第125話 徘徊型自爆ドローン re


「ねぇ、レイ。このチャイナドレス、私に似合ってるかな?」

 ペパーミントは背中を見せるようにくるりと振り向いてみせた。彼女は〈紅蓮ホンリェン〉からお土産としてもらっていた〈旗袍チーパオ〉と呼ばれる民族衣装を着ていて、どうしても褒めてもらいたいらしく、すでに同じ質問を二回もしていた。


「その青色のドレスは、ペパーミントの青い瞳によく似合っているよ」

「本当に?」

 ペパーミントはそう言って満面の笑顔になると、私のとなりに座って、やわらかな身体からだが触れる寸前まで近づいてきた。

「でもドレスのスリットが深すぎる所為せいで、見えちゃいけないモノが色々と見えている」

「嘘っ!」

 ペパーミントが勢いよく立ち上がる姿をみて思わず苦笑する。

「冗談だよ」


 ペパーミントが口を開こうとすると、ナミが呆れながら言った。

「なぁ、その服の自慢はもうしなくてもいいだろ? もう何度目だよ」

「ナミだって警戒中なのに、さっきまで着替えようとしていたじゃない」

 ペパーミントが反論すると、ナミは鈍色の髪を揺らした。

「それは……ほら、あれだ。新しい服が手に入ったら、身体からだに合うか確かめたくなるだろ」


「そうは見えなかったわよ。本当はレイにドレス姿を見てもらいたかったんじゃないの?」

「そ、そんな訳ないだろ!」

「だって〈紅蓮〉の人たちは、私たちの身体からだにぴったり合うモノを用意してくれたじゃない。今さら、それが身体からだに合うのか試す必要なんてないじゃない」


「そうだったか?」

 ナミがとぼけてみせると、ペパーミントは笑顔になる。

「わかり易く動揺しちゃって、ナミも可愛いところがあるのね」

「私は戦士だ! 可愛くある必要なんてない!」

 じゃれ合うペパーミントとナミが、ウェンディゴの車体後部に続くハッチの向こうに消えると車内は静かになる。


「それで〈紅蓮〉の市場はどんな感じだったんだ?」と、私はとなりに座っていたミスズにたずねた。

「えっと……〈紅蓮〉の入り口近くの商店は衛生的で、とても綺麗でした。品揃えも豊富で〈ジャンクタウン〉にも引けを取らないと感じました」

「入り口近く?」


 ミスズの言葉に首をかしげると、カグヤの操作する偵察ドローンが側まで飛行してきた。ドローンは〈熱光学迷彩〉を起動しておらず、装甲の表明にあるハニカム模様がハッキリと見えていた。

『市場で買い物したときの様子なら、ちゃんと映像に残しておいたから表示するよ』

 カグヤの言葉のあと、拡張現実で表示されたディスプレイに映像が表示される。


 まず映像に表示されたのは、人ゴミの中を歩くミスズたちの姿だった。彼女が言うように、猥雑わいざつとした居住区画と異なり、市場では掃除が行き届いていて清潔な場所だった。壁面パネルはかがみのように綺麗に磨かれていたし、床にはゴミひとつ落ちていなかった。


「ほかの鳥籠にある旧文明期の施設と同じように、市場は小型掃除ロボットによって管理されているのか?」

 カグヤが操作するドローンは、頭を横に振るように動いてみせる。

『どうだろう。掃除ロボットの姿は見なかったから、清掃員がいるのかもしれない』


 偵察ドローンを使って記録した映像には、多くの買い物客で賑わいをみせる商店が映し出されていた。そこでは多種多様な店が並び、生活用品や衣類が大量に売られていた。銃器を取り扱っている店舗の入り口には、武装した警備員の姿も確認できた。


 通路を行き交う人間のほとんどは、〈紅蓮〉の外からやってきた行商人たちだった。それが分かるのは、彼らの頭上にホログラムで投影される赤色の球体が浮かんでいるからだ。〈紅蓮〉の住人の頭上には何も表示されないので、外の人間と区別するのは簡単だった。拳大ほどの球体は、ミスズたちの頭上にも浮かんでいた。


「ナミが話していた幻覚っていうのは、あのホログラムのことか?」

「はい。私たちの頭上に投影されているホログラムは、商店が連なる通路に出入りする際に、〈紅蓮〉の職員から受け取ったカードチップによって投影されています」

「人口が多い紅蓮で、外から来た人間を区別するための処置か……」


『表向きはね』とカグヤが言う。

『本当は〈紅蓮〉の外からやってきた人間を監視するためのモノだよ』

「外部からやってきた人間が施設に住み着くことを恐れているのかもしれないな」

『〈紅蓮〉はとっくに収容可能人数を大幅に超えているからね。その警戒はしていると思う』


「そのホログラムを投影しているカードチップを捨てた場合どうなるんだ?」

 頭に浮かんだ純粋な疑問を口にすると、ミスズが答えてくれた。

「カードは生体認証によって機能しています。カードを手放したりして一定の距離まで離れると、警備隊に生体情報と共に警告がいく仕組みになっているみたいです」

「生体認証か……」


「カードに保存される生体情報は、一定の期間で削除されると話していました。カードチップには限りがあって、訪問者の間で繰り返し使われているみたいなので」

『でも生体情報そのものは、〈紅蓮〉のデータベースに残ることになる』と、カグヤは言う。


 私は訪問者の数に驚かされていた。〈紅蓮〉には多くの商人が来ていて、数え切れないほどのホログラムのタグが人の流れに乗って空中を漂っていた。


「通路の奥のほうに進んでいくと、施設の環境は悪くなっていきました」

 映像を確認すると、たしかに通路の雰囲気が徐々に変化していくのが見えた。

「地下に降りてくるために使用した斜行エレベーターと同じようなモノだな。ガワだけ綺麗に取りつくろっている」


『うん。確証はないけど〈紅蓮〉の施設は未完成だったんだと思う。外部からやってくる人間の目に触れる場所は、なんとか綺麗に維持して体裁を保っているみたいだけど、〈紅蓮〉の状況はいいとは言えない」


「買い物客のためにやっている訳じゃなさそうだな」

『きっと面子を重んじる人たちなんだよ』

 施設の壁はぎの鉄板に変わり、天井からは乱雑と絡まるケーブルが垂れ下がっていた。店の様子も変化していて、えのいい店舗は姿を消し、錆びた壁に取り付けられた棚や床に商品が所狭しに並べられている小汚い商店が目に入るようになる。


「この辺りには、食料品店もあるみたいだな」と、私は感心しながら言う。

 食料品を扱う店は銃器を取り扱う店と空間を共有していて、店先には汚れたプラスチックのザルに入れられた大量の味付け肉が並んでいた。映像の中のミスズたちは、肉が入ったザルにたかるはえを避けるようにして通路の端を歩いていた。


 鳥籠の住人にとってそれは普通の光景なのか、タバコを吸いながら肉を焼いていた店主と普通に会話をしていた。


 通路の奥に進むほど地上からやってきた商人の姿は減っていく。商人がいたとしても、〈警備用ドロイド〉を護衛にしているような怪しげな人物だけだった。それ以外で見かける人間は、〈紅蓮〉の住人ばかりで皆一様に貧しい身形みなりをしていた。


「ずっとこんな感じだったのか?」

 ミスズに訊ねると、彼女は琥珀こはくいろの綺麗な瞳を私に向けた。

「この場所はまだ安全で清潔なほうでした。通路の先に進むほど施設の状態や環境は悪くなっていきました」


 映像を確認すると通路を引き返すミスズたちの様子が見られた。

『これ以上は危険だから、ミスズたちには引き返してもらったんだよ』とカグヤが言う。

「彼女たちを尾行している人間や、怪しい人間はいなかったのか?」

『いなかったけど注意されたんだよ。この先は地上の人間にはとても危ない場所だから、引き返したほうがいいよって』


「誰がそんなことを?」

『紅蓮の警備員だよ』

「親切な警備員がいたんだな」

『老大派の組織に所属する人間だったんだよ。きっと』

「老大派ね……」


 私は溜息をつくと、ウェンディゴの車体を透かして見える砂漠に視線を移した。するとウェンディゴの周囲に、〈紅蓮〉の警備隊が操縦する数台のヴィードルが走っているのが見えた。赤色の装甲を持つ車両は、いずれも武装していて、ウェンディゴの周囲を警戒するように走ってくれている。


 我々を護衛している〈紅蓮〉のヴィードルは、我々に対する〈フーチュン〉の襲撃を恐れたジョンシンが派遣してくれた部隊で、廃墟の街までウェンディゴを護衛してくれることになっていた。気を使ってもらわなくても自分たちの身は守れると言ったが、ジョンシンは譲らなかった。


「そう言えば、老大さんは元気になったのですか?」

 ミスズの言葉にうなずく。

「ああ、元気になったよ。ずいぶんと若々しくなって、人が変わったみたいに精力的に働いている」

「あの……それで本当によかったのでしょうか?」

「ジョンシンを治療したことか?」


「はい。レイラの行いは、もちろん素晴らしいことです。ですが、健康になったことで心変わりしたらと思うと、少し不安になります」

「正直に言うと、それは俺にも分からないんだ。ジョンシンの勢力が息を吹き返したことで、〈紅蓮〉はさらに混乱することになったんだ。死ぬと思っていた男がけろっと戻ってきたんだから、そりゃあ混乱する。〈紅蓮〉に存在する多くの勢力は、ジョンシンの死を見据えて色々と準備をしていたんだ」


「準備ですか?」

『次代の統率者ってこと?』と、カグヤも私に質問する。

「そうだ。当然のことだけど、〈紅蓮〉にはフーチュンのように自分自身に権力と統率力があると勘違いしている連中が沢山いる」


『それが分かっていて、レイは紅蓮との同盟を選んだ』

「仕方がない」と私は溜息をついた。

「俺にとっては鳥籠との紛争のほうが、ずっと脅威だからな」


「紛争に巻き込まれてしまうと考えているのですか?」

 ミスズは不安そうに言うと、眉を八の字にした。

「〈五十二区の鳥籠〉が何かをたくらんでいるのは確かだ」

「マリーさんと連絡が取れたらよかったんですけど……」


『その〈マリー〉は、ずっと音信不通になってる』とカグヤが言う。

『それに彼女の本当の正体すら私たちは知らない。だから信用することもできない』

「マリーは〈五十二区の鳥籠〉だけでなくフーチュンとも接触していた。彼女の背後には、あるいはもっと別の大きな組織があるのかもしれない」

 私はうんざりしながらそう言った。


「他の鳥籠? それとも犯罪組織でしょうか?」

 ミスズの言葉に私は肩をすくめる。

「わからないけど、きっと悪い組織なんだろうな」

「そうですね。自分たちの都合で争いを引き起こす集団なのですから……」


 私はもう一度溜息をつくと、砂漠に視線を向ける。

「ところで、ミスズもチャイナドレスを貰ったのか?」と、私は何となくたずねた。

「はい。金色の糸で綺麗な刺繍のされた赤色のドレスでした」とミスズは照れくさそうに微笑んだ。

「赤いドレスは、ミスズの黒髪に似合いそうだな」

「髪ですか?」と彼女は首をかしげた。


「ミスズの髪もだいぶ伸びたな」と、ミスズの綺麗な黒髪を見つめた。

「レイラに会ったときは、まだ短かったです」

「あれからずいぶんとった」

「色々なことがありました」とミスズは微笑む。


『レイラさま』

 ウミの声が聞こえると、なだらかな砂丘に視線を向けながら答えた。

「どうしたんだ?」

『こちらに向かってくる飛行物体を確認しました』

「映像に出せるか?」


 すぐに投影されたホログラムディスプレイに外の風景が表示される。すると砂丘の向こうから、黒くて小さな物体が集団になって飛行してくるのが見えた。

「鳥……」と、ミスズが目を細めて言う。

「いえ、あれはドローンです!」


 砂丘の向こうから飛んできたのは、ブーメランのような形状をした無数のドローンだった。徘徊型兵器であるドローンの大群は、我々の上空を一度通り過ぎて空中でえがくと、すさまじい速度で引き返してくるのが見えた。そのドローンの集団から、いくつかのドローンが飛び出すと、ウェンディゴの警護をしていた〈紅蓮〉のヴィードルに向かって急降下した。


 徘徊型ドローンはすさまじい速度でヴィードルに突撃すると、車両を巻き込みながら爆散ばくさんした。ドローンの自爆攻撃を受けたヴィードルに生存者はいないだろう。爆発の衝撃によって四散する人間の腕や足が見えた。


「ウミ、そのまま止まらずに進んでくれ!」

 紅蓮の警備隊には悪いが、この場に残って死体の回収をしていたら、ドローンからの追撃を受けてしまう。そうなれば我々は砂漠地帯で身動きが取れなくなる。


 ウェンディゴの上空を通り過ぎたドローンの集団が、弧を描いて引き返してくるのが見えた。警備隊のヴィードルが重機関銃で応戦したが、ドローンの集団の中には強力な装甲を持つドローンがまぎれていて、攻撃を器用に防いでいた。と、炸裂音がして振り返ると、ウェンディゴの後方を守っていた警備隊のヴィードルが爆散していた。


「マズいな……」

 〈徘徊型自爆ドローン〉は地面にも落下して、自爆することで我々の進行を妨害し始めていた。


『回避行動は間に合いません。シールドにエネルギーを回します』

 ウミの声が聞こえたときだった。数十機のドローンがウェンディゴに次々と体当たりして爆散していった。


「損傷状況は!」

 爆発の衝撃で砂煙が舞い、周囲の状況が分からなくなった。

 ウェンディゴの側では爆発音がとどろいていた。

『護衛のヴィードルはすべて破壊されました。しかし安心してください、ウェンディゴに損傷はありません』


「ウェンディゴはドローンの攻撃に耐えられるのか?」

『はい。何も問題はありません』

「意味のない攻撃ってことか」


『違う。あれはウェンディゴを破壊するための攻撃じゃない。私たちを誘導してるんだ』

 カグヤの言葉のあと、すぐに周辺情報を表示していたディスプレイに目を向けた。

「俺たちを谷底に落とすつもりなのか?」

 そのまさかだった。


 自爆ドローンの執拗しつような追跡を避けるために移動していたウェンディゴは、深い谷底に続く断崖に追い込まれていた。頃合いを見計らっていた自爆型ドローンの大群は、すさまじい速度で地面に突撃を始めた。地面がかたむいているように見えたが、それは間違ではなかった。かたむき崩壊していく崖の一部と共に、ウェンディゴも谷底に落下していった。

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