら肩をすくめる。

「あの化け物が相手だったからな」


「車両に乗ってる間、〈老人〉との戦闘の様子をカグヤに見せてもらったよ。あの化け物が恐ろしいことは分かっていたけど、お前さんも色々と人間離れしてる」

「頑丈な身体からだに産んでもらったのさ」と、鼻を鳴らす。


「ウミのことは残念です」と、エレノアが菫色すみれいろの眸で私を見る。

「……大丈夫だよ。それに彼女の意識を転送した〈クリスタル・チップ〉は無事だ」

「そうですね……」


「それで――」と、胸を締め付ける話題を避けるようにイーサンにたずねた。

「鳥籠の資産は手に入れられたのか?」


「もちろん」彼はニヤリと笑みを見せる。そのさい、天井から差し込む光を受けて瞳が鮮やかな金色になる。「中層区画で保安システムにちょっとした細工をして、保管されていた電子貨幣のすべてをこの端末に送金した。これで連中は文無しだ」


 イーサンが手に持っていた情報端末に視線を向ける。

「何事もなく順調にやれてよかったよ」

「異界の猫さまのおかげだよ」とイーサンは苦笑する。

「苦労して最深部に行かないで済んだからな。最深部は地獄みたいな世界になっている」


「下層区画の状況が分かったのか?」

「全体はダメだった」とイーサンは頭を振る。

「けどあちこちに設置された監視カメラの映像を確認することができた。カグヤ、レイに同じ映像を見せることはできるか?」


『待って、すぐに接続する』

 視界の先に拡張現実のディスプレイが浮かび上がると、下層区画の映像が表示される。それは薄桜色の鋼材で囲まれた細長い廊下の映像で、壁に設置された監視カメラからの視点だった。壁や床のつくりは他の場所と変わらない、しかし妙な違和感がある。壁や床の様子がおかしいのだ。


 廊下の先に向かって監視カメラの映像を切り替えていくと、徐々に廊下が変化していく様子が認識できるようになった。


 壁や床は赤黒いヌメリのある肉に覆われていた。それらの肉には青紫色の血管のようなモノが植物の根のように網目状に広がっていて、それは壁や天井に張り付いて脈打っていた。また腫瘍しゅようにも似た物体が複数確認できた。それらの物体からは黄緑色の液体が垂れ流されている。


「ひどいな……」と思わず言葉が出る。

 通路の先に広がる薄い膜のような壁が脈打つと、床や天井に向かって膜がぱっくりと開いて、その奥からぬっと〈老人〉が姿を見せる。


「カグヤ?」

『私たちが倒したのとは違う個体だよ』と、彼女は即答する。

 力強く脈打つ薄膜の奥には、しゃがみ込んでいるもう一体の〈老人〉の姿が見えた。


「たしかに地獄のような場所だな……」

 自分たちがいかに危険な綱渡つなわたりをしていたのかあらためて認識した。保安システムが必死に我々を排除しようとする理由も分かった。


「あの〈老人〉に対する考察は俺も聞かせてもらったけど」とイーサンが言う。

「これを見たら俺も信じたくなったよ。この核防護施設は連中の住処だったんだ」

 不意に薄膜の向こうにもう一体の〈老人〉が何の前触れもなく出現する。


 通路の先に設置されていた監視カメラの映像に切り替えようとしたが、故障しているのか何も見えなくなった。

「問題は」とイーサンが言う。

「そこは下層の入り口付近の映像で、封鎖された区画はその先にある」


「侵食によって〈混沌の領域〉が広がっていたんだな……」

「ああ。俺たちが見ているのは、その名残だろう」

「名残……か、最深部がどうなっているのかは分からない状況なのか」


「そうだ。まったく分からない」とイーサンは溜息をついた。

「まるで化け物の腹の中にいるような感じだな」


「これ以上、あの化け物を刺激しないように、すぐにここを離れたほうがいいな」

 私の言葉にイーサンはうなずく。

「けど、それだけじゃダメだ」


「でもあの化け物は、俺たちでどうにかできる相手じゃない」

「わかってるさ」と、イーサンは金色の瞳をエレノアに向ける。

「だからせめて施設を封鎖しよう」

「地上の鳥籠で生活する人々から?」と彼女はイーサンにたずねる。


「そうだ。連中が余計なことをしないとも限らない。カグヤが持っている上層区画の権限を使えば、施設の封鎖は問題なくできるだろう」


『施設の入り口に機械人形の部隊を展開して、エレベーターを止めるくらいならできるかもしれないけど……』とカグヤが言う。

「保安システムには、鳥籠の管理者たちの生体情報が記録されているはずだ。それを消去してくれ。レイとカグヤ以外、誰も施設にアクセスできないようにすればいい」


 道路の先で瓦礫がれきを片付けていた〈作業用ドロイド〉を見ながらく。

「やれるか、カグヤ?」

『問題ないよ。居住区画で行う〈バグ〉の掃討作戦と同時に準備を進める』


「ありがとう、カグヤ」

『どういたしまして』

 私はホッと息をついた。


「苦労かけるな」とイーサンが言う。

「これで文字通り施設はレイのものになったが、その分、施設を保護する責任もできた」


「そうだな……せめて機械人形の製造工場が使えればよかったんだけど、システムに負荷をかけられない以上、無闇に稼働させることもできない」


「けど、こんなことを任せられるのはレイしかいない」

 彼の言葉にうなずいたあと、思わず溜息をついた。

「地下施設が自分たちの手から離れたことを知ったら、鳥籠の連中は本格的な戦争を仕掛けてくるだろうな」


「俺に考えがある」とイーサンは唇の端を持ち上げる。

「だから安心してくれ、レイに手出しはさせないさ」

「頼りにさせてもらうよ」と私も笑みを見せた。


 我々は無残に破壊された都市を移動して、地上に戻るためのエレベーターを探す。破壊された商業地区を通って、天井を支えている巨大な構造体の近くまで行くと、手で影をつくりながら構造体の先に視線を向ける。


「高いな」と、感想を口にする。

「破壊されなくてよかったですね」とエレノアが言う。

「ああ、この構造体が破壊されていたら、地上に地獄が広がっていたのかもしれない」

「そうですね……」と彼女も構造体の先に顔を向ける。


 支柱のように伸びる構造体には通路があることが確認できたが、入り口がなく上層区画から構造体に入ることはできないようになっていた。

『レイ』と、カグヤの操作する偵察ドローンが飛んでくる。

『地上に向かうエレベーターを起動したよ。帰ろう』

 構造体から視線を外すと、目的の場所に向かって歩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る