第129話 正十二面体 re


 奇岩地帯のそこかしこに死が横たわっていた。


 真新しい死骸には、バッタにも似た奇妙な昆虫がたかっているのが見えた。そのすぐ側には、おろかな男のくわだてに加担して、死期を早めた青年の生首が転がっていた。彼の開いたままの口からはナナフシに似た細長い胴体を持つ昆虫の尾が見えていた。


 時折ときおり、渓谷から乾いた風が吹いて汗に濡れた背中をでていった。


 私の足元では〈ヤト〉の毒におかされた人擬きが痙攣けいれんし、強化外骨格の装甲の隙間から黄緑色のうみらしている。それはひどくグロテスクな光景だった。しかし本当にグロテスクなのは、毒に犯され絶命する人擬きの姿ではなく、彼らを生きたしかばねに変異させた人擬きウィルスだった。


 軍艦の乗組員は数世紀もの長い間、この地に存在し続けた。その彼らの最後がこんなにもみじめで、そして悲惨なものになるなんて誰が想像できただろうか。


 私は青い空を仰いだ。

 とにかく不快だった。あたりに転がる死体も、強い日差しも、汗に濡れた戦闘服も……。視線を落とすと、強い日差しの向こうに機械の巨人が立っているのが見えた。〈MDP02-IYA〉と呼ばれる巨大な機動兵器が動くと、装甲に堆積たいせきしていた砂がサラサラと滝のように流れ落ちていく。


 フーチュンの部下は砂漠に突如とつじょあらわれた巨大な機動兵器に驚き、何やら大声で騒ぎ始めていた。激しい戦闘が行われたにもかかわらず、それなりの数の襲撃者が戦闘を生き延びることができていた。


 激戦地から離れていたからなのか、それともただ単に隠れていたからなのかは分からなかった。しかし彼らは奇岩に変わり果てた旧文明の建築物から顔を出すと、巨大な機動兵器である〈イヤ〉を指差ゆびさしてわめき立てていた。


 ガスマスクの機能を使って拡大表示していた兵士たちを見ながら言う。

「カグヤ、あれを見ろ」

『兵士たちが一箇所に集まってる……。何をするつもりなんだろう?』

 十五メートルほどの高さがある奇岩の周囲に集まっていた兵士たちは、旧式のロケットランチャーを肩にかついで奇岩を登り始めた。


「まさか攻撃するつもりなのか?」

 そのまさかだった。兵士たちは機動兵器に向かって無数のロケット弾を発射した。乾いた発射音が続いて、白い煙の尾を引いてロケット弾が飛んでいくのが見えた。

 しかし不思議なことが起きる。機動兵器に接近していたロケット弾は、急に軌道を変更すると、見当違いな方角に飛んでいって爆散した。


 それを見ていた兵士たちは何かを大声でわめき立てると、またロケット弾を発射する。しかし結果は先ほどと変わらなかった。ロケット弾は機動兵器に着弾する寸前、進行方向を変更していた。そしてそれを行っているのは、おそらくあの機動兵器なのだろう。


 奇岩の岩肌や砂丘に衝突して次々と爆散するロケット弾は、周囲に物悲しい炸裂音を残していった。すると機動兵器の戦車にも似た胴体に取り付けられていたマニピュレーターアームが動くのが見えた。するとフーチュンの部下が潜んでいる奇岩に、細長い角筒の先端が向けられた。


 機動兵器に搭載されていた角筒の正体は、やはり電磁砲レールガンだった。角筒の形状が変化し先端がスライドするように伸びると、砲身に向かってエネルギーが集中的に供給され、放電による青白い電光が発生するのが確認できた。


 それを見たフーチュンの部下は騒ぎ出した。彼らの声には、先ほどまで含まれていた怒りはない。そこには機動兵器に対する困惑と恐怖が含まれているようにみえた。ウェンディゴが使用していたレールガンのことを思い出したのだろう。


 空気を震わせる鈍い音が機動兵器から聞こえた。

 その瞬間、機動兵器を中心にして放射状に衝撃波が広がり、砂漠に砂煙が立った。


 レールガンからすさまじい速度で撃ち出された物体は、フーチュンの部下が身を潜めていた奇岩を容易く破壊した。兵士たちが潜んでいた奇岩は元々、傾いていたため崩壊に拍車がかかってしまう。


