第143話 変異体(探索) re


 拡張現実で表示されていた地図を頼りに、廃墟の街を警戒しながら進む。堂々としたたたずまいを見せる旧文明の高層建築物と異なり、周辺一帯は〈旧文明期以前〉の建築物が建ち並んでいた。


 壮観そうかんさなどない今にも崩れそうな建物の外壁を、白い蜘蛛くもが移動しているのが見えた。白蜘蛛くもは崩れた壁面を器用に避けながら近付いてくると、地上から十メートルほどの高さで跳躍した。


 そして路上に放置されていた錆びた大型車両の屋根に着地した。大型ヴィードルの赤茶色に錆びた屋根は大きな音を立ててへこみ、白蜘蛛は長い脚をしなやかに屈曲くっきょくさせて、落下の衝撃を吸収する。しかし静かな着地をする予定だったのか、廃墟に響き渡った衝撃音に白蜘蛛自身が驚いていた。


 数世紀前までは人間であふにぎわっていた街は、今にも崩れてしまいそうな高層建築群だけが物悲しく残されていた。建物の壁面にはツル植物が絡みついていて、ホログラム広告の投影機が時折ときおり、無人の街で寂し気に明滅を繰り返している。旧文明の塗料で描かれた看板は色がくすんでいたが、今でも広告の役割をこなしていた。


 白蜘蛛はその場でトコトコと身体からだの向きを変えると、もう一度、軽やかに跳躍して私の側に着地した。今度は静かな着地だった。


『ハク、みつけた!』

 白蜘蛛の可愛らしい声が聞こえると、私はハクの大きな眼を見ながらたずねた。

「全部、機械人形だったか?」

『うん、ぜんぶ』


「案内をお願いできるか?」

『いっしょ、くる』

 ハクはそう言うと、高層建築群に挟まれていて、日の光の届かない峡谷きょうこくを思わせる暗い道路を進んでいった。


 私とハクは現在、資源の回収を目的に廃墟の街を探索していた。〈作業用ドロイド〉の大量生産にともない、拠点の資源が枯渇こかつしていた。そのため、ミスズの〈アルファ小隊〉をはじめ、ヤトの戦士たちで編成された部隊が街に出て使えそうなモノを回収、または発見のための探索を行っていた。


 我々も探索に出ていたが目的は機械人形だった。

 機械人形は破壊されていたとしても資源として再利用できるという理由があったからだ。もちろん機体を発見できたとしても、持って帰るためには〈ウェンディゴ〉が必要になる。


 だから今回の探索では、機械人形に目印となる〈タグ〉をつけることが主な目的だった。地図上に機械人形の位置を記録しておけば、あとで回収するときにスムーズに作業できる。


 周辺一帯に広がる〈旧市街地〉は、他の地区と異なり荒廃が顕著けんちょにあらわれていた。道路のアスファルトはひび割れていて、雑草が網目状に生い茂り、道としての役割を完全に失っていた。


 腐食した構造物が崩落していて道を塞いでいる場所も多く、少しの距離を移動するのにも多くの時間を必要とした。時折ときおり、無人の建物から人擬きが姿を見せたが、ハクが軽くあしらって無力化していた。


 廃墟の街は怖いくらい静かだった。風に吹かれてきしむ鉄骨や、鳥の鳴き声すら聞こえてこなかった。廃墟の街を孤独に歩いていると、自分が世界最後の人間になった気分になる。もちろんそんなことはなくて、今も人々の生活は続いている。


 それに拠点に帰れば、自分の帰りを待っていてくれる仲間がいることは知っていた。ただ、こんな寂しい場所を歩いていると、そんなことをふと考えてしまう。それだけのことなのだ。


 倒壊して数世紀のときが流れていると思われる建物の至るところに、太いみき樹木じゅもくが生えていて、建物の瓦礫がれきをつなぎ合わせるようにして根を伸ばしていた。私は樹々きぎの間を通って、ハクのあとを追っていた。


 傾斜がきつく、屈むようにして地面に手をついて瓦礫がれきを越えると、前方に爆弾の衝撃でつくられたと思われる巨大なクレーターが確認できた。そこには大量の水が流れ込んでいて、湿地を思わせる光景を作り出していた。


『綺麗だね』

 カグヤの声に答えるように、私は頭を振る。

「そうだな。けど……羽虫が多い」

 カグヤが遠隔操作する偵察ドローンが水辺に近付くと、大量の羽虫が飛んでいるのが見えた。


『今日はちゃんとガスマスクを装備してね』

「汚染されているのか?」

『ううん』と、カグヤのドローンが戻ってくる。

『でも羽虫を吸い込みたくないでしょ』


「たしかにそれは嫌だな」

 マスクの形状を変化させると、頭部全体を保護する。マスクを装着したことで、先ほどまで感じていた腐臭漂う蒸し暑く生ぬるい空気が、ひんやりした綺麗な空気に変わる。視線を動かすと、青色の線で縁取られたハクの輪郭がずっと遠くにあるのが見えた。


