第154話 潜入 re


 我々は夜闇にまぎれて集落に接近した。激しく降り出した雨の所為せいで、砂浜の移動には苦労することになったが、同時に雨が我々の姿を敵の目から隠してくれる手助けになった。

 集落に人間を寄せ付けないためのモノなのか、砂浜には軍艦の残骸で組まれた障害物がいくつもあって、集落を囲むように深いほりまで用意されていた。


 拡張現実で表示されていた情報を頼りに、侵入経路を素早く判断して、集落に接近する。

 雨の所為せいで視界は最悪だったが、ガスマスクのナビゲーションシステムに従って進むと、集落をぐるりと取り囲んでいる高い壁が見えてくる。壁は軍艦の残骸を利用したモノで、金属製の厚い壁面パネルが侵入をはばんでいた。


 集落に接近すると、我々は砂浜に突き刺さっていた軍艦の残骸に身を隠した。

 大きくゆがんだ鉄板の陰から頭を出して、集落の入り口を確認する。防壁の隙間から見える掘っ立て小屋の屋根には、土嚢どのうが雑に積み上げられていて、屋根に渡された足場を利用して移動している住人の影が見えた。


 彼らは旧式のライフルを肩に提げ、集落の警備をしていた。

『レイ、位置についたわ』と、ペパーミントの声が内耳に聞こえる。


 ヴィードルに搭乗しているペパーミントには、迂回うかいするように砂浜を移動して、集落の裏口近くに待機してもらうことにした。その場所は、奇妙な老人たちが集落の出入りに使用していた場所で、住人たちと戦闘になったさいに、捕虜を連れて逃げられる可能性がある場所でもあった。


 だからあらかじめ戦闘車両を配置し、もしもの場合には対処してもらうことなっていた。ヴィードルの火力なら、戦意のない人間を制圧するのは簡単だ。もちろん捕虜に被害が出ないように注意する必要はあるが。


「ペパーミントはその位置で待機していてくれ、目的の端末が確保できたら連絡する」

『了解。こっちでも集落の監視は続けるから、助けが必要になったら教えて、すぐに掩護えんごする』

「頼りにしているよ。ところで、ハクが何処どこにいるか分かるか?」

『さっきまで一緒だったけど、いつもみたいにどこかに行っちゃったわ』


「そうか……仕方ないな。ペパーミント、気をつけてくれよ」

『大丈夫。自分が戦闘に向いていないことは分かってる。何かあればすぐに撤退する』

「頼んだよ」


 遠雷えんらいとどろいて空を青紫色に染めると、激しく降る雨の様子がハッキリと確認できた。

「レイラ、狙撃を手伝ってくれるか」と、ジョージが対物ライフルを構える。

「悪いな、観測手の経験はないんだ。けど別の方法で支援することならできる。そのゴーグルを貸してくれ、端末から情報を送信できるようにする」


 ジョージはうなずくと、溶接用ゴーグルにも丸メガネにも見える暗視機能の付いた特殊なゴーグルを私に手渡した。接触接続によって手のひらに静電気の痛みにも似た衝撃を感じたあと、ジョージにゴーグルを返した。安全性を考慮して私の端末と直接つなげるようなことはしなかった。カグヤを介して得られる視覚情報を転送できるようにしただけだ。


「どうだ?」と私はジョージにたずねた。

「敵の位置が見えているか?」


「こいつは便利だな。集落を警備しているやつらの位置がリアルタイムで受信できている」

「障害物を透かして表示されている輪郭線もある。だからうっかり壁に弾丸を撃ち込まないように注意してくれよ」

「任せろ。ヘマはしない」と、ジョージは笑みを見せる。


 しばらくその場で待機していると、集落を巡回警備していた住人が近づいてくるのが見えた。全部で四人、その全員が旧式のアサルトライフルで武装していた。ジョージは素早く狙撃を行い、後方を歩いていた者からひとり、またひとりと射殺していった。

 最後に残った奇妙な男は異変に気がつくと、ビクリと身体からだを痙攣させたあと、脱兎だっとの如く駆けだした。


 ジョージは冷静に引き金を引いた。背中を撃たれた男はたじろぎ、数歩よろめき、そして前屈まえかがみに倒れた。しかし男は立ち上がると、ゆっくり歩き出した。銃声を気にして火力を最小にしたことがあだになったのだろう。ジョージは敵を一撃で殺しそこねた。彼は再度、的確な射撃を行った。


 男は腕と脚に銃弾を受けたが、それでも足を引きりながら歩こうとした。三発目は男のあごを捉えた。男は顎を失い、大量の血液を流し、舌を揺らしながら我々に眼を向けた。男の眼はあやしく輝き、もはや人間のそれには見えなかった。


 男が倒れて動かなくなると、ジョージは溜息をついた。

やつら化け物だな」と、ジョージは弾倉を抜いて残弾を確認しながら言う。

「あれだけの弾丸を受けたにもかかわらず動けるんだ。なにかの変異体で間違いない」


「そうだな……それより、潜入の準備はできているか?」

「もちろん」

 ジョージはそう言うと、対物ライフルを肩に担いだ。


 集落の入り口は幾重にも積み上げられた金属板の残骸で閉鎖されていて、集落に出入りするためには高い壁を越えなくてはいけなかった。しかし住人が壁を登るのに使用されていた梯子はしごは、壁の上に引き上げられていた。


