第175話 傭兵 re


 負傷者を搬送するためにヴィードルでやってきた戦士は、戦闘で負傷者が多く出ている区画は北西の方角だと言って地図情報を転送してくれた。私は敵の位置と、その近くで展開しているヤトの部隊を確認する。


 前線で〈蟲使い〉の傭兵たちと交戦していた部隊は、〈アレナ・ヴィス〉率いる部隊だった。前線に穴ができないように調整しながら、後方部隊をアレナの部隊が展開している防衛陣地に支援に行かせた。


 それからアレナの部隊と合流するために廃墟の街を移動する。ハクを一緒に連れて行こうとしたが、すでに近くにいなかった。ハクを支援していた戦士が言うには、飛行する昆虫を追って何処どこかに消えてしまったようだった。


 ハクとの合流を後回しにすると部隊との合流を急いだ。戦線せんせんで部隊を率いている〈アレナ・ヴィス〉は、ヤトの一族が使う古い言葉で〈硝子の砂〉という名を持つ青年だ。


 アレナは一族の男性たちの中では小柄なほうだったが、その身体能力しんたいのうりょくは族長の息子である〈ヌゥモ・ヴェイ〉や、優れた戦闘能力を持つ〈ナミ〉にも劣っていなかった。とくに隠密行動に関しての能力は高く、一族に肩を並べる者がいないほど優れていて、族長の〈レオウ・ベェリ〉からの信頼も厚い青年だった。


 それを裏付けるように彼が率いる部隊は、ミスズの指導で行われている室内戦を想定した訓練で、常にトップの成績を残していた。


 そのアレナの部隊と合流して早々、我々は大通りに面した路地から機関銃の掃射を受けるようになる。銃弾を避け物陰に身を隠していると、瓦礫がれきの間から四十センチを超えるムカデが飛び出し、我々に襲いかかってくる。


 部隊の側面を攻撃にさらした状態で前進するつもりはなかったが、激しい銃撃に遭いながらムカデと殺し合うことも予定になかった。スローイングナイフを突き刺してムカデの動きを封じると、数発の銃弾を撃ち込んで殺す。それから弾倉の装填を行っているとアレナがやってくる。


「レイラさま」と、アレナは緋色の瞳を私に向けた。

「機関銃を黙らせてきます」

「了解、ここから掩護えんごするよ」

 アレナは頭部全体を覆うようにガスマスクの形状を変化させ、頭部を完全に保護すると、外套の〈環境追従型迷彩〉を起動して通りに向かう。


 アレナが駆け出すと、敵が潜んでいると思われる建物に向かって制圧射撃せいあつしゃげきを行う。〈旧文明期以前〉の建物は経年劣化によってひどい状態だったが、数百発の弾丸とレーザーを受けてもコンクリート片を撒き散らすだけで、襲撃部隊に大きな損害を与えることはできなかった。しかし敵からの攻撃を止めることはできた。


 アレナの輪郭を縁取る青色の線が建物に入ったことを確認すると、射撃を止めて瓦礫がれきに身を隠した。すぐに我々に向かって機関銃による騒がしい掃射が再開された。またたく間に我々の周囲は銃弾が巻き上げた砂埃すなほこりに覆われて、近くを飛んでいく弾丸の鋭い風切り音が聞こえるようになった。


『終わったみたいだね』

 しばらくすると、カグヤの声が内耳に聞こえる。

 たしかに彼女が言うように、機関銃の耳障みみざわりな射撃音が止んでいることに気がついた。しかし耳の奥では、銃声がまだ反響しているような音が聞こえていた。


「アレナは?」

『端末から受信する情報に異常はないけど、直接ちょくせつ確かめてくるよ』

 カグヤの操作する偵察ドローンが〈熱光学迷彩〉を起動して姿を消すと、アレナが侵入した建物に向かって飛んでいった。それから私は、その場に残っていた戦士たちが負傷していないか確認したあと、アレナとカグヤによって安全が確認できた建物に向かった。


