第151話 ジョージ re


「それで」と、褐色の肌を持った男が言う。

「俺を殺すのか?」


「まさか」と私は頭を振る。

「あんたが、その物騒な武器でハクを攻撃しないか心配だっただけだ。ハクに手出ししないと約束できるなら、すぐに解放する」


「安心しろ。得体の知れない蜘蛛くもに手を出すような馬鹿な真似はしない」

 男はそういうと鼻を鳴らした。地面に膝をつけて、私に背中を向けている男の表情は確認できなかったが、敵対的な意思は感じ取れなかった。


『どうするの、レイ?』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

「解放する」

『平気なの?』

「敵対するなら、そのときは容赦なく殺す」

 カグヤに答えながら、同時に男に聞こえるように言った。


「怖い兄ちゃんだな。リラックスしてくれ、はじめから敵対する気はない」

 男はそう言うと、戦う意思がないことをしめすために両手をあげて見せた。

 ハンドガンの銃口を下げると、数歩、後退した。


「ライフルを拾っても構わないか?」と男は言う。

「ああ。けど馬鹿な真似はするなよ」

 男が対物ライフルを拾い上げて点検しているのを横目に見ながら、私はハクの側に向かった。


「助かったよ、ハク」と、白蜘蛛の体毛を撫でた。

『もんだい、ない』

 ハクはそう言ったが、男に向けるハクの大きな眼は赤色に発光していた。


「どうした、ハク?」

『あれ、きらい』と、ハクは男を見ながら言う。

 視線を向けられた男は肩をすくめて見せた。

「でも、敵じゃないから攻撃しちゃダメだぞ」

『ん。こうげき、しない』


 ハクの背中をもう一度撫でたあと、一緒に砂浜に向かう。


「待ってくれ」と、褐色の肌をした男が走って我々の後についてきた。

「俺もあの集落に用事があるんだ。兄ちゃんたちも集落に行くんだろ? 俺も一緒に行ってもいいか?」


「好きにしろ。それから、俺の名前はレイラだ」

「レイラ? どこかで聞いた名だな」

「どこで聞いたんだ?」と、私は立ち止まる。

「さあな、思い出せない。傭兵同士のつまらない噂話だったのかもしれない」と、男は適当に言う。「それより、俺の名前は〈ジョージ〉だ」


「ジョージ」そうつぶやくと歩き出した。

「レイラは〈ヤマナシ〉から来た人間なのか?」

 突然、訳の分からないことを言うジョージにたずねる。

「どうして山梨なんだ?」


「ヤマナシからやってきた傭兵と仕事をしたことがあったんだ。ずっと以前に」

「それで?」

「連中は昆虫に端末を埋め込んで、その端末を介して昆虫を意のままに操ることができるんだ」


「昆虫を操る……? どうして虫なんて使うんだ」

「ヤマナシは深い森に覆われた土地だからな。昆虫と共存する術を連中は身につけたんだ。……それにしても、ヤマナシの事情を知らないってことは、レイラはあそこの人間じゃないのか。蜘蛛と意思疎通ができているから、てっきり〈蟲使むしつかい〉なのかと思った」


「違う」と、私は頭を横に振る。

「そうか。それは残念だ」


「何が残念なんだ」と、ジョージにたずねた。

「連中が使っている技術には秘密が多いからな、レイラが何か知っているんじゃないかと思ったんだ」

「秘密にすることがあるのか?」

「〈蟲使い〉の秘術さ」


「秘術? 昆虫を生きたまま捕まえることができて、その端末を埋め込むことができるなら、誰でも虫を操ることができるんじゃないのか?」

「それだけじゃない。自分自身の脳にも特殊な生体チップを埋め込む必要があるんだ」

「色々と面倒なんだな」


「レイラはどうやって蜘蛛を操っているんだ?」

「秘密だ」と私は適当に言う。

「それにハクは俺に操られている訳じゃない」


「つまり、あのハクっていう蜘蛛は、レイラの支配下にないってことか?」と、ジョージは急に小声になった。

「ハクはやりたいことをやる」

「それは恐ろしいな」

 ジョージはいてもいない額の汗をぬぐった。


 軍艦の船首を利用してつくられた集落の数百メートル手前には、深い塹壕が掘られていて、その塹壕をはさむようにして集落の人間とペパーミントが対峙たいじしていた。停車したヴィードルの防弾キャノピーは開いていて、そこから不機嫌な表情のペパーミントが見えた。


