第128話 機動兵器 re


 襲撃者たちに堂々と姿を見せると、上空の〈カラス型偵察ドローン〉の眼を通して、フーチュンが我々の存在に気がついて動くのが確認できた。私はすぐに〈ウミ〉に攻撃開始の合図を出すと、人擬きとの戦闘に備える。


 ウェンディゴの車体上部に収納されていた二メートルほどの細長い角筒があらわれると、双眼鏡を使って遠くから我々のことを監視していた者たちの笑う姿が見えた。彼らはウェンディゴを指差ゆびさして、腹を抱えて笑った。襲撃者の攻撃によって損傷したフリをしていたウェンディゴに、彼らを攻撃する能力がないと思っているのだろう。


 襲撃者に向けられたのは、なんの特徴もない白色の角筒で、それはウェンディゴに収納されていた強力な〈電磁砲レールガン〉だった。その砲身がゆっくりと動くと、ウェンディゴに接近してきていた敵車両に照準を合わせる。


 レールガンに向かってエネルギーが集中的に供給され、角筒の周囲に放電による稲妻のような電光が発生すると、高密度に圧縮された鋼材が凄まじい速度で撃ちだされた。


 レールガンの特徴的な射撃音とほぼ同時に、ウェンディゴに迫っていた敵車両が爆散するのが見えた。レールガンによって撃ち出された高密度の鋼材は、先頭のヴィードルを貫通し勢いが萎えることなく、そのまま後続のヴィードルをズタズタに破壊した。


 白煙が立ち昇るレールガンの砲身がわずかに動くと、次の標的に向かって攻撃が行われる。ウェンディゴを笑う人間はもう何処どこにもいなかった。


 混乱する敵を気にとめることなく、ミスズとナミが搭乗するヴィードルは敵歩兵を重機関銃の掃射で蹂躙じゅうりんしていく。敵勢力は〈紅蓮〉の警備隊と、彼らが〈愚連隊〉と呼ぶ無法者の集団だった。


 敵勢力はそれなりの練度があり、整備の行き届いた装備を用意していた。しかしそれでも、ミスズが操縦する軍用規格ヴィードルを相手にするには無理があった。それに彼らの頼みの綱であった旧式で鈍足な軍用車両は、ウェンディゴのレールガンによってほぼ壊滅状態にされていた。


 ガスマスクを通して視界の先に表示される〈カラス型偵察ドローン〉の映像を確認しながら、太腿のホルスターからハンドガンを引き抜いた。


 岩壁と同化し変わり果ててしまった軍艦の残骸を背に、百体に届きそうな数の人擬きが迫ってきていた。そのほとんどは身体からだが腐り果てていて、我々に接近する前に地面に倒れるが、それでも強化外骨格を身にまとう数十体の人擬きは、強靭な脚力で我々との間を詰めると、一気に襲い掛かってきた。


 人擬きの突進をけると、そのまま通り過ぎようとする人擬きの襟首をつかんで地面に叩きつけた。そのさい、人擬きの口からはうみのような黄緑色の液体と、白色の液体が飛び散った。地面に倒れ暴れる人擬きを押さえるように踏みつけると、人擬きの頭部に向かってハンドガンの照準を合わせた。


『警告。友軍への射撃は許可されていません』

「なっ?」

 内耳に聞こえた警告に驚いて、意味のない言葉を口にする。


「レイラ殿!」

 ヌゥモ・ヴェイの声がして視線を上げると、私に向かって今にも跳び掛かろうとしていた人擬きの顔面を無数のレーザーがつらぬいた。


 ヌゥモのレーザーライフルによって顔面を焼かれた人擬きは、地面を転がるとそのまま立ち上がった。レーザーに焼かれたことで人擬きの頭部からは蒸気が立ち昇っていた。しかし人擬きは痛みを感じていないのか、損傷個所を少しも気にすることなく、我々をい殺そうと突進してきた。


 ハンドガンをホルスターに戻すと、右手首の刺青から刀を出現させ、人擬きの横腹に向かって刀を振り抜いた。人擬きの胴体をすべるように切断していく刀身に、わずかな引っかかりを感じた。それはおそらく、彼らが装備している強化外骨格から伝わってきた感触なのだろう。


