第177話 人探し re


 拠点襲撃によって本格的に行われた激しい戦闘は、日が暮れるころには決着していた。襲撃者の多くが戦闘で命を落とし、生き延びたわずかな者たちは人擬きや危険な昆虫の変異体が徘徊する夜の街に消えていった。散り散りになって逃げる者たちの中には、我々に助けを求める者たちもいた。


 襲撃者とは敵対していて、戦闘によってヤトの一族にも多数の負傷者を出していた。だから個人的には彼らを許す気にはなれなかった。とは言え、彼らは金で雇われた傭兵に過ぎない。我々に対する恨みも持っていない。だからこそ彼らは簡単に降伏し、助けを求めることができたのだろう。


 傭兵たちの武装を解除して夜の街に追放ついほうすることも考えたが、傭兵組合の恨みを買い、後々面倒に巻き込まれることを嫌い、朝が来るまで保護して、それから解放することにした。鳥籠の奴隷商人に〈戦闘奴隷〉として売ってもよかったのだが、捕虜になった傭兵を連れて危険な廃墟の街を移動したくなかった。


 大型軍用車両の〈ウェンディゴ〉に乗せて鳥籠まで連れていくことも考えたが、わざわざ敵に手の内を見せる必要もないと考えて止めた。ウェンディゴのコンテナに旧文明期の失われた技術、〈空間拡張〉が使用されていると知られたら、それこそ多くの人間の標的にされるかもしれない。


 傭兵たちの〈IDカード〉から〝迷惑料〟として電子貨幣を取得し、身を守る最低限の装備を持たせて解放する。その提案に、ヤトの族長である〈レオウ・ベェリ〉は賛成してくれた。


 もとよりヤトの一族は、傭兵の処遇になど興味を持っていなかった。それよりも部族の戦士たちに戦死者が出なかったことを彼らは喜んだ。戦場で戦士として死ぬのは名誉なことだが、拠点防衛程度の戦闘で死んだところで、栄誉を得ることはできない。と言うのが、ヤトの一族の考えだった。


 レオウ・ベェリはオートドクターを戦士たちに支給していた私に感謝し、医療用ナノマシンの継続的で安定した製造を可能にしてくれた〈ペパーミント〉にも深く感謝した。


 降伏した傭兵たちの処遇についてはそれで良かったが、問題は他にもあった。激しい戦闘によって拠点周辺には、多くの死体が残されることになった。それらの死体は、戦闘音に引き寄せられた人擬きや昆虫の餌になりかねない。


 数日前に拠点周辺の変異体を掃討したばかりだったのに、また面倒な仕事が増えてしまう。それを避けるためにも、すぐに動かせる〈作業用ドロイド〉を使って死体を回収し、処理することを考えた。


 襲撃者たちと戦闘になった場所はカグヤが記録してくれていたので、死体を探し回る手間ははぶけたのだが、さすがに夜の街での作業には多くの危険がともなうので、日が昇ってから死体回収に向かわせることになった。廃墟の街では動くモノであれば――それがたとえ機械人形でも、昆虫のれに襲われて破壊されてしまうからだ。


 戦闘が終わると、我々は投降してきた捕虜を連れて拠点に帰ることになった。

 スズムシの変異体だろうか、昆虫のさわがしい鳴き声を聞きながら歩いていると、〈深淵の娘〉であるハクの巣が見えてくる。


 廃墟に張り巡らされた糸を間近に見て傭兵たちは言葉を失くし、自分たちが手を出した相手が何者なのかハッキリと理解し、顔を青くした。しかしなにもかもが遅かった。彼らは確かな事前準備もなしに、多額の報酬を目当てに襲撃を敢行かんこうした。そして捕虜になりすべてを失うことになった。


 我々の支配領域に捕虜を入れることはしなかった。

 拠点がある保育園の敷地内までは、迷路のように糸が張り巡らされたハクの巣を移動しなければいけない。そのさい、外部の人間に拠点までの正しい移動経路を知られたくないと考えたからだったが、それは必要のない心配だった。ハクの気分次第で巣はその形を変えるので、道順を覚えても無駄になるのだ。


 それでも捕虜たちには、ハクの巣の外に設営された監視所で一夜を明かしてもらうことになった。捕虜を監視するために〈警備用ドロイド〉を残したが、逃げられることはないと確信していた。こんな夜更よふけに武器も持たずに逃げられる場所なんてない。廃墟の街に逃げ込んだところで、人擬きや変異体にい殺されるだけだ。


 拠点に向かう道すがら、〈イーサン〉がひきいていた傭兵部隊と合流した。彼と合うのは久しぶりだったが、とくに変わった様子はなかった。


 その〈イーサン〉は、ジャンクタウンで情報屋をしながら、名のある傭兵団を率いる謎の多い男でもあったのだが、なぜか彼とは馬が合った。右も左も分からない状態で〈ジャンクタウン〉に転がり込んだ私に仕事を紹介し、色々と世話を焼いてくれたのも彼だった。それ以来、このくるった世界で信頼できる数少ない人間のひとりになっていた。