『ハクに置いて行かれちゃうよ』

 カグヤの言葉にうなずくと、足元に注意しながら慎重に歩いてハクのあとを追った。


 周囲に立ち並ぶ建築物が倒壊していたからなのか、必要以上に日が差し込む湿地を思わせるクレーター群は、得体の知れない植物に支配されていた。私はクレーターの縁に積もった瓦礫がれきの側を歩いて、水辺には極力近づかないようにした。


 先ほどから巨大な生物の影を水面に見ていたからでもあったが、背の高い草の間に見える奇妙な昆虫に近付きたくない気持ちも強かった。


 しばらく黙々と歩くと、ハクの後ろ姿が見えてきた。

『ここ、ちかく』

 ハクは遠くに見える斜めにかたむいた数百メートルの高さがある建築物をした。


「ハク、もっと近くに行ってみよう」と、建物を見ながら言う。

『レイ、いっしょ』

 ハクは長い脚で私を抱き寄せる。

「ありがとう、ハク」

 ハクの柔らかな体毛に掴まると、ハクは身体からだを沈めてから一気に跳躍した。


 斜めに大きくかたむいた建物の下に入ると、影が差して周囲が薄暗くなった。

 先ほどの場所と異なりあたりは荒涼としていて、力強く繁茂はんもしていた雑草も見当たらない。灰色の瓦礫がれきと、き出しの黒土が広がっているだけだった。ハクの脚に掴まりながらしばらく進むと、機械人形の残骸があちこちに散乱している場所にたどり着いた。


 ハクから解放されたあと周囲に視線を向ける。かたむいた建物が我々に覆いかぶさるように建っていて、割れた窓ガラスからはケーブルや植物に絡みつくように多くの廃材や瓦礫がれきが垂れ下がっているのが見えた。


『ウミ、いっぱい』と、ハクが言う。

 私は周囲に散らばる機械人形を眺めた。

「たしかに戦闘用機械人形だけど、ウミとは違う個体だよ」

『にんぎょう』と、ハクはトントンと地面を叩いた。


「そうだ。これはただの機械人形だ。ウミはもっと特別で、俺たちの家族だ」

『とくべつ』と、ハクは私に眼を向けた。

『ハク、とくべつ?』

「もちろん」と、私はうなずいた。


「ハクはすごく特別だ」

 白蜘蛛はその場で一回転すると、触肢で地面をベシベシと叩いた。

『ん。ハク、とくべつ』

 ハクのフサフサの体毛を撫でたあと、機械人形に向かって歩いた。


『戦闘用機械人形に……案内ロボットまであるね』とカグヤが言う。

「建物から落ちてきたのかもしれないな」と、かたむいた建物を見上げる。


 可愛らしいフォルムを持つ二頭身の自律型案内ロボットの側には、人骨も多く散乱しているのが確認できた。

『人も機械人形も建物の崩壊時に落下してきたのかな?』

「そうだと思うけど、様子がおかしい」

 私はそう言うと人骨の側にしゃがみ込んだ。


『レーザーライフルだね』

 私が拾い上げたライフルを見ながらカグヤが言う。

「ああ、錆びていて使い物にならないが、たしかにレーザーライフルだ」

『その白骨死体は、旧文明の戦闘員だったのかな?』


 ライフルを地面に捨てると、手についた砂を叩いて立ち上がる。

「戦闘があった場所なのかもしれないな」

『でも、スカベンジャーに荒らされてないね』

「探索できない理由があるのかもしれない」と、私は周囲に目を向けながら言う。


『理由……人擬きとか?』

「そうだ。注意して見て回ろう」

『了解』

 カグヤは偵察ドローンの〈熱光学迷彩〉を起動させると、徐々に姿を消していった。


 かたむいた建物から伸びる影から出ないように、私とハクは周辺一帯を調べた。半径二百メートルほどの距離を確認し終えたときだった。荒涼とした地面からミミズに似た変異体が顔を出した。


 ヌメリのある白い体液に覆われた生物で、地面から出ている部分だけでもニメートルほどの体長があった。その生物は細い身体からだをうねうねと動かすと、やがて私とハクに身体からだの先端を向けた。

 すると花が咲くようにして花弁に似た器官が広がっていくのが見えた。それは充血しているように真っ赤で、細かいひだが無数にあった。


『レイ、つかまる』

 ハクに言われるまま素直にハクの脚につかまる。次の瞬間、ハクは素早く後方に飛び退いた。我々が立っていた場所には、先ほど見たミミズの化け物と同種の生物が数体、地面から顔を出していた。