 私は後方に飛び退きながら言った。

「助かったよ、ヌゥモ」

「何か問題が起きたのですか?」

 ヌゥモはそう質問すると、猛進してくる人擬きに向かってライフルを構える。


「どうやら俺の武器では連中を攻撃することができないみたいだ」

 ヌゥモはレーザーライフルを手放すと、腰に差していた剣を引き抜いた。

「武器が使用できない……?」

 ヌゥモは疑問を口にしながら長剣を振り抜いた。


 変異が繰り返されことで強化外骨格の装甲を体内に取り込んだ人擬きの胴体を、ヌゥモの剣は容易たやすく両断していく。ヌゥモの剣は、彼が異界から持参していたモノで、肌身離さず持っていたモノでもあった。

 相当に思い入れのある剣で特別なモノだとは思っていたが、人擬きの特殊な装備を簡単に切断できるのを見るに、私の考えていたことは間違いではなかったようだ。


「友軍に対する攻撃が許可されていないんだ」と私は言う。

「友軍? レイラ殿は彼らと同じ組織に所属していたのですか?」

 ヌゥモは人擬きを蹴り飛ばすと、闇雲に飛び掛かって来る人擬きの胴体を斬り裂いた。


「それは分からないけど、この兵器の元々の所有者が軍人だったんだ」

「そうでしたか」

「けど、もう大丈夫だ。俺にはこいつがある」

 私はそう言うと、人擬きの胸に刀を突き刺した。

 ヌゥモはうなずくと、うめきながら突進してくる人擬きに対して身構えた。


『ねえ、レイ』とカグヤが言う。

『さっきの話だけど……』

 人擬きの白を基調とした装甲の隙間に刀を突き刺しながら、私はカグヤに答えた。

「どの話だ?」

『軍に所属していたって話だよ』

「それがどうしたんだ?」


 刀を人擬きの胴体から引き抜くと、噴き出した白色の人工血液を避ける。

『レイがハンドガンを手に入れたとき、ハンドガンは未登録の未使用品だった』

「そう言えば、そうだったな」

『うん、だから軍に所属しているっていうのは、たぶんレイのことで間違いないと思う』


「まさか」と私は頭を振る。

「俺は軍人になった覚えなんてないし、軍が存在していたのは旧文明期だろ? どうして今も存在しているのかも分からない組織に、俺が所属しているんだ?」

『わからないけど、そもそもレイは記憶を持っていないでしょ』


「それは――クソッ!」

 腕にみつこうとして、恐ろしい脚力で跳び掛かってきた人擬きを間一髪のところで避けると、膝に蹴りを入れ脚の骨を折ると、倒れた人擬きの後頭部に刀を深く突き刺した。


『レイ、掩護えんごする!』と、ペパーミントの声が内耳に届いた。

 ウェンディゴの車体上部、レールガン横の装甲が左右に展開すると、サッカーボールほどの金属製の球体が出現する。その球体の表面には無数のレンズが設置されていて、そこから小さな光の線が人擬きの集団に向かって照射されていく。


 一瞬の間のあと、展開されていた車体上部の空間から無数の超小型追尾ミサイルが発射される。親指ほどのミサイルは煙の尾を引きながら、レーザー照射されていた人擬きに向かって凄まじい速度で飛行し、人擬きに接触すると爆発した。


 炸裂音さくれつおんが周囲にとどろいたが、すべての人擬きを無力化することはできなかった。数十体の人擬きは青色の薄膜で身体からだを覆っていて、ウェンディゴの攻撃を完全に防いでみせた。