「面倒だな」とジョージは愚痴をこぼす。

「どうするよ、レイラ?」


「何とか飛び越えるさ」

 私はそう言うと、雨にかすむ防壁を見つめた。

「ヴィードルに乗ってる綺麗な姉ちゃんに頼むのか?」

「いや」と私は頭を振る。

「俺が直接行く」


 外套がいとうの〈環境追従型迷彩〉を起動すると、集落の壁として使われていた軍艦の残骸に向かって駆けた。ジョージが殺した男たちの遺体を避けながら壁に近づくと、上方に向かって一気に跳躍した。壁の高さは六メートルほどあり、身体しんたい能力のうりょくが大幅に強化されていようと、一度の跳躍で飛び越えるには無理があった。


 私は壁の出っ張りに掴まると、腕力だけで身体からだを持ち上げて壁を登っていった。

 壁の上に設置された足場を利用して巡回していた住人がいないことは分かっていたが、それでも身を低くして移動し、足元に無造作に置かれていた梯子はしごを壁に掛けた。


 それから手を振ってジョージに合図を送る。ジョージのゴーグルには私の輪郭線が表示されているはずだったので、外套がいとうのカモフラージュを解かなくても、問題なく私の姿が見えているだろう。


「さすがだな、レイラ」と、梯子はしごを使ってやってきたジョージが言う。

「俺も人のことは言えないが、姉ちゃんと二人だけで廃墟の街を探索をしているだけはあるな」


「さすが?」

「結構、稼いでいるんだろ?」

「それなりの収入はあるけど、それが?」


「その身体からだだよ」と、ジョージは眼下に見える集落に視線を向けながら言う。

「相当稼いでなきゃ、そこまでの身体強化はできないはずだ」

「そうだな。それより、これからは慎重に動く」と、私は適当に答える。


「目標は集落の中心にある船首か?」

「ああ、マリーが捕らわれているのなら、おそらく警備が厳重な船首にいるだろう」

「そのあたりにある掘っ立て小屋はどうだ?」


 残骸の下で雨宿りしていたカラスの姿を遠目に確認したあと、ジョージに言った。

「いないだろうな。昼間に一通り確認は済ませてある。ほとんどの小屋は用途のないゴミで溢れていて、それ以外の場所は住人の寝床だった」


「ゴミ? なんでそんなモノが?」

「さぁな。連中の考えていることは俺にも分からない。とにかく俺が先行する。ジョージはここから掩護えんごしてくれ」

「了解、何かあったら言ってくれ」

 ジョージはそう言うと、耳元のヘッドセットを指先で叩いた。


 防壁を飛び降りて、雨でぬかるんだ舗装されていない通りを歩いた。すると掘っ立て小屋の中にいた住人が通りに出てくるのが見えた。彼らの姿を縁取る赤色の輪郭線でその姿をハッキリと認識することができた。その場に立ち止まると、ボディアーマーの胸元からナイフを抜いた。


 掘っ立て小屋から出て来た男は暗い空を見上げると、大きな口を開けて雨を飲みこんでいた。それから私が隠れていた場所に向かって歩いてきた。〈環境追従型迷彩〉が効果を発揮してくれたのかもしれないが、激しい雨のおかげで住人は私の存在にまったく気づいていなかった。


 呑気に歩いていた男を羽交はがめにすると、素早く喉元にナイフを突き刺した。男は痙攣けいれんし、ヌメリのある液体で濡れた腕を伸ばして私の手をつかもうとしたが、ナイフをひねると男の腕はダラリと垂れ下がり力を失う。そのまま男が姿を見せた小屋の中に死体を放り投げると、雨でかすむ通りを睨んだ。


 掘っ立て小屋の向こうから歩いてくる男女の姿が見えた。猫背で足の短い男と、髪がほとんど抜けた青白い顔をした女だ。

『レイラ』と、ジョージの声が内耳に聞こえた。

『ゆっくり歩いてくる男は俺がやる。女の処理は任せたぞ』


「了解」と、ハンドガンを抜いた。

 ジョージの合図のあと、銃弾を受けた衝撃で男の身体からだが揺れるのが見えた。一瞬の間を置いて女の頭部に弾丸を撃ち込んだ。銃弾を受けた女の後頭部から血煙が噴き出したのを確認すると、素早く二人の側に向かい、すぐ近くにあった掘っ立て小屋の扉を開いた。


 室内に広がる奇妙な光景に驚きながらも、まず死体を片付けることに専念する。男女の死体を引きって小屋に放り込んだあと、天井から大量に吊るされていた生物を眺める。


『ナマコかな?』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

「ウミウシにも似ている……それにしても、異様にデカいな」


 ナマコに似た生物はそれぞれが一メートルほどの体長で、内臓が透けて見える半透明な胴体を持っていた。ブヨブヨした身体からだからは、柔らかな突起物が至るところから垂れ下がっている。その胴体の脇には、短い足のようなモノが無数に並んでいて、スカートのような皮膜ひまくでつながっていた。


