第127話 強化外骨格 re


 しとしと地面を濡らしていた小雨は、いつの間にか降り止んでいて、強い日差しが渓谷に射しこんでいた。雨が降っても砂漠地帯は乾燥し、草が生えない不毛の地だった。それが文明崩壊の混乱期に使用された爆弾の影響なのかは分からなかった。しかし〈異界の住人〉が砂漠にいると分かった今では、砂漠はひどく不自然で奇妙なものに様変わりしていた。


 我々は奇岩が立ち並ぶ奇妙な地形を右手に見ながら渓谷を進む。

 地面から無数に飛び出た奇岩の正体は、旧文明期の建築物の成れの果てだという。旧文明期の特殊な〈鋼材〉を含んだ建築物が、どうしてそれほど劣化したのかは分からないが、雨や風の侵食によって、建物の表面は削り取られ岩のようないびつな形になっていた。


 渓谷の断崖にはいくつもの横穴が開いていて、それらの穴の中には薄汚れたボロ布を羽織はおった〈インシの民〉が立っているのが見えた。彼らはとくに何かをするでもなく、通り過ぎる〈ウェンディゴ〉にじっと複眼を向けていた。

 岩壁の至るところにある暗い穴の中には、一見しただけでも〈インシの民〉が数百体ほどいて、何もせずにたたずむ彼らの姿は渓谷に不気味で独特な景観を作り出していた。


『次の分かれ道を右折だよ』と、カグヤの声が聞こえる。

 私はコクピットシートに座りながら、周囲の様子を眺めていた。渓谷の先は見渡す限り赤茶けた単調な岩肌が広がり、そのずっと先には巨大な岩山が見えていた。どうやらその周囲に〈インシの民〉はいないようだった。


 結局〈インシの民〉がどんな種族で、どうしてこの砂漠地帯にいるのかも分からずじまいだった。けれど彼らとの接触がこれで終わるとはどうしても考えられなかった。採掘権を手に入れた以上、我々はこの砂漠に戻ってくることになる。そのときには、〈インシの民〉と敵対しないように気をつけなければいけない。


「見えてきたな」

 二十分ほど渓谷を道なりに進むと、視線の先にななめに大きくかたむいた巨大な岩壁が見えてきた。そのすそにはポッカリと開いた暗い横穴が存在しているのが確認できた。


『ただの洞窟じゃないみたいだね』とカグヤが言う。

「洞窟じゃない……なら、あれはなんだ?」

『ずっと昔に墜落した軍艦の残骸だよ』

「軍艦?」

『うん、輪郭線を表示するよ』


 カグヤの言葉のあと、岩壁が赤色の線で縁取ふちどられていく。すると岩壁のなかほどに、かすかに軍艦だと分かる輪郭線が浮かびあがる。それは航空母艦にも似た巨大な軍艦だった。

「デカいな……」と私は正直な感想を口にした。

「旧文明期には、本当にあんなものが空を飛んでいたのか?」

『そのはずだよ』


「カグヤに言われなければ、この岩壁が軍艦だと気がつけなかったよ」

 数百メートルはありそうな岩壁を私は仰ぎ見る。

『そうだね。長い間、この砂漠地帯に放置されていたからなのか、軍艦はほとんど地中に埋もれていた』

「それにしても、不自然じゃないか?」


『うん?』

「たかが数世紀この場所に放置されていたからって、岩肌と区別できなくなるまでに変化するものなのか?」

『わからない。砂漠に残っている不自然に劣化した建物のことも気になる。なんだか時間軸に乱れが生じているみたいだよ』

「時間軸?」

『うん、レイとハクが異界にいたときみたいな』


「砂漠の限られた地域だけに変化が起きているってことか?」

『限られた地域……? どうしてそう思うの』

「〈紅蓮〉におかしなところはなかった」

『あぁ、そう言えばそうだったね。時間軸に変化が起きていたなら、〈紅蓮〉も巻き込まれていて、良くも悪くも状況は変化していた……』


 ウェンディゴの後部ハッチが開くと、コンテナから〈ワヒーラ〉が出てきた。車両型偵察ドローンである〈ワヒーラ〉は、そのままウェンディゴの車体上部に向かって跳躍してみせると、機体の大部分を占める円盤型の装置を回転さる。〈ワヒーラ〉が取得した索敵情報がモニターに表示されるのと同時に、敵発見の警告が表示される。


『レイラさま』と、ウミのりんとした声がコクピット内に響いた。

「どうした?」

『ウェンディゴの後方から接近する徘徊型自爆ドローンを確認しました』

 全天周囲モニターの映像が変化する。拡大表示された映像には、こちらに向かって猛然と飛んでくるドローンの黒い影が確認できた。


「前回の襲撃のときよりもドローンの数が増えているな」

『ここで私たちを潰すつもりなのかも』とカグヤが言う。

 自爆ドローンの黒い塊は、我々の上空を通過すると、えがいてすさまじい速度で引き返してきた。〈ワヒーラ〉は円盤型装置の周囲に設置されていた小型発煙弾発射機から、数発のチャフグレネードを発射した。


 〈ワヒーラ〉から発射されたグレネードはウェンディゴの上空で炸裂さくれつし、大量の電波妨害フィルムを広範囲にばら撒いた。

 何者かによって遠隔操作され、ウェンディゴに自爆攻撃を行おうとしていたドローンの集団は、空中にばら撒かれた銀色のフィルムに接近すると電子装置に異常をきたし、岩壁や地面にそのまま衝突して爆発した。


『このまま軍艦の残骸に侵入します』と、ウミが冷静な声で言う。

 後方で爆発四散する無数の自爆ドローンを確認したあと、電波妨害によって一時的に連絡が取れなくなった〈カラス型偵察ドローン〉から数秒前に受信していた映像を確認した。


 すると軍艦の残骸を越えた先にある奇岩地帯に、数百人の兵士の姿と武装した軍用車両の姿が確認できた。


『私たちと直接やり合う気だ』とカグヤが言う。

「そのようだな……。カグヤ、ミスズたちに戦闘準備をさせてくれ」

『了解』


 岩山に開いた横穴に入っていくと、まるで巨人によって力任せに引き千切られた軍艦の残骸の様子が確認できた。砂に埋もれた大量の瓦礫がれきで溢れていたが、一方では手付かずの戦闘機や機械人形の残骸が至るところに転がっていて、スカベンジャーにとっては宝の山にも見えた。


『軍艦内はひどく汚染されているみたいだよ』

「生身では近寄れないのか?」

『うん、この場所を探索するには専用の防護服が必要になる。そのくらい汚染がひどい』

「そうか……」

『軍艦が気になるの?』


「ざっと確認しただけなのに、有用な資源があちこちに放置されている。軍艦の最深部には俺たちの想像もできないような、未知の〈遺物〉が残されているかもしれない」

『いつか探索しに戻ってきたいね』

「そうだな」と私はうなずく。

「けど、先に目の前の問題を片付けよう」


 巨大な軍艦の残骸を抜けると、奇岩地帯に展開している戦闘部隊が目についた。

「あれはどう見たって、友好的な勢力じゃないな」と、私はうんざりしながら言った。

『見て、レイ。砂漠の集落で私たちに絡んできた〈紅蓮〉の隊員がいる』

 カグヤが拡大表示した荒い映像には、操縦席がき出しのヴィードルに乗っている男の顔が映っていた。


「あのニヤついた顔の男は……たしかフーチュンの部下だったな」

『うん。やっぱり襲撃の犯人はフーチュンなのかも』

「フーチュンか……」

 私は溜息をつくと、モニターに表示された敵勢力を眺める。


「汚染地帯からは、充分に離れられたか」

『どうするつもりなの』

「外に出て応戦する」

『外に出て行かなくても、ウェンディゴから攻撃すればいいんじゃない?』

「ウェンディゴはしばらくカグヤが遠隔操作してくれ」


『ウミは?』

「戦闘用機械人形で一緒に戦ってもらう」

『もしかして、あの集団の中からフーチュンを探し出すつもり?』

「そうだ」私はうなずくと、カラスから受信した映像を確認する。

「敵の集団の中に必ずフーチュンはいる」


『どうしてそう思うの?』

やつは俺たちに面子めんつを潰されたんだ。自分の手で俺たちに対処しなければ、もう部下は付いてこないだろう」

『それでもレイが出ていく必要はないと思うけどな……』

「ウェンディゴの戦闘能力を知ったら、フーチュンは真っ先に逃げ出すかもしれない」


『レイが姿を見せれば、フーチュンは逃げ出さないって思うの?』

「これは面子めんつの問題だよ、カグヤ。俺たちがすぐ目の前にいるのに逃げ出したりしたら、フーチュンの部下はやつのことをどう思う?」


『腰抜け?』

「まぁ、そんなものだ。とにかくやつはそれで終わりだ」

『だからこの場で姿を見せるの?』

「そうだ。フーチュンをその気にさせて、この場で始末する」


『ウェンディゴに対する複数のロックオンを確認しました』

 ウミの声が聞こえると、コクピット内に広域警戒レーダーからの警告音が繰り返し鳴り響く。と、同時に全天周囲モニターに赤色の警告表示が複数出現した。


 するとウェンディゴをロックオンしていた複数の標的に対して、目標自動捜索モードが働いて瞬時に標的を見つけ出す。続けて射撃管制システムが起動すると、車体の左右に収納されていた重機関銃が展開された。


『複数のミサイル、接近します!』

 前方に視線を向けると、ウェンディゴに向かってくる複数のミサイルが確認できた。

「カグヤ! 攻撃に巻き込まれないように、ワヒーラを退避させてくれ」

『もう退避させてる!』


 重機関銃による数秒の射撃のあと、飛んできていた複数のミサイルが爆発した。しかしすべてのミサイルを撃墜できたわけではなかった。ウェンディゴに数発のミサイルが着弾する。コクピット内にシステムによって再現された爆発音が聞こえて、爆発の衝撃で車体がかすかに揺れた。


「ウミ、被害状況は?」

 モニター視線を走らせながらたずねた。

『出力を調整したシールドによって、ウェンディゴの損傷は皆無です』

「さすがだな、ウミ。ウェンディゴはこのまま停車させてくれ、動けないほどの損傷を受けたフリをする」


『フーチュンを誘い出すのですね』

「そうだ」

『そんなことで、本当にフーチュンを騙せるかな?』とカグヤが心配そうに言う。

「大丈夫だ。この戦場では明らかに連中が有利だ」

『有利?』


「戦力に圧倒的な開きがある。その優位性がフーチュンを慢心させる」

 コクピットを出ると、待機していたミスズたちと装備の確認を行う。

「ミスズとナミはヴィードルで戦闘を行ってくれ」

「レイラはどうするのですか?」

 ミスズはそう言うと、人差し指で筋の通った綺麗な鼻梁びりょういた。


「俺はヌゥモと一緒に敵の歩兵を片っ端から潰していく」

「ねぇ、レイ」とペパーミントが言う。

「私はどうするの?」

「コクピットシートに座ってカグヤの遠隔操作を補助してくれ。それから俺たちに近付く敵の軍用車両を優先的に破壊してくれ」


「わかった。任せてちょうだい」

『ミサイル、接近します』

 警告音と共にウミの声が聞こえた。急速接近する目標に対して、ウェンディゴの戦術コンピュータが的確に目標を追跡しロックオンする。重機関銃が標的に向かって動く。一瞬の間のあと、特徴的な射撃音がとどろく。


 ミサイルの撃墜を確認すると〈ワヒーラ〉から発煙弾が発射された。

 ウェンディゴの周囲は白煙に覆われていった。

「準備はいいか?」と、私は誰にともなくいた。


 ウサギの頭部をかたどったガスマスクを装着したミスズがうなずくと、ナミも急いでマスクの形状を変化させた。

「ナミ、思う存分に暴れてくれ」

「私に任せておけ」と、彼女は般若の恐ろしいマスクで答えた。


 ミスズとナミがヴィードルに乗りこむために後部コンテナに向かうと、ウミの声が車内に響いた。

『レイラさま』

「どうした?」

『こちらの映像を確認してください』


 するとホログラムディスプレイが私とヌゥモの間に投影された。

「あれは……もしかして人擬きなのか?」と、私は顔をしかめた。


 ウミが表示した映像には、軍艦の残骸からこちらに向かってくる複数の人型生物の姿が映し出されていた。それは腕や足、身体からだの一部を欠損した人擬きの集団にも見えた。しかしその人擬きは、まるで機械人形と人間が融合したような、グロテスクでおぞましい姿をしていた。


『あれは強化外骨格を装備した軍人だよ』

 カグヤの言葉に首をかしげる。

「強化……骨格?」

『インプラントパーツで身体からだの一部を強化するんじゃなくて、遺伝情報の操作によって身体からだを改変、強化された軍人のための専用装備だよ』


「遺伝情報の改変?」

『うん。それでね、あれは旧式だけど特殊部隊に支給されていた装備だと思う』

「どうしてそんな部隊が……もしかして軍艦の乗組員か?」

『そうだと思う』


「さっきの爆発音で目を覚ましたのか……」

『ただの人擬きじゃないよ。彼らは強化外骨格で身体しんたい能力のうりょくを大幅に強化された兵士だ』


「ミスズにつないでくれ」

『レイラ、どうしました?』

「予定変更だ。ミスズとナミは前方から接近してくる兵士の相手をしてくれ。俺とヌゥモは後方から迫ってきている人擬きの相手をする」

『了解しました』


「ウミとペパーミントには、ミスズたちの支援を頼む。だから無茶はしないでくれ」

『はい』ミスズの声には緊張が含まれていた。


「聞いたな、ペパーミント」と、私はチャイナドレス姿のペパーミントに言った。

「わかってるよ。ちゃんとミスズたちの掩護えんごをする」

「ああ、頼りにしている」

「レイラ殿、準備ができました」と、ガスマスクで頭部を覆ったヌゥモが言う。


「ヌゥモ、俺たちがこれから相手するのは、旧文明の偉大な戦士たちだ。人擬きになって頭は変になっているが、油断せずに戦おう」

 ヌゥモは剣のつかに手をのせると、力強くうなずいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る