第174話 負傷者 re


 廃墟に騒がしい銃声が反響し、ロケット弾の爆発によって生じた衝撃波が草木を揺らした。襲撃者の側面から強襲しようとしていたミスズのアルファ小隊は待ち伏せに遭い、わずか十メートルほどの距離から浴びせられる機関銃の弾丸で身動きが取れずにいた。


 アルファ小隊は応戦していたが襲撃部隊は建物内に身を潜め、崩れかけた壁にできた穴から射撃を続けていた。

 上空を旋回していたカラスから映像を受信すると、道路沿いに設置された植樹帯しょくじゅたいの低い花壇に身を隠しながら移動するナミの姿が見えた。状況を打開するため、敵部隊に奇襲をかけるようだ。


 ナミはみずから望んでミスズの護衛を引き受けてくれているヤトの一族で、名は〈オンミ・ノ・ソオ〉、ヤトの一族が使う古い言葉で〈波の音〉の意味を持つ戦士だった。誰が言い出したのかは分からないが、いつの間にかナミと呼ばれるようになっていて、彼女もその呼び方を気に入っていた。


 制圧射撃による掩護えんごを受けていたが、それでも彼女が身を隠していたコンクリートブロックの花壇に向かって断続的に弾丸が撃ち込まれていて、ナミは動き出すタイミングを失っていた。


 けれどミスズは襲撃者たちが油断して、警戒を緩めたことに気がついた。彼女は外套がいとうに備わる〈環境追従型迷彩〉を起動して姿を隠すと、足元に散らばる瓦礫がれきの間を駆け、襲撃者たちが潜んでいた建物のすぐとなりにある高い建築物に侵入した。


 そのまま外階段から襲撃者が占拠している建物に飛び移り、奇襲をかける。建物内で騒がしい銃声が鳴り響いたあと、建物の窓からそっと顔を出してこちらに向かって合図をするミスズの姿が見えた。


 カラスが旋回して視点が変わると、こちらに向かってくる〈蟲使い〉の部隊と、七十センチほどの体長がある昆虫のれが確認できた。その甲虫は若葉色の光沢を帯びた甲殻を持ち、異様に長い触覚を小刻みに動かしていた。


 しかし偵察ドローンの役割をになっていたトンボの変異体との接続が切れていたからなのか、蟲使いたちはアルファ小隊の存在に気がついていないようだった。


 ミスズはすぐに小隊に指示を出すと、素早く蟲使いの部隊を包囲した。射撃が始まると無防備だった蟲使いは銃弾を受けて死傷者を出すことになり、その混乱で接続が切れた甲虫たちが敵味方関係なく襲うのが確認できた。死体にむらがる甲虫もいれば、建物の陰に潜んでいたヤトの戦士に襲いかかる甲虫もいた。


 ナミは腰に吊るしていた黒革のさやから大ぶりのなたを抜くと、〈高周波振動発生装置〉を起動させ、甲虫の硬い甲殻を切断する。ナミの勢いは止まることなく、素早い身のこなしで次々と甲虫たちを始末していった。まるで舞うように戦うナミの姿に感心していると、通りの向こうから草や小枝で身を飾る大男があらわれる。


 その男は旧式の無骨な義手を装着していて、動物の骨を削って加工した鈍器を手にしていた。彼はナミに向かって駆け出すと、義手の関節部から火花を散らしながら鈍器を振り上げるのが見えた。


「カグヤ!」

 私の思考電位を拾い上げたカグヤは、瞬時に大男の義手の操作権限を奪う。


 ナミはそのすきを突いて大男のふところに入り込むと、突然のことに対処できず腕を振り上げたまま動きを止めていた男の首をねた。驚きの表情を浮かべながら地面を転がる頭部を無視して、ナミは油断することなくさっと視線を動かした。それから建物屋上にいた私とハクの姿を見つける。


『レイラ殿! 女神さま!』と、ナミは腕を大きく振る。

掩護えんごに感謝します!』

『どういたしまして』とカグヤが答えた。


 アルファ小隊を掩護えんごするために駆けつけていた私とハクは、建物屋上に待機して戦闘の様子を見守っていたが、どうやら支援の必要はなかったようだ。索敵マップを確認したあと、カグヤの偵察ドローンにハクの先導を頼み、廃墟の街を移動した。


 ハクは建物に向かって糸を吐き出すと、その糸につかまりながら振り子のように移動して跳躍ちょうやくする。そのまま高層建築物の側面に張り付くと、建物の壁面に小麦色の毛に覆われた脚の短い蜘蛛がいるのが見えた。その蜘蛛の体長は二メートルほどで、頭部には蟲使いによって取り付けられたと思われる装置が確認できた。それは日の光を反射して銀色に輝いていた。


 その変異体の頭部は赤茶色の太い体毛に覆われていて、毛に隠れた眼をハクに向けると、息を短く吐き出すような威嚇音を鳴らした。しかしハクは意に介さず、蜘蛛に向かって強酸性の糸の塊を吐き出す。風船のように膨らんだ腹部に直撃すると、白い蒸気が立ち、糸の塊は溶けていくバターのように蜘蛛の腹部に食い込んでいった。


