第202話 感染 re


 目もけていられないほどのまぶしい光に包まれたあと、衝撃波と共に連続した爆発音が上層区画の至るところから聞こえてくるようになった。ハッキリとした理由は分からないが、おそらく爆発の衝撃から逃れるために〈老人〉が作り出した空間のゆがみを通って、爆発の衝撃が分散されているのだろう。


 そのおかげなのか、上層区画は〈超小型核融合ジェネレーター〉の暴走が引き起こした爆発によって甚大じんだいな被害を受けずに済んでいた。


 上層区画の天井を支える巨大な構造体の近くでも爆発が起きていたが、構造体が崩壊するような損傷は確認できなかった。目を細め遠くにある構造体を眺めているときだった。内部で激しい爆発を引き起こした建物が道路に向かって倒壊してきた。


 しかし周囲に展開していたドーム状のシールドによって、落下してきた瓦礫がれきはじかれ、幸いなことに怪我をせずに済んだ。シールド生成装置によって展開する青色の薄膜は、足元で割れた装置の数だけ重なるように発生していた。


 けれどウミの機体が自爆を行ったさいに、シールドの薄膜のほとんどが爆発の衝撃に耐えきれずに消失してしまっていた。そしてわずかに残った薄膜も消えようとしていた。


 爆発の衝撃が収まると、足元に散乱する瓦礫がれきの間を歩いて倒壊した建物の上に立ち、変わり果てた都市の姿を眺めた。あちこちで崩壊していく建物を見ていると、カグヤの操作する偵察ドローンが何処どこからともなくあらわれた。


『大丈夫、レイ?』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

「……問題ないよ」

 私はそう言うと、握りしめていたウミの〈クリスタル・チップ〉に視線を落とした。


『ウミは……』

「預かってくれるか」と、チップをドローンに差し出した。

「カグヤが持っていたほうが安全だ。俺が持っていたら、また失くしちゃいそうだからな」


 機体から細いケーブルが伸びると、将棋の駒にも似た半透明の〈クリスタル・チップ〉に巻き付いた。そのケーブルがチップと共に機体に収納されるとカグヤの声が聞こえる。

くさないよ……もう何もうしなったりはしない』

「だといいんだけどな」と、言葉をこぼした。


『レイ、弾倉はちゃんと見つけてきたよ』

 そう言ってカグヤのドローンは、ケーブルに巻き付いた紺色のずっしりした弾倉を持ち上げる。弾倉を受け取ると、周囲に視線を向けた。


「イーサンたちの状況はどうなっている?」

『警備システムの目をくぐって、なんとか中層区画にたどり着けた。今は目的の制御室に向かってるところだよ』

「順調か?」

『何度か警備の機械人形と戦闘になってるけど、大丈夫』


「そうか……それで、やつはまだ生きていると思うか?」

『〈老人〉のこと?』

「ああ」

 カグヤのドローンは私の周囲をぐるりと飛行すると、破壊された都市を背にしながら言った。


『この惨状さんじょうを見れば、あの化け物が出鱈目でたらめに〈空間転移〉を繰り返して、爆発から必死に逃げていたことは分かる。けどあの化け物が生きているのかまでは分からない』

「それは厄介だな」


 通りの向こうから姿を見せた〈作業用ドロイド〉を視界に入れる。破壊された都市を修復するためにシステムに派遣されたのだろう。しかし何処どこから手をつければいいのか分からず、困り果てているようでもあった。