「ペパーミント、どうしたんだ?」

「レイ」と、彼女は安心した表情を見せる。

「私を略奪者と勘違いしているみたいなの。せっかく助けてあげたのに」


 集落の人間に視線を向けると、武装した男たちがたじろぐのが見えた。私に対して何かを感じているのではなく、白蜘蛛が近くにいるからだろう。しかし私は彼らに対して言い知れない違和感を覚えた。それは集落の住人の誰も彼もが、シャツをびっしょりと濡らすほどの大量の汗を流していることも原因のひとつだった。


 空に視線を向ける。たしかに日差しは強いが、彼らのように汗をくものなのだろうか?

「あ゛、余所者よそものはここから出ていけ!」と、集落の住人のひとりが声を上げた。

「そうだ! この集落にはな、化け物を連れた余所者よそものは必要ない!」

「お……お前ら! 今すぐ出ていけ! 化け物は出ていけ!」

 住人が次々と声を上げる。


 私はその間も、集落の住人を注意深く観察していた。猛暑であるにもかかわらず、住人はシャツを重ね着していて、肌のほとんどを隠していた。顔や首の至るところにかさぶたのような出来物が見られたので、日焼け対策なのかもしれない。


 それよりも気になったのは、住人が、男女の区別なく似た顔立ちをしていることだった。異様に大きな目と、大きな口、それに平たい顔。加えて痙攣けいれんするように、時折ときおり身体からだをビクリと震わせていた。


「お前たちに聞きたいことがある」と、対物ライフルを担いだジョージが我々の前に出た。

「女性を探している。金髪のじょうちゃんだ。何か知らないか?」

 住人の反応は非常に分かり易いモノだった。彼らは互いに目を合わせると、一様に口をつぐんだ。何か知っているのは間違いない。


「知っているみたいだな」とジョージが言う。

「俺は依頼を受けて、その嬢ちゃんの行方を追っているんだ。悪いことは言わない、知っていることがあるなら俺に話してくれ」


「し、知らない!」と住人のひとりが叫んだ。

「あんたたちが気づいていないだけで、集落に迷い込んでいるのかもしれない」とジョージは落ち着いた声で言った。


「そんなはずはない!」と住人は反論する。

「さっさとこの場を離れるんだ。でないと――」

「でないと、なんだ?」

 ジョージが対物ライフルを担ぎ直すと、ひどく汗を掻いた男が後退あとずさる。


『くさい』と、ハクがつぶやいた。

「たしかにくさいな。まるで死臭だ」

 ジョージと集落の住人が言い争うのを横目に、私は周囲に漂っている腐臭の原因を特定しようとした。


「臭いの発生源はそいつらよ」と、ペパーミントが言う。

「それと、あの集落ね。まるで魚が腐ったような、そんな臭いが風にのってここまで漂って来ている」

 彼女の言葉にうなずいたあと、ライフルの銃口をハクに向けていた青年に対して、ハンドガンの銃口を向けた。


「まだ死にたくないんだろ。悪いことは言わない、ハクに銃を向けるな」

 私の言葉に反応して青年は目に見えるほどに震え、そして汗を掻いた。


「し、神聖な場所に、そ、その化け物を近づけるな!」

『ばけもの、ちがう』と、ハクは地面を叩いた。


 ハクの言葉は青年に伝わらなかった。しかしハクが地面を叩いたことに驚いた青年は、手にしていたライフルを思わず取り落とす。その瞬間、ライフルは暴発して銃弾が海に向かって飛んで行く。


