第148話 作業場 re


 廃墟の街での探索から数日、私は拠点の地下にあるペパーミントの整備所に来ていた。試作品として用意されたヴィードル用の操縦席に座ると、身体からだを固定するベルトを締めた。すると座席のクッションが身体からだに合わせて音もなく変形していった。私はワザと身体からだを揺らしたり、背中を強く押し当てたりしてクッションの感触を確かめる。


「新しいシートはどう?」

 ペパーミントは手元の複雑な作業をこなしながら言った。

「すごく快適だよ。ヴィードルに換装することは可能なのか?」


「作業用ドロイドが私の代りに作業してくれるから、すぐにでも換装できる」

「そうか」

「嬉しそうな顔をしてるけど、そんなに気に入ったの?」

「今までの座席は正直、長時間の操縦には向かなかった」


「あれは最悪ね、ミスズが可愛そう」

 彼女の言葉に苦笑する。

「確かにそうだな。ありがとう、ペパーミント。これで、尻を傷めずに操縦に集中できる」

「尻って……他に言い方があるでしょ」

 肩をすくめると、操縦席から離れた。


 拠点地下の整備所に来ることがほとんどないからなのか、来るたびにガラリと印象が変わる。整備所の奥に向かうと、ベルトコンベアのラインに沿って作業している垂直多関節ロボットアームに視線を向ける。


 ロボットアームが検査を行っていたのは、〈ウェンディゴ〉の重機関銃で使用される弾薬だった。機械は流れていく弾薬を我慢強く睨んでいたが、時折、思い出したように動いて不良品の弾薬をコンベアの流れから取り除いていた。


 高度な技術を使用して造られた垂直多関節ロボットアームが行う作業には見えないが、それだけ装置が不足しているということなのだろう。


 またペパーミントが作業場にしていた一角には、どこから運んできたのかは分からないが寝具が置かれていた。マットレスの上には無造作に脱ぎ捨てられた下着やシャツが放置されていて、〈国民栄養食〉の空のパッケージがあちこちに捨てられていてひどい散らかりようだった。


 作業場を見まわしながらたずねた。

「なにか必要なものはないか、ペパーミント」

「どうして?」と、彼女は顔を上げることなく言った。

「拠点に来てもらってから、ずいぶんと仕事を任せているから」


「私のことが心配になった?」

「ああ。俺にできることは何かないか?」

「別に気にしなくていいよ。私は好きでやってるんだし、きっとそういう性分しょうぶんなの」


「無理はしていないんだな?」

 彼女は肩をすくめた。

「してない。ただ不憫ふびんに思うのなら、たまには会いに来てほしいかな」

「話し相手が必要なのか?」


「そんな感じ」

「そうか……それなら、時間が許す限り会いに来るよ」

「そう」とペパーミントは素っ気無く言う。


 床に散乱した工具と工具箱を避けて、厚いガラスが張り巡らされている整備所の一角に向かう。強化ガラスの向こうには、組み立てられている途中の作業用ドロイドの姿があった。機械人形の骨組みを中心にして、その周りでは複数の多関節ロボットアームが動いていて、複雑な作業を迷うことなく行っていた。


 じっと見ていても飽きることのないロボットアームの動きをぼんやりと眺めていると、私のとなりにペパーミントが立つ。

「ずっと見ているけど、そんなに楽しいの?」と、彼女は私の顔を見ないで言う。

「滅多に見られるモノじゃないからな」


「整備所にいるだけで自然と目に入るから、正直、機械人形の製造なんて見飽きてる」

 ペパーミントはそう言って顔をしかめると、私に青い目を向けた。それから私に小さな装置を手渡した。

「頼まれていたモノだけど、調べておいた」

 私は手の平に載せられた吸入器を見て、それから言った。


「余計な仕事を増やして悪かったな」

「別に少しぐらい作業が増えても、何も変わらない」

 ペパーミントはそう言うと、整備所に転がる機械人形の装甲やフレームを眺めた。改良を加えているのか、レーザーライフルの分解された部品がテーブルに無造作に載せられていた。