 あわれな蜘蛛が脚を縮こませながら道路に落下するのを見届けたあと、建物内に潜んでいた蟲使いにアサルトライフルの銃口を向ける。照準器から見えた蟲使いは、頭部にあるツノのような装置を手で押さえながら顔をしかめていた。使役しえきしていた蜘蛛との接続が切れたことで、なにかしらの影響を受けたのかもしれない。


 確かなことは分からないが、〈感覚共有装置〉でつながっていた蜘蛛くも間際まぎわに感じたであろう恐怖や苦痛といった感情を共有したのかもしれないし、その痛みを自分のことのように感じたのかもしれない。けれどそれは憶測でしかない。


 結局のところ、蟲使いが何を感じているのかは分からない。セミオートで射撃を行い、蟲使いを素早く射殺すると、ハクの脚の間から落ちてしまわないように、すぐにフサフサの体毛につかまる。ハクはそのまま建築物の壁面を移動して屋上に出る。


 そこからは〈旧文明期以前〉の倒壊した建物に身を隠していたヤトの部隊が、襲撃部隊に包囲されて機関銃の掃射を受けているのが確認できた。襲撃者たちは蟲使いではなく、白茶色の戦闘服を着た武装集団だった。組合に所属する傭兵なのかもしれない。統率がとれた練度の高い集団は、断続的に射撃を続けてヤトの部隊を牽制けんせいしていた。


 すぐにでも戦士たちの支援に行きたかったが、まずは敵の包囲網を崩すことを優先する。傭兵たちの狙撃手が潜んでいるレストランの廃墟に視線を合わせて、標的にタグを貼り付けると、ウミと連絡を取る。


「すぐに攻撃できるか?」

『お任せください、レイラさま』

 ウミの凛とした綺麗な声が聞こえる。

ただちに攻撃を開始します』


「ハク、拠点にいるウミが今から敵を攻撃する。どこかに身を隠せる場所はあるか」

『んっ!!』

 白蜘蛛はその場でくるりと身体の向きを変えると、離着陸場に墜落していた航空機の残骸に身を隠した。


 しばらくすると耳をつんざく風切り音が聞こえてきて、標的にしていた建物が攻撃を受けてぜるのが見えた。一瞬の間があって、続けて轟音ごうおんが聞こえると、大小様々な瓦礫がれきが勢いよく飛び散り砂煙が立ち込める。それらの瓦礫がれきの破片は建物屋上まで飛んできた。


「着弾を確認した。さすがだな」

 するとウミの落ち着いた声が聞こえた。

造作ぞうさもないことです。引き続き攻撃支援を行いますか?』

「いや、あとは俺たちに任せてくれ。ウミは他の部隊の支援を頼む」

『承知しました』


 通信が切れると、砂煙の中から出てくる傭兵たちに射撃を行い確実に倒していく。ライフルのストックを肩につけて、頬をのせるようにしてストックにガスマスクをあて、照準器を覗き込みながら引き金を引いていく。

 立ち昇る砂煙の中から瀕死の状態で飛び出してきた傭兵に止めを刺して、三人目を射殺し終えたときだった。我々がいる建物に向かって銃弾が飛んでくるようになった。


 ハクは道路に向かって飛び降りると、攻撃してきた傭兵たちの背後に音もなく着地する。傭兵たちはハクの接近に気がついていないのか、倒壊した建物の瓦礫がれきに隠れながら建物屋上に向かって射撃を続けていた。


 ハクと別れて傭兵たちの側面から攻撃を仕掛けようとしたときだった。瓦礫がれきの間から突き出ていた錆びた鉄骨に設置されていたセンサーに引っかかり、傭兵たちに居場所が見つかってしまう。


 ガスマスクのフェイスプレートを介して無数の警告表示があらわれると、壁に設置されていたセントリーガンの輪郭りんかくが赤色の線で縁取ふちどられるのが見えた。


 間髪を入れずに廃墟に飛び込んでセントリーガンからの攻撃を避けるが、私の接近に気がついた傭兵たちから一斉いっせい射撃しゃげきを受けてしまう。〈環境追従型迷彩〉を起動していたからなのか銃弾は直撃しなかったが、幸運はいつまでも続くわけではない。応戦しながら後退すると、横倒しになった彫像の陰に隠れる。


 傭兵が私に気を取られている間に、ハクは部隊の背後に移動する。そこには複数のセンサーが設置されていたが、それらのセンサーは〈深淵の娘〉であるハクには反応しなかった。ハクは沈黙したままのセントリーガンを横目に見ながら、傭兵たちに襲いかかる。


 はらうように振るわれたハクの脚は傭兵たちの身体からだ容易たやすく切断した。裂かれたタクティカルベストの間から鮮血が飛び散り、壁が赤黒く染まっていく。ハクは脚を振るい続け、文字通り傭兵たちを蹴散らしていった。