「あ゛、てめぇ……てめぇ! 何してんだ!」と、住人のひとりがライフルのストックで青年を殴り飛ばした。

 すると奇妙なことが起きる。今までジョージと口論していた住人までもが、一斉いっせいに青年を囲んで激しい暴行を加え始める。


「なにが起きてるんだ?」

 ジョージは振り返ると呆れ顔を見せた。

「ハクは化け物じゃないよ」

 私は肩をすくめたあと、ハクを撫で、それからその場を離れることにした。


「どこ行くんだ。レイラ」とジョージが言う。

「そいつらに用はないからな、ここを離れるんだ」と私は言う。

「行こう、ペパーミント。でないと、俺がそいつらを皆殺しにする」

「了解」


『待って、レイ』とカグヤが言う。

「どうした?」

『私たちがほしがっていた軍の端末は、どうやらあの集落にあるみたいなんだ』


「以前、ここに来たときには軍艦の船首に端末はなかった」

『うん。私の憶測だけど、集落をつくるときに軍艦の残骸から拾ってきた廃材と一緒に端末も持ち出されたんだと思う』


「……そいつは厄介だな」と私は立ち止まる。

「忘れ物か、レイラ」と、ジョージが能天気に言う。

「俺も集落に用事ができたみたいだ」

「ご愁傷様だな」と、ジョージは笑みを見せた。


「さっさと何処どこかにいっちまいな!」と、住人は我々にライフルを向ける。

「俺たちはな! 本気なんだ。ここで面倒を起こす気なら、撃つぞ!」

 私はペパーミントに視線を向ける。

 彼女は何も言わず、ただ肩をすくめてみせた。


「行こう、ハク」と、私は住人に背中を見せた。

『んっ』ハクはそう言って私のとなりに並んだ。


「そんなに簡単に諦めていいのか、レイラ?」

 ジョージは大股で駆けてくると、私のとなりに並んだ。

「諦めてはいないさ。けど、あそこで連中と睨み合っていてもらちが明かない」

「それはそうだけどよ……」と、ジョージは頭をいた。


「ねぇ」と、ヴィードルを操縦していたペパーミントがジョージを見ながら言う。

「ソレは何? なんでそんなにレイに馴れ馴れしいの」

「俺はジョージだ」

 トライバルタトゥーが彫られた太い腕をあげながら、ジョージはニヤリと笑みを見せる。

「しがない傭兵さ」


「傭兵ね」と、ペパーミントは素っ気無く言う。

「その傭兵が危険な海岸で何をしていたの?」

「さっきも言ったけど、俺は人を探しているんだ」

「そう」

「〈マリー〉っていう名のお嬢ちゃんだ。何か知らないか?」


「マリー?」と、私は歩きながらつぶやく。

「おっ」とジョージが言う。

「なにか知っているのか、レイラ?」


「以前、マリーと言う女性から依頼を受けて、彼女のために仕事をしたことがあった。ジョージが探しているマリーと同一人物なのかは分からないけどな」

 彼はカード型の小さな端末を私に見せた。立体的な女性の顔が端末から投影される。


「これが嬢ちゃんの顔だ。見覚えないか?」

 整った顔立ちに、寂し気なあおい目をした女性だった。

「ああ、彼女は俺が知っているマリーだ。けど、最後に会ったのは依頼の報酬を受け取ったときで、二ヶ月ほども前のことだ。だから彼女が今、何処にいるのかは分からない」


「そうか……」と、ジョージは大袈裟おおげさな身振りで落ち込んで見せた。

「でも、彼女の手掛かりはつかんでいるんだろ?」と私はいた。

「ああ、嬢ちゃんの端末が発した信号を追ってここまで来たんだ」

「その信号は集落から出ているのか?」


「いや」と、ジョージはドレッドヘア―を揺らす。

「信号は海岸で途絶えたんだ」

「そうか……依頼主が誰か聞いても?」

「守秘義務ってモノがあるだけど、別にいいか」とジョージは適当に言う。

「宗教団体だ。たしか名前は……不死のなんたらだ」


「〈不死の導き手〉か」

