第130話 厄介事 re


 旧文明期の機動兵器〈MDP02-IYA〉通称〈イヤ〉による攻撃が断続的に続いていて、レールガンから飛翔体が発射されるたびに、腹に響く重低音が奇岩地帯に木霊こだましていた。怖気おじけづいた兵士たちが死地から逃れるように、汚染地帯が広がる渓谷に駆けていく姿も確認できたが、多脚戦車を引き連れて戦地に戻ってくる兵士の姿もあって状況は混迷を極めていた。


 戦場に戻ってくる兵士たちの目的は、〈フーチュン〉と敵対していた我々を排除することではなく、巨大な機動兵器である〈イヤ〉に変わっていた。驚異的な戦闘能力を有している機動兵器を鹵獲ろかくしたいのだろう。


 しかしそれも仕方ないことだと思えた。戦場に突如とつじょ出現した〈イヤ〉は強力な自律兵器だ。たった一機で戦場を支配していることからも、いかに強力な兵器なのか分かる。


 私はゆっくり息を吐き出すと、かつて軍人だった人擬きの動きに注意を向ける。

 すると前屈みになっていた人擬きの乳房が揺れて、腕と太腿の筋肉が膨張するのが見えた。次の瞬間、人擬きの姿が消えたかと思うと、パチッと低い衝撃音が聞こえる。


 まばたきのあと、人擬きの拳が眼前に迫ってきているのが見えた。ほぼ無意識に〈ヤトの刀〉を目線の高さまで持ち上げて刀身で拳を受け止める。その瞬間、化け物の拳は己が生み出した衝撃に耐えきれずにグシャリとつぶれ破裂した。

 指や欠けた骨、そして白色の人工血液が血煙になって噴きあがった。その際に生じたすさまじい衝撃波によって、私は後方に吹き飛ばされる。


『動きが速すぎる!』

「動きだけじゃない、馬鹿みたいに力がある!」

 懐に飛び込んできた人擬きのりをかわそうとするが、数分前に斬り殺していた人擬きの死骸につまづいてしまう。


『レイ!』

 咄嗟とっさに腕を交差させて腹部を守ると、前腕の皮膚が石のように硬化していくのが感じられた。それでも人擬きが繰り出したりを完全に受け止めることはできなかった。硬化した腕で痛みをやわらげることができたが、胃液を吐き出すほどの衝撃を受けて吹き飛ばされることになった。


 刀を地面に突き刺して勢いを止めると、足元に拳大の瓦礫がれきが転がっているのが目に付いた。視線を上げると猛然もうぜんと駆けてくる人擬きの姿が見えた。反射的に瓦礫がれきを拾い上げると、化け物に向かって力任ちからまかせに投げた。勢いよく飛んでいった瓦礫がれきによって人擬きの頭部が破裂すると、衝撃によって放射状に真っ白な体液が飛び散る。

『レイ、すぐに止めを刺して!』

「わかってる!」


 人工血液で胸元をぐっしょりと濡らし、茫然ぼうぜんと立ち尽くす人擬きに向かって駆ける。地面をり上げた衝撃で、乾燥した大地がひび割れぜていく。人擬きの肩口に振り下ろした刀が触れる直前、ぼうっと立っていた化け物は身体からだひねって刀の一撃をかわす。と、視界の外から飛んできた人擬きのかかとを頭部に受けて、すさまじい衝撃と共に無様ぶざまに地面を転がった。


「クソ!」

 悪態をつきながら身体を起こす。破壊されて欠けたガスマスクの破片が頬に食い込んでいた。顔を上げると、まるでタイムラプス動画を見ているみたいに、頭部と腕をまたたく間に修復させている人擬きの姿が見えた。

 私は立ち上がると、ズキズキと痛むほほからマスクの破片を抜いた。人擬きの回しりの所為せいでマスクは破壊され、顔の半分も覆えなくなっていた。


 強い日差しの所為せいで額に汗が一気に噴き出した。拡張現実で表示されている環境情報を確認すると、気温が四十度を超えているのが分かった。


『レイ、刀が』とカグヤが言う。

 人擬きに視線を戻すと、頭部を中途半端に再生させていた人擬きが、私が取り落としていた〈ヤトの刀〉を拾い上げるのが見えた。こちらに向けられた人擬きのき出しの頭蓋骨が、まるで笑うようにカタカタと揺れる。


