第129話 正十二面体 re
奇岩地帯のそこかしこに死が横たわっていた。
真新しい死骸には、バッタにも似た奇妙な昆虫がたかっているのが見えた。そのすぐ側には、
私の足元では〈ヤト〉の毒に
軍艦の乗組員は数世紀もの長い間、この地に存在し続けた。その彼らの最後がこんなにも
私は青い空を仰いだ。
とにかく不快だった。
フーチュンの部下は砂漠に
激戦地から離れていたからなのか、それともただ単に隠れていたからなのかは分からなかった。しかし彼らは奇岩に変わり果てた旧文明の建築物から顔を出すと、巨大な機動兵器である〈イヤ〉を
ガスマスクの機能を使って拡大表示していた兵士たちを見ながら言う。
「カグヤ、あれを見ろ」
『兵士たちが一箇所に集まってる……。何をするつもりなんだろう?』
十五メートルほどの高さがある奇岩の周囲に集まっていた兵士たちは、旧式のロケットランチャーを肩に
「まさか攻撃するつもりなのか?」
そのまさかだった。兵士たちは機動兵器に向かって無数のロケット弾を発射した。乾いた発射音が続いて、白い煙の尾を引いてロケット弾が飛んでいくのが見えた。
しかし不思議なことが起きる。機動兵器に接近していたロケット弾は、急に軌道を変更すると、見当違いな方角に飛んでいって爆散した。
それを見ていた兵士たちは何かを大声で
奇岩の岩肌や砂丘に衝突して次々と爆散するロケット弾は、周囲に物悲しい炸裂音を残していった。すると機動兵器の戦車にも似た胴体に取り付けられていたマニピュレーターアームが動くのが見えた。するとフーチュンの部下が潜んでいる奇岩に、細長い角筒の先端が向けられた。
機動兵器に搭載されていた角筒の正体は、やはり
それを見たフーチュンの部下は騒ぎ出した。彼らの声には、先ほどまで含まれていた怒りはない。そこには機動兵器に対する困惑と恐怖が含まれているようにみえた。ウェンディゴが使用していたレールガンのことを思い出したのだろう。
空気を震わせる鈍い音が機動兵器から聞こえた。
その瞬間、機動兵器を中心にして放射状に衝撃波が広がり、砂漠に砂煙が立った。
レールガンから
その細長い奇岩は綺麗に二つに割れると、瞬く間に崩壊していった。奇岩を貫通した飛翔体はそのまま勢いが
崩壊する奇岩と一緒に落下していくフーチュンの部下を見ていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。
『あの機動兵器……〈イヤ〉はまだ攻撃を続けるつもりだよ』
レールガンの砲身に放射熱による
そしてカグヤの言葉通り、機動兵器はフーチュンの部下に向かって攻撃を継続した。
兵士たちからの攻撃に反応して、反撃を開始したようにも見えた。けれど機動兵器の周囲にいて、ことの成り行きを見守っていた兵士たちに対して同様の攻撃を行っている理由は分からなかった。戦闘行動が開始された時点で、周辺一帯にいる敵対者を見境なく攻撃するようにプログラムされていたのだろうか?
機動兵器の胴体側面に取り付けられていた兵器コンテナが左右に展開すると、マイクロ・ミサイルの発射装置が見えた。
「マズいな……あれはウェンディゴに搭載されている小型追尾ミサイルに似ている」
機動兵器が兵士たちを殲滅するために用意した兵器は、おそらく対人用に調整された小型ミサイルなのだろう。発射装置から今にも撃ち出されそうになっている無数の小型ミサイルの弾頭が確認できた。
機動兵器の肩に取り付けられた円盤型の装置が回転を始めると、周囲の人間に対して赤い光線が照射されるのが見えた。その装置の存在が確認できた瞬間、ペパーミントが声を上げる。
『ミスズ! すぐにそこから逃げて!』
ミスズとナミが搭乗するヴィードルに対しても光線が照射されていた。そのことが分かると、ミスズはすぐに光線を避けるように動き出した。
ボウっと突っ立ったまま、機動兵器を不思議そうな顔で眺めていたフーチュンの部下を尻目に、機械の巨人は無数の超小型追尾ミサイルを空に向かって発射した。ミサイル群は上方に進み、やがて空中で拡散する。それぞれの超小型追尾ミサイルは、標的に向かって煙の尾を引きながら
ミスズとナミのヴィードルは奇岩の間を
『ミスズ、そのまま〈イヤ〉から距離を取って!』と、ペパーミントは声をあげる。
『絶対に反撃はしないで!』
『了解です!』
ミスズはミサイルを
対照的に回避行動を取らなかったフーチュンの部下は、まるで水風船が割れるようにその場で
『レイ!』
カグヤの声で意識を眼前の人擬きに戻すと、
すると
それは人擬きの集団に着弾し、そして不死の化け物を巻き込みながら炸裂した。まるで目に見えない何者かに投げ飛ばされるように、人擬きは爆発の衝撃で後方に吹き飛び、背中から地面に倒れた。彼らが装備していた強化外骨格の装甲の一部や、
衝撃によって立ち昇っていた砂煙が風に流されると、砲弾の着弾地点に一体の人擬きが
その人擬きは頭部全体を覆い隠す正十二面体の不思議なヘルメットを装着していた。全体が強化外骨格と同様の白い鋼材でつくられていて、フェイスプレートやバイザーの
砲撃を始めたフーチュンの部下に対して、機械の巨人がレールガンで応戦しているのを横目に、特殊なヘルメットを装着した人擬きが猛然と駆けてくるのが見えた。