「ああ、そうだ。それだ」とジョージは深くうなずく。

「支払いがいいから仕事を受けたんだ」


「ねぇ、レイ」と、ペパーミントがジョージを見ながら言う。

「そんな得体の知れないのと、どうしてそんなに親しく話せるの」


「美人には癖の強い子が多いが、レイラの連れも一段と癖が強いな」

 ジョージはそう言うと、口笛を吹いた。


「傭兵は全員、あんたみたいに失礼なの?」ペパーミントはジョージを睨んだ。

「礼儀正しい傭兵なんてものはいないさ。そんなやつがいたら信用しないほうがいいぜ」

「私はあんたが信用できないわ」

「レイラと少し話したからって、嫉妬しているのか?」

 ペパーミントは何も言わず、ジョージに重機関銃の銃口を向けた。


「冗談だ」と、ジョージは手をあげた。

「答えて」とペパーミントは言う。

「海岸で本当は何をしていたの?」

「言っただろ、人探しだ」

「ひとりで?」

「そうだ」

「こんなに危険な場所で?」


「俺は死ぬことを恐れていないからな」とジョージは言う。

「いざとなれば、自分で頭を撃ち抜くさ。きっと苦痛はほんの一瞬で終わる。これまで俺は自由に、やりたいように生きてきた。うまいモノも沢山食ってきたし、数え切れないほどいい女とも寝た。いい目に合ってきたんだ。心残りはないぜ。だから廃墟の街に殺されたって、文句を言うつもりはない。この世界では毎日、悲惨な目に遭って大勢が死んでいくんだ。これ以上、望むことはしない」


「あなたの人生観を語ってほしいとは一言も言ってない」

「俺の悪い癖なんだ。初対面の人間に何でもベラベラ話しちまうのさ。だから親しい友人がいないのかもしれないな」とジョージは笑う。


 それまで二人の話を黙って聞いていた私は口を開いた。

「ここで待機して、しばらく住人の様子を見よう」

 我々の目の前には、破壊された軍艦の船尾せんびが横たわっていた。先ほどの集落とは一キロほどの距離があった。


 巨大な船尾の残骸を眺めていると、ヴィードルから降りようとしていたペパーミントを抱えて、ハクが軍艦の残骸を器用に登っていった。


「レイラ、どうするつもりなんだ?」とジョージが言う。

「連中が油断するまで待って、それから集落に忍び込む」

「俺に付き合ってくれるのか?」


「俺も集落に用事があるって言っただろ。それに、マリーとは知らない仲じゃないからな。あいつらに捕らえられているのなら、救い出したい」

「レイラも、嬢ちゃんがあいつらに捕らえられていると思うか?」


「ああ、連中の言動は怪しい」

「そうだな。奇妙な奴らだ」

 ジョージはそう言うと、ずっと遠くに見えていた集落を睨んだ。


 斜めに大きくかたむいた船内に入ると、腐食が進んだ階段に近づいていく。そのさい、船体のあちこちに張り付いていたフナムシが一斉いっせいに動いた。


「ジョージはあいつらが何者か知っているのか?」

「いや」とジョージは頭を振った。

「ただ、〈ヨコスカ〉の海岸でもあいつらに似た奇妙な集団をよく見かけるようになった」


「横須賀に?」と私は顔をしかめた。

「その集団は何をしているんだ」

「謎さ。しかしどういう訳か、連中は危険な変異体がうろつく海岸に小規模な集落をつくって定住している」


 私は慎重に階段を上りながら、ジョージにたずねた。

「なんで奴らはそんな危険をおかすんだ?」

「奇妙だろ? 理由は分からないが、奴らは海からい出てくる化け物に襲われることがない。まぁ、それでもレイダーギャングには襲われて、呆気なく全滅したりもするけどな」


「なんだ、それ」

「さぁな」とジョージは肩をすくめた。

「とにかく奇妙な連中だ」

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