 イーサンは彫が深く見栄みばえのいい顔をしている。背が高く、おおかみのように鋭い眼光の持ち主だったが、なにを考えているのか分からない不気味さも持ち合わせている。その姿は遠目から見ればワイルドな風貌な格好のいいおっさんだったが、〈ジャンクタウン〉で会うときには決まってよれよれの背広せびろを着ていることが多かったので、普段は酒臭くて小汚いおっさんの印象しかなかった。


 そのイーサンはめずらしく背広を着ていなかった。さすがに背広を着て危険な場所を渡り歩くなんてことはしないのだろう。灰色を基調とした特殊なスキンスーツにボディアーマーを装備し、カービンライフルをスリングベルトで胸の中心に吊るしていた。


 イーサンが連れている屈強な傭兵たちにじって、〈エレノア〉という女性が彼の側についていた。彼女は菫色すみれいろの美しい瞳を持つ女性で、無骨な装備をしていてもハッキリと分かる官能的なスタイルをもっていて、くすんだ金色の髪は戦闘の邪魔にならないように綺麗に切り揃えられている。


 エレノアも戦闘用の装備を身につけて、小銃を手にしていたが、それでも彼女の美しさが損なわれることはなかった。


 その二人と会話しながら拠点に向かう。掩護えんごしてもらっておいて拠点にまねかないなんて失礼なことはしたくなかったし、夜の街を移動するのは危険すぎる。それに以前にも何度か彼らを拠点に招待していて、ヤトの戦士に戦闘訓練をしてもらったことがあった。だからなのか、ヤトの一族も久しぶりにイーサンたちに会えたことを喜んでいた。


 防壁の入場ゲートを通って敷地内に入り安全が確保されると、ヤトの若者たちに交じって気のいい連中が戦勝祝いを始めた。彼らが持参した肉や酒を持ちだして、ささやかな宴会が始まる。


 その様子を遠目に見ながら、イーサンとエレノアを指揮所が設置されている建物に案内した。本当は拠点の地下でゆっくりしてもらおうと思っていたが、二人もあとで宴会に参加するつもりだからと断った。私は戦闘の支援に感謝をして、それから彼らが拠点に来た目的をたずねた。


「仕事の依頼があったんだ」と、イーサンは金色の瞳を私に向けた。

「依頼?」と思わず頭をひねる。

「それは俺に関係していることなのか?」

「ああ、人探しの手伝いをレイにしてもらおうと思っていたんだ。ほら、お前さんは〈ワヒーラ〉を所有しているだろ?」


 ワヒーラは小型のヴィードルにも見える〈車両型偵察ドローン〉の名称で、脚が四本あり機体の中心には円盤型の回転式レーダー装置を備えている。機体を覆う装甲は媚茶色こびちゃいろの迷彩柄で、大型自動二輪車よりも一回り小さい。


回転式レーダー装置の周囲には小型の発煙弾発射機が設置されていて、専用のスモークグレネードやチャフグレネードが装填されている。その機体は大型軍用車両を入手したさいに、一緒に手に入れた旧文明の貴重な遺物だった。


「イーサンの情報網じょうほうもうでも見つけられない相手なのか……」

 思わず感心していると、イーサンはタバコをくわえて火をつけた。

「このあたりの廃墟に潜んでいることは分かったんだけどな、そこから先の足取りがつかめないままだ」


「だからワヒーラの支援が必要なのか」

「そうだ」彼はうなずきながら煙を吐き出した。

「もちろん、協力の見返りはきっちりさせてもらう」


「その必要はないよ。戦闘の支援してくれただけでも充分に感謝しているし、これ以上イーサンたちに何かをしてもらうつもりはないよ」

『そうだね』とカグヤの声が内耳に聞こえた。

『私がチャチャっとその人探しを手伝うよ』


「カグヤが支援してくれるのは心強いですね」と、エレノアが笑顔をみせる。

 ちなみに二人は情報端末を介してカグヤの声を聞いていた。その端末にはヤトの一族が使う言語を翻訳ほんやくするソフトウェアもインストールされているので、戦士たちとも問題なく会話することができた。


「エレノア!」と指揮所に入ってきたナミが言う。

「久しぶりだな!」

 撫子色の瞳を輝かせるナミの手には、ウィスキーボトルが握られていた。

「久しぶり、ナミ」エレノアも花が咲いたような笑みを見せる。


「イーサンも久しぶり」

 それからナミはウィスキーボトルとグラスをテーブルに載せた。

「ミスズがみんなで飲んでくれってさ」


「そうですか……では、遠慮なく頂きます」とエレノアは言う。

「ところで、ミスズは?」

「負傷者を連れて地下に行ったよ。私も今から様子を見に行ってくる」

 そう言うとナミは慌ただしく指揮所を出ていった。


 エレノアからウィスキーの入ったグラスを受け取りながら、イーサンは言う。

「相変わらず、元気な子だな」

 肩をすくめたあと、エレノアからグラスを受け取る。

「ありがとう、エレノア。……それで、依頼は人探しだけか?」


「いや」とイーサンは頭を振った。

「本当の依頼は別にあるんだが、それもややこしくてな、もしかしたらお前さんたちの助けを借りることになるかもしれない」


『そのとき遠慮しなくていいからね』とカグヤが言う。

「そうさせてもらうよ」と彼は天井に向かって煙を吐き出す。

「けど、まずは襲撃をどうにかしないとな」


『襲撃を……? イーサンが手伝ってもらいたい仕事は、〈五十二区の鳥籠〉と何か関係があることなの?』

「いや、直接的な関係はないな。ただ……力を貸してくれることになったら、しばらくこの地を離れてもらうことになる。けど拠点の安全が確保されない間は、レイもここを離れたくないだろ」


『離れる……?』とカグヤはつぶやく。

『どこか遠くに行かなければいけないの?』

「ああ。依頼主は〈ヤマナシ〉にいるからな」

『だから襲撃をどうにかしなければいけないんだね』


 私は煙たい天井を見つめて、それから言った。

「山梨県か……最近、よく聞く地名だ。それよりカグヤ、俺たちは何か大切なことを忘れてないか」

『あ!』とカグヤが声を上げた。

蛮族ばんぞくの女の子!』


「蛮族……?」

 イーサンがつぶやいたあと、エレノアがすぐに反応するのが見えた。

「それってこの子ですか?」


 エレノアが差し出した情報端末から、少女の半身像を映したホログラムが浮かび上がる。

『もしかして、この子がイーサンたちの探している人なの?』

 カグヤの言葉にイーサンは目を細めてうなずいた。

「彼女の居場所に心当たりがあるのか?」


『うん。戦闘が終わったあと、会って話をすることになっていたから』

 拡張現実で周辺一帯の索敵マップを表示しながらたずねた。

「カグヤ、彼女の端末から現在位置を割り出すことはできるか?」


『もちろん。すぐに探してみるね』

「無事だといいんだが……」

『……見つけたよ』


 カグヤの言葉のあと、索敵マップに彼女の位置情報が青色の点で表示される。どうやら彼女は我々が出会った場所にずっととどまっていたようだ。私はパイプイスから立ちあがると、テーブルに立てかけていたライフルを手に取った。


「今から彼女を迎えに行く。カブトムシの変異体と一緒だったけど、夜の街にはどんな危険が潜んでいるのか分からない」

「俺たちも同行する」

 イーサンがグラスに残ったウィスキーを喉に流し込みながら立ち上がると、エレノアも当然のように立ち上がり装備の確認を行う。


 拠点の防壁を越えて廃墟の街に出る。

「ミスズに報告してくれたか?」

『うん。ちゃんと事情も話しておいたよ』

「ありがとう」


 ガスマスクを通して見ていた視界をナイトビジョンに切り替えると、イーサンとエレノアの先を歩いた。見慣れた場所も夜になるとガラリと雰囲気が変わる。誰もいない廃墟の建物からは、時折ときおり嫌な視線を感じることもあった。


 道中で数体の人擬きと遭遇したが、脅威度の低い個体だったので、ハンドガンで難なく処理することができた。予想通り、傭兵たちの死体を目当てに人擬きが姿を見せるようになっていた。死体にむらがる複数の人擬きと昆虫の姿が確認できた。


 若い女性と行動していたカブトムシは、我々と分かれたときと同じ場所にいて、なぜかその側には白蜘蛛がいた。ハクはひとひとりがやっと入れる小さな巣を作っていて、なかを覗き込むと、若い女性が身じろぎひとつせず、ハクの柔らかな糸のうえで眠っているのが見えた。彼女はゆったりとした格好でまるくなっていて、静かな寝息を立てていた。


「どうしてここに?」

 私がたずねると、ハクは泥や返り血で汚れた体毛を瓦礫がれきの陰に隠した。

『はく、あそぶ』

「遊びたかったのは分かるけど、今日はもう遅いから一緒に帰ろう」

『ん。いっしょ、かえる』


「怪我はしてないか?」

『けが、ない』

 瓦礫がれきの陰からトコトコ出てくると、その場でくるりと回って見せた。

「よかった」と私はホッとする。

「でも人間を相手にするときは危ないから、あまり俺たちから離れないでくれ」


『あぶない?』

「昆虫と違って、ハクを傷つけることのできる強力な武器を所持している人間がいるかもしれない。俺たちはハクが傷つけられるのを見たくないんだ」

『んっ。ちゅうい、する』

 ハクはそう言うと、イーサンに大きな眼を向ける。


 ハクがイーサンとエレノアに挨拶している横で、蚕のまゆにも見える巣を覗き込んだ。

『どうするの、レイ?』とカグヤの声が聞こえる。

「とにかくこの場所は危険だ。リスクはあるけど、彼女を拠点に連れて行こう」


『そうだね……。そのカブトムシも連れて行くの?』

「ここに置いていくことはできないからな」

 私はそう言うと、静かな寝息を立てる女性に目を向けた。

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