第176話 不愉快 re
北西の脅威を排除したあと、敵が占拠していた廃墟を利用して防衛陣地を素早く築く。と言っても、我々がやらなければいけないことは少ない。
敵が使用していたセントリーガンや、動体反応を検知するセンサーの配置を変更し、我々が建物の侵入に利用した裏口の防備を固める。それが終わると、アレナ・ヴィスが指揮する部隊をその場に残し、ひとり最前線に向かうことにした。
廃墟の街に反響する銃声や手榴弾の
旧文明期に使用されたと思われる爆弾の
数発の銃弾を受けた昆虫は、体液を撒き散らしながら私のすぐ横をかすめて飛んでいった。そのさい、昆虫の脚の
銃弾を受けて路地に転がる昆虫の大きな複眼の近くには、蟲使いたちが昆虫を操るために埋め込んだ金属製のツノのような装置がついているのが見えた。
装置の存在を確認すると、すぐに物陰に入って姿を隠す。視界の先に拡張現実で浮かび上がるカラスからの
ガスマスクを通して見ていた視界映像をサーモグラフィーに切り替えて、通りの向こうに視線を向ける。歩道に敷かれたブロックの間から伸びていた背の高い雑草の陰に、蟲使いの姿がくっきりと見えた。すでに発見されてしまったことに蟲使いは気がついていないのか、彼はゆっくりとライフルを構えて私に銃口を向ける。しかし遅すぎた。
蟲使いの頭部を撃ち抜いて射殺すると、周囲の安全確認を行い視界の映像を元に戻した。
それから狙撃に警戒して、建物の側を離れないように日陰を移動していると、上方から
視線を上方に向けると、高層建築物の壁面に取り付けられた巨大な看板が見えた。それらの看板には、一定の間隔をおいてホログラム広告が投影されていて、コオロギに似た三十センチほどの昆虫が数十匹、看板から投影されるホログラムに
どうやら経年劣化で
敵部隊が廃墟に築いた
そして入り口に積まれた砂袋の側に傭兵の死体が横たわっているのが見えた。白茶色の戦闘服と黒のタクティカルベストを装備した傭兵が、割れた頭蓋から脳の一部をこぼして血溜まりに倒れていた。廃車から数メートル離れたところには、血に染まった戦闘服を着た首のない傭兵が転がっている。
ざっと見ただけでも複数の遺体が転がっているのが見えた。
敵の前哨基地を制圧したヤトの部隊は、族長の息子である〈ヌゥモ・ヴェイ〉が指揮する部隊だったが、倉庫の周囲には他の部隊も集まってきていて合流していた。戦士たちは前線を押し上げながらここまで来たのだろう。ヌゥモ・ヴェイは合流した戦士に新たな指示を出しているところだった。
「レイラ殿」と、ヌゥモは握った拳を胸の前で合わせる。
私も同様の挨拶を返した。
鬼を
「状況は?」とヌゥモに
「我々の攻撃を受けた敵は後退を始めましたが、反撃は断続的に続いていて、彼らが退却する様子はありません」
「今回の相手は、本気で俺たちを潰すつもりなんだろうな」
何かを報告するために我々の側に走り寄ってきたヤトの青年が突然、
『狙撃だ!』とカグヤが声を上げる。
『すぐに身を隠して!』
血気盛んなヤトの戦士はカグヤの警告を聞かずに、積まれた砂袋の近くに設置されていた機関銃に駆け寄ると、倉庫の外に向かって
ヌゥモはすぐに他の戦士に指示を出して、負傷した仲間を回収して後方に下げた。砂袋の陰に引き
「嘘だろ!?」と、彼は止血されながらつぶやく。
「俺がこんなに簡単にやられるなんて、考えもしなかった」
狙撃された場合の即座の対処法は、まず反撃することで敵を
数回の爆発が続いたあと、ヌゥモは反撃を諦めて撤退すること選択した。
「レイラ殿、ここで敵の注意を引き付けます。その間に戦士たちを連れて後退してください」
