第199話 攻撃ドローン re


 我々の頭上を高速で通過していく車両の音を聞きながら、金属製の棚が整然せいぜんと並ぶ通路を歩いた。棚はそれぞれが三階建ての建物とほぼ同じ高さがあり、木箱や金属製のコンテボックスが隙間なくおさめられていた。


 それらの箱には〈葦火建設あしびけんせつ〉の刻印と番号、それに見慣みなれない記号が書かれていただけだったのでなにが入っているのかは見当もつかなかったが、おそらく施設の整備に使用する資材なのだろう。


 ちなみに〈葦火建設〉は、旧文明期に複合都市開発や建設作業用機械の製造で知られた多国籍企業で、兵器の製造と流通、そして傭兵派遣で有名な巨大企業〈兵器工業集団〉との関係も問題視されていた日本の企業だ。


 その巨大な棚には格子状にレールがかれていて、無数のマニピュレータアームを持つ機械人形がレールを移動するための器具が取り付けられていた。我々のすぐ近くには、そのうちの一体がコンテナボックスを持ったまま動きを止めているのが見えた。

 棚に張り付く作業用機械人形の数は多く、黄色と黒の塗装がされた機械人形がひしめく様子は、まるで巣に蜜を運ぶミツバチのようでもあった。


 カグヤが操作する偵察ドローンが飛んでくると、薄暗い通路の先に照明を向ける。しかしそれでも空間全体を明るくすることはできない。それほどこの異様な場所は広大だった。呆然としながら無数の棚を眺めていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。


『レイ、気をつけて。この先で事故が起きたみたい。周囲の棚が不安定になっていて倒れるかもしれないから気をつけて』

「事故ですか?」と、エレノアが首をかしげる。

『うん。それが発生した正確な時期は分からないけど、事故に関する警告ログがシステムに残ってるんだ』


「そう言えば」と、私は思い出しながら言う。「カグヤが隔壁かくへきのシステムに侵入したときにも、そんな感じの警告が表示されていたな……」

『管理者に問い合わせてくれってやつでしょ? 私も見た』

「何が起きたのか分かるか?」


『施設のシステムに異常が起きたあとに発生した事故だと思うから、やっぱり〈混沌の領域〉の出現と侵食が関係しているのかも』

「システムの異常か……。やっぱり混沌が絡んでくるのか」

『それ以前に起きた事故なら――たとえば地震による被害だったら、〈作業用ドロイド〉が処理できた問題だと思うんだ』


 作業の途中で動きを止めてしまった機械人形に視線を向ける。すると金属製の小箱を大切そうに抱えていた〈作業用ドロイド〉の近くに、エレノアが立っているのが見えた。

「この区画もシステムに見放されたのですね……」


「レイ」と、イーサンがあごをしゃくる。

「どうやら、あそこが事故現場のようだ」


 将棋倒しになった巨大な棚が見えてくると我々は立ち止まって、先に進むための経路を探さなければいけなくなった。相当な高さがある金属の棚が倒れた衝撃によって、棚に積まれていた無数のコンテナが周辺に散乱していて、足の踏み場もないような状況になっていた。


「ひどい状況ですね」

 エレノアはそう言うと、半壊した作業用機械人形の側にしゃがみ込んだ。


 それからエレノアは、自身の情報端末からケーブルを引っ張り出すと、機械人形の破壊された装甲を持ち上げる。そして電子回路基板に組み込まれた記憶媒体を探し当て、そこにケーブルを挿し込んで機械人形のシステムに接続できるか確認した。深刻なダメージを受けていなかったのか、機械人形の補助脳はまだ機能していて、破損していない記録を読み込むことに成功した。


「混沌の生物がこの区画まで来たみたいですね」と、エレノアは機械人形から取得した情報を共有しながら言う。


 受信した映像には、クマに似た四足歩行する巨大な獣がどこからともなくあらわれて、作業用機械人形に襲い掛かる様子が記録されていた。武装のない機械人形の多くが抵抗せずに破壊されていく様子は、見ていて気持ちのいいものではなかった。そんな感情が込み上げるのは、きっと保育園の拠点で一生懸命働く〈作業用ドロイド〉たちの姿を見ていたからかもしれない。


『この生物、何度か見たことのある獣だね』

「ああ、たしかに何度もやりあった化け物だ」

 カグヤの言葉に反応して思わず左腕に触れる。傷痕もなくなっていたが、暗い洞窟で受けた痛みは今もそこにくすぶっているような感じがした。


 どす黒い血液を流しながら棚に体当たりする獣は、兵器工場の地下にある資源採掘所で遭遇し戦闘になったことがある混沌の化け物だった。最近では海岸沿いの洞窟でも遭遇し、腕を噛み千切られそうになったばかりだった。


