第150話 アフリカ系アメリカ人 re


 座礁ざしょうした軍艦はいくつかの部位に別れて、砂浜に沿うように広範囲にわたって散らばっていた。まるでじ切られたかのような断面を残す船首は、砂浜に突き立てられている。


 その軍艦の船首を中心にして、周囲一帯には廃材で建てられた掘っ立て小屋が無数に存在していた。そこには遠目から見ても人の姿が確認できて、人の活動を示す白煙が立ち昇っているのも見えた。


「こんな危険な場所にも集落があるのね」と、ヴィードルを操縦していたペパーミントが言う。

『おかしい』と、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『レイと探索に来たときには、海岸に集落なんて存在しなかった』


「ふぅん」とペパーミントは興味なさそうに言う。

「なら最近になって住み着いたのね」

『でも、こんな危険な場所にどうして集落を?』

「生ぬるい潮風から身を守るのに、軍艦の残骸が適していたんでしょ?」


 ペパーミントがいい加減に答えるのを聞きながら、私は〈カラス型偵察ドローン〉から受信していた映像に注意を向けていた。


『どうしたの、レイ?』とカグヤが言う。

「集落の様子がおかしい」

『うん? ……本当だ。私たちに警戒しているのかな?』


 一キロほど先にある軍艦の残骸から、数十名の人間が武器を手に集まっている様子が確認できた。彼らは砂浜に掘られた塹壕に身を隠したあと、廃墟の街に銃口を向けた。


「いや、狙いは俺たちじゃないな……何かが街のほうからやってきている」

『待って、確認する』

 カグヤの指示を受けたカラスが、風にのってゆっくり翼の角度を変えて廃墟に向かって飛んでいく。


 全天周囲モニターに表示された俯瞰ふかん映像えいぞうには、廃墟から姿を見せる〈守護者〉が映っていた。その〈人造人間〉はレーザーライフルを装備していて、砂浜に続く道路を歩いていた。


「どうして〈守護者〉がこんな場所に?」

 するとペパーミントが素っ気無く答えた。

「さぁ? 私が知ってる〈人造人間〉は工場で一緒だった子たちだけだったし」


『ねぇ、レイ。あの守護者、なんだか様子が変じゃない?』

 カグヤがそう口にした瞬間だった。〈守護者〉は塹壕に隠れていた人間に向かって、なんの警告も行わずに射撃を開始する。


 レーザーライフルによる攻撃を受けた人間は〈守護者〉に対して反撃を始める。戦闘による騒がしい音が廃墟の街に響き渡り、その銃声に呼び寄せられたかのように、さらに二体の〈人造人間〉が姿を見せた。


 集落の住人が行う攻撃は〈守護者〉に対して効果がないのか、あるいは弾丸を命中させるのが難しいのかは分からない。しかしとにかく〈守護者〉たちに対して効果的な攻撃を与えられているようには見えなかった。


 しばらく戦闘が続きれたのか、ひとりの男性が塹壕から飛び出すと〈守護者〉たちに向かって小さなカバンを放り投げるのが見えた。カバンの中には爆薬が詰め込まれていたのか、それは〈守護者〉の足元で炸裂し、轟音と共に砂煙を立てた。


 しかしカバンを放り投げた男性は、爆発の結果を見届けることなく死ぬことになった。〈守護者〉のライフルから放たれた閃光が男の顔面に直撃して、そのさいに熱せられた眼球が破裂した。男はフラフラと身体からだを揺らしたあと、口や鼻からおびただしい量の血液を流して塹壕に転げ落ちた。


 そして残念なことに、彼が使用した爆薬は〈守護者〉を傷つけることができなかった。その金属の身体からだを砂埃で汚しただけだった。


 戦闘に巻き込まれないように、砂浜に横たわる軍艦の残骸の陰に隠れようとしていたときだった。車両が砂浜に飛び出してきたかと思うと、身形みなりの汚い男たちが窓から身を乗り出して我々に対して射撃を行う。

らえよや!!」


 威勢よく放たれた敵の銃弾は車両の周囲に展開されている力場によって無効化することができたが、車両がすぐに走りってしまったために、反撃することができなかった。


「動いている車を見るのは久しぶりだな」と、思わずつぶやく

「そんなことより、どうするの? アレの掩護えんごをするの?」

「あれ?」


「暴走した〈第二世代の人造人間〉に攻撃されている集団」

「あの守護者は暴走しているのか?」


「知らないけど、そうなんじゃないの? 普通は見境みさかいなく襲ったりしないんでしょ?」

「たしかに集落の人間に対して攻撃を始めたのは〈守護者〉だったけど……」

「それで、どうするの?」

「助けてもいいけど」


「けど、なに?」

「俺たちを攻撃した連中と、集落の人間が同じ勢力に属しているかもしれない」


『それは違うみたいだよ』とカグヤの声が聞こえた。

『集落の人たちも、車に乗ってる人間から攻撃を受けてるみたい』


 カラスから受信する映像を素早く確認する。廃墟の街から次々と車両があらわれると、〈守護者〉や集落の住人に対して無差別に攻撃が行われる。彼らが使用している車は、傷だらけの四ドアのピックアップトラックや、フロントガラスやボンネットのないセダンだった。いずれの車両も赤茶色に錆びついていて、動いていることが不思議なほど草臥くたびれていた。