それは一瞬のことだった。気がつくと私は殴り飛ばされていて、荒涼とした大地の上を
こんなに素早い相手は、異界で〈秩序の守護者〉と呼ばれる女性と戦って以来のことだった。人擬きの拳は間一髪のところで
『気をつけて、レイ!』
「分かってる!」
人擬きが振り抜いた腕を
人擬きはその一瞬の
腕を交差して
すると墨で線を引くように、地面を這う黒いヘビの姿が見えた。そのヘビに向かって無意識に腕を伸ばすと、こちらに向かって黒いヘビが飛んでくるのが見えた。腕に絡みついたヘビが
刀の切っ先が人擬きのシールドを貫通するさいには、不思議な感触と抵抗があった。まるで弾力性のある厚いゴムに無理やり針を突き入れているような、そんな感触だった。
人擬きと揉み合いながら地面に倒れたあと、私は反射的に後方に飛び
私は肩で息をしながら、周囲に視線を向ける。正十二面体の不思議なヘルメットをした人擬きが四体、私を囲むように立っていた。いずれの化け物も大柄で、身長は二メートルを超えている。
「カグヤ、こいつらは何なんだ」
『特殊部隊に所属していた軍人だよ……本来は、この場にいる人擬き全員が、この人たちと同じ身体能力を持っていたんだと思う』
「軍艦の残骸から
『うん、変異が進んでいない個体はもっと強力かも』
「それは厄介だな――」と、人擬きの回し
『彼らがまともな状態じゃなくて
「まともだったら――そもそも争いにはなってない!」
私はそう言うと、人擬きの足を切断する。
『それもそうかも』
『ねぇ、レイ?』とペパーミントが言う。
「どうした?」
突進してきた人擬きを
ウェンディゴのずっと向こうでは、フーチュンの部下に対して機動兵器が攻撃を継続していて、〈イヤ〉の重機関銃から発する
『さっきの話は本当?』
「どの話だ!?」
身を
『レイが軍の所属だって話だよ』と、ペパーミントが言う。
「そんなことより、俺の
私はそう言うと、突進してきていたもう一体の人擬きの、目にも止まらない速さで繰り出される
『ダメ、そうしたいけどできないの。ウェンディゴとミスズのヴィードルが動いたら、確実に機動兵器の標的にされる』
「兵器の動きに反応して反撃をしているのか――」
そこまで言うと、私は人擬きに殴られ地面を転がる。
以前、頭部を狙撃されたことがあったが、ガスマスクによって保護されていたので衝撃は感じなかった。しかし恐ろしい人擬きが繰り出す攻撃には、目の回るような衝撃を感じながら地面を転がる。
ぼんやりとした意識で上体を起こすと、マスクの装甲の一部がパラパラと地面に落ちていくのが確認できた。
『レイラ!』
ミスズの声が聞こえると、私はすぐに返事をした。
「大丈夫だ」
大丈夫だったが、今の攻撃をマスク以外の場所に受けていたら、骨は確実に折れていたかもしれない。内臓だって損傷していたのかもしれない。
追撃するために跳び掛かってきた人擬きは、ヌゥモ・ヴェイの助太刀で何とかやり過ごせた。
「大丈夫ですか、レイラ殿?」と、ヌゥモが私に手を差しだした。
「助かったよ」私はヌゥモの手を取ると、立ち上がった。
「気をつけてくれ、こいつらは他の連中と違う」
「……そのようですね」と、ヌゥモは先ほどの攻撃で切断した人擬きの腕が、徐々に再生されていくのを見ながらうなずく。
「どうしてあんなことができるんだ?」
残り二体になった特殊な人擬きを見ながらカグヤに
『彼らの体内にあるナノマシンの影響なのかも』
「再生能力が強化されているのか?」
『うん。新しく生えてきた人擬きの腕を見て』
先ほど生えたばかりの人擬きの腕は、綺麗な肌をしていたが、見る見るうちにミイラのような乾いた腕に変化していった。
『細胞分裂に異常が生じているのかも』
「人擬きウィルスとナノマシンが創り出した化け物か」
ヌゥモに腕を切断され、それを再び生やしてみせた人擬きは、枝のような手を何度か握って感触を確かめると、ヌゥモの懐に一瞬で入ってみせた。
気がついたときにはヌゥモは
『レイ!』
ヌゥモの
「なんだ!」私は思わず声を荒げた。
『ヌゥモの掩護にはナミを向かわせた。それよりも気をつけて、あれは普通じゃない』
私の数メートル先には、正十二面体のヘルメットを装着した人擬きが立っていた。
その人擬きは自身の胸に手を当てると、予備弾倉や見たことのない装置が取り付けられていたチェストリグを引き千切りその場に捨てた。それから空気の抜ける音がすると、人擬きが装備していた強化外骨格の装甲が
人擬きが装甲の奥に着ていたのは、黒い半透明のピッチリしたスキンスーツだった。人擬きは女性で、彼女の何も身に着けていない美しい裸体が、半透明のスーツを通して
皮膚は――乳首など一部を除いて、光沢のある絹のような
そこには
『変異が急速に進んでる?』と、驚くカグヤの声が聞こえた。
美しい女性だった人擬きは、前屈みになると両腕をそっと地面につけた。
『飛び掛かって来るつもりだ』
カグヤの言葉にうなずくと、刀の柄を両手でしっかりと握りしめた。
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