 その細長い奇岩は綺麗に二つに割れると、瞬く間に崩壊していった。奇岩を貫通した飛翔体はそのまま勢いがおとろえることなく、後方にあった奇岩を次々と破壊していった。


 崩壊する奇岩と一緒に落下していくフーチュンの部下を見ていると、カグヤの声が内耳に聞こえた。

『あの機動兵器……〈イヤ〉はまだ攻撃を続けるつもりだよ』

 レールガンの砲身に放射熱による陽炎かげろうが生じているのが見えた。

 そしてカグヤの言葉通り、機動兵器はフーチュンの部下に向かって攻撃を継続した。


 兵士たちからの攻撃に反応して、反撃を開始したようにも見えた。けれど機動兵器の周囲にいて、ことの成り行きを見守っていた兵士たちに対して同様の攻撃を行っている理由は分からなかった。戦闘行動が開始された時点で、周辺一帯にいる敵対者を見境なく攻撃するようにプログラムされていたのだろうか?


 機動兵器の胴体側面に取り付けられていた兵器コンテナが左右に展開すると、マイクロ・ミサイルの発射装置が見えた。

「マズいな……あれはウェンディゴに搭載されている小型追尾ミサイルに似ている」


 機動兵器が兵士たちを殲滅するために用意した兵器は、おそらく対人用に調整された小型ミサイルなのだろう。発射装置から今にも撃ち出されそうになっている無数の小型ミサイルの弾頭が確認できた。


 機動兵器の肩に取り付けられた円盤型の装置が回転を始めると、周囲の人間に対して赤い光線が照射されるのが見えた。その装置の存在が確認できた瞬間、ペパーミントが声を上げる。

『ミスズ! すぐにそこから逃げて!』


 ミスズとナミが搭乗するヴィードルに対しても光線が照射されていた。そのことが分かると、ミスズはすぐに光線を避けるように動き出した。


 ボウっと突っ立ったまま、機動兵器を不思議そうな顔で眺めていたフーチュンの部下を尻目に、機械の巨人は無数の超小型追尾ミサイルを空に向かって発射した。ミサイル群は上方に進み、やがて空中で拡散する。それぞれの超小型追尾ミサイルは、標的に向かって煙の尾を引きながらすさまじい速度で飛んでいった。


 ミスズとナミのヴィードルは奇岩の間をうように走り、小型ミサイルの追尾をかわしていく。ヴィードルに向かって飛ぶ複数のミサイルは、奇岩に衝突し爆散していった。

『ミスズ、そのまま〈イヤ〉から距離を取って!』と、ペパーミントは声をあげる。

『絶対に反撃はしないで!』

『了解です!』

 ミスズはミサイルをけながら、ウェンディゴの側までヴィードルを後退させた。


 対照的に回避行動を取らなかったフーチュンの部下は、まるで水風船が割れるようにその場で身体からだを破裂させると、周囲に肉片や手足を撒き散らした。彼らにとって幸いだったのは、痛みを感じる暇もなく、ミサイルの着弾と同時に即死できたことだったのかもしれない。


『レイ!』

 カグヤの声で意識を眼前の人擬きに戻すと、うなり声を上げながら突進してきた人擬きの腕を斬り飛ばした。


 すると何処どこからか砲弾が飛んできて、甲高い音を響かせながら機動兵器の白い装甲にはじかれるのが見えた。機動兵器が砲弾を避けるための行動を取らなかったことを不思議に思っていると、はじかれた砲弾が飛んでくるのが見えた。


 それは人擬きの集団に着弾し、そして不死の化け物を巻き込みながら炸裂した。まるで目に見えない何者かに投げ飛ばされるように、人擬きは爆発の衝撃で後方に吹き飛び、背中から地面に倒れた。彼らが装備していた強化外骨格の装甲の一部や、千切ちぎれた手足が上空のずっと高いところに吹き飛んでいくのが見えた。


 衝撃によって立ち昇っていた砂煙が風に流されると、砲弾の着弾地点に一体の人擬きがたたずんでいるのが目に入る。膜状の薄い力場が人擬きの身体からだ全体を覆っていて、強化外骨格の装甲に損傷は見られなかった。奇妙なことは他にもあった。その人擬きは二メートルを優に超える体格を持っていたが、みにくく変異している様子は確認できなかった。