 カラスの頭部をかたどったガスマスクを装着したアレナが薄暗い通路にたたずむ姿を見て、その無事を確かめたあと、建物内に転がっている死体に視線を向けた。


 薄暗い室内には、薄汚いポンチョで裸の上半身を隠していた蟲使いが四人ほど倒れていた。綺麗に喉笛を斬り裂かれていた女は、胸部にムカデを描いた特徴的な刺青をしていた。


『刺青の表現技法は、あの蛮族の女の子のモノに似てるけど……何か違うね』

 カグヤの言葉に首をかしげる。

「蛮族の子って、あのカブトムシの変異体を連れていた子か?」


『そうだよ。ほら、これを見て』

 拡張現実で彼女の刺青画像が表示される。

「いつの間にこんなものを撮ったんだ」


『そんなことより見て。彼女の刺青は草がモチーフになっていたけど、この蟲使いたちの刺青はムカデや危険な昆虫の姿を描いている』

 床に転がっている男女の死体を眺める。日焼けで真っ赤な顔とは対照的に、身体からだのあちこちに乾燥した泥が付着していて青白い肌をしていた。


「蟲使いが使用する刺青は、もしかしたら所属する鳥籠……というか、部族で決まっているのかもしれないな」

 女性の乳房の上をうように描かれたムカデを見ながら言う。


『部族……?』と、カグヤが疑問を浮かべる。

「ああ、連中の生活拠点は深い森に覆われた山梨県だ。そこでまともに機能している鳥籠がどれくらい残されているのかは分からないが、それぞれの鳥籠には、彼らの部族を象徴しょうちょうするような刺青が使われているのかもしれない」


『蛮族みたいな恰好をして深い森で生活してるし、たしかに秘境で暮らす部族みたいだね』

「山梨県がどうなっているのかは分からない。けどそこが巨大な昆虫の変異体が徘徊する深い森に覆われていて、廃墟の街よりもずっと危険な地域であることは想像できる」


『他の鳥籠との間に交流が少なくなった所為で、独自の文化や部族を形成していったのかもね』

「その可能性はあるな」

『なんだかずいぶん飛躍した考え方だけど、間違ってないかも』


「山梨県のことは戦闘が終わったあと、あの女性に会ってゆっくり話を聞こう」

『そうだね。今はこの戦闘に集中しよう』


 アレナの部隊を連れて街の北西へと向かった。建物上階からの狙撃に警戒して、歩道の脇、瓦礫がれきや廃車の陰を移動するように努めた。遠くから聞こえていた機関銃の断続的な射撃音が周辺の建物に反響するようになると、上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉から受信する映像を確認しながら、ゴミとヘドロ状の土に埋もれた路地を進んだ。


 周辺一帯から射撃音が間断なく聞こえていたので、何処どこから射撃が行われているのか見極めるのは困難だった。楽器店の側に投影されたトランペットのホログラム広告を横目に、我々は汚泥おでいに埋もれた楽器店に入っていく。


 無数の瓦礫がれきで形作られた傾斜を上がり、崩れた屋根から外に出る。すると拡張現実で表示していたカラスからの俯瞰映像ふかんえいぞうに、銃撃のさいに発するマズルフラッシュのまたたきが見えた。


 我々は〈環境追従型迷彩〉を起動すると、敵が潜んでいた建物の裏手から攻撃を行うため、素早く移動を始めた。セントリーガンのセンサーが仕掛けられていることを念頭に注意深く動いて、標的が潜んでいる建物の向かいにある低い壁の裏に回り込んだ。機関銃による攻撃は続いていたが、後方に回り込んだ我々の存在に敵は気づいていなかった。


 アレナの部隊を建物内に侵入させると、後方からの攻撃に備え、通りの向こうに銃口を向けた。建物内に侵入したアレナたちの動きは、部隊に同行させたカグヤのドローンから映像が送られてきていたので、いつでも確認することができていた。


 敵部隊が潜む建物に侵入したヤトの戦士は、無駄のない動きで各部屋を確認しながら進んだ。踏み込んだ先で敵を発見すると、消音器が取り付けられたサブマシンガンで射殺していく。


 襲撃者たちは白茶色の迷彩服を着ていて、明らかに〈蟲使い〉たちとは別行動を取る集団だった。その傭兵たちは蟲使いと異なり小銃を使用した戦闘に慣れていたが、天井や壁を移動する昆虫に警戒せずに済むので、蟲使いを相手するよりも幾分いくぶんか楽に相手することができた。


 建物内の映像を確認していると、通りの向こうから数人の傭兵が近づいてくるのに気がついた。しかし〈環境追従型迷彩〉を起動した状態で身動きしなかったからなのか、彼らは私の存在にまったく気がついていなかった。


 傭兵たちがすぐ近くを通り過ぎて、背中を見せたときだった。すぐにライフルで射撃を行う。二人が倒れたが、先頭を歩いていた傭兵は弾丸をはじいた。カグヤを介したスキャンを行うと、傭兵が携帯型の〈シールド生成装置〉を装備していることが分かった。