 そのときだった。刀のが変化してヘビの頭部があらわれたかと思うと、そのまま人擬きの手に噛みついた。化け物は痛みに驚いているかのような反応を見せると、刀を足元に落とした。そして自分自身の身体からだを両腕で抱き締めるようにして震える。


『ヤトの毒が効いたんだ』

 カグヤの言葉のあと、人擬きは甲高い悲鳴を上げると前屈みに倒れた。

 空気をつんざく悲鳴のあと、化け物は完全に動かなくなってしまう。〈ヤトの刀〉は黒いヘビに姿を変えると、スルスルと地面をって私の側に戻ると、足に巻き付いて右手首の刺青まで戻った。


『ねぇ、レイ。終わったと思う?』

「あぁ、予想外の結末だったけどな」

『劇的な幕切れを期待した?』

「まさか」と私は頭を振る。

「そんなことを考えている余裕なんてなかった」

『そうだね……とにかくレイが無事でかったよ』


 深く息を吐き出すと、人擬きと戦っていたヌゥモ・ヴェイとナミに視線を向けた。

 ヌゥモは化け物が繰り出す攻撃の所為せいで手が出せない状態だったが、ナミがレーザーライフルによる掩護えんごを始めると、一瞬のすきをついて化け物の胴体を両断した。人擬きは青白い腸を引きりながら、それでもヌゥモに攻撃しようと地面をう。


 ナミはそのまま人擬きの背中を踏みつけると、後頭部に向かって至近距離からレーザーを撃ち込んだ。しかし正十二面体のヘルメットを破壊することはできなかった。ヌゥモがナミに向かって剣を放り投げると、彼女はヌゥモの剣を使って人擬きの首を切断した。

 切断面から白い人工血液が噴き出していたが、それでも不安だったのか、彼女は人擬きの首を遠くにり飛ばした。


 ボロボロになってしまった戦闘服の砂埃を払いながら戦場を見渡した。軍艦の残骸から新たな人擬きが出現することはなかった。すべての人擬きを無力化できたのかは分からない。艦内の何処どこかにまだ潜んでいるのかもしれなかったが、とにかく今は化け物が外に出てこないことを祈るほかなかった。


 私の周囲には無力化され、地面でうめいている人擬きが多く残されていた。完全に変異していた兵士はそれほど脅威に感じなかったが、特殊部隊に所属していたと思われる特殊な個体は、恐ろしい身体しんたい能力のうりょくを持っていて、ひとつ間違えば地面に横たわっていたのは我々だったのかもしれないと思えるほど危険な存在だった。


 恐るべき能力を発揮した人擬きの側に向かう。

 かつて美しい女性だった化け物は、全身の穴と言う穴から人工血液を垂れ流していて、地面に広がる黄緑色のうみから漂ってくる臭いが鼻についた。自己修復が途中で止まっていた頭蓋骨ずがいこつには筋繊維がびっしりと張り付いていたが、それも溶け出して腐敗液を垂れ流していた。


 私は名も知らぬ女性に手を合わせる。彼女に思いが届かないことは知っていたが、それでも彼女に安らかな死後が訪れることを願った。


 右手首の刺青から刀を出現させると、手足を失くして地面でもがき苦しんでいた人擬きに止めを刺していく。


「大丈夫か、レイラ殿」

 心配して声を掛けてくれたナミを安心させようとして笑みをつくる。

「こっぴどく殴られたけど、なんとか無事だよ」

 彼女はうなずくと、私のほほにコンバットガーゼを押し当てた。力の加減が分かっていないのか、傷がさらに痛んだ。


「あとは自分でやるよ。ありがとう、ナミ」

 ナミに感謝したあと手でガーゼを押さえた。破損したガスマスクは形状を変化させて首元に戻していた。このまま破棄するには惜しいので、ペパーミントに頼んで修理してもらおうと考えていた。