『集落の住人は、これを食べているのかな?』

「味は悪そうだ」

 すると天井から吊るされていたナマコの一体が、床に転がる死体に向かって柔らかな突起物をそっと伸ばすのが見えた。


『何をするんだろう?』

「それも気になるが、こいつら生きていたのか?」と私は驚いた。

『うん。干乾ひからびてないし、たぶん生きてる』

 ナマコからウネウネと伸びた突起物が、地面に横たわる死体に触れると、その先端がゆっくり広がっていくのが見えた。


「見えるか、カグヤ。あれには歯がある」

『本当だ。気持ち悪い』とカグヤの声が震える。

 たしかに気味の悪い光景だった。開いた突起物の先端には、人間の歯のようなモノがびっしりと生えていた。柔らかな突起物は死体に噛みつくと、時が止まったかのように動かなくなった。


『小屋の中で何かあったのか、レイラ?』と、ジョージの声が聞こえた。

「連中の食糧庫を見つけただけだ。今から出る。間違って俺を撃つなよ」

『了解、監視を続ける』

 ジョージとの通信を切ると、小屋を出ながらペパーミントと連絡を取る。


『私は大丈夫』と彼女は言う。

『安心して、なにか問題が起きたら私から連絡する』


 掘っ立て小屋が密集する狭い通りを進んでいくと、昼間に監視していたときに、集落の住人がバカ騒ぎをしていた広場に出る。広場の中央には解体されたグロテスクな人間の死体が複数吊るされていて、その周囲には酒に酔って、地面に横になって眠っている住人が大勢いた。


『こんな雨の中、よく眠っていられるよね』とカグヤが言う。

身体からだが冷えないのかな』

 カグヤの謎の心配をよそに、私は彼らの頭部に銃弾を撃ち込んでいく。


容赦ようしゃしないんだな』と、ジョージの陽気な声が聞こえた。

「人喰いの化け物だ。こんな連中が生きていたって害にしかならないだろ」

『たしかにそうだ。集落を監視していたのは少しの間だけだったが、そいつらはレイダーギャングと大して変わらない畜生だった』


 酔いつぶれて眠っている住人を八人ほど殺したとき、ジョージから連絡が来る。

『船首から武装した男たちが何人か出てきたのを確認した』

「潜入していることを知られたか?」

『違うようだ。背中が曲がった奇妙な男を中心にした集団だが、広場には向かっていない』


「昼間にドローンで確認した老人たちか……そいつらは何処どこに向かっている?」

『ヴィードルに乗ってる姉ちゃんがいる裏口だ』

「それはマズいな」

『姉ちゃんに攻撃させるか? それとも撤退させるか?』


 頭部を破壊され、舌をだらしなく伸ばしたまま死んでいる男を眺めながら考える。

「いや、そいつらはここで潰そう」

『攻撃するのか? 俺たちの存在が住人に知られるぞ』

「音を立てないように、静かに殺せばいい」


『全員って、ライフルで武装してる奴らだけでも十人はいる』

「俺に任せろ」と、私は考えなしに言う。

『まぁ、レイラがやるっていうなら俺も手伝うけどよ。連中を殺したい理由を教えてくれ』

「奴らの目的地は、例の洞窟なのかもしれない」


『マリーが集落にいなかった場合、俺たちはその洞窟に向かうことになる』

「ああ、そうだ」

『洞窟で連中と殺し合いになるかもしれないって、レイラはそう考えているのか?』


 気持ちよさそうに眠っている酔っ払いを次々と射殺しながら言った。

「その集団は洞窟に向かわないのかもしれない、けど少しでもその可能性があるなら、ここで潰して連中の戦力を削りたい」

『了解、合図をくれ。いつでも狙撃できるように準備しておく』


 さっと周囲に視線を向けて、掘っ立て小屋を透かして見えていた武装集団の輪郭線にタグをつける。それから集団の先回りをするように動いて、適切な攻撃位置まで向かった。道中、数人の住人と遭遇するが間髪を入れず射殺していった。


 外套がいとうの迷彩効果と激しい雨のおかげで、私の動きが周囲に露見することはなかった。掘っ立て小屋のトタン屋根に飛び乗ると、集団が通るのを待ち受ける。


『来るぞ、レイラ』とジョージが言う。

 掘っ立て小屋を横切る集団の列が見えた。その先頭には背中が曲がった奇妙な老人が二人いたが、どうやらただの老人ではなかったようだ。頭髪は完全に抜け落ちていて、青白い皮膚は腐った人擬きの皮膚のように、ひどく垂れ下がっている。


『気味が悪いね』とカグヤが言う。

『まるで人の皮を着ているみたい』

「それだけじゃない、首元が異様に腫れている。何かの病気なのかもしれない」


 老人のように見えた化け物は、まばたきのしないギョロリとした大きな眼をしていて、何かにおびえるように常にキョロキョロと周囲に視線を向けていた。

「あいつらは、本当に人間じゃないのかもしれないな」

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