 うたがいたくなるような事実だったが、銃弾が直撃する瞬間、傭兵の周囲にシールドの青い薄膜が浮かび上がるのが見えた。


 フルフェイス型のガスマスクをつけた傭兵の目が、ゴーグルの奥で笑うのが見えた。私は素早く物陰に隠れると、機関銃から撃ち込まれた数十発の弾丸を紙一重で避ける。


 その間に、カグヤが〈シールド生成装置〉の操作権限を傭兵から奪い機能を停止させると、私は身を乗り出して射撃を行った。傭兵はシールドが消えたことに疑問を抱きながらも、腕を交差させて頭部を守ると、身体からだに銃弾を受けながら前進してきた。


『皮下アーマーと痛みを制御するインプラントを使用してるんだ!』

 カグヤの声を聞きながら、義足から伸びた刃を冷静に避けた。人体改造した傭兵の変則的な攻撃には驚いたが、すぐにライフルの銃口を傭兵の頭部に向けると何度も弾丸を撃ち込んだ。しかし傭兵は腕をあげ、頭部を損傷しないように守りを固める。


「カグヤ!」

『わかってる!』

 カグヤの言葉のあと、私に向かって猛然と駆けてきていた傭兵が急に足をからませて倒れた。それから傭兵はガスマスク越しにくぐもった声をあげ、痛みにもがいた。


『痛みを制御するインプラントがアダになった。システムを介して皮膚に受けた痛みを増幅してあげたんだ。その傭兵は身体中からだじゅうにナイフを突き刺されているような、壮絶な痛みを感じているはずだよ』と、カグヤは恐ろしい事を口にする。


 のた打ち回る男の頭部に弾丸を撃ち込むと、傭兵を痛みから解放した。

 それから装備をあさって〈シールド生成装置〉を奪うことにした。目的の装置は腰のベルトにつけるタイプのモノで、長方形の小さな箱だった。黒色のこれと言った特徴のない十センチほどのケースには、端子の差し込み口がついていて、その内のひとつからは細いケーブルが垂れ下がっていた。


『専用の〈超小型核融合電池〉を装備しているはずだよ』

 カグヤの言葉にうなずいたあと、傭兵の身体からだをひっくり返す。そして傭兵が背負っていたランドセルのような核融合電池を眺めた。その電池は、黒色のつやのない細長い金属の板に、四角い小さな箱が太いケーブルでつながっている代物しろもので、洗練せんれんされているとはとても言えない無骨な装置だった。


「大きいな」と、率直な感想を口にした。

『〈シールド生成装置〉は便利だけど、エネルギーの消費量が大きいからね』

 カグヤの言葉に納得したあと、周囲に敵がいないか確認する。

「一応、これも回収しておくか」


 傭兵が電池を背負うのに使用していたハーネスをナイフで切断すると、やけに重たい電池を持ち上げる。

『持っていくの?』

「うちには優秀なエンジニアがいるからな。手を加えて小型化してくれるかもしれない」

『第三世代の優秀な〈人造人間〉でも、できないことはあるよ』


「ペパーミントに〈人造人間〉なんて言ったら、大変なことになる」

『そうだね、一週間は口を利いてくれなくなるかも』

「彼女は意外に繊細なところがあるからな」


『……それにしても、それ嵩張かさばるね』

 ランドセルのような核融合電池を眺める。

「そうだな……どこかに隠しておくか。戦闘が終わったら機械人形に回収させよう」


『レイラさま』とアレナの声が内耳に聞こえた。

『建物内の制圧が完了しました』

「了解、今から向かうよ」


 適当な場所に〈シールド生成装置〉と電池を隠すと、建物内に向かう。

『建物内に設置されていた罠やセンサーのたぐいは、すでに女神さまが解除してくれています』

「わかった」


 建物の二階、道路に面した部屋には数人の傭兵の死体が転がっていた。彼らが攻撃に使用していた重機関銃は、溶接のあとが目立つ鉄のフレームで直接壁に固定されていて、銃口だけが壁にある小さな穴の先から外に出ていて、銃身が見えないように工夫されていた。


「アレナ、そいつは?」

 戦士の側で膝をついていた重武装の男に目を向ける。男は後ろ手に縛られた状態でうつむいていた。白茶色の戦闘服に黒のタクティカルベストを着て、いくつかの予備弾薬と整備の行き届いたライフルを所持していた。