「強敵だった」とナミが言う。

「そうだな……人擬きになっていなければ、もっと強かったはずだ」

「あの状態でも〈妖精族〉より素早くて力があった。それでも昔のほうが強かったのか?」

「その〈妖精族〉がどれだけすごいのかは分からないけど、変異せずに自意識を保っていたら、もっと危険な相手になっていたと思う」

「残酷な人間が他の生物よりもずっと強い世界か……恐ろしい世界だな」


 ずっと遠くに視線を向けると、マイクロ・ミサイルを発射してから動きを止めていた機動兵器の姿が見えた。白い装甲に日の光が反射して巨人は輝いていた。

 戦闘音が聞こえなくなっていたので、フーチュンの部下は全滅したのかもしれない。


 上空を旋回していた〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認すると、無残に破壊されて炎上する車両や、無数の死体が転がっているのが見えた。機動兵器の周囲に動く者の姿はなく、戦闘を継続しようとする兵士の姿も確認できなかった。


 人擬きとの戦闘を終えたヌゥモが、剣に付着した血液を払いながらやってくる。

「大丈夫か?」

「ええ、手負いの獣を相手にしているような厄介な化け物でしたが」

 ヌゥモはそう言うと、足元に横たわる首のない死骸を見つめた。

『レイ』と、カグヤの声が聞こえる。『とりあえずミスズたちと合流しようよ』

 彼女の言葉にうなずくと、機動兵器から隠れるように停車していた〈ウェンディゴ〉に向かうことにした。



 〈ウェンディゴ〉の側にチャイナドレス姿のペパーミントと、ライフルを肩からげたミスズが立っているのが見えた。

「こんな場所でぼうっと立っていて大丈夫なのか」

「大丈夫」とペパーミントは単眼鏡を使って機動兵器を見ながら言う。

「ウェンディゴは軍の識別信号を持っているから、私たちから攻撃を仕掛けない限り、機動兵器から攻撃されることはない」


「それより、大丈夫なの?」と彼女は顔をしかめる。

 周囲の警戒を行っていたミスズは、ペパーミントの言葉に反応して私の顔を見るなり、血相を変えてやってくる。ガーゼが血液に染まっているので驚いたのだろう。

「怪我をしています!」

「大丈夫、あわてるような傷じゃない。そのうちナノマシンが治療してくれる」


 ミスズに笑顔を見せて安心させたあと、ウェンディゴのコンテナからやってきたウミにたずねた。

「ヴィードルはどうしたんだ?」

『すでにコンテナに収容しました』

「そうか。……ところで、敵戦闘車両とやり合っているのをみたけど、ウミは無事なのか?」

『はい、機体は損傷しましたが、とくに問題はありません』

「それは良かった」


 ウミと話をしている間に、ミスズは私の頬のガーゼを新しいものに変えてくれていた。

「ミスズのヴィードルは――」と、ペパーミントが言う。「制御ソフトをいじって、識別信号をウェンディゴと同じモノに変更しておいた。あのヴィードルは軍用規格の車両でしょ? だから問題なく変更できた」


「それであの機動兵器のシステムを騙せるのか?」

「普通なら騙せない……つまり、軍の〈データベース〉がまともに機能していれば、機動兵器はネットワークに接続していてサポートを受けることになるから、システムに侵入することすらできなかった」

「でも今はそれができる?」


「あくまでも敵として認識されないだけで、味方として認識してくれているわけじゃない。それに接近する対象を無差別に攻撃するように設定されているから、今は絶対に近付いちゃダメ」

「そうか……」

「どうしたの?」と、ペパーミントは私に青い瞳を向ける。

「あの巨人を俺たちの支配下に置くことはできないか?」


「それは難しいと思うけど……」

「けど?」

「〈ワヒーラ〉と〈ウェンディゴ〉の能力を使用すれば、機動兵器のシステムに侵入して、あれに接近する時間くらいなら稼げるかもしれない」


「時間を稼ぐか……」

「ねぇ、レイ。無理してシステムに侵入して機動兵器を支配下に置かなくても、接近して接触接続できれば、コクピットに入れるかもしれない」

「そんなことができるのか?」

「すごく難しいけど、不可能じゃない」


 ペパーミントは機動兵器を見ながらしばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「レイの軍人としての権限が使えれば、なんとかできるかもしれない」