 その人擬きは頭部全体を覆い隠す正十二面体の不思議なヘルメットを装着していた。全体が強化外骨格と同様の白い鋼材でつくられていて、フェイスプレートやバイザーのたぐいは存在しなかった。しかしそのヘルメットの奥から、たしかに人擬きの視線を感じていた。


 砲撃を始めたフーチュンの部下に対して、機械の巨人がレールガンで応戦しているのを横目に、特殊なヘルメットを装着した人擬きが猛然と駆けてくるのが見えた。

 それは一瞬のことだった。気がつくと私は殴り飛ばされていて、荒涼とした大地の上を無様ぶざまに転がる。すぐに態勢を整え視線を上げると、目の前に人擬きが迫っていた。


 こんなに素早い相手は、異界で〈秩序の守護者〉と呼ばれる女性と戦って以来のことだった。人擬きの拳は間一髪のところでかわせたが、私の頭部を覆っていたマスクの一部が欠けたのが分かった。まともに攻撃を受けていたら、マスクごと頭部を破壊されていたのかもしれない。


『気をつけて、レイ!』

「分かってる!」

 人擬きが振り抜いた腕をつかむと、そのまま背負ようにして投げ飛ばした。力任せに叩きつけた衝撃によって、人擬きが衝突した地面は放射状に割れるのが見えた。私は間を置かずに、すぐに人擬きに刀を突き刺そうとするが、そこで殴り飛ばされたときに刀を取り落としていたことに気がついた。


 人擬きはその一瞬のすきをついて私の懐に入ってくると、目に見えない速さで私を蹴り飛ばした。

 腕を交差してなんとかりの衝撃をやわらげたが、まるでワイヤーに引っ張られるようにして私は勢いよく空中に吹き飛ばされた。腕の痛みに顔をしかめながら、さっと周囲に視線を走らせる。


 すると墨で線を引くように、地面を這う黒いヘビの姿が見えた。そのヘビに向かって無意識に腕を伸ばすと、こちらに向かって黒いヘビが飛んでくるのが見えた。腕に絡みついたヘビがまたたく間に刀に変化すると同時に、眼前に迫っていた人擬きの胸に刀を突き刺した。


 刀の切っ先が人擬きのシールドを貫通するさいには、不思議な感触と抵抗があった。まるで弾力性のある厚いゴムに無理やり針を突き入れているような、そんな感触だった。

 人擬きと揉み合いながら地面に倒れたあと、私は反射的に後方に飛び退いて刀を構えた。人擬きはもんどり打って地面に倒れ、刀の毒で苦しみだした。


 私は肩で息をしながら、周囲に視線を向ける。正十二面体の不思議なヘルメットをした人擬きが四体、私を囲むように立っていた。いずれの化け物も大柄で、身長は二メートルを超えている。


「カグヤ、こいつらは何なんだ」

『特殊部隊に所属していた軍人だよ……本来は、この場にいる人擬き全員が、この人たちと同じ身体能力を持っていたんだと思う』

「軍艦の残骸からい出してきた人擬きは、さっきの化け物と同じくらい動けたのか?」

『うん、変異が進んでいない個体はもっと強力かも』


「それは厄介だな――」と、人擬きの回しりをかわしながら言う。

『彼らがまともな状態じゃなくてかったよ』。

「まともだったら――そもそも争いにはなってない!」

 私はそう言うと、人擬きの足を切断する。

『それもそうかも』


『ねぇ、レイ?』とペパーミントが言う。

「どうした?」

 突進してきた人擬きをり飛ばすと、ウェンディゴにちらりと視線を向ける。


 ウェンディゴのずっと向こうでは、フーチュンの部下に対して機動兵器が攻撃を継続していて、〈イヤ〉の重機関銃から発する轟音ごうおんが鳴り響いていた。

『さっきの話は本当?』

「どの話だ!?」


 身をかがめることで人擬きの攻撃をかわすと、目の前にいる人擬きの胴体を腰から脇に向かって斬り裂くように両断した。途中、強化外骨格の白い装甲に阻まれ、刀の勢いが落ちたが、そのまま力任せに刀を振り抜いた。