「それで、何か分かったのか?」

 ペパーミントは綺麗な黒髪を揺らした。

「覚醒剤の成分に関しては何も分からなかった」

「ペパーミントでもダメだったか……」


「ダメじゃない」と、彼女は頬を膨らませた。「地下の医療施設に行けば、もっと詳しく調べられる。でもいそがしくて時間がなかったの」

「そうだったな」

 ペパーミントの可愛らしい仕草に思わず笑みを作ると、彼女の青い瞳を見ながらいた。

「吸入器はどうだ?」


「吸入器は〈データベース〉が管理して流通させたモノじゃない」

「でも、どこかの工場で製造されているんだろ?」

「ええ、製造に使用された工作機械は工場のモノで間違いないし、吸入器はつい最近造られたモノだった」


 手のひらにのっている吸入器をひっくり返した。なんの特徴もない四角い小さな装置だ。軽金属で造られていて、ひんやりとしている。

「こんな精巧せいこうな作業が可能な鳥籠が何処かにあるのか?」

「そんなに驚くようなことでもないでしょ? レイみたいに〈データベース〉に直接接続できない人でも、工作機械は簡単に動かせるんだし」


「工作機械か……どんな鳥籠に設置されていると思う?」

「さぁ、分からないわ」と、ペパーミントは肩をすくめた。「でも、その吸入器を造るのはそんなに難しいことじゃない」

「旧文明の施設にある工作機械なら、造ることは可能なんだな」


「ええ。レイの拠点にあるような、高度な作業が可能な工作機械じゃなくても問題なく造れる。ただ、気になることがあって……」

「気になること?」

「覚醒剤の液体が入っている容器が、装置の製造途中で組み込まれたモノだったの」


「うん? それがなんだって言うんだ?」

「はぁ」とペパーミントは溜息をついた。


『その吸入器と覚醒剤は、同じ施設で造られた可能性があるってことだよ』

 カグヤの声が内耳に聞こえると、私は頭をひねる。

「同じ鳥籠?」

『うん。容器と一緒に薬品を造れそうな場所と言えば――』

「〈五十二区の鳥籠〉か」


『うん。あの鳥籠には薬品工場があるからね。でも、どうして覚醒剤なんて販売してるんだろう?』

「戦争だからな。傭兵たちに高く売れるんだろ」と、私は鼻を鳴らす。

『それだけが理由なのかな?』


「ほかにどんな理由がある? この世界には覚醒剤を禁じる法なんて存在しない。製造できる環境があるなら誰でも造るだろ」

『そんなものかな?』

「そうなものだ」と私は深くうなずいた。

『〈守護者〉たちが覚醒剤について調べていたことは覚えてる?』

「そう言えば……そんなことがあったな」


 ちなみに〈守護者〉とは旧文明期に誕生した〈人造人間〉の総称だった。

 もっとも、〝人造〟と呼んでいるが、その誕生に人間が関わっているのかは分からない。彼らは人間の骨格を持ってはいるが、その姿は皮膚を持たない骸骨そのものだ。身体からだを構成するのは旧文明の〈鋼材〉で、日の光を反射しない鈍い銀色をしている。


 その人造人間は、彼らが神々と呼んでいる創造主の命に従って、今も国の管理を行っていた。けれど彼らが具体的に何をしているのかは誰にも分からない。


「人間の間で覚醒剤が流行りゅうこうするのは、〈守護者〉にとっては看過できない重大な問題なのか?」と、私はペパーミントに訊ねた。

「さぁ、私は知らないわ」と彼女は顔をしかめた。


 ペパーミントは〈第三世代〉に属する〈人造人間〉だった。だからなのか、オリジナルと呼ばれる〈第一世代の人造人間〉と異なった思想を持っている。彼女は国の管理なんてモノに興味はないのだ。さらに付け加えるなら、彼女は〈守護者〉と呼ばれることも極端に嫌う。まるで自分自身が〈人造人間〉であることが許せないかのように。


