第152話 集落 re


 海岸に横たわる軍艦の船尾せんび、その最も高い位置にある折れ曲がった鉄骨の側に腹這いになりながら、遠くに見える奇妙な集落を監視していた。ジョージは手のひらに収まる小さな装置を懐から取り出すと、それを覗き込む。その装置は単眼鏡のようなモノなのだろう。ジョージはしばらく装置を使って集落の様子を確認していた。


 我々は海岸に放置されていた軍艦の残骸にいて、そこは地上から十五メートルほどの高さがある場所だった。監視をするのには最適な場所で、海岸のずっと先まで見渡すことができた。


 まるで巨人によってじ切られたような、そんな奇妙な痕が残る甲板を離れると、強い日差しを避けて日陰で休んでいたハクとペパーミントの側に向かった。半壊した艦載機射出機の側では、ハクの身体からだに背中をつけて寄りかかるようにして休んでいるペパーミントの姿があった。


 慣れない遠出で疲れていたのかもしれない、寝息を立てているペパーミントを起こさないように、私は物音を立てないように慎重に歩いてハクの側に向かう。


「問題ないか、ハク?」と、小声でたずねた。

『ん。もんだい、ない』

 ハクは長い脚を伸ばすと、私を抱き寄せた。

「遠くに集落が見えるだろ」

 私はそう言いながら海岸の先に見えている集落を指差ゆびさした。


『んっ。 みえる』

「あの集落にある端末を手に入れる必要があるんだ。でも、集落の連中は俺たちのことを歓迎しない」

『しない』


「だからしばらく様子を見て、それから侵入しようと思っている」

『ハク、いっしょ、いく?』

「ああ、ハクが一緒にいてくれると心強いよ」


『たたかう?』

「集落の人間と? ……そうだな、侵入しているのが見つかったら、連中と戦うことになるのかもしれない。あいつらは野蛮で暴力的だから」


『ん。……ハク、ばけもの、ちがう』

「気にしていたのか……」私はそう言うと、ハクの身体からだに身を寄せた。

「ハクは化け物なんかじゃない。だからあいつらの言うことなんて無視していいんだ」


「そうよ」とペパーミントが言う。

「ハクが気にすることなんて何もない」


「悪い、うるさかったか?」と、ハクを撫でながらペパーミントに言う。

「気にしないで。ほんの少しの間、うたた寝していただけだから」

「そうか」


「ねぇ、ハク」と、ペパーミントは船内に続く階段を見ながら言う。

「ハクがとても思いやりがあって優しい子だって、私たちみんな知ってる。拠点にいるヤトの戦士だって、ハクのことが大好きでしょ? だから心無い連中の言葉で傷つく必要なんてない」


『ん。ハク、やさしい!』と、ハクは甲板を叩いた。

「そう。とてもいい子よ。今度、ハクのことをそんな風に悪く言うやつがいたら、私がぶっ飛ばしてあげる」

『ぶっとばす』とハクの声がおどる。


「ハクも遠慮しなくていいんだよ。嫌な言葉で傷つけられたら、全力でやり返してやるの」

『んっ、ぶっとばす』

 ハクはそう言うと腹部を震わせて、それから甲板をベシベシと叩いた。


 私は立ちあがると、楽しそうに話をしているペパーミントとハクの側を離れる。汚れや錆が目立つ甲板を歩いていると、甲板の至るところにできた割れ目から階下にある格納庫の一部が見えた。ゴミや瓦礫がれき雑然ざつぜんとした格納庫は、奇妙なワカメやフナムシが大量に生息していた。


 〈離発艦管制室〉と表記された分厚いハッチが甲板に転がっていて、私はそこに腰掛けると、〈国民栄養食〉の未開封のパッケージをベルトポーチから取り出した。

『レイ』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『拠点に戻るのが遅くなるって、ミスズに連絡しておいたよ』