「カグヤ、あれはなんだ?」と、ハンドガンを抜きながらたずねた。

『わからない』とカグヤはきっぱりと言う。

『私が知りたいくらいだ』


 ミミズめいた化け物の体が身体からだらせて勢いをつけると、花弁に似た器官の中央から黄緑色の液体を吐き出した。ハクは最低限の動きだけで液体を避けると、お返しとばかりに、化け物に強酸性の糸を吐き出した。


 ハクが吐き出した糸の塊が命中すると、生物の白くヌメリのある体表は溶けていく。生物はもがくように暴れ、何度も身体からだを地面に打ちつけて、身体中からだじゅう土塗つちまみれにしてから動きを止めた。


「ハク、ここから少し離れよう」と、動かなくなった生物を見ながらハクに言う。

『ん。わかった』

 ハクはそう返事をすると、機械人形の残骸が散らばっているあたりまで後退した。


『あの奇妙な生物が吐き出した液体の成分が分かったよ』と、急に偵察ドローンが近くに姿を見せた。

 球体型の機体からは細いケーブルが伸びていて、その先に黄緑色の液体がついていた。ドローンはそのケーブルを振って機体から切り離した。


「もしかして毒か?」

『うん。強力な神経毒の類だった』

「神経毒? それってヤバい毒だよな?」

『皮膚の何処どこからでも体内に侵入して、臓器に麻痺を起こす。最悪呼吸が止まって死ぬ』

「危なかったな……。ハク、さっきの液体は強力な毒だ」


『どく、きらい』と、ハクは地面を叩いた。

「カグヤ、このあたりは安全か?」と、私は地面に目を向けながらたずねた。

『わからない。けど、〈ワヒーラ〉を連れてくればよかったね。地中の様子も分かっただろうに……』


 そこであることに気がついた。

「あいつらは確かな意思をもって俺たちを攻撃した。それならこちらに向けられている敵意を感じ取れるかもしれない」

 私はそう言うと、地面に視線を向けて意識を集中した。


 すると地中の深い場所に、ぼんやりとしたもやのようなモノが無数に浮かびあがるのが見えた。赤紫色のもやは激しい敵意をしめしていた。それらのぼんやりとしたもやは、まるで獲物を追うように地中を素早く移動していた。


『これはひどいね』

「カグヤにも敵意が見えたのか?」

『ううん、見えないよ。でもレイの思考電位を拾って情報化してるから、ぼんやりとだけど、レイが見ているモノが分かる』


「そうか……。それで、どう思う」

『少なくとも数百匹は確認できた。この場所に手付かずの戦闘用機械人形が残っている理由が分かったよ』

「そうだな」と、私は周辺に転がる機械人形を見た。

「幸い、機械人形がらばっているあたりにあの化け物の姿は確認できない」


『ずっと深い所にいるね。地下に広い空間があるのかな?』

「旧文明の施設とか?」

『人工的なモノじゃなくて、自然につくられた洞窟のような場所なのかもしれない』


「それは怖いな」

『そうだね。機械人形のジェネレーターだけでも回収して、早くここを離れよう』

「了解」


 機械人形のそばに向かうと、手早く機体を分解して〈超小型核融合ジェネレーター〉を回収していく。戦闘用機械人形は無数にあったが、ジェネレーターは小型で、それほど嵩張かさばるモノではなかった。だからペパーミントに借りていた〈ショルダーバッグ〉のおかげで、すべてのジェネレーターを回収することができた。


「カグヤ、ついでに制御チップも回収しよう」

『そうだね。こんなチャンスは滅多めったにないし、利用できそうなモノにはタグを貼り付けていくから、手早く回収していって』


 偵察ドローンが地面に散らばる機械人形をスキャンしている間、私はハクと周囲の警戒を行っていた。先ほどハクが殺した生物の死骸はいつの間にかなくなっていて、地中ではミミズめいた生物がせわしなくうごめいていた。


『終わったよ、レイ』とカグヤが言う。

『すぐに回収して、ここを離れよ』

 機械人形から制御用チップを回収していく。


 我々がその場を離れるために準備をしていると、廃墟の街から人擬きが姿を見せた。ぼんやりとくうを見つめて歩く人擬きは感染して間もない個体だった。感染以前は傭兵をしていたのか、汚れた戦闘服を身につけていた。


 人擬きがかたむいた建物の下に入ったときだった。ミミズの変異体が複数あらわれて、人擬きに毒液を吐きかけていく。毒液をべったりと浴びた人擬きは痙攣して、その場にバタリと倒れて動かなくなった。


 ミミズの化け物は身体からだから突き出ていた真っ赤な花弁を細長い胴体に引き込めると、地中にゆっくり潜っていった。変異体が地中に姿を隠すと、動かなくなっていた人擬きも地面に沈み込むようにして消えていった。


『行こう、レイ』

「そうだな」

 かたむいた建物を一瞥いちべつして、それからハクと共にその場を離れた。

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