 私はアサルトライフルを構えながら血に染まる廃墟に入ると、床に倒れ苦しそうなうめき声を漏らしていた傭兵たちに銃弾を撃ち込んで止めを刺していった。


「助かったよ、ハク」

 ユーティリティポーチからタオルを取り出すと、ハクの体毛についた返り血をき取る。けれどハクの細い毛の間にベッタリと入り込んだ血液は、簡単に拭き取ることができなかった。


「拠点に戻ったら水浴びをしないとダメだな……」

『いやっ!』と、ハクは腹部を震わせる。

『まだ、あそぶ』


 ハクが逃げるように建物を出ていくと、セントリーガンの起動センサーを探し当てて、接触接続で停止させていく。それから拡張現実で表示されていた地図を確認して、現在位置を記録した。これでいつでもセントリーガンを回収するために戻ってくることができる。


 自動攻撃型のタレットやセントリーガンは、〈ジャンクタウン〉にある軍の販売所でも購入できるが、小型で性能が高いモノはそれなりの値段がする。そのセントリーガンがタダで入手できるのなら、回収しておいて損はないだろう。


 建物を出るとすでにハクの姿はなかった。ハクの脚に巻いているリボンに取り付けられた信号発信機を頼りに、ハクの現在位置を確認する。ハクは三百メートルほど離れた位置にいて、すでに傭兵たちの別部隊と交戦していた。


 通りの向こうから響き渡る銃声を聞きながら、ヤトの部隊が身を隠していた建物に入っていく。銃撃によって削り取られたコンクリート片が床に散乱していて、ヤトの戦士が寄り掛かるようにして壁に背中をつけているのが見えた。


「傷の程度は?」

 負傷者の応急処置をしていた青年にたずねた。すると彼は立ち上がり、血に濡れた拳を合わせて挨拶を行う。


かしこまらなくていいよ」と、言葉の響きに注意しながら言う。

 負傷者の容態ようだいを知りたくて慌てていたが、青年の礼儀正しさを無下にしたくなかった。


「ひとりは肩の肉がえぐれるほどの傷を負っていますが、命に別状はありません。ですが……」青年は寝息を立てるヤトの若者に視線を移した。

「彼は首に銃弾を受けて、血管を損傷し多くの血を失いました」


「オートドクターは?」

 血液に染まったコンバットガーゼを見ながら青年にく。

「すでに注射しました」

「だから眠っているのか」


 ホッと息をついたあと、負傷した青年の側にしゃがみ込んで傷の状態を確かめる。ガーゼをめくると、爬虫類はちゅうるいうろこのような肌に大きな瘡蓋かさぶたができていて、ナノマシンによる治療が始まっていることが分かった。


 負傷者を後方に搬送はんそうするため、ウミにヴィードルを要請すると、負傷者を守るように周辺一帯の警戒を続けていたヤトの戦士がやってくるのが見えた。彼女たちはレーザーライフルを背中に回すと、礼儀正しく挨拶をする。

「レイラさま! 私たちは今からハクさまの支援に向かいます!」


「待ってくれ」と、建物を出て行こうとする血の気の多い二人を引き留める。

「ヴィードルが来るまでの間、この場で負傷者を護衛してくれないか」

「ですがハクさまが心配です!」と短髪の女性が言う。


「大丈夫、ハクは簡単にやられたりしない。それよりヴィードルに負傷者を乗せたら、拠点まで後退してほしい」

 露骨にしょんぼりする彼女たちに言う。


「部隊は五人一組で機能するように編成しているし、五人で行動することを前提に訓練を受けてきた。もちろん負傷者が出た場合に備えて訓練を受けていることも知っている。けど今日の襲撃は無理をする必要のない戦闘だ。襲撃者の数はずいぶん減っているし、俺たちが戦闘は優位に進めている」


「わかりました……」

 タクティカルゴーグルの奥で撫子色の瞳が悲しそうにせられる。

 ヤトの一族が戦うことを好むことは知っていたが、前線から離れるのをここまで残念がるとは思っていなかった。


「わかったよ」と、溜息をついてから言う。

「ヴィードルが来るまで俺が負傷者の護衛をする。その間だけ、ハクの支援をお願いできるか?」


「やった」彼女は小声で言うと目の端で笑う。

「無茶はしないでくれよ」

「わかってます!」

 彼女たちがいなくなると、私は青年の側に腰掛ける。


 青年は彼女たちの行動にあきれるように肩をすくめると、負傷者の治療を続けた。するとカラスが飛んできてガラスのない窓枠に止まった。


「カグヤ、他の部隊の状況を教えてくれるか」と、カラスを見ながらたずねる。

『小銃を使った初めての実戦だからなのか、数人の負傷者は出してるけど、戦闘に支障はないよ』

「そうか……。負傷者は前線から下げるようにしてくれ」

『もう指示は出してるよ』


「ありがとう」

『ねぇ、レイ』

「うん?」

『戦闘音に引き寄せられた人擬きのれが、こっちに向かって来てるみたい』


「ついこの間、拠点周辺の化け物を掃討したばかりだったんだけどな」と、私はうんざりしながら言う。

『仕方ないよ』

「わかってる……」と、私は溜息をついた。

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