『〈キティ〉が話していた脅威って、やっぱり老人のことだったのかな?』

「ああ。この施設の最深部には、もっと危険な化け物がいる可能性もあるけど、〈老人〉のことを言っていたんだと思う」


『そう言えば、キティから受け取っていた端末はどうなったの?』

「キューブ状の端末ならハーネスが切断されたときに、ポーチと一緒に何処どこかに落としたみたいだ」

『あの端末に接続できるか確認してみるよ。この爆発で壊れてなければ、何処どこにあるのかすぐに分かると思う』


 彼女の言葉にうなずくと、瓦礫がれきの斜面を下って道路に向かう。そしてそこで最悪を目にする。


「……生きていたのか」

 私の立っていた場所から数メートル先の道路に、身体中からだじゅうにできた傷から流れる赤黒い血液を地面にしたたらせている〈老人〉が立っているのが見えた。化け物は右目と左腕を失くしていたが、白濁はくだくした隻眼せきがんには、私に対する怒りと憎しみが渦巻うずまいているように感じられた。


 その直後、化け物が私に対していだく怒りが視覚化されて、赤紫色のもや所為せいで、まるで炎をまとう化け物のように見えた。


「どうして俺のことを執拗に付け狙うんだ?」

 私はそう言うと〈老人〉にハンドガンを向けた。

 化け物はなにも言わず、足を引きりながら向かってくる。


『レイ、端末を見つけたよ』と、カグヤの声が聞こえる。

 視界の端に表示されていた地図を確認したあと、私は疑問を口にする。

「公園? どうしてそんな場所に端末があるんだ?」


 私の口から発せられた言葉を聞いて、〈老人〉はピタリと動きを止めた。

『なんだろう?』カグヤもすぐに老人の変化に気がつく。


 その瞬間、私は〈キティ〉の言葉を思い出してハッとする。

「カグヤ、端末を操作して子どもの映像を表示することはできるか?」

『できるけど、どうしたの?』


上手うまくいかないかもしれないけど、とりあえずやってみてくれ。理由はあとで説明する」

 私はそう言うと背後の建物に向かって駆けだした。


『ダディ!』と、幼い男の子の声が内耳に聞こえた。

 カグヤがキューブ状の端末に保存されていた映像を再生しているのだろう。私は走っている勢いのままに建物に飛びつくと、そのまま壁面の凹凸おうとつに手を掛けて屋上までのぼっていった。振り返って〈老人〉の姿を確認すると、化け物の視線はずっと遠くにある公園の方角に向けられていた。


『追ってこないね』

「カグヤ、子どもの姿を等身大のホログラムで投影できるか?」

『やってみる』

 カグヤがそう言った瞬間、老人の姿がふっと消える。

「正解だったようだな」


 屋上のふちに立つと、マスクの視界を拡大して老人の姿を探した。

『見つけたよ。公園に落ちてる端末の側にいる』


 公園にいる〈老人〉の姿を確認しながら、ハンドガンから使用していない空の弾倉を抜いて、紺色のずっしりとした弾倉を装填した。すると弾倉が軍の規格に合わないモノだと通知する警告が視界内に表示される。使用される弾倉が正規品ではないため、使用に関しての保証がされない等のことが書かれていた。


 それらの警告表示を消すと、次いで表示された項目を確認する。選択肢のいくつかは旧文明の機密情報と同様の扱いをされていて、詳細が確認できなかったが、その中から〈狙撃形態〉に関する項目を選択する。


 上層区画の天井に取り付けられている膨大な数の照明装置がゆっくり動いて、朝日が昇る時間帯の微妙な空の色の変化を見事に再現していく。そのやわらかな光が無残に破壊された都市を照らし出す様子を見ていると、ハンドガンの形状がゆっくりと変化していった。


 ハンドガンのスライドが開くと、表面に紺色の水滴がぷつりと次々と浮かんでいく。やがてそれは粘度の高い液体となって染み出して、ハンドガンを包み込んでいく。その液体はピストルグリップを握っていた右手も一緒に包み込んでいき、強力な接着剤でくっ付けたように手を固定する。


 粘度の高い液体は固まりながらハンドガンの形状を変化させていき、従来の狙撃銃が持つ形状とはまるで違う細長い長方形の角筒に変わっていく。兵器のグリップは筒と一体型で、射撃のさいに筒の内部に手が収まるようになっていた。