『シールド? それなら!』

 ペパーミントがレールガンの砲身をこちらに向けたときだった。地面を揺らすほどの爆発音が連続して周囲に鳴り響いた。


『レイ、また自爆ドローンだ!』

 カグヤの声に反応して上空に視線を向けると、徘徊型自爆ドローンの大群がウェンディゴに向かって急降下していくのが見えた。


「カグヤ、ワヒーラのチャフグレネードは!?」

『グレネードを使っちゃうと、私たちも互いに連絡が取れなくなる』

 ウェンディゴの攻撃で爆散して地面に転がっていた人擬きの腕を蹴り飛ばすと、向かってきた人擬きに刀を振り下ろした。


『しつこい!』とペパーミントは声を荒げた。

 ウェンディゴの車体上部から大量の超小型追尾ミサイルが発射された。ミサイル群は青い空に向かって真直ぐ飛び、やがて目標に向かって空中で拡散した。


 徘徊ドローンはミサイル攻撃を防ぐために、装甲の厚いドローンを前面に出して盾にしたが意味はなかった。ウェンディゴのミサイル攻撃によってほとんどのドローンは破壊されることになった。


『レイ!』

 カグヤの声に思わず声を荒げる。

「なんだ!」

 恐ろしい跳躍力で跳び掛かってきた人擬きの身体からだを両断したときだった。側面から迫ってきていた人擬きに突進されて吹き飛ばされる。


 まるで丸太を叩きつけられたみたいだ。と、現実逃避にも近い感想を浮かべていると、私に向かって飛んでくる人擬きの影が見えた。私はその場で転がって人擬きのみつきを避けると、目の前にある化け物の頭部に刀を突き刺した。


「どうしたんだ!」

 人擬きに対処しながらカグヤにいた。

『ミスズたちが苦戦してる』


 邪魔にならないように視線の端に表示された映像をちらりと確認する。上空を旋回していたカラスから受信する俯瞰ふかん映像えいぞうには、多脚戦車から執拗しつような攻撃を受けているミスズのヴィードルが映し出されていた。


 ミスズたちのヴィードルは多脚戦車の攻撃を避けるように、器用に奇岩の間を走っていた。旧文明の建築物の成れの果てである奇岩は、多脚戦車の攻撃を受けると簡単に崩れて、周囲に砂煙を舞い上がらせていた。


 ヴィードルの重機関銃では多脚戦車の装甲を破壊することができないのか、錆びの浮いた複合装甲を持つ戦車は、重機関銃による掃射を気にすることなくミスズたちを追い込もうと攻撃を行っていた。


「ペパーミントは……」

 そうつぶやくと、ウェンディゴに視線を向けた。するとウェンディゴを包囲するように、数台の軍用車両が迫ってきていて、上空では自爆ドローンが旋回しながら攻撃する隙をうかがっているのが見えた。


「彼女もいそがしそうだな。ウミは何処どこにいるんだ?」

 素早く周囲に視線を走らせると、カグヤの声が聞こえる。

『あそこだよ』

 視線の先が拡大すると、空中に飛び上がる機械人形の姿が確認できた。ウミが操る戦闘用機械人形は敵車両に飛び乗ると、操縦席に拳を突き入れた。


 私が困惑していると、ウミはヴィードルの操縦席から人間を引きり出して、ゴミを捨てるように後方に放り投げた。それから接触接続でヴィードルをハッキングして、思い通りに操作できるようになったヴィードルにつかまりながら、他の敵車両に向かって攻撃を行っていた。

『ウミもいそがしいみたいだね』とカグヤはつぶやいた。


 眼前に迫ってきた人擬きの出鱈目でたらめな攻撃を避けると、刀を構えて、頭部全体を覆う特殊なヘルメットを装着していた人擬きの胸に刀を突き刺す。するとヘルメットの表面に浮かぶハニカム模様の奥に、若い女性の顔が見えた。

 その女性は他の人擬きのようにみにくく変異していなかった。彼女の強化外骨格に損傷がなかった事と関係があるのかもしれない。


 女性のうつろな眸を見ながら刀を引き抜くと、ホルスターからハンドガンを抜いた。

 彼女の姿は、心のずっと深くにあった感情に何かを訴えかけていた。その感情の正体をつかむことはできなかったが、内側から激しい怒りが込み上げてくるのを感じた。


『何をするつもりなの、レイ?』

 ホログラムの照準器が浮かび上がるとハンドガンの形状が変化して、青白い光の筋が幾何学きかがく模様もようを描きながら銃口に向かって流れて、濃い紫色に変化していくのが見えた。それはやがて黒い輝きを放つようになる。


 ミスズたちを追い込む多脚戦車に照準を合わせると、銃口の先に天使の輪にも似た光輪があらわれる。それは脈打ちながら赤黒く変化していった。


 音もなく撃ち出された光弾は、黒い閃光となって射線上にいたすべてのモノを融解ゆうかいさせる。ウェンディゴを包囲していた軍用車両を何台かまとめて破壊すると、そのままずっと遠くにいた多脚戦車の装甲を貫通した。戦車は赤熱せきねつして膨張すると一気にぜた。


 戦車を貫通した閃光は真直ぐ進み、ガスマスクが表示できる望遠限界に映っていた旧文明期の建築物に向かって消えていった。一瞬の間のあと、轟音ごうおんと共に建築物がかたむいて崩壊していくのが見えた。


『レイ!』

 カグヤの声で眼前に迫る人擬きに意識を向けた。


 人擬きの攻撃を防ごうとして咄嗟に持ち上げた刀に、人擬きは噛みついた。すると人擬きは目を見開き、まるで驚いたように刀から口を離すと大量の人工血液を吐き出した。刀身から染み出した毒をらった人擬きは、その場に倒れ、もがき苦しみながら絶命した。私は戦闘服に付着した大量の人工血液にウンザリしながら、ヌゥモの姿を探した。


 ヌゥモは人擬きの集団と直接やり合うのではなく、周囲の奇岩を上手うまく利用して人擬き一体一体を誘い込んでから相手していた。ヌゥモによって斬り倒された多くの人擬きが、周辺一帯の地面をっている姿が見られた。


『ヌゥモは大丈夫そうだね』

 カグヤの言葉にうなずくと、カラスから受信する映像を確認する。

「ミスズたちは?」

『大丈夫だよ。ちなみにウミとペパーミントも問題ない』


 ウェンディゴに視線を向けると、飛行していた最後の自爆ドローンを撃墜しているところだった。ウェンディゴの周囲にいた軍用車両も、ウミの攻撃で制圧できたみたいだった。


『レイラ!』とミスズの声が聞こえた。

『フーチュンが逃げます』

 ミスズから送られてきた映像を確認すると、混乱に乗じてヴィードルで逃げ出そうとしているフーチュンの姿が見えた。


『やっぱり逃げるのね』と、ペパーミントが呆れながら言う。

 素早く周囲に視線を向けて、人擬きが近くにいないことを確認すると、フーチュンのヴィードルに向かってハンドガンを構えた。


 フーチュンのヴィードルに照準を合わせたときだった。地響きと共に地面が盛り上がり、周囲の奇岩を破壊しながら何かが勢いよく地中から出現した。フーチュンが搭乗していたヴィードルはその衝撃に巻き込まれ、吹き飛ぶと無様に横転した。


 立ち昇る砂煙が風に流されると、その向こうに二十メートルほどの巨大な機械人形が立っているのが見えた。


 その機械人形は戦車のような胴体を持ち、それでいて二足歩行が可能な脚部を持っていた。無骨で重厚感のある白い機械人形に、人間が搭乗できる空間があるのかは分からなかったが、胴体には攻撃用のミサイルランチャーや重機関銃が取り付けられていた。


 腕として機能する複数のマニピュレーターアームの先には、ウェンディゴのレールガンに似た角筒が取りつけられていた。また巨体を支える脚は逆関節で、装甲の隙間から黒光りするラテックスに覆われた人工筋肉が詰まっているのがハッキリと見えた。


「カグヤ、あれは敵か……?」と、私は茫然ぼうぜんとつぶやく。

『待って、すぐに調べる』

『あれは〈MDP02-IYA〉よ』と、ペパーミントの声が聞こえた。

『ラコタ神話に登場する邪悪な嵐の巨人〈イヤ〉の名を持つ軍用機動兵器』


「ラコタ神話?」

『ネイティブ・アメリカンに伝わる神話だよ』とカグヤが言う。

「それで、そのイヤは俺たちの敵なのか?」

『わからない』と、いつになく緊張したペパーミントの声が聞こえた。

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