「とりあえず、吸入器についての手掛かりは得られた。ありがとう、ペパーミント」私は素直に感謝してから、話題を変えることにした。

「どういたしまして」

 彼女はフード付きツナギの大きなポケットに両手を入れると、私に向かって微笑ほほえんだ。


「ところで、〈作業用ドロイド〉の製造は順調か?」

「レイが工場で手に入れてくれた設計図のおかげで、とくに問題なく製造できてる」

「何か不満があるのか?」

「どうして不満があるって思うの?」と、彼女首をかしげた。


「その仏頂面を見れば、誰にでも分かる」

 ペパーミントは目を細めて私を睨んだ。

「仏頂面で悪かったわね」

「ああ、せっかく綺麗な顔をしているんだ。そんな表情をしているのは勿体もったいない」

「そうね」と、ペパーミントは素っ気無く言う。

「でもレイが手に入れた設計図は古いモノだった。だから旧式の〈作業用ドロイド〉しか製造できない」


「旧式か……新型と性能に大きな差があるのか?」

「それはもう、とても大きな差がある」と、彼女は両腕を大きく広げた。

「次に探索に向かうときには、新型の設計図がないか探しておくよ」

「気にしないで、ちょっとわがままを言っただけ。今の性能で充分に満足してる」

「本当に?」


「本当よ」と、彼女は微笑んだ。

「そう言えば、レイが工場で手に入れたヴィードルの整備も終わってる。だからいつでも乗れる」

「もう整備が終わったのか」

「でも」と、ペパーミントは続ける。

「車体についていた武装は取り外して新たに造り直すことになった」


 整備所に置かれた銃器を整備するための機械を見ながら彼女にたずねた。

「あの機械を使っても整備できなかったのか?」

「不可能じゃないけど、ずいぶん古いモノだったから造り直すほうが手間が掛からないの。設計図も材料もあったし」

「そうか……」

「そう。それで整備が済んだ車両は言われた通り、ミスズに管理を任せたから」


「助かるよ。あとはミスズがヤトの戦士に操縦方法を教えてくれる。そうなれば、俺たちの新たな戦力になる」

「そうね」彼女はうなずいたあと、ガラスの側を離れた。

「来て、レイ」


 ペパーミントは作業机に置かれた白銀の細長いブロックを手に取ると、壁際に置かれた機械の側に向かう。そして専用の差込口にブロックを差し込んだ。その装置は主に銃器の整備や改造、専用パーツの作製に使うもので、ペパーミントが差し込んだブロックは、ハンドガン専用の弾薬として使用される謎の鋼材だった。


「レイ、ハンドガンを装置に」

 彼女に言われるままに所定の位置にハンドガンを入れると、装置内で重力場が発生して、装置内に引き込まれたハンドガンが浮き上がる。本来なら、ここでパーツごとに完全に分解した状態になり、装置に設置されたディスプレイで整備に関する各種操作が行えるようになっていた。しかし〈秘匿兵器〉であるハンドガンは分解されることなく、装置の中で浮かんでいるだけだった。


 ペパーミントは端末を操作して何かを入力した。すると装置の下部が開いて、浮かんでいたハンドガンの下に白銀のブロックがあらわれる。それは専用の差込口に差し込まれていたモノだ。それから細いマニピュレーターアームが伸びて、そのブロックに赤いレーザーを照射する。すると謎の鋼材は一瞬で銀色の液体金属に変わり、装置の中央に向かって浮き上がっていった。


 そしてハンドガンに溶け合い混ざり合うように付着していった。しかしそれは一瞬のことで、まるでハンドガンに拒絶されるように液体は離れていった。


「何が起きたんだ?」

「素材は大丈夫そうだけど……失敗ね」とペパーミントは頭を振った。

「情報が足りない」

「なんの情報だ?」

「改造よ。ハンドガンを強化することが目的だったんでしょ?」


「……そう言えば、そうだったな」と、彼女の調子に合わせるようにうなずいた。

「それで、その情報はなんだ? 設計図みたいなモノが必要なのか?」

「そうじゃないの。兵器のシステムに関わる資料が必要なの」

「ソフトウェアみたいなものか? それは何処で手に入る?」

「そうね……たとえば、軍の研究施設とか?」


 装置の中で浮かんでいたハンドガンを見つめながら私は言った。

「軍の施設か……。カグヤ、どこかに心当たりがあるか?」

『軍の基地ならいくつか知ってるけど――』


「けど俺たちの戦力で探索するのは、まだ危険だな。そもそもどの基地に研究施設があるのかも分からない」

『兵器に転用する試作品を運んでいた軍の船になら、心当たりはある』と、カグヤは自信満々に言う。

「軍の船? もしかして〈ウミ〉の人工知能のコアを見つけた軍艦のことか?」


『そうだよ。軍の端末も残っていたし、レイの権限が強化された今なら、分かることがもっとあるかも』

「それなら、次の目的地は海岸だな」

『うん。埋め立て地の近くにある海岸』


「ペパーミント、拠点の外に出る気はないか?」

「いきなりなに?」と彼女は腕を組んだ。

「ジュリが心配していたんだ。ペパーミントがずっと作業場にこもっているって」


「ジュリが?」

「そうだ。たまには仕事を忘れてさ、外に遊びに行こう」

「遊びに……別にいいけど」

「なら海に行こう」


「それって探索じゃない。期待して損したわ」

 ペパーミントは頭を横に振る。

「何を期待していたんだ?」

「なんでもない。けど、そうね。軍の端末にアクセスできるなら、なにかヒントが得られるかもしれない」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る