第200話 上層区画 re


『レイ!』

 カグヤの声が聞こえるのとほぼ同時に撃ちだされた弾丸は、攻撃ドローンのローターに直撃する。姿勢制御ができなくなったドローンは、ワイヤロープで吊り下げられていた通路に衝突し足場と共に爆散ばくさんする。近くに警備ドローンがいないことを確認したあと、車両に向かって駆ける。足場は不安定で、今にも崩壊しそうになっていた。


 車両内に飛び込むようにして乗り込むと、システムに侵入していたカグヤの操作で車両は起動して、後部ハッチが閉じると同時に一気に加速した。金属製の箱型の塊は、天井から伸びる細い柱で固定された線路上を、不安になるほどのすさまじい速度で走る。


 元々人間が乗ることを想定していない車両内には、外の様子が分かるような窓はなく、貨物を積み込むさいに使用される後部ハッチに小さな長方形の小窓がついているだけだった。


 ハッチのそばに行くと、攻撃ドローンが追って来ていないか小窓から確認する。けれどすさまじい速さで風景が流れている様子を見て、そもそも旧式のドローンで追いつける速度ではないことに気がつく。


 バックパックを素早く下ろすと、救急ポーチを取り出した。その中には常時温度管理がされている角筒状の医療ケースが入っていて、半透明の小窓から注射器が二本入っているのが確認できた。


 それはイーサンとエレノアのために用意していた〈オートドクター〉だったが、何故なぜかずっと渡しそびれていたモノだった。その医療ケースを持ってイーサンの側にしゃがみ込む。


「傷の具合は?」

 エレノアの太腿を見ながらたずねると、傷口を消毒していたイーサンが答える。

「レーザーがかすっただけだが、痛みでまともに歩くこともできないだろう」


 エレノアは攻撃ドローンに搭載されていたレーザーガンによる攻撃を受けて、太腿の側面を大きく損傷していた。レーザーによって高温で焼かれたからなのか、傷口からの出血は確認できなかったが、スキンスーツはけていて、肉がえぐられたような傷口の周囲は青紫色に変色し、綺麗な白い肌に嫌なコントラストを残している。


 エレノアの意識はハッキリしていたが、その痛みは筆舌ひつぜつくしがたいモノなのだろう。彼女はぎゅっと唇を閉じて、額に汗を浮かべていた。


 エレノアのスキンスーツは損傷を検知し、攻撃を受けて熔けだした箇所から傷口に向かって膨張したり収縮したりして何とか損傷個所の修復をこころみていた。その様子を見ながら、私は気持ちを落ち着かせる。イーサンが冷静でいるのに、私が焦って取り乱すのはなにか違うように感じたからだ。感情をコントロールできるイーサンは、やはり優秀な傭兵なのだと再認識する。


 医療ケースから取り出した注射器をイーサンに見せながら言う。

「〈オートドクター〉だ。魔法のような即効性はないが、傷痕が残らないように治療してくれるはずだ」


「オートドクター?」と、イーサンは金色の瞳を私に向ける。

「ああ、ペパーミントが保育園の拠点で製造しているモノだ」

「拠点で……? なぁ、レイ。いいのか、そんな重要なことを俺に話しても」


「構わない。それに〈オートドクター〉は二人に渡そうと思っていたモノだ」

 私はそう言うと、イーサンの手に注射器を握らせる。

「そうか……」彼は注射器を見つめる。

「助かる。この借りは必ず――」


「借りなんていらない」と彼の言葉をさえぎる。

「これは純粋な厚意だよ。見返りなんて求めてない。極端きょくたんな言い方だけど、チームとして一緒に行動している以上、俺は二人のために死ねるし、二人のためならなんだって殺してみせる。けどそれは俺の意思でやっていることなんだ。だから俺がすることに対してイーサンやエレノアが負い目を感じる必要なんてないんだ」


「……そうだな」

 彼はそう言うと一度視線を落として、それからすぐに私に眸を向ける。

「お前さんはそういうやつだったな」


「今さら、こんな恥ずかしいこと面と向かって言う必要もなかったな」

 私は軽口を言うと笑みを見せる。

「ありがとう、レイ」エレノアは頭を下げた。


『傷の状態から見て急激に眠くなることはないと思うけど、何が起こるか分からないから注意してね』と、カグヤは注射を使用したエレノアに言う。

『少しでも異常を感じたら、すぐに言ってね』

「わかりました」

 痛覚を制御するナノマシンのおかげで痛みが引いたのか、エレノアの顔色は見る見るうちによくなっていた。


 イーサンたちのそばを離れると、後部ハッチの近くで待機していたウミのもとに向かう。車両内には金属製のコンテナボックスが積み上げられていたが、貨物を固定するための金具は見当たらなかった。そもそも車両に乗っていて揺れを感じることがなかったので、そういった固定器具は必要なかったのかもしれない。どうやら車内にも重力場を発生させていて、揺れそのものを制御しているようだった。