 天井から射す光を一切反射することのない漆黒しっこくの角筒は、その外見からは想像もできないほど軽かった。形状が変化する以前に装填した弾倉のほうが、いくらか重たかったように感じられたくらいだ。照準がブレないように兵器の周囲に展開されている重力場によって、兵器の重量が制御されているのかもしれない。


 兵器の銃身をずっと遠くに見える公園に向ける。すると兵器のシステムに接続されたガスマスクの視界を通して、〈老人〉の姿がハッキリと確認できるようになる。照準器が何処どこに取り付けられているのかは、その外見からは分からないようになっていた。だからフェイスプレートに表示されている視界情報が強化される原理は理解できなかったが、マスクの視野は一気に広がり解像度が高められる。


 建物屋上で腹這いになると、左手を兵器の銃身部分である角筒の前方下部にそっとえた。カグヤが最適な射撃位置を視界の先に表示すると、私が何もしなくても身体からだが自然に動いて、〈老人〉の頭部に照準が合わさる。重力場によって周囲の空間が制御されているのかもしれない。


 すると兵器の銃身、角筒の側面から粘度の高い液体が染み出したかと思うと、それはとげのような太い突起物に変化していき地面に突き刺さると瞬く間に固まる。安定した射撃を可能にするために機能するだけでなく、おそらく射撃のさいの強力な反動にも対応するための銃架じゅうかとして生成したのだろう。兵器は建物と完全に固定されることになった。


 引き金に指をかけると、兵器の銃身、なんの特徴もない長方形の角筒に青白い光が幾何学きかがく模様もようを描きながらに銃口に向かって走り、その光に沿うように銃身が分解され、複数のパーツに分かれて空中に浮かび上がる。それらのパーツは互いの重力場に干渉しているのか、時折ときおり発せられる電光でつながり一定の距離を保ったまま浮遊している。


 銃身内部には、プラズマ状の発光体が鈍い輝きをはなちながら浮かんでいたが、次第しだいにすべての色を吸収し閉じ込めたかのような漆黒しっこくの小さな球体に変わり状態が安定した。


「カグヤ」と、〈老人〉に照準を合わせたまま言う。

「核防護施設に及ぼすかもしれない被害の程度が分かるか?」


 登録されていない兵器に反応しないだけなのかもしれないが、施設から兵器の使用に関する警告が出されていないことが気がかりだった。


『弾丸の侵入角度から計算してみたけど、上層区画を貫通しても最深部に被害が出ることはないよ』

「〈混沌の領域〉が広がる心配はないんだな」

『断言はできないけど』


 すると内耳にしゃがれ声が聞こえる。

『……ル……イ……』

「カグヤ、今のなんだ?」

『キューブ状の端末を通して聞こえてくる〈老人〉の声だ……』と、カグヤが困惑しながら言う。


「声……? 他に何か変化はあるか?」

『わからない……でも、ホログラムで投影された男の子の名前をずっと呼んでる……』

「そうか……」


『ねぇ、レイ。もしかしてあの〈老人〉は――』

「そうだとしても、俺たちがやることは変わらない。今までだってそうだった」

 私はそう言うと、深く息を吸って吐き出す。

『……うん』

 呼吸を止めたあと、そっと引き金を引いた。


 静電気の痛みにも似た奇妙な痺れが指先に生じたかと思うと、射撃の反動で肩が外れてしまいそうな強い衝撃を受けた。建物も同様で、射撃のさいに生じた衝撃波で兵器を固定していた地面はひび割れ、建物が大きく揺れた。


 すさまじい速度で撃ち出された弾丸の軌道を確認することはできなかったが、拡大表示された視界で、ホログラム映像の男の子に腕を伸ばした〈老人〉の頭部が破裂するのが見えた。


 弾丸が命中したさいの衝撃の余波で、化け物の身体からだは銃弾が通過した軌道に向かってうずを巻くようにじれ、手足が千切れ内臓が撒き散らされた。弾丸が貫通した地面は放射状に大きくへこみ、衝撃波によって遊具のほとんどが破壊され吹き飛んだ。