 そのクマに似た生物は血液を流しながら何度も棚に体当たりを行い、巨大な棚を倒したあと、システムによって派遣された警備用の〈アサルトロイド〉によって射殺されていた。

 フェイスプレートに表示されていた映像を消すと、視線を動かして獣の亡骸を探した。ほどなくしてコンテナボックスに圧し潰された獣の毛皮と骨の一部が見つかる。


「どうやらこの区画を襲撃した獣は、すべて処理されたようだな」

 イーサンの言葉にカグヤが返事をする。

『システムは被害が広がらないように、マニュアル通りに対応したみたいだね』

「混沌の化け物に対処する方法までマニュアル化されていたのか?」

『みたいだね』


 腐敗せずに残った毛皮の側にしゃがみ込む。手に取って確認したかったが、未知の病原体が怖かったので触れることはしなかった。


「旧文明の人々が施設を放棄したのは、やっぱり〈混沌の領域〉の侵食が関係していると思うか?」

『それは分からない。でも彼らは領域を封じ込めることに成功していた。それなのに施設を放棄しなければいけなかったんだ』


「カグヤ」と、前方を指差ゆびさしながら言う。

山積やまづみになったコンテナの先に梯子はしごがあるのが見えるか?」

『うん。あそこからなら上階にある車両基地に近づけそうだね』

 カグヤはそう言うと、青色の線で梯子を縁取る。


「ずいぶんと高い場所まで、あの不安定な梯子はしごを使って登るんだな……」

 イーサンは梯子はしごの先を仰ぎ見ながら言う。

 金属製の梯子は太いボルトで棚と地面にしっかり固定されていたが、イーサンの言うように、細い梯子からはどこか頼りない雰囲気が漂っていた。


 コンテナボックスが散らばる通路を迂回することも考えたが、少しでも時間を稼ぐために倒れた棚に上がり、散乱する箱の間をうように移動することにした。


 壊れたコンテナからは旧文明の鋼材で製造されたと思われる工具や、ひとつにたばねられた太いケーブル、それに用途不明の器具まで、ありとあらゆるものが飛び出していて、その中には組み立てられていない機械人形の部品や、施設で利用される未使用品の端末が地面に散らばっているのが見えた。


 情報端末が詰まったコンテナをひとつでも持ち帰ることができれば、ひと財産築くこともできるかもしれなかったが、警備用の機械人形に追われている現状、のんびりできる時間はなかった。


 長い梯子はしごを登っていたイーサンとエレノアを横目に、棚に潰されて死んだと思われる獣の白骨化した頭部を眺めていると、何処どこからともなく低いローター音が近づいてくるのが聞こえた。驚いて顔を上げると、天井付近、十メートルほどの高度を旧式の攻撃ドローンが複数飛んでいるのが見えた。


 白を基調とした塗装が施されたドローンには、二つの大きな電動ローターと機体の回転や姿勢制御を行うための補助ローターが機体の左右に四つ取り付けられていた。機体そのものは旧式だったが、機体下部に搭載しているレーザーガンだけは〈アサルトロイド〉のモノと同様の強力な兵器だった。


「このタイミングで襲撃されたくなかったんだけどな」と、思わず悪態あくたいをつく。

 すると棚の陰から別の攻撃ドローンがあらわれて、梯子はしごを登っていたイーサンたちに向かって攻撃を始めた。


「ウミ!」すぐ側に待機していた戦闘用機械人形に声をかける。

「イーサンたちを掩護えんごして、あのドローンを梯子はしごから遠ざける!」


『承知しました』

 彼女が動くと、肩の装甲に取り付けられたレーザー探知装置がなめらかに動くのが見えた。


 ライフルから高出力のレーザーが発射されると、攻撃ドローンのローターから黒煙が立ち昇る。攻撃を受けたドローンはバランスを崩し、不快なビーブ音を鳴らしながら棚に衝突して爆散した。しかしドローンの撃墜に喜んでばかりもいられない、騒がしいローター音が通路の向こうから聞こえたかと思うと、次々と攻撃ドローンが姿を見せた。


『〈自動追尾弾〉が選択されました。攻撃目標を指示してください』


 機械的な合成音声を発する女性の声を内耳に聞きながら、標的である攻撃ドローンに視線を向ける。まるで決められた軌道に沿って飛行するような、そんな直線的な動きを見せる攻撃ドローンが赤色の線で縁取られていく。


 そのうちの一機が高度を下げながらこちらに真直ぐ飛んでくるのが見えた。そのドローンに視線を向けると、標的として選択されたことを示すタグが貼り付けられているのが見えた。タグは機体上部に設置された蓄電装置の側に浮かんでいる。


『攻撃目標を確認。〈自動追尾弾〉の発射が可能になりました』


 引き金を引くと乾いた射撃音が連続で聞こえて、攻撃ドローンに向かって弾丸が撃ちだされる。複数の対象にほぼ同時に命中した弾丸は機体のコントロールを奪い、次々と墜落させた。しかし攻撃ドローンは際限なく棚の間から姿を見せ、我々に攻撃を仕掛けてくる。