『レイが軍の所属だって話だよ』と、ペパーミントが言う。

「そんなことより、俺の掩護えんごをできないか?」

 私はそう言うと、突進してきていたもう一体の人擬きの、目にも止まらない速さで繰り出されるりを紙一重のところで避けていく。


『ダメ、そうしたいけどできないの。ウェンディゴとミスズのヴィードルが動いたら、確実に機動兵器の標的にされる』

「兵器の動きに反応して反撃をしているのか――」

 そこまで言うと、私は人擬きに殴られ地面を転がる。


 以前、頭部を狙撃されたことがあったが、ガスマスクによって保護されていたので衝撃は感じなかった。しかし恐ろしい人擬きが繰り出す攻撃には、目の回るような衝撃を感じながら地面を転がる。


 ぼんやりとした意識で上体を起こすと、マスクの装甲の一部がパラパラと地面に落ちていくのが確認できた。


『レイラ!』

 ミスズの声が聞こえると、私はすぐに返事をした。

「大丈夫だ」


 大丈夫だったが、今の攻撃をマスク以外の場所に受けていたら、骨は確実に折れていたかもしれない。内臓だって損傷していたのかもしれない。

 追撃するために跳び掛かってきた人擬きは、ヌゥモ・ヴェイの助太刀で何とかやり過ごせた。


「大丈夫ですか、レイラ殿?」と、ヌゥモが私に手を差しだした。

「助かったよ」私はヌゥモの手を取ると、立ち上がった。

「気をつけてくれ、こいつらは他の連中と違う」

「……そのようですね」と、ヌゥモは先ほどの攻撃で切断した人擬きの腕が、徐々に再生されていくのを見ながらうなずく。


「どうしてあんなことができるんだ?」

 残り二体になった特殊な人擬きを見ながらカグヤにたずねた。

『彼らの体内にあるナノマシンの影響なのかも』

「再生能力が強化されているのか?」

『うん。新しく生えてきた人擬きの腕を見て』


 先ほど生えたばかりの人擬きの腕は、綺麗な肌をしていたが、見る見るうちにミイラのような乾いた腕に変化していった。

『細胞分裂に異常が生じているのかも』

「人擬きウィルスとナノマシンが創り出した化け物か」


 ヌゥモに腕を切断され、それを再び生やしてみせた人擬きは、枝のような手を何度か握って感触を確かめると、ヌゥモの懐に一瞬で入ってみせた。

 気がついたときにはヌゥモはられていて、後方に吹き飛ばされていた。


『レイ!』

 ヌゥモの掩護えんごをしようとしたときだった。カグヤの声が頭に響いた。

「なんだ!」私は思わず声を荒げた。

『ヌゥモの掩護にはナミを向かわせた。それよりも気をつけて、あれは普通じゃない』

 私の数メートル先には、正十二面体のヘルメットを装着した人擬きが立っていた。


 その人擬きは自身の胸に手を当てると、予備弾倉や見たことのない装置が取り付けられていたチェストリグを引き千切りその場に捨てた。それから空気の抜ける音がすると、人擬きが装備していた強化外骨格の装甲が身体からだから離れて地面に落ちるのが見えた。


 人擬きが装甲の奥に着ていたのは、黒い半透明のピッチリしたスキンスーツだった。人擬きは女性で、彼女の何も身に着けていない美しい裸体が、半透明のスーツを通してあらわになった。


 皮膚は――乳首など一部を除いて、光沢のある絹のような白練色しろねりいろで体毛は生えていなかった。もう一度空気の抜ける音がすると、女性の正十二面体のヘルメットが左右に割れるように展開して、そのまま地面に落ちた。


 そこにはつややかな黒髪に水色の瞳を持つ、驚くほど美しい容姿をした女性が立っていた。肌は透き通るように白く、傷ひとつなかった。しかしそれは一瞬のことだった。女性の髪が抜け落ちると皮膚は溶けた蝋燭ろうそくのように垂れ下がり、白色の人工血液が鼻や口から流れ出した。


『変異が急速に進んでる?』と、驚くカグヤの声が聞こえた。

 美しい女性だった人擬きは、前屈みになると両腕をそっと地面につけた。

『飛び掛かって来るつもりだ』

 カグヤの言葉にうなずくと、刀の柄を両手でしっかりと握りしめた。

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