 射撃を終えた兵器の内部では、漆黒しっこくの球体が灰色の石のような塊に変わっていた。複数に分かれ宙に浮いていた兵器のパーツもひとつに合わさり、もとの長方形の角筒に戻った。そして角筒は徐々に灰色に変わり、変色した箇所は乾いた泥のようにぼろぼろと地面に崩れ落ちると粉々になり風に散らされていく。手元に残ったのはハンドガンだけだった。


 ゆっくり立ちあがると射撃のさいの反動で痺れていた手をほぐし、消えてなくなった紺色の弾倉の代りに空の弾倉を装填した。


『終わったの……?』と、カグヤがポツリと言う。

「カグヤも見ただろ、〈老人〉はもう死んだ」と公園の方角を見ながら答える。


『ねぇ、レイ』

「うん?」


『老人はあの端末の映像と関係があったのかな?』

「ハッキリしたことは言えないけど、あの変異体はこの施設の出身だと思っている」

『どうしてそう思うの?』

「俺たちが手に入れていた端末は元々、あの変異体の所有物だったと考えている」


『だからレイは端末を起動させたの?』

 それから彼女はハッとしながら言う。

「もしかしてあの端末は、砂漠地帯で私たちと戦闘になったときに〈老人〉が落としたモノだった?』


「ああ。変異体との戦闘前には、端末なんてどこにもなかったからな」

『レイを執拗に付け狙っていた理由は、〈老人〉の端末を持っていたから?』


「それは分からない、俺が端末を持っているところは見られていないと思うからな。けど端末を失くしたさいに戦闘になった男が急に目の前にあらわれたんだ。端末を持っているか確かめたくなったんだろ」

『その所為せいで食べられそうになったけどね……』


「人擬き同様、端末に対する執着は変異前から残っていたかすかな本能みたいなモノだったんだろう。強引で身勝手な解釈かもしれないけどな」

 建物の非常階段から道路に戻ると、瓦礫がれきを片付けている〈作業用ドロイド〉を眺めながら、イーサンたちと合流するために中層へと向かうことにした。


『レイの言ってることが正しいなら』とカグヤが言う。

『この施設で暮らしていた人たちは、みんなあの〈老人〉みたいな恐ろしい化け物に変異しちゃったってこと?』


「それは分からない」と、私は頭を振った。

「旧文明の一部の人々はワクチンのおかげで人擬きに変異することはなかったけど、世界中にばら撒かれた人擬きウィルスに触れる機会はあったはずだ。そんな人間がもしも〈混沌の領域〉からもたらされた未知の病原体に感染して、特殊な変異を引き起こしていたとしたら?」


『あの〈老人〉のようなキメラが誕生した?』

「人擬きウィルスだけが問題じゃないんだ。旧文明の人間は〈仙丹せんたん〉を使用していた」

『不老不死の薬だね』

「本当に不死になったのかは疑問だけど、その薬によって旧文明の人々の肉体は変化していたはずだ」


『混沌の領域からやってきた病原体に感染したことで、人擬きと異なる変異を起こした可能性もあるのか……』

「全部、憶測だけどな」


『でも間違ってないと思う。老人は子どもの名前を知っていた。それにこの施設の最深部には〈混沌の領域〉とつながる〈転移門〉が存在していて、混沌からやってきた化け物の痕跡も残っている。異界には未知の病原体だって数え切れないくらい存在するはずだ。そんなものが地上と隔絶された施設に広がったら、集団感染だって引き起こしかねない』


 彼女の言葉にうなずいたあと、前方からやってくる機械人形の集団にハンドガンの銃口を向ける。

『そう言えば、警備システムは〈老人〉に反応しなかったね』

「あの変異体は、本当にこの施設の住人だったのかもしれないな」

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