 梯子を登りきり上階に到着したイーサンたちも攻撃の標的にされていて、先ほどの静けさが嘘のように、射撃音とドローンのローター音で周囲が騒がしくなる。


『レイ』カグヤの声が聞こえる。

『攻撃ドローンのシステムに侵入できるかためしてみたけど、ダメだったよ』


「なにが障害になっているんだ?」

 私はそう言うと、複数の攻撃ドローンに対して〈自動追尾弾〉を撃ち込む。


『旧式でも軍用規格の機体だから、強固な対策が施されているんだよ。でも接触接続なら機体のセキュリティーを突破して、制御用のコードを奪うことができるかもしれない』


「どうすればいい?」と、棚の陰に隠れてドローンの攻撃をやり過ごす。

『撃墜した機体でもいいから、直接素手で触れて』

「了解」


『レイラさま、掩護します』

 ウミの言葉にうなずいたあと棚の向こうに飛び出した。降下してきた攻撃ドローンの低いローター音を聞きながら、先ほど撃墜した機体のもとに駆ける。その間、ウミが攻撃ドローンに射撃を行い、注意を引き付けてくれる。


『レイ!』と、カグヤが棚の近くに墜落していた機体を青色の線で縁取る。『爆発してない機体だ。あれなら情報を読み取れるかもしれない』

「了解!」


 紺藍色の小さな装置をベルトポケットから取り出すと強く握った。すると先ほどまで緑色に発光していたラインが赤色に光るのが見えた。棚の間に引っかかり、必死にローターを回そうとしていたドローンに向かってその装置を投げる。

 ドローンの白い装甲にぶつかった球体は簡単に割れると、ぎりぎりのところでドローンのもとにたどり着いた私と、それからドローンの周囲にドーム状のシールドを発生させる。


 短時間だが、シールドが敵の攻撃をふせいでくれている間に作業を終わらせる必要がある。タクティカルグローブを外し、攻撃ドローンのひんやりした装甲に触れる。旧式で一メートルを超える大きな機体だったので、ドローンが先ほどから無理に回転させようとしている大きなローターに切り刻まれないように注意しなければいけなかった。


 シールドの薄膜に命中する赤い閃光を眺めながらカグヤにたずねる。

「そろそろシールドが消える。まだ時間が掛かりそうか?」

『もう少しだけ待って……』

 ドーム状のシールドが消えると、ドローンの外装に手を付けたまま素早く機体の後ろに回ってレーザー攻撃をやり過ごす。


『接続できた!』

 カグヤがそう言ったときだった。周囲を飛行していた攻撃ドローンの高度がガクンと落ち、バランスを崩して棚に衝突しながら地面に墜落していくのが見えた。


『警備システムにすぐに対策されると思うから、今のうちに梯子はしごを登って!』

 カグヤの言葉に反応して駆け出すと、次々と落下してくるドローンに注意しながら梯子はしごの側に向かう。


『先に行ってください』ウミは蒸気を噴き出している〈超小型核融合電池〉をライフルから外し、新しいモノを装填しながら言う。『私もすぐに行きます』

 彼女の言葉にうなずいたあと、勢いよく飛び上がって梯子はしごを掴む。


 ふらふらと浮遊していた攻撃ドローンが、線路上を通過する車両に衝突するのを見ながら梯子を登り、車両基地に続く通路に出る。その通路は天井から伸びるワイヤロープによって吊り下げられていて、常に揺れている足場は非常に不安定だった。


「ウミは?」と、落下防止用に設置されていた柵から顔を出す。

『梯子を登って来てる』とカグヤが言う。

『でもドローンも動き出すと思う。攻撃の準備をして』


 ハンドガンの残弾を確認したあと、目線の高さを飛行していたドローンに照準を合わせる。

『床に散らかっていたコンテナの中に旧文明の鋼材がたくさんあったから、それを使って弾薬の補充をすればよかったね』

「そういうことは、もう少し早く教えてほしかったよ……」


 動き出した攻撃ドローンを通常弾で数機撃ち落とすと、梯子はしごを登ってきたウミに向かって手を伸ばして機体を一気に引き上げる。

 車両を格納する小さな車両基地には、数台の四角い箱型の車両が停車していて、最も近い車両の側にイーサンとエレノアの姿が確認できた。


「レイ、こっちだ!」とイーサンが手招きする。

「路線図を確認した。上層に向かうのはこいつだけだ」


「動きそうか?」金属製の物体を見ながらく。

 イーサンは近くに積まれたコンテナを見ながら言う。

「俺たちが乗るための空間は確保した。それに車両に損傷はないから、システムに侵入できさえすれば、すぐに動くはずだ」


『侵入できるか試してみるよ』とカグヤが言う。

『それまでレイたちは警備ドローンの攻撃に耐えて』


「了解」

 エレノアはうなずいたあと、手慣れた様子でライフルの弾倉を抜いて残弾数の確認を行う。

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