第156話 半魚人 re


 廃材やゴミの中から障壁として利用できるモノをかき集めると、銃撃で騒がしい壁の周りに積み上げていった。そのさい、こちらから攻撃できるようにわずかな隙間だけを残した。それから上階に来るために使用する梯子はしごも、巻き付いていたケーブルごと切り離して階下に落とした。


 壁際に戻って隙間から覗くと、掘っ立て小屋の屋根にロケットランチャーを担いでいる男の姿が見えた。ハンドガンの銃口を男に向けると、ホログラムの照準器が浮かび上がる。引き金を引くと男の頭部は派手に破裂し、照準器の先は血煙で真っ赤に染められる。


 別の男が小屋の屋根に上がってきて、死体の側に落ちているロケットランチャーを拾いあげる。その男はジョージからの狙撃を受けてすぐに死ぬことになったが、死の間際に放ったロケット弾が飛んでくるのが見えた。私は壁から身を引いて爆発に備える。


 激しい破裂音を背中に聞きながら、崩れた祭壇の側で待機していたハクのもとに向かった。白蜘蛛は祭壇に使用されていた廃材を適当に積み上げて遊んでいた。人間の頭蓋骨や動物の骨が積み上げられているのを見て、真似したくなったのだろう。


「ハク、階下から敵の増援が来るから攻撃に備えよう」

『てき?』と、ハクは私に大きな眼を向けた。

『そと、いく?』

「行きたいけど……今は出られそうにない」

 私はそう言うと、金属の厚い壁に囲まれた部屋を見渡す。


『でられるよ?』

 ハクは自身が積み上げた不格好な廃材を触肢しょくしで倒すと、天井に向かって糸を吐き出した。それから天井のずっと高い場所に張り付いた糸を軽く引っ張ると、私を抱き寄せて、糸に長い脚を絡ませて器用に登っていく。


 船内に滝のように雨水が侵入している大きな亀裂が見えてくる。私とハクはそこから外に出ることができた。ハクが船首に侵入するときに使った〝抜け道〟だったのだろう。


『そと、とうちゃくっ!』

「ありがとう、ハク」

『ん。でも、あめ、ふってる』

「そうだな」


 集落に視線を向けると、武装した集団が裏道を通って船首に侵入しようとしているのが見えた。

「ハク、少しの間、ここで待っていてくれるか?」

 私はそう言うと、太腿のホルスターからハンドガンを抜いた。ハクはお気に入りのぬいぐるみを抱く幼い子どものように、私を抱きかかえたままだった。


『まつ?』

 ハクはそう言うと、船首の先にそっと降ろしてくれた。足場は悪かったが、ハクに感謝すると船内に侵入しようとしていた男たちにハンドガンを向ける。

「ああ、こいつらを倒したら、一緒に移動しよう」


 照準器が浮かび上がり、ハンドガンの銃身が十字に展開して形状が変化していく。銃身内部に紫色の光が出現して、幾何学模様を描きながら銃口の先に向かって走る。すると銃口の先の空間が陽炎かげろうのようにゆがみ、薄闇が質量を得たようにドロリとよどんでいくのが感じられた。


 カグヤの支援によって視界に適切な射撃位置が表示されると、私はターゲットマークに照準を合わせて引き金を引いた。


 腕がわずかに持ち上がる軽い反動があったが、銃声はほとんど聞こえなかった。撃ち出されたのは紫色に発光する小さなプラズマの発光体で、目に見えるほどゆっくりしたモノだった。が、徐々じょじょに速度が上がり、やがて武装集団の中心に到達する。ソレが空中で静止したかと思うと、金属を互いに打ち合わせたときのような甲高い音を響かせた。


 その瞬間、発光体を中心にして、すべてのモノが宙に浮きあがる。汚い身形みなりの住人や、彼らが手にしていた旧式の小銃、雨粒や周囲の瓦礫がれき、それに泥まで浮き上がり時が止まったかのように空中に留まる。半魚人めいた住人は状況が理解できず、困惑した表情を見せた。


 そして耳をつんざく甲高い音が集落に響き渡ると、発光する球体を中心にして浮かんでいたすべてのモノが、発光体に向かって凄まじい力で引き寄せられ、ひとつの物体に圧縮されていった。


 そうして武装集団は掘っ立て小屋の廃材や瓦礫がれきに圧し潰され、悲痛な叫び声を上げながら死んでいった。けれどそれもごく短時間のことで、集団はまたたく間に拳大ほどの球体に圧縮される。高密度に圧縮された物体はしばらく空中に浮かんでいたが、やがて地面に落下して鈍い音を立てた。


 すると何処どこからともなく銃弾が飛んできた。ハクは私を抱いたまま勢いよく跳躍すると、音もなく掘っ立て小屋の屋根に着地する。そして続けざまに飛んでくる銃弾を避けていく。

「大丈夫か、ハク?」

 ハクの体表に銃弾が通用しないことは分かっていたが、それでも心配してしまう。


『いたい、ない』

 ハクはそう言うと、掘っ立て小屋の屋根に向かって複数の糸を吐き出した。そして張り巡らせた糸を足場にして素早く移動した。私はハクに抱きかかえられたまま眼下の武装集団に目を向ける。


 住人はジョージの狙撃によってひどく混乱していた。集落から逃げ出そうとする者たちは、ペパーミントが操縦するヴィードルから重機関銃による掃射を受けていて、さらに混乱することになった。


 激しい雨と雷鳴、そして銃声がとどろく集落を見渡す。武装している集団を探し、見つけると先ほど使用した〈反重力弾〉を次々と撃ち出した。しばらく間をおいて集落の至るところから甲高い音と圧殺されていく住人の悲鳴や金切り声が聞こえてきた。


 軽快に跳躍したハクは三階建てほどの高さがある掘っ立て小屋の屋根に着地すると、私を屋根におろして、そのまま小屋から飛び降りて武装した住人に容赦なく襲いかかる。


 そこでハッキリした敵意を感じて視線を動かす。すると向かいの屋根に、ライフルを構えている男の姿を見つけた。その男に向かって焼夷手榴弾しょういしゅりゅうだんを放り投げると、銃弾が跳ね返る音や、耳元の近くを通過していく弾丸が残す風切り音を聞きながら、となりの建物の屋根に飛び移った。


 私が放り投げた焼夷手榴弾を、男はなぜかライフルを手放して両手で咄嗟に受け取った。手榴弾は瞬時に爆発的な熱を生み出し、まばゆい閃光と共に男の手を完全にかすとトタン屋根の上に落下して、その屋根もまたたく間にかして小屋のなかに落ちていった。途端とたんに燃え上がる小屋は、激しい雨によって消火されたが、小屋の中から炎上しながら走り出る住人の姿が見えた。


『レイ』とペパーミントの声が内耳に聞こえた。

『次は何処どこを攻撃すればいい?』


 視界のはしに表示していた簡易マップを拡大すると、周辺一帯の敵の位置を確認して、それからペパーミントに指示を出した。


『レイラ!』と、今度はジョージの声が聞こえる。

『迫撃砲を見つけた』

 彼から迫撃砲の位置を教えてもらうと、屋根を伝って素早く移動して、集落の反対側まで向かった。


 その道中、ロケットランチャーを構えている女がいたので、ロケット弾に向かって〈小型擲弾てきだん〉を撃ち込んだ。擲弾てきだんはロケット弾もろとも炸裂し、女の上半身を吹き飛ばした。そのすぐ近くに立っていた男は、金属片と女の臓器、そして体液をかぶり、まるで血液のシャワーを浴びたように身体からだを真っ赤に染めた。


 目的の迫撃砲が見えてくると〈小型擲弾てきだん〉を撃ち込み、爆発するのを横目に見ながら小屋の屋根を駆けて、近くの掘っ立て小屋に向かって飛んだ。予期せぬ反撃を受けたのは、トタン屋根に着地したときだった。

 横手から飛び出してきた奇妙な半魚人に組みつかれてしまう。私は体勢を崩し、うろこに覆われた化け物と屋根を突き破って小屋の中に落下していった。


 背中を強く打ったことで息が詰まり、しばらくの間、私は苦しさにもだえることになった。身体からだを起こすと、目の前で四肢ししを踏ん張っている半魚人と視線が合った。横に飛び退いて化け物の体当たりをかわすと、仰向けになりながらハンドガンの照準を半魚人の背中に合わせて引き金を引いた。


 通常弾を受けた半魚人めいた化け物は、憎悪のこもった悲痛な声を上げると、恐ろしい鉤爪がついた手で背中をき、自身の垂れ下がった皮膚を引き剥がしていった。


『本当に魚人の化け物だったんだね』

 カグヤの言葉にうなずくと、硬いうろこに覆われた半魚人の動きに警戒しながら立ちあがる。

「ああ、それに銃弾がいてない」


 弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、半魚人に照準を合わせる。

 化け物は憤怒の表情を見せると、尖った牙がビッシリ生えた口を大きく開き、私に向かって跳び掛かってきた。眼前に迫る半魚人に向かって引き金を引いた。


 甲高い金属音がして、ハンドガンを握っていた腕が反動で持ち上がる。質量のある銃弾は運動エネルギーを得て、半魚人の胴体に大きな穴をあけると、小屋の壁を貫通して、そのまま密集するように建てられた掘っ立て小屋を次々と破壊しながら飛んでいった。


 〈貫通弾〉の威力はすさまじく、銃弾を受けた半魚人は衝撃で螺旋らせんを描くように身体からだが回転し、内臓と一緒に引き千切れた手足が周囲に飛び散る。


 小屋の壁を蹴り壊して外に出ると、破壊された小屋から逃げ出したナマコに似た小さな生物を踏み潰しながら駆けた。通りの向こうから半魚人の集団が向かってくるのを確認すると、ペパーミントの位置を簡易地図で確かめてから、向かってくる集団に銃口を向けた。


 照準を合わせると、ハンドガンの形状が変化していく。銃口に向かって青白い光の筋がいくつも走っているのが見えると、天使のにも似た青白く輝く輪が銃口の先に出現する。それを確認すると、猛進してくる半魚人の集団に向けて引き金を引いた。


 音もなく発射された光弾は閃光となって周囲を照らした。閃光が通り抜けたあとには何も残らなかった。半魚人の集団と周囲の掘っ立て小屋は融解ゆうかいし完全に消滅した。集落を囲むように砂浜に突き刺さっていた軍艦の隔壁かくへきは、赤熱せきねつしながら一気に膨むと、轟音と共にぜて高温に熔けだした金属が周囲に飛び散る。


 それらは広範囲に降り注いで掘っ立て小屋に引火していった。閃光の射線上にあったずっと遠くの廃墟から、しばらく轟音が続いていたが、やがて雨音が戻ってきた。


『レイ!』とペパーミントが声を荒げる。

『〈重力子弾〉を使う時には警告して!』

「悪い。でもペパーミントに被害が出ないように事前に確認はしたんだ」


『そう……ごめん。知らなかったわ。……それで、これからどうするの?』

「集落の外で合流しよう」

『ひとりで大丈夫?』

「大丈夫だよ。それにひとりじゃない、ハクが一緒だ」


『そうね、分かった。集合地点を送信しておいて』

 ペパーミントとの通信が切れると、ジョージと話をして、それから二人に合流地点を送信した。


『それで?』とカグヤが言う。

『レイはどうするの?』


「あいつらの相手をする」

 私の目の前には三人の女が立っていた。

『女の子とデートだね』

「ただの女の子じゃない。海から来た子たちだ」

『留学生ってわけだね』と、カグヤはクスクス笑う。


 彼女たちは垂れ下がっていた自身の皮膚を引き裂き、引き締まった肢体したいを見せた。青白いうろこはザラザラしていて、妙に平べったい頭部に耳や鼻はついていなかった。その半魚人はギョロリとよく動く眼で私を睨むと、示し合わせたかのように三人同時に駆けてきた。


 最初に飛び込んできた半魚人を蹴り飛ばすと、低い位置からつかみかかってきた化け物の後頭部にナイフを突き刺す。そしてナイフから手を離し、半魚人の身体からだを持ち上げると、立ち止まって吐瀉物としゃぶつを吐きかけてきた別の化け物に向かって放り投げた。


 後頭部にナイフの突き刺さった半魚人はまだ生きていたのか、仲間の吐瀉物としゃぶつを浴びると身体からだを熔かされ痛みに奇声を上げた。どうやらあの吐瀉物としゃぶつは強力な酸のようなモノだった。と、私の注意がそれた一瞬の隙をついて、別の半魚人に顔面を殴られて後方に転がる。


 すぐに身体を起こして、向かってきた半魚人の顔面に刀を突き刺した。右手首の刺青から一瞬で出現した刀は、なんの抵抗もなく半魚人の頭を割った。


 半魚人の血を吸った刀が歓喜して震える。白銀色の刀身は見る角度によってヘビのうろこのような模様が浮かび上がって、青緑色と赤の毒々しい輝きを放った。半魚人の内の一体は刀身の輝きに魅せられたのか、ふらふらと無防備に歩み寄ってきた。私はその半魚人の首をねると、通りの向こうに逃げ出した別の半魚人の背中に銃弾を撃ち込んだ。


『終わった?』と、カグヤが言う。

「ああ、でもデートは失敗だった」

『レイのことが好みじゃなかったんだね』

「そういうことだ」私はそう言うと刀を右手首の刺青に戻した。

『落ち込まないで』と、カグヤは私を揶揄からかう。


 すると倒壊していた小屋の瓦礫がれきが吹き飛んで、その中からニメートルを優に超える体高を持つ半魚人が姿を見せた。筋骨隆々とした大型個体は私のことを睨んだ。


『真面目な話、魚人に変態へんたい? 変異? なんなのかよく分からないけど、魚人になっても人間だったころの意識は残っているのかな?』

「カグヤは何が知りたいんだ?」と、半魚人に弾丸を撃ち込みながらいた。

『話をしたり、道具を使ったりできるのかなって思って』


 半魚人は大声で叫ぶと、腕を交差させ、顔面に対する射撃を防ぎながら猛然と走ってきた。弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、化け物の頭部に照準を合わせた。

「どうだろうな……それは分からないよ」


 甲高い金属音と共に発射された弾丸は、半魚人が顔面を守るように交差させていた太い腕を破壊し、頭部を破裂させた。腕と頭部を失った半魚人の身体は衝撃でじれて、周囲に体液や肉片をき散らしながら吹き飛んだ。


「半魚人の状態でまともな意識があったら、手強い相手になると思う」

『そうだね。でも、油断しないほうがいいかも』とカグヤが言う。

『今の状態がまだ変化の途中の段階なら、完全な魚人に変異した個体が何処どこかにいるかもしれない』


「そうだな」と、無残に破壊された集落を見つめる。

「わざわざ退化する生物はいない。魚人になることが進化だって言うなら、完全に変化した連中は厄介な存在になる」

 その場を離れると、ペパーミントたちとの合流地点に向かって走り出した。

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