「ありがとう、カグヤ。ミスズはなんて?」

『心配しないでください、ちゃんとお留守番していますからって言ってた』

「そうか。拠点の警備状況は?」


『地上を巡回警備してる機械人形のデータを受信しているけど、とくに問題はないよ』

 彼女の言葉にうなずくと、遠くに見えていた集落に視線を向ける。

「ヤトの戦士も周辺の見回りをしてくれているし、拠点は大丈夫そうだな……」


『今日はここで野営をすることになりそうだね』

「そうだな……天気は大丈夫そうか?」

『生きてる気象衛星が少ないから、たしかなことは言えないけど……』


「天気の予測が難しいことは分かっている」

『台風の心配はなさそうだけど、今夜、遅くから雨が降るかも』

「それは厄介だな……」

『そうだね』


 雨が降るようにはとても見えない青く澄んだ空をぼんやりと眺めながら、完全栄養補助食品を食べていると、ジョージの重たい足音が聞こえてきた。

「レイラ、こいつを見てくれ」

 〈国民栄養食〉の残りを口に放り込むと、ジョージのあとを追った。


 甲板に戻って腹這いになっていたジョージのとなりに行くと、しゃがみ込んでたずねた。

「どうした?」

「集落で何が起きているか見てみろ。胸糞悪い連中だ」

 ジョージはそう言うと、レンズのついた装置を差し出す。


 私は小さなレンズを集落に向けてから、装置を覗き込んだ。

「あいつら……捕まえたレイダーを拷問しているのか?」と私は困惑する。


 集落は軍艦の残骸でぐるりと囲まれていて、内部の様子がほとんど確認出来なかったが、ちょうど視線の通る開けた場所に広場のようなものがあって、そこに多くの人間が集まっているのが確認できた。


 集落の人間の大半は大人で、子どもの姿がほとんど見られなかった。その広場の中央には逆さに吊るされた人間が数人いて、集落の住人が大きな包丁を手に、吊るされた裸の人間の皮膚をいでいた。


 想像を絶する苦痛に耐えきれず、略奪者は悲鳴を上げていた。その悲鳴は風にのって、我々がいる場所にまで届いていた。包丁を手にしている頭頂部の禿げ上がった男が何かを言うと、周囲の住人が一斉いっせいに手を叩いていやらしい笑みをみせた。


「俺も拷問だと思っていたが、どうも様子がおかしい」

 ジョージは頬杖をついて、そんなことを口にした。

「なら、あれはなんだ? 人間を解体する様子を見世物にして楽しんでいるのか?」


「どうやら違うらしい」

「けど、あれは……どう見たって――」

「レイダーからいだ皮膚や肉をってやがったんだ。うまそうにな」


「食べる……? あいつら、人間をうのか?」

「ああ、食べるみたいだな。それより、もういいのか?」

 ジョージは私から返してもらった単眼鏡に視線を向ける。

「大丈夫だ。俺にはドローンがある。それで集落の様子を確認する」


「偵察ドローンか? どこにそんなモノがあるんだ?」

 ジョージは周囲にさっと視線を動かす。

「あそこでカラスが翼を休めているのが分かるか?」


 海岸に横たわる巨大な砲塔を指差ゆびさした。錆びのない砲身には、たくさんのカラスが止まっていた。

「カラス……」ジョージはつぶやくと、単眼鏡をカラスに向けた。

「まさか、カラスの中にドローンを隠しているのか?」


「違うよ」

 するとカラスの集団の中から、一羽のカラスが空に舞い上がり、集落に向けて飛んでいった。

「まさか、レイラは鳥も使役しえきしているのか?」と、ジョージが驚く。

「そんなところだ」と、面倒な説明を嫌って適当に返事をした。


 カラスから受信する映像に注意を向ける。上空からの俯瞰視点ふかんしてんになったことで、広場の様子がハッキリと確認できるようになった。やはり集落に子どもがいる様子はなかった。髪の薄い男女で広場はひしめいていて、掘っ立て小屋が密集する区画には背中が曲がった奇妙な住人が何人か確認できた。


 略奪者の肉をいでいた男が何かを口にしたあと、広場の中心に吊るされていた略奪者の腹に包丁を深く突き刺した。大量の血液を流す略奪者まだ生きているのか、ジタバタと暴れて、それから動かなくなった。男は略奪者の腹の中で包丁をぐりぐり動かすと、満足そうに血液で真っ赤に濡れた腕を死者の腹から引き抜いた。


 それを見守っていた住人たちが手を叩いて喜ぶ。哀れだったのは、殺された略奪者のとなりに吊るされていた女だった。次が自分の番なのだと彼女にはハッキリと分かっていた。


「さすがに、これ以上は見ていられないな」

 ジョージはそう言うと、立てかけていた対物ライフルを引き寄せた。それから単眼鏡に似た装置を覗き込んで、集落の位置と風の有無、それに標的までの正確な距離をはかる。


「狙撃をするつもりか?」と、ジョージにく。

「あの女を楽にしてあげるのさ」

「俺たちの存在が知られる」


「集落の人間は混乱するだろうが、俺たちの位置がバレることはない」と、ジョージは笑みをみせる。「こいつは特注品でな、銃声を制御することも可能だ。少しばかり火力を犠牲にするが、この距離なら問題ないだろ」


 ジョージはそう言うと、肩の付け根から細いケーブルを引っ張り出した。そのケーブルは、対物ライフルに用意された専用のソケットに差し込まれる。


『システムを制御するためのインプラントがあるのかな?』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、私は声に出さずに返事をする。