 車両に乗っているのは、おそらく略奪者の集団だ。彼らは車内から身を乗り出して射撃を行うと、その場に留まることなく走り去っていった。

「混沌としているな」と、激しい銃撃が続く戦場を見ながら言った。

『どうしよう、レイ?』とカグヤが言う。

「ハクが何処どこに行ったのか分かるか?」


『待って、調べるよ』

 ハクは好奇心旺盛で、気になるモノを見つけるとフラフラと消えてしまうことが多々あった。ハクは基本的に自由な子だったので、あまり気にしていなかったが、問題もあった。それはハクが〈深淵の娘〉と呼ばれる種族で、彼女たちにはひとつの特性として、一度身を潜めてしまうと、発見することが非常に困難になることだった。


 たとえ〈ワヒーラ〉の索敵機能を使ったとしても、廃墟の街でハクを見つけ出すことは至難のわざだった。だから緊急のさいにハクを見つけられるように、ハクの脚には信号発信機付きの赤いリボンが巻き付けられていた。カグヤはその信号を頼りに、ハクを見つけ出そうとしていた。


『ここから二キロほど先の場所にハクの信号がある』

「二キロ?」と、私は廃墟の街に目を向けた。

 海岸から二キロほど行くと、高層建築物が建ち並ぶ区画に出る。ハクは退屈していたので、そこで哀れな昆虫を相手に狩りでもしているのかもしれない。


「それなら、俺たちだけで始めるか。ペパーミントはこのまま集落を攻撃している連中の相手をしてくれないか」

「レイはどうするの?」

「俺はヴィードルを降りて、レイダーたちに対処する」


「わかった。適当に攻撃しちゃっていいんでしょ?」

「それは俺が知りたい」

「何を?」


「〈守護者〉を攻撃してもいいのか?」

「べつにいいんじゃないの? あの〈人造人間〉は暴走しているみたいだし、対処しなきゃ私たちがやられるでしょ?」


 ヴィードルを降りると、広範囲にわたって散らばる軍艦の残骸に隠れるようにして略奪者たちの車両に接近する。彼らは油断しているのか、それとも覚醒剤による興奮状態だったのかは分からなかったが、車は相当な速度を維持したまま走っていた。


 その内の一台のトラックが〈守護者〉をね飛ばすのが見えた。〈守護者〉は火花を散らしながら瓦礫がれきの間を転がっていったが、何事もなかったように立ち上がると、略奪者の車に向けて攻撃を再開した。


 ハンドガンの弾薬を〈貫通弾〉に切り替えると、ホログラムで投影される照準器をピックアップトラックのタイヤに向ける。すると砂浜から特徴的な射撃音が聞こえてきた。ヴィードルに搭載されていた重機関銃の射撃音が聞こえたことで、車の運転手は銃声に驚いて操縦を誤り、道路上に転がる瓦礫がれきに追突しそうになりブレーキを踏んだ。


「カグヤ、支援を頼む」

 網膜に適切な射撃位置を投射されると、照準を合わせて引き金を引いた。〈貫通弾〉による射撃は、甲高い金属音と共に大きな反動を生じた。しかしそれに見合う火力が〈貫通弾〉にはあった。


 質量のある〈貫通弾〉を受けたピックアップトラックのタイヤは車軸ごと破壊されて、銃弾の衝撃でトラックはね上がった。私は間を置かずに弾薬を〈小型擲弾〉に切り替えると、車内に向けて発射した。


 ポンと小気味いい音を立てて撃ち出された弾丸は、略奪者が運転する車両に飛び込むと、一瞬の間のあとぜた。ピックアップトラックから飛散した血液やら肉片が道路を赤く染めると、その上にタイヤこんを残すように、もう一台の車が私に向かって猛進してきた。


 接近して来ていたセダンの車内に向けて〈小型擲弾〉を撃ち込むと、横に飛び退いて車との衝突を回避した。砂の上を転がって顔を上げると、暴走した〈第二世代の人造人間〉と視線が合った。


 破裂音と共に後方でセダンが爆散すると、〈守護者〉は私に向かって射撃を行う。するとレーザーライフルの熱線が通過する予測位置が、赤い線で網膜に投射されると、私はその線を頼りに身体からだの位置を動かして、紙一重のところで熱線を避けた。