「そう言えば、人擬きと戦闘しているときにも、そんな話をしていたな」


『軍の権限って、兵士が持っている権利を使うってことだよね』

 ペパーミントはウミがあやつる戦闘用機械人形をいじりながら、カグヤに返事をした。

「そう。秘匿兵器を使用可能にしたときみたいに、機動兵器のシステムにレイの軍人としての生体情報を登録するの」

『そうすれば、あの機動兵器を私たちの支配下に置くことができるの?』

 カグヤの言葉に彼女はコクリとうなずいた。


 不安そうに話しを聞いていたミスズがペパーミントに質問する。

「でも機動兵器に接近したら、レイラは攻撃を受けてしまうのですよね?」

「とても危険だと思うけど、今はそれしか方法がないの。でも心配しないで、対抗策はちゃんと考えてる。〈ワヒーラ〉と〈ウェンディゴ〉を使って強力な電波妨害を行うつもり。それによって――短時間だけど、〈イヤ〉のシステムを盲目にすることができる」


「短時間ですか……」と、ミスズは不安そうに下唇を噛む。

「残念だけど、それが精一杯なの」

 ペパーミントはウミの機械人形から小さな装置を取り外すと、どこからかダクトテープを取り出して私のボディアーマーに貼り付けていく。


「これは?」

 ペパーミントは作業を続けながら答える。

「レイの周りに強力な磁界を発生させる」

「シールドか……。機動兵器の攻撃を防ぐために?」

 彼女はうなずくと、不安そうな表情をみせた。

「それでも完全に攻撃を防げるのは一瞬だから、攻撃をけることが重要になる」


 準備を整えると私はウェンディゴの側を離れて、機動兵器に向かって歩き出した。

 炎上するヴィードルのすぐ近くには、あごから上がなくなっている人間の遺体が横たわっていた。少し歩くと、見覚えのある男が地面に転がっているのが見えた。砂漠の集落で絡んできた嫌味な隊員だ。すでに絶命していた男は下半身を失くしていて、地面に大きな血溜まりをつくっていた。


 機動兵器に近づくと私の存在に気がついたのか、マニピュレーターアームの先についたレールガンの砲身がこちらに向けられるのが見えた。

 その凶悪な兵器から視線を外すことなく、ペパーミントから預かっていた装置の電源を入れた。すると身体の周囲に力場が展開して青い薄膜が発生するのが見えた。それでも攻撃に耐えられるのは一度だけだろう。私は立ち止まると機動兵器の姿を眺めた。


『ねぇ、レイ。本当にやるの』

 カグヤの声が聞こえるとしばらく思案して、それから頭を横に振った。

「いや、帰ろう」

 私はそう言うと、そっと息を吐き出した。

『それが賢明だよ。私たちは襲撃を退しりぞけることができたんだ。これ以上、命を危険にさらすようなことをする必要はない』



 結局、機動兵器に接触接続を行うことは断念した。けれど完全に諦めたわけではない、いずれ砂漠に戻ってくることになる。そのときにはしっかりと準備をして、機動兵器を手に入れるつもりだった。その間、機動兵器を他の勢力に奪われる心配はしていなかった。


 〈イヤ〉は数百人からなる武装集団を容易く制圧できるのだ。放っておいても横取りされる心配はないだろう。それよりも今は、身に降りかかった厄介事にどう対処するのかを考えなければいけなかった。

 〈五十二区の鳥籠〉との紛争や、拠点に対して行われるかもしれない襲撃についても考えなければいけない。とにかく今はあせらず、冷静に厄介事に対処していくことが大切だ。


 奇岩地帯を離れるときには、機動兵器から安全な距離を取りながら進んだ。そのさい、負傷した〈フーチュン〉の姿を見かけた。彼は腰を怪我していて歩けないのか、熱い砂の上をいずるように移動して機動兵器から距離をとっていた。

 彼の身体からだは傷だらけで、肘はこすれて血が流れていた。いつくばっている所為せいなのか、彼が通ったあとには、まるで道標みちしるべのような血痕が伸びていた。


 フーチュンがウェンディゴの進行方向にいることを知っていたのかは分からないが、ウミは少しも気にすることなく彼のことを踏み潰して進んだ。おろかな男だったが襲撃さえしてこなければ、こんな風に無様ぶざまに死ぬことはなかった。


 私は溜息をつくと、なだらかな砂丘さきゅうの向こうに見える廃墟の街に視線を向けた。理由は分からなかったが、今は廃墟の街に帰れることに心から安堵あんどしていた。



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 いつもお読みいただきありがとうございます。

 これにて第四部は終わりです。

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 それでは、引き続き第五部を楽しんでください。

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