『それがどんなモノなのかは分からないけど、きっとそうなんだろう』

『たぶん狙撃用に調整したモジュールだね。あのバトルスーツが関係しているのかも』


『ライフルも〈ジャンクタウン〉では買えない代物だな』

『〈守護者〉の頭部すら破壊できるんだから、貴重な〈遺物〉の可能性もある』

『そう言えば、〈守護者〉の遺体はどうなった?』

『まだ道路に横たわってるよ』

『そうか』


『何か気になることがあるの?』と、カグヤは言う。

『〈守護者〉の遺体は珍しいからな、調べて見たかったんだ』

『そう言えば、今まで〈守護者〉の遺体は一度も見たことなかったね』


 狙撃音はたしかに抑えられたモノだったが、銃声が聞こえないという訳ではなかった。引き金を引いてから一瞬の間のあと、弾丸は女性の頭部を破裂させた。ジョージは狙撃に満足したのか、ひとりうなずいた。


 略奪者だと思われる女性はあっけなく死んだ。そしてその死は、彼女の救いになったのだろう。少なくとも彼女は、野蛮な集団に拷問され、死を願うような痛みに耐える必要がなくなったのだから。


 狙撃によって我々の位置が集落の住人に知られることはなかった。不思議なことに女性の頭部が破裂しても、少しも騒ぎにならなかったのだ。それどころか、住人は略奪者の頭部が破裂したことに喜び、手に持っていた鍋や食器を叩いて笑顔を見せていた。


 狙撃に反応したのは包丁を持っていた男だけだった。彼は周囲に視線を向けて異変を感じ取ろうとつとめていたが、集落の外からの攻撃だと気づくことはなかった。


「どうなってるんだ?」と、住人の反応を見たジョージは顔をしかめる。

「わからない。女の頭部が吹っ飛んだのを、なにかの余興よきょうだと勘違いしているんじゃないのか?」

「そんなバカな」


 住人たちは、包丁を持った男が切り分けていく人間の臓器や脂肪を嬉しそうに受け取ると、思い思いの場所に座って一心不乱に食べ始めた。

「あいつら、本当に人間なのか?」


 私は広場の騒ぎから視線を外すと、船首の近くに目を向けた。

「見ろ、ジョージ」

 集落の奥まった場所、そこに背中が曲がった奇妙な老人たちが集まっていた。

「ダメだな」とジョージが言う。

「俺の位置からじゃ確認できない」


 船首の残骸とつながるようにして建てられた掘っ立て小屋から、紺色の外套がいとうを身に着けた人間が出てくるのが見えた。すると奇妙な老人たちは姿勢を低くして、その人物に頭を下げた。


「……見慣れたコートを着ている人間がいる。教団の人間なのかも知れない」

「そいつは嬢ちゃんに関係のある人間か?」と、ジョージが言う。

「いや、それは分からない。フードを深くかぶっていて、顔は確認できない」

「そうか……」


 〈不死の導き手〉の関係者が使う特徴的な紺色の外套を身に着けた人物が歩き出すと、老人たちはその人物を追うようにして集落の出口に向かった。

「どこかに行くつもりだ」

「どこか?」と、ジョージは顔をしかめる。「……そいつは怪しいな」

「ああ」


 老人たちは波打ち際に沿って砂浜をゆっくり歩いて行く。集団の二キロほど先には、そこに存在していることが極めて不自然に思える岩壁があって、彼らはその岩壁のふもとまで向かっていた。


「洞窟がある」と私は言う。

「洞窟? そいつらは洞窟で何をするつもりなんだ?」

「わからない。けど集落にマリーがいなかったら、俺たちは洞窟を探索することになるかもしれないな」


「洞窟探検か」とジョージは顔をしかめた。

「海岸近くの洞窟なんて、変異体の化け物の溜まり場だ」


 カラスの眼を通して老人たちを監視しながらたずねた。

「変異体か、例えばどんな化け物がいるんだ?」

「そうだな……たとえば、海老えびみたいな化け物がいる」


「そいつらは廃墟の街にいる昆虫みたいに、やたらとデカいのか?」

「いや」と、ジョージはドレッドヘアーを揺らす。「そこまで大きくない」


「けど何かあるんだろ?」

「集団で人間に襲いかかってくる。残るのは骨だけだ」

「そういうタイプか」

「反応が薄いな、驚かないのか?」


「もっとひどい化け物を見てきたからな」

 ジョージは廃墟の街に目を向けて、それからうなずいた。

「たしかに廃墟の街で生きていたら、人間を襲う海老えびくらいじゃ驚いてもいられないか」


「……最悪だな」そう言って私は溜息をついた。

「どうしたんだ?」

「連中、洞窟に入っていった」

「そいつはツイてないな」

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