 反撃しようとして〈守護者〉に照準を合わせたときだった。突然、〈守護者〉のき出しの頭蓋骨が破裂して、金属と共に白い液体が周囲に飛び散る。私はすぐに瓦礫がれきの間に飛び込んで身を隠すと、次の攻撃に備えた。しかし〈守護者〉の頭部を狙撃した何者からの追撃はなかった。


何処どこから攻撃されたか分かるか」と、カグヤにたずねる。

『すぐに確認する。それと、暴走した〈守護者〉を倒したからって私たちの味方とは限らない。注意して』

「わかってる」

 彼女の言葉にうなずくと、カラスの眼を通してペパーミントの状況を確認する。


 ペパーミントはヴィードルの圧倒的な機動性と重機関銃の火力によって、略奪者たちを撃退することに成功していたが、何やら集落の住人と言い争いをしているようだった。ペパーミントと連絡を取ろうとしたときだった。銃声が廃墟に反響して、もう一体の〈守護者〉の身体からだが吹き飛んだ。


『また狙撃だ』と、カグヤが言う。

 私は物陰から顔を出して、周囲の様子をうかがう。略奪者たちの車が狙撃によって、歩道脇にあった構造物に衝突して止まっているのが見えた。略奪者たちは車から出ると、道路に転がっている速射砲の残骸に身を隠す。


 と、そこに手榴弾が飛んでくる。略奪者たちは、なりふり構わず身を伏せた。しかしその手榴弾は不発だった。略奪者たちは反撃しようとして立ち上がり、素早くライフルを構えた。しかしそこにもうひとつの手榴弾が弧を描いて飛んできて、彼らの足元に落ちた。


 手榴弾が炸裂さくれつすると略奪者たちバタリと倒れる。身体中からだじゅうに金属片が突き刺さって血を流していた。手榴弾から逃れた女が走って来るのが見えたが、すぐに銃声が聞こえた。


 女は首を撃たれると、足をもつれさせてその場に倒れた。首から噴き出す血液を止めようとして、彼女は汚れた手で首元を押さえたが、また銃声が聞こえると彼女の身体からだは衝撃で吹き飛ぶ。


 略奪者の女性は私に視線を向けて、口を大きく開けながら一生懸命息をしようとしていたが、やがて目を開いたまま死んでいった。


 上空にいるカラスの眼で周辺の状況を素早く確認する。生き残っていた略奪者はすでに車で逃げたあとで、〈守護者〉の姿も確認できなかった。略奪者の死体と黒煙が立ち昇る車両、それに頭部を破壊された守護者が地面に転がっているだけだった。


 ペパーミントが乗っているヴィードルは、相変わらず集落の住人と対峙したまま動きを見せなかった。


「あんたは人間か?」と、若い男の声が聞こえる。

 声の主を探すが、どういう訳か声が発せられている場所が分からなかった。

「馬鹿な真似はするなよ」と声の主は言う。

「答えろ。あんたは人間か?」


「そうだ」

「レーザーを避けるのが見えたが、本当に人間なのか?」

「狙ってやった訳じゃない」と私は嘘をついた。

「運がよかったんだ」


「やっぱりな。そうだと思ったよ、あれは人間にできる芸当じゃない」

 今度は略奪者の死体の側から男の声が聞こえた。


 身を乗り出して物陰から男の姿を確認する。その男は背が高く、筋肉質で褐色の肌をしていた。ドレッドヘアと呼ばれる特徴的な髪型をしていて、口髭を生やしていた。恐らくアフリカ系アメリカ人なのだろう。軍の基地が多く残る横須賀から横浜にくる傭兵は多いので、アフリカ系の人間がいてもとくに驚かない。


 男はトライバルタトゥーが彫られた太い腕で対物ライフルをかついでいて、分厚い装甲がやたらと取り付けられた黒を基調としたバトルスーツを身に着けていた。


「攻撃する気はねぇから、そこから出てきな」と男は言う。

 私はハンドガンを手にしたまま姿を見せる。男性はハンドガンに視線を向けるが、すぐに関心を失くすと、私に向かって歩いてきた。


 男の背後に目を向けると、建物の外壁をゆっくり移動するハクの姿が見えた。

「ハク、殺しちゃダメだよ」と、私は小声で言う。


 男は私の視線を追うように急いで振り返った。しかし男には何もできなかった。私は素早く駆けると男の膝うらを蹴った。予期せぬ攻撃を受けて男は地面に膝をつけることになった。そして私は男の後頭部にハンドガンの銃口を突き付ける。


「動くなよ。抵抗しなければハクは何もしない」

「ハクって言うのは、あのデカい蜘蛛のことか?」

「そうだ」

 男は素直に対物ライフルを手放した。

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