「この場で襲撃者たちを指揮していた者です。情報を聞き出すために捕らえたのですが、言葉がまったく通じませんでした」と、アレナは頭を振る。

「そうだったな。俺が話をしてみるよ」


 ヤトの一族が使う言語は、戦士たちが所持している端末にインストールされたソフトウェアを使って、我々が理解できる言葉に翻訳ほんやくされている。だから同時通訳機能のない端末を所持している人間とは、基本的に会話ができない。


 私はしゃがみ込むと、傭兵と視線を合わせた。

 白髪交じりの黒髪の男で、角張った顔は日に焼けていた。

「あんたらは何者だ?」


 男はゆっくり顔を上げて私を睨んだ。

「何に見える?」

「強がりは必要ないから真面目に答えてくれ。あんたがどれだけいきがろうとも、俺たちの捕虜であることに変わりはないんだ」


 男はニヤリと笑うと、手を縛っていた結束バンドを解いて殴りかかってきた。しかしアレナに取り押さえられ地面に顔を叩きつけられた。

 アレナに顔をみつけられたままうめき声を漏らす男の手首を確認すると、鋭い刃が飛び出しているのが見えた。男の腕は精巧せいこうに造られた人工皮膚に覆われた義手だったようだ。


 胸元のコンバットナイフを抜くと、男の肩にナイフを突き刺して義手を制御するための太いケーブルを切断した。男は力なく垂れ下がる自身の腕を見ていたが、顔面をもう一度踏みつけられて痛みに声を上げた。


 男を膝立ちにさせると、タクティカルベストの間からゆっくりナイフの刃を突き刺していった。男は腹部の痛みに短い声を漏らした。


「お前が感じている痛みや傷を治すことのできる薬を持っている」

 私はそう言うと、男の肩に突き刺さっていたナイフをひねる。

「教えてくれ、襲撃は誰の依頼だ?」


「クスリか……」男は嫌な笑みをみせる。

「そんな便利なモノが存在しないことくらい、俺は知っている。それとも何か、お前は俺に覚醒剤でも打ってくれるのか」


 ナイフを抜くと、男の戦闘服で血液をぬぐう。

「クスリがないことを知っているのか……お前は物知りなんだな。それなら、ついでに教えてくれないか、お前たちの依頼主は誰だ?」

 出血している所為せいなのか、男の額には汗が浮かび、身体からだが小刻みに震え出していた。


「お前は腹を裂かれている」と、男の耳元でささやくように言った。

「痛いだろうな……でもその出血量から見て、死ぬまでに一時間はかかる」

 私は言葉を切ると、木の板でふさがれた窓の隙間から室内に侵入してくる日の光で浮かび上がるちりを眺めた。それはゆっくりと空中を舞い落ち、かすかな空気の流れと共にユラユラと動いていた。


「お前がここで失血死するまでの間に、お前の仲間たちは助けに来てくれるだろうか?」と男にたずねる。「それともお前は死ぬまでの間、ずっとここで痛みを感じ続けるのか?」


 男が顔をせると、汗がしたたり落ちて、砂が堆積していた床を濡らした。


「痛みを和らげる薬があると信じたほうが利口だとは思わないか? お前の依頼主はいずれ俺たちに殺されるんだ。そんな連中をかばう必要はないだろ?」


 男はしばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「お前たちが相手にしているのは鳥籠だ……。それは、お前らごときに……相手できる組織じゃない」


「鳥籠か」と、私は素っ気無く言う。

「どうせ〈五十二区の鳥籠〉なんだろ?」

「どうしてそれを?」と、男は黄色くにごった白目を私に向けた。


「襲撃されるのは今日が初めてじゃないからな。それで、鳥籠の関係者は来ているのか?」

「知らない」と男は頭を振る。

「俺は知らないんだ」


 私は立ち上がりアレナに視線を合わせると、無言でその場を離れた。

「おい! 何処どこに行くんだ? クスリは何処どこだ? 俺のクスリは――」

 銃声が聞こえたあと、男が倒れる音が続いた。


『ねぇ、レイ。相手はやっぱり〈五十二区の鳥籠〉だったね』

「ああ。どうやら連中は、傭兵を使い捨てにできるほど資金に余裕があるみたいだ」

『厄介な相手だね』


「それに俺たちに固執する理由もハッキリと分からない」

『不気味だね。本格的に対処することを考えないとね』

「そうだな……。いつまでもくだらない襲撃には付き合っていられない」

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