 重い貨物を簡単に移動させるために床一面に敷かれたローターに注意しながら、充電装置に固定された〈作業用ドロイド〉の間を歩いてウミのとなりに立つ。小窓から外を覗き見ると無数の建築物が目に入る。


「もう上層区画についたのか?」と、カグヤにたずねた。

『うん。でもこのまま駅に止まるんじゃなくて、資材保管庫として利用されている車両基地に止まるみたい』

「倉庫か、弾薬の補充ができればいいんだけどな」


『上層区画の警備状況がどうなっているのかは、まだ分からないけど、車両基地に到着したら少し休憩しようよ』

「そうだな。エレノアを休ませている間、俺たちは弾薬を補給するために旧文明の鋼材を探そう」


 資材保管庫は建物が林立する区画から離れた場所に建ち、周囲に高い建物はなく、あたりには青々とした人工芝がかれていた。車両が停車すると、どこか牧歌的な雰囲気が漂う中、私はウミと一緒に物資が山積みになっている倉庫内のルームクリアリングを行い、脅威がないことを確認する。


 そのあと、ウミとイーサンをエレノアの護衛につけて、私は倉庫内で旧文明の鋼材を探すことにした。カグヤの操作する偵察ドローンが自由にあちこち飛行して、周囲のコンテナに対してレーザー照射しょうしゃによるスキャンを行っている間、私は倉庫の大扉から外の景色を眺めていた。


 上層区画では、この場所が地下だと忘れてしまうような光景が広がっている。天井のずっと高い場所に設置されている特殊な照明装置は、地上の時間帯に合わせて、まるで自然光のようなやわらかな光を放っている。今は暗い空でまたたく星々を再現していて、おそらく星図も地上と同じ位置で見えるように調整されているのだろう。


 視線を落とすと、八階建てほどの建築物がずらりと並ぶ様子が見える。人気ひとけのない空間だったが、時折、建物の間を飛行するドローンの航行灯こうこうとうが点滅するのが見えた。


 資材保管庫もそうだったが、目に見える範囲にあるモノすべてが管理されていて、清潔であることが一目で分かった。上層区画もシステムから切り離された区画だと思っていたが、施設の状態を維持するために特別に割り当てられた〈作業用ドロイド〉が残っているのかもしれない。


 頭部全体を覆っていたガスマスクの形状を変化させて顔を出すと、何処どこからか風が吹いて頬を撫でていった。澄んだ空気には、この時期に廃墟の街を覆っている青臭さは感じられなかった。ゆっくり深呼吸すると、再びマスクで頭部を覆い倉庫内に視線を戻した。


『レイ、こっちだよ』

 カグヤの操作するドローンがふわふわと飛んでくる。

「何か見つけたのか?」

『旧文明の鋼材を含む金属板がぎっしり詰め込まれた箱を見つけた』


 それを聞いて私はホッと息をついた。

「これで残弾数の心配をしないで済みそうだな」

『そうだね。戦闘しないで済めばそれに越したことはないんだけど、警備システムはきっと私たちを放っておいてくれないだろうし』


 コンテナボックスの中には一メートル四方の薄い金属板が隙間なく収められていた。羽根のように軽くて頑丈な合金は、間違いなく旧文明の鋼材だ。

 太腿のホルスターからハンドガンを抜くと、金属板に銃身を触れさせる。すると鈍い輝きを帯びていた金属板が赤熱してけ出して、ハンドガンの銃身と混じり合うようにして取り込まれていくのが見えた。


 しばらくすると網膜に残弾数が投射される。

上手うまくいったみたいだ。カグヤ、次の目的地は?」

『上層区画の中心地に向かう自動運転のバスがあるけど、今は動いてないから、歩いて居住区画に向かう必要がある』

「遠くに見えている都市まで行くのか?」

『うん。そこから専用通路を通って中層区画に向かう』


 ずしりと重たくなったハンドガンをホルスターに収めながら言う。

「注意しなければいけないことは?」

『警備システムが派遣するかもしれない機械人形と、警戒状態で上空を飛行してる攻撃ドローンかな』


「面倒だな」

『でも、目的地まであと少しだよ。警備システムに侵入できれば帰りは楽ができる』

「順調にいけばいいんだけどな……」

『不安?』


「ああ、こういうときは決まってトラブルに遭遇する」

『そうだね』

 カグヤの笑い声を聞きながら溜息をつく。

「笑い事じゃないんだけどな……。とりあえずイーサンたちの様子を見に行こう」

『そうだね。この場所もいつまでも安全って訳じゃない』


「歩けそうか?」と、イーサンがエレノアにたずねる。

「はい。痛みはもうありませんし、傷口もふさがりました」

「無理はしないでくれよ」

 イーサンに心配してもらえるのが嬉しいのか、エレノアは満更でもない表情で答える。

「大丈夫ですよ。イーサンは心配し過ぎです」


 二人の様子を見て問題がないことを確認すると、区画の中心に向かうことを伝える。

「俺が先頭を歩くから、ウミは後方から周囲の警戒をしてくれ」

『承知しました』と、彼女は表情のない頭部でうなずいた。


 都市に向かうための道は、人工芝に挟まれたゴミひとつない舗装された一本道だった。

瓦礫がれきや障害物だらけの道路に慣れているから、ここまで綺麗な道は違和感があるな」

『車両が使えればよかったんだけどね』

 カグヤの言葉に肩をすくめたあと、なだらかな起伏を見せる周囲の地形に視線を向ける。

「それにしても、このあたりにはなにもないんだな」


『ここは食料にされていた生物の食用に適さなかった部位を肥料にして、土に散布していた場所なんだ』


「生物?」

『人間によって創り出されたクジラの亜種だよ。人工筋肉以外にも色々な使い道があるって前に話したでしょ? ここでは作物を育てるのに適した土壌どじょうに改良するために、すりつぶされて特殊な薬剤で処理されたクジラが使われていたんだ』


 道路から離れた場所に見えていた丘に視線を向ける。

「食糧生産のためにこれだけ広大な区画を利用していたのか?」


『うん。私も詳細は知らないけど、数千人の人間を収容するための大規模な施設だからね。消費される食品もそれだけ膨大な量だった。地下だから土は有り余っているけど、作物を育てるのに適さないからね。だからどうしても土壌を改良する必要があるんだ』


「……この施設の何処どこかに、そのクジラの水槽があるのか?」

『あるよ。ずっと下層の区画だけどね』

「そうか……」

『気になるの?』


「そのクジラはまだ生きていると思うか?」

『ううん。そもそも繁殖するための器官がないから、管理するシステムや人間がいなくなった時点で死滅したと思う』


 地下のずっと暗いところでひっそりと死んで行くクジラと、水槽を管理する人間たちの姿を想像して――理由は分からないけど、旧文明の人類に対して得体の知れない恐怖を感じた。


 その恐怖はクジラたちの亡骸が散布された地面からゆっくりい上がってきて、私の背中を撫でる。今では何処どこからか吹く風にも死臭を感じるようになっていた。私は足を止めてまぶたを閉じると、必死に恐怖を追いやる。自分たちのエゴのためだけに生命を創り出し、神の真似事をしていた人間はもうこの施設の何処どこにもいないのだ。


 ゆっくり息を吐き出したあと、都市に向かってまた歩き出した。

 林立する建物は廃墟の街で見慣れたモノだった。けれど瓦礫がれきやゴミのない通りはガランとしていて、不気味さが増しているように感じられた。建物のガラスは綺麗に残っていて、ショーウインドーのある建物はシャッターが下ろされていて、店内に入ることはできないようになっていた。街を探索したい気持ちはあったが、今の状況では諦めるしかなさそうだった。


 しばらく歩くと、通りの角に小さな公園を見つけた。

『レイ!』

 カグヤの声が聞こえると、さっと視線を動かして周囲に敵がいるか確認した。

「どうしたんだ?」

『違う、敵じゃない。ほら、あの砂場を見て』


 イーサンたちを公園の入り口で待たせると、カグヤが指示する場所に向かって歩いていく。すると背の低いコンクリートの外構がいこうで囲まれた子どものための砂場が見えてきた。


「この砂場がどうしたんだ?」

『キューブ状の端末に保存されていた映像を思い出して』

「映像……もしかして公園で遊んでいた子どものことか?」

『うん。たぶんだけど、ここがあの公園だよ』


「そんな訳が――」と言いかけて私は口を閉じた。

 目の前にあった砂場は、たしかに男の子が砂のお城を作って遊んでいた砂場だった。


「レイ!」

 声がして振り向くと、公園の入り口に立っていたイーサンとウミがこちらにライフルの銃口を向けているのが見えた。

「後ろだ!」とイーサンは声を上げる。


 私が振り向いたときだった。頭部に強い衝撃を受けて吹き飛んで地面を転がった。吐き気がして視界がぐるぐると回る。イーサンたちが必死になにかを叫んでいたが、耳鳴りがして言葉はほとんど聞き取れなかった。私は吐き気をこらえながら顔を上げて、そして砂場の側に立つ〈老人〉の姿を見た。

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