「ダメだ」
上空にいるカラスの眼で周囲の状況を確認しながら言う。
「敵部隊がすぐそこまで攻めてきている。ヌゥモをひとりで残すことはできない」
「では、どのように敵の包囲を突破するのですか?」
ヌゥモの緋色の瞳を見ながら考える。
「ウミに敵の砲撃部隊を攻撃してもらう」
戦術データ・リンクでつながっていたウミにも我々の状況は分かっていた。
『承知しました。敵の位置情報をアップロードしてください』
彼女の言葉にうなずいたあと、ライフルの弾倉を装填しながら言った。
「カグヤ、ドローンをつかって標的を指示してくれないか」と、
『了解、すぐに行ってくる』
カグヤの操作する偵察ドローンが、〈熱光学迷彩〉を起動して背景に姿を同化させていくのが見えた。ドローンは改良されていて、〈レーザー目標指示装置〉と同様の機能を備える装置が新たに取り付けられていた。そのおかげで機体の外部に装置を外付けする必要がなくなり、光学迷彩によって完全に姿を隠したまま目標に接近、攻撃指示が行えるようになっていた。
間断なく続けられた砲撃が止むと、耳が痛くなるような静寂のなか、倉庫に向かってくる傭兵の姿が確認できた。彼らは砲撃が止む
迫撃砲弾が立てる砂煙を利用して、傭兵たちは姿を隠しながら前進してくる。視界の映像を切り替えると、砂煙の中にいる敵を探しだし、標的用のタグを貼り付けていく。すると赤色の線で敵の輪郭が浮かび上がる。その情報は戦術ネットワークを介して仲間たちを共有される。
状況を把握したヤトの戦士は、接近してくる輪郭線を目印にして射撃を行い、敵の動きを
敵からの砲撃がピタリと止むと、カグヤの声が聞こえる。
『砲撃部隊の壊滅を確認したよ』
倉庫に接近してくる敵に向かって射撃を行いながら返事をする。
「まだ狙撃手が残っている。そいつに対処しない限り、俺たちはこの場から動けない」
『狙撃手の位置は……あの建物だね。ちょっと待ってて』
ドローンから受信していた映像を確認すると、建物の屋上が表示される。
「どうやってあんな場所まで登ったんだ?」
狙撃手の姿はハッキリと確認できなかったが、敵が潜んでいると思われる場所は地上から四十メートルほどの高い位置にある場所だった。
『わからないけど、ウェンディゴのレールガンで攻撃してもらうよ』
高密度に圧縮された鋼材が轟音を立てながら建物屋上に直撃するのを確認したあと、我々は接近してきていた傭兵に対処することに専念した。ウミの支援で砲撃や狙撃を気にせず戦えるが、敵の数が多いので油断できない。ウミに更なる支援を要請しようとしたが、敵はすでに倉庫に侵入していた。
弾丸が容赦なく私の周りに飛んできては、嫌な風切り音を立てた。それらの弾丸は明らかに私を狙って撃っているモノで、今までのように当てずっぽうに銃を乱射しているわけではないことがハッキリと分かった。
いつでも射撃ができる姿勢をとると、アサルトライフルを構えて周囲の動きに警戒した。開いたままの鉄製の大扉から、こちらに向かって走ってきている傭兵を確認すると、傭兵の左胸を撃ち抜いた。
顔面から床に倒れた傭兵の頭部と背中に銃弾を撃ち込み、完全に動かなくなったことを確認する。人体改造によって驚異的な生命力を持っている連中もいるので、油断できない。砂袋の陰に身を隠し、弾倉を抜いて残弾の確認を行う。そのときだった。すぐとなりで射撃を行っていたヤトの戦士が撃たれて、小さな悲鳴を上げながら倒れた。
すぐに身を乗り出し攻撃してきた傭兵に銃口を向けた。しかし敵は倉庫の大扉に身を隠してしまう。アサルトライフルから手を離すと、太腿のハンドガンを抜いた。そして弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、倉庫の大扉に向かって引き金を引いた。甲高い金属音が聞こえたかと思うと、射撃の反動で腕が持ち上がる。
質量のある銃弾は大きな運動エネルギーを得て、鉄製の大扉を簡単に貫通し、そのすぐ後ろに隠れていた傭兵の
銃撃を受けた戦士は私の名を呼び続けていた。
「大丈夫だ。敵は始末した」
彼女のボディアーマーをナイフで裂いたあと、手早く傷の確認を行う。銃弾は彼女の鎖骨を砕いて胸部で曲がると、背中を貫通していた。侵入口は小さいが、弾丸が抜けていった場所は皮膚が大きく
「怪我の具合はどうですか?」と、彼女は撫子色の瞳を向ける。「重症でしょうか? ……私はレイラさまのために戦うことは、もうできないのですか?」
兵士たちは負傷すると夫や妻、母親の名を口にすると聞いたことがある。突然の出来事にうろたえ、取り乱すのは大切な誰かがいるからだという。それは普通のことで、恥ずかしがるようなことなんて何もなかった。けれど大抵の人間は感じている痛みを優先して、他人のことを考えるなんてしない。
それなのに彼女は私に謝った。痛みに耐え、戦えないことを謝ったのだ。その事実が私を打ちのめして混乱させた。そして彼女を守れなかった自分自身の
震える手でコンバットガーゼと包帯を取り出すと、彼女の傷口を圧迫する。
『レイ』と、カグヤの優しい声が聞こえる。
『大丈夫だから、落ち着いて』
何度が深呼吸する。胸が締め付けられ、ひどく
『オートドクターを使って』
カグヤの言葉で注射器のことを思い出すと、腰の救急ポーチから角筒型の医療ケース取り出す。
『傷口の近くに注射を打って』
震える手でカグヤの指示通りに注射を打つと、彼女の状態はすぐに安定し、寝息を立て始めた。
ヤトの戦士がこちらに駆け寄って来ると、彼らに負傷者のことを任せて倉庫内に侵入した傭兵たちの相手をするために立ち上がった。しかし騒がしかった機関銃やライフルの銃声はすでに聞こえなくなっていた。
「終わったのか?」
『うん。ヤトの戦士は優秀だからね。攻めてきていた傭兵たちは全員死んだ』
彼女の言葉にうなずいたあと、仲間の血に濡れた手に視線を落とす。
『落ち着いた?』とカグヤの声が聞こえた。
『銃弾は貫通していたし、オートドクターも使った。それにヤトの戦士たちが応急処置してくれているから、彼女は大丈夫』
カグヤの言葉に私は息を吐き出した。
『レイは大丈夫?』
「俺は平気だ。少し取り乱しただけだ」
『そうは見えなかったけど……でも、レイが大丈夫っていうなら――』
「どうしたんだ?」と、急に黙り込んだカグヤに
『敵の増援だ』カグヤがぽつりと言う。
「数は?」
『昆虫の姿は確認できないけど、それでも三十人ほどの傭兵が接近してくる』
「マズいな」
『待って……敵部隊のすぐ背後に別の部隊があらわれた。これは――』
「どうしたんだ。何が起きている?」
『後方の部隊は味方だ!』
『レイ、聞こえるか。俺だ』
懐かしい声が内耳に聞こえた。
「イーサンなのか?」
『そうだ。今からお前さんたちの支援をする。部隊には敵味方識別用のタグを貼り付けてある。間違っても味方を撃つような真似はするなよ』
周辺一帯に設置していたセンサーによって、イーサンから受信した敵味方識別信号が青色の点で索敵マップに表示される。
イーサンが引き連れてきた傭兵部隊は、二十